上 下
6 / 107
2章 乳ロー

2-4 口から何かが出てくる男・子凛 

しおりを挟む
「ほんで、ナンパ師も大きく分けて二種類に分けることができる。快楽系ナンパ師と誠実系ナンパ師や。さっき、乳ローがいたやろ。彼が典型的なんやけど、目の前の刹那を求める傾向が強いナンパ師を快楽系ナンパ師という。それに反して、あっ、来た来た、誠実系ナンパ師の代表が」
 こちらに向かって歩いてきた人物は、とてもナンパをしてそうには見えない真面目な好青年といった風貌だった。淡い紺色とグレーで彩られたアーガイル模様のVネックニットがひたすら似合い、ポーターのバックを斜めがけしている。
「ちょうど、子凛のことを話していたんやで」
 心がなびくような風が吹き抜けていくと、育ちの良さを感じさせるサラサラの髪が逆らわずに流れ、せせらぎがどこからともなく聞こえてきた。あまりにも綺麗な黒髪で、子どもの髪によく見られる天使の輪がつむじの周りにうっすら浮かび上がっている。
「私のことですか。やめてくださいよ、ガリさん。こちらの方はどなたですか」
 ガリさんは座ったままだったが、俺は立ち上がった。子凛はガリさんに向けていた身体を俺に向けた。吸い込まれそうな純粋な瞳と焦点が合ってしまった。
「初めまして、グリーンと申します。『こりん』さんですか? よろしくお願いします」
 目を合わせることが少し恥ずかしく感じられて、逸らすと、なめらかな白い肌が目についた。
「初めまして、『子凜』と申します。ガリさんに命名されたのでこのニックネームを使っています」
「ガリさん、子凛にした理由は何ですか?」
「王子様のような雰囲気且つ凛とした美しさを感じたから、子凛と命名したんやで」
「え……」
「どうしたんですか、子凛さん」
「いや、ガリさんはゆうこりんの大ファンのようで、『これからゆうこりんの写真集を買いに行くから、お前は子凛でええんちゃう?』と適当につけられた覚えが……」
 あまりにもひどすぎるエピソード……。
「それは冗談や冗談」
「でも、確かに王子様っぽいなと自分も思いました」
「ありがとうございます。よく言われるんですよね。グリーンさん、よろしくお願いします。お互い頑張りましょう」
 爽やかな微笑みを投げかけられて、一瞬立ちくらみをする。
 その暗がりから少しずつ明るみを取り戻すと、子凛の口元に惹きつけられる。その口元には白い歯が綺麗に並べられていて、見つめていると、微笑みを浮かべる度に小さな星がこぼれるような幻想にとらわれ、その小さな星を集めれば何かが出現しそうな気がした。
「僕のことって何を話してたのですか」
 子凛はガリさんに身体を向けると、少年のような眼差しで見つめた。ガリさんは人差し指を立てながら言った。
「子凛は、日本一の誠実系ナンパ師だって話やで」
「ガリさん、恥ずかしいのでやめてくださいよ」
「誠実系ナンパ師っちゅうのは、付き合いたいおなごを見つけることが目的のナンパ師をいうねん。ま、ワイが勝手にそう分類してるだけやけどな」
「僕は根が真面目すぎるみたいで快楽的なナンパができないだけなんですよ。確かに、一生を共にする女性を見つけるためにナンパをしているのは事実ですが」
 子凛は、左手を後頭部に回して頬を少し赤らめながら照れ笑いした。
「あれ、子凛ごのみじゃないか?」
 ガリさんはモデルのようなすらりとした女を指した。その瞬間、子凛の目つきが変わる。今まで俺たちに向けていた純粋な瞳はそこには存在しなかった。
 あの目は何を意味しているのだろうか……。心の中で必死に模索する。 
「狩りの目や」
 ガリさんは脈絡もなく突然言葉を発した。俺は心を読まれてしまったのだろうか。
「男は女を狙うここぞというときには狩りの心を持たなくてはあかん。ただ優しいだけじゃダメなんや。時には女を奪い取る荒々しい獣のような心がなくてはあかんのや。まぁ、安心せい。男にはその心が漏れなくついている。せやけど、それを起こすか眠らしたままにするかはその男次第なんやで」
 子凛の変わりようにも驚いたが、俺の心を見透かすガリさんにも驚いてしまった。
 子凛は駆け足でその女に向かった。女の右斜め前に出ると、振り向きながら声をかけた。すると、声をかける前の鋭い表情はなくなり、俺に向けたような優しい表情に戻った。
 なぜだろうか……。声をかけただけなのに、ものすごくカッコ良く見えてしまった。
「あれは、うまくいくと思うで」
 ガリさんは、子凛と女を眺めながら言った。
しおりを挟む

処理中です...