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2章 乳ロー
2-5 地蔵
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「ナンパを始める前の基本の説明はここでおしまい。後は追い追い教えるよ。ほんなら、グリーンのナンパを見てやるからちょっと声かけしてみろや」
「え! いきなりですか……」
振り返り、硬直しながらガリさんを見つめた。こめかみや頭皮のどこからか脂汗が次々と無数に生まれてくる。それは滑るように落ちてきたので軽くイラつきながら右手で素早くぬぐう。おそらく、俺の目は剥いているだろう。ぎこちない動きをしながらガリさんに背を向けて街を見渡す。
急に怖くなってきた。
なんて声をかければいいんだ。
ナンパなんて、街中で適当にチャラく声をかければいいんだろ、と軽く考えていた。しかし、いざ本番になると、なぜか恐怖感だけが心を覆い足も小刻みに震えてきた。
「いきなりも何も声かけせな始まらんやろ。初めてだから緊張してるんか?」
背中越しにガリさんの柔らかい声が聞こえる。
「せやな。今日は、見学だけにしとこうか?」
気を使われてしまったのだろうか。情けない。俺はここに何しに来たんだ? ナンパをするためだろ。そうじゃないのか。
「いえ、声をかけます」
ハッキリ言い切ったがナンパなんて今まで一度もしたことがない。「こんにちは」でいいのかな。うまく言えるだろうか。
再び恐怖感に覆われ、今度は逃げたくなってきた。
全ての汗腺がゆるみ、汗が垂れ流されている。身体はさらに硬直して動けない。石になってしまったのではないだろうか。いや、石になってしまったんだ。石になった俺は動けなくなってしまった。
後ろに座っていたガリさんが、突然前から現れた。左手を肩にポンと乗せると、穏やかな表情で諭すように語りかけてきた。
「ナンパの世界では、今のお前のように声をかけたくてもかけられず固まってしまう状態を『地蔵』って言われてバカにされるんや。よく覚えておけよ」
地蔵と言われて返す言葉がなかった。
地蔵……。
「おいおい、グリーンちゃん。顔の汗がすごいやん。そんだけ汗だくやと、キモいと思われてうまくいかへんで」
ガリさんは、シャツのポケットからタバコとジッポーを取り出して素早く火をつける。
「はい」
返事をすると、汗が垂れ流されるだけでなく視界から湯気が見えてきた。
「湯気が立ってますやん! もしかして、自分、ホンマはやかん星人やろ?」
湯気を人差し指でさしながら本気で訊かれた。
「俺はやかん星人ではありません。……たぶん」
「『ほら、湯気が立ってるで。見てみー』って声をかければ、笑いだけは取れると思うで」
ガリさんは笑っていたが、俺は何も答えなかった。
「涙も出てきたやん」
確かに目から流れ落ちる水滴を感じた。それを左手でぬぐうと、その手の甲に水滴が落ちてきた。空を見ると、先ほどまでの晴天とバトンタッチして薄暗い雲に覆われている。俺の湯気を冷ますかのように雨脚は一秒単位で強まってくる。
今日、俺は声をかけることができるのだろうか。
雨脚が強まっても、地蔵になった俺はその場所を一歩も動くことができなかった。
「え! いきなりですか……」
振り返り、硬直しながらガリさんを見つめた。こめかみや頭皮のどこからか脂汗が次々と無数に生まれてくる。それは滑るように落ちてきたので軽くイラつきながら右手で素早くぬぐう。おそらく、俺の目は剥いているだろう。ぎこちない動きをしながらガリさんに背を向けて街を見渡す。
急に怖くなってきた。
なんて声をかければいいんだ。
ナンパなんて、街中で適当にチャラく声をかければいいんだろ、と軽く考えていた。しかし、いざ本番になると、なぜか恐怖感だけが心を覆い足も小刻みに震えてきた。
「いきなりも何も声かけせな始まらんやろ。初めてだから緊張してるんか?」
背中越しにガリさんの柔らかい声が聞こえる。
「せやな。今日は、見学だけにしとこうか?」
気を使われてしまったのだろうか。情けない。俺はここに何しに来たんだ? ナンパをするためだろ。そうじゃないのか。
「いえ、声をかけます」
ハッキリ言い切ったがナンパなんて今まで一度もしたことがない。「こんにちは」でいいのかな。うまく言えるだろうか。
再び恐怖感に覆われ、今度は逃げたくなってきた。
全ての汗腺がゆるみ、汗が垂れ流されている。身体はさらに硬直して動けない。石になってしまったのではないだろうか。いや、石になってしまったんだ。石になった俺は動けなくなってしまった。
後ろに座っていたガリさんが、突然前から現れた。左手を肩にポンと乗せると、穏やかな表情で諭すように語りかけてきた。
「ナンパの世界では、今のお前のように声をかけたくてもかけられず固まってしまう状態を『地蔵』って言われてバカにされるんや。よく覚えておけよ」
地蔵と言われて返す言葉がなかった。
地蔵……。
「おいおい、グリーンちゃん。顔の汗がすごいやん。そんだけ汗だくやと、キモいと思われてうまくいかへんで」
ガリさんは、シャツのポケットからタバコとジッポーを取り出して素早く火をつける。
「はい」
返事をすると、汗が垂れ流されるだけでなく視界から湯気が見えてきた。
「湯気が立ってますやん! もしかして、自分、ホンマはやかん星人やろ?」
湯気を人差し指でさしながら本気で訊かれた。
「俺はやかん星人ではありません。……たぶん」
「『ほら、湯気が立ってるで。見てみー』って声をかければ、笑いだけは取れると思うで」
ガリさんは笑っていたが、俺は何も答えなかった。
「涙も出てきたやん」
確かに目から流れ落ちる水滴を感じた。それを左手でぬぐうと、その手の甲に水滴が落ちてきた。空を見ると、先ほどまでの晴天とバトンタッチして薄暗い雲に覆われている。俺の湯気を冷ますかのように雨脚は一秒単位で強まってくる。
今日、俺は声をかけることができるのだろうか。
雨脚が強まっても、地蔵になった俺はその場所を一歩も動くことができなかった。
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