上 下
32 / 107
5章 翡翠色の玉かんざし

5-6 3割うまい!!【⑮声かけ応用編】

しおりを挟む
 しばらくすると、ガリさんは声かけした場所に戻ってきた。
「お疲れ様です」
「おう。LINEゲットして戻ってきたで。ところでお勉強の時間や。さっきの声かけで気づく点がいくつあったやろか?」
 え、いくつ……。一つもわからないのだが……。
「一つもわからないとは絶対言わせないよ」
 と言うと、乳ローが顔を覗き込んできた。
「あ、はい。えーと、」
 うるせーよ、脅迫すんな。
「乳ロー、そう言うなって。まず、傘を持って声をかけにいったやろ。あれは、雨を利用したんや。というのも、今の時代は一昔前と違って、ナンパに対するイメージがようないし、ナンパによる出会いは微妙だと思っているおなごは少なくないねん。せやから、爽やかなハプニング声かけなど創意工夫の精神も必要なんやで。昔から恋に落ちる3つのingというのがあんねん。タイミング・ハプニング・フィーリングや」
「やっぱり、入り方って重要ですよね」
「その通り。例えば、新宿のような繁華街で『こんにちは』から入れば、キャッチやスカウトに間違われてガンシカ率が高まるが、地方や小中規模の都市だと、与える印象が変わり反応も異なったりするからな」
「聴いてて場所もポイントだと思いました……。しかし、場所と言っても色々ありますよね」
「せやな。旅行先や、花見や花火大会やハロウィンやお祭などのイベントだと、おなごも気分が昂揚して新たな出会いを受け入れやすいマインドになっている。内容が同じであっても、都会と田舎、同じ街でも繁華街とオフィス街、その街の中でもメイン通りとその通りから少し離れたところではおなごの受ける印象や反応というのは変わってくる。であるならば、『ここで!?』っていう意外な場所でナンパするのも一つの方法といえんねん」
「例えば、どんなところですか?」
「居酒屋はポピュラーやが、公道沿いにあるモールや図書館や駅の構内やホームなど」
 大都市における匿名性があるから、感情を麻痺させてナンパすることができるのに……。
「居酒屋以外はドン引きされるような……」
「ま、ヘタっぴナンパ師にはハードルが高いやろな。として警察にマークされるようなアホんだらもいるし」
「声かけ事案?」
「十八歳以下の児童や女性(年齢問わず)に声をかけて、警察に通報される事案をいう。検索してみろ。要注意危険人物として、外見や特徴など晒されてるんやから」
「超絶ハードモードの声かけじゃないですか……」
「人生が狂う可能性があるから、自信がなければやめた方がええやろな」
「迷います!」
「他にも、時間帯で言えば、夜よりも真っ昼間。ナンパの悪いイメージが軽減されるし警戒心も薄くなるんやで」
「なるほど」
「ほんでな、こうやって時間を設けてナンパするよりも、日常生活において『何かのついで』にナンパする方がええねん。目的があるから理由付けはあるし、ナンパにおける良い精神状態も維持しやすい。時間も労力も無駄にせず、効率的なナンパを目指さなあかん。ま、このやり方は中級者以上向けだけどな。他に何か気づくことはあったやろか」
「ガリさん、オーラなんか見えるんですね。すごいっす」
「おっけ。そのことなんだけどさ、」
「コールドリーディングだろ。うまく使いこなしてたと思いますよ、ガリ師匠」
「ありがとうございます、乳ローさん」
 と言うと、二人ともお辞儀して笑い合った。
「二人で勝手に話が進んでいますが、コールドリーディングって何ですか?」
「まず、ノンバーバルにおける観察やさりげないコミュニケーションをするだけで、相手の心を言い当てたりすんねん。次に、自ら語るように誘導させて情報を引き出したりして小さいYESを積み重ねていく。そんで最終的には『私の心を読みとれる。何でも話せる信用できる人』と思わせる話術をコールドリーディングというねん」
「霊能力者や超能力者や占い師、こいつらと大して変わらんが詐欺師なんかもよく使う常套トークだよ」
 と乳ローが被せてきたが、そこまで言ってしまうと、ナンパ師も含まれて否定されてしまう気がしなくもないが……。
「最初に、『雰囲気が一般人と違う』とか言うねん。次に『絶対、普通じゃないことやってるやろ?』と尋ねる。すると、通常なら秘密にしていることや自慢話などを自ら語り出すっちゅう算法なんやで」
「で、その後はどうするんですか?」
「それを受けて肯定したり理解を示せば、この人には内緒話や悩み話をしやすい人と思ってくれやすくなる。そこからは、自ら語るおなごの話に聞き上手で応えていけば、より信用されてくるっちゅうわけや」
「じゃ、『ものすごい優しそう』と言ったのもコールドリーディングなんですね。自分はそういう風には見えなかったんですけど」
「ま、近いもんやがそういう精神でやったわけではないねん。見たまんまを言うたって受けるわけないやろ。受ける印象とは真逆なことをズバッと言うと効果的なんや。意表を突かな。うまくいけば、『私のことをよくわかってる』と勝手に勘違いしてくれて距離を縮めることができるんやから」
「さすが、ガリさん。じゃ、女のことをMと言ったりしてましたが、これも何か意図があったのですか?」
「あれは、断言話法っていうねん」
「一方的に断言するんですか?」
「せや。人間って、自信満々で断言されると理由をきたくなんねん。その反発を受けて会話を流していくと。別に相手がSだってかまへん。ポイントは会話を盛りあげることなんやから」
「まぁ、俺から言わせりゃ、女は漏れなく全員Mだがな」
「乳ローはスルーするとして、最初の方で性的な話題に触れておくという意味合いもあるんやで。特にグリーンみたいな純情系に言っておかなあかんことなのやが、最初に真面目な人という印象を与えてしまうと、そのイメージに引っ張られてしまい手を出せなくなってくんねん。真面目な印象のままでいい人ぶって当たり障りのない世間話に終始してるのに、いきなり手を出したり脈絡もなくホテルに誘うから『何なの、この人?』と思われてしまい、状況を悪くしたり、最悪の場合はキショいと思われてそのまま終わってしまうねん。おなごに悪い意味での唐突感を与えてはあかん。せやから、最初の段階からさりげなく少しずつ、『示唆』していくことは大事なことなんや。示唆を続けていけば、おなごの方で勝手に心の準備をしてくれるんやから」
「わかりました。示唆ですか……、メモっときます」
「それを受けると、は性的な話題のとっかかりとして使いやすいということがいえんねん。食いつきが悪いことは滅多になく、むしろテンションを上げて興味津々に話してくれることが多いんやで」
「そうなんですかぁ……。ところで、さっきの子はうまくいきそうですか?」
「彼氏がいるって言うてたけど、大丈夫やろね」
「彼氏がいても大丈夫なんですか?」
「それは、天才ナンパ師ガリ様に失礼なんじゃねぇか。お前は本当に甘ちゃんだな。女を奪い取る気持ちがねぇならナンパ師には向かないぜ。とっとと辞めて、一生オナニーでもしてろ」
「ぐっ」
 恥の上塗りになりそうだと思い、浮かんできた言葉を喉元で押さえて一気に飲み込んだ。「そもそも、お前は恋愛におけるナンパの大きな利点をわかっていない」
 顔に細かい唾をたくさん飛ばされながらも、黙って聞くことしかできなかった。
「恋人同士が段々失っていき、ナンパ師が代わりに提供できるものはなんだ。言ってみろ」
 唾をぬぐい、おでこを何度も何度も掻きながら考えたが、何も浮かんでこなかった。
「刺激だよ。だから、相手に彼氏がいようといまいと関係ない。ナンパ師ならばそこに付け込むんだよ。男女関係はどうしても飽きというものがやってくる。そこでできた女の心の隙間に、フレッシュな出会いを注ぎ込むんだよ。新鮮さというものは、お前が思っている以上にパワーがあるんだぜ。ごく普通の料理でも出来立てだと3割増しで美味しく感じるように、ごく普通の男でも出会ったばかりだと3割増しで男前に見えるんだよ!」
 3割増しって……。ぎょうざの満州かよ。
「後は聞き上手になり、その女の欲求不満のツボを捉えて展開していけば、自然と道は開けていくんだぜ」
 それを聞いていたガリさんが頷きながら喋り始めた。
「せやな。ナンパっちゅうものは、男にとっても女にとっても、一時的な刺激をむさぼるための関係性と割り切ることが多い。よって、というのは、刺激における結び付きという理論で裏付けされた行為と説明できるんやで」
 乳ローは好みの女性を見つけたのか人混みを眺めている。
「しかし、その刺激は一時的なもんやし、会ったその日にピークを迎えることが多い。せやから、その日会って、エッチして、永遠に会わないということはようあんねん」
「男女関係において、刺激はキーワードの一つなんですね」
「まあな。でも、刺激が消滅したからって終わってしまう関係性だと寂しいやろ。せやから、次のテーマは、刺激ある関係性をどのように持続させていけばええかっちゅうことだが、」
「おいおい、グリーンにはまだまだ先の話だろ。それよりも、最後にダメ押しでこれだけは言わせろ。おい、よく聞けグリーン。お前はもっとスリルを求めろよ。スリルのない人生の何が楽しいんだ? 安全地帯ばかり歩いてんじゃねぇよ。そんなんじゃ、いつまでたっても女一人ものにできねぇぞ」
 キツイ言い方だったが、確実に自分の心のツボを捉えていたので、瞬間的に熱い汗が噴き出してしまった。
「そんなんで、お前の人生楽しいの? なぁ? 街コンやパーティやマッチングアプリなんかのぬるい環境ばかりで出会いを求めていたら、野性味を失い魅力が減ってオスのレベルがどんどん下がっていくんだよ。それに、女だって、養殖ものより天然ものの方がうめぇに決まってるだろ?」
 街コン・パーティ・マッチングアプリ→養殖もの、ナンパ→天然ものと言いたいのだろうか……。すごい論理だな。ったく……。
しおりを挟む

処理中です...