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7章 性欲の中心には魔物が棲んでんねん
7-23 性的同意6【「令和5年6月16日不同意性交等罪が可決、成立された。それは、何故か。令和時代は、性的同意の時代だからや」】
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「前述した通り、2017年に110年振りに刑法の性犯罪規定が改正された。法務省は2017年刑法一部改正法附則第9条に基づいて3年後を目途に見直しを検討する性犯罪に関する刑事法検討会が2020年6月~2021年5月まで行われた。この3年後の見直しは被害者が国会で血の滲むような過去を話し、さらにはあらゆる被害者団体が訴え続けて得ることができた見直しなんやで」
「どのような議論が行われたのですか?」
「前回同様に、『捜査してくれない』『起訴してくれない』『裁判でバラツキが見られる』という意見が出た。その中心にある要件の暴行・脅迫や抗拒不能について、改めて『不同意の徴表である』という意見が述べられたが、『それに限られるものではない』『あまりにも厳しく運用されている』『この文言では狭すぎる。だからこそ拾えていない案件が多い』という意見が返された。さらには、『性交意思に反する明示だけでは非常に問題がある』『不同意の徴表が抵抗という考え方自体が疑問であり、抵抗できない事実への理解が乏しく実状に伴っていない』という意見も出た(第5回 2020年8月27日 小西聖子(武蔵野大学教授・精神科医)齋藤梓(目白大学専任講師・臨床心理士)等参考(17)」
「附帯決議の効果は少しずつということなんでしょうか」
「まあな。せやから、このような意見も出た。『springが実施したアンケートでも、挿入被害1274件のうち、起訴されたのは9件です。(中略)ほとんどの被害者が裁判にたどり着けていない。その中で、自分の被害は被害でないという認識をして苦しんでいます(第8回12P 2020年11月10日 山本潤 SANE・性暴力被害者支援看護師)(18)』」
「で、暴行・脅迫や抗拒不能は撤廃されたんですか?」
「撤廃すると当然代わりに『不同意性交等罪(意思に反してのみ要件)』という話になるわけだが、そこも深掘りされた。不同意という文言はかなり幅のある概念であり、であるならば、不同意の規定が必要になってくる。不同意の明確な規定なく裸同然の文言では危険であり、それならば、無罪率が高くなるだろうという意見が相次いで述べられた」
「やはり、不同意性交等罪って難しいんですね」
「せやな。この検討会に参加している誰もが、再三に渡り、いや再四再五に渡り『被害者の意思に反する性行為は犯罪であり、これを罰する必要があることは当然』と意見してんねん。誰一人そこには異論はないし、全ての委員がそこの部分では完全に一致してんねん。しかし、立法化は極めて難しいねん」
○橋爪隆(東京大学教授)『(中略)いかなる処罰規定を設けることが適当かを考える上では、次の3点が重要であると考えます。
第一に、被害者の意思に明確に反する性行為を取りこぼすことなく処罰対象にすること、第二に、処罰すべきでないものが処罰対象に含まれないような規定ぶりを考えること、第三に、法的安定性を十分に担保できるような規定とすることです。(中略)
以上三つの観点から考えますと、やはり私は、不同意自体を構成要件とするのではなく、行為態様や被害者の心理状態を具体的に規定することによって、被害者に不当な影響を及ぼし、その意思決定をゆがめたと評価できる場合を捕捉する構成要件を規定することがより適切であると考えています。(中略)
同意・不同意の限界設定は極めて微妙かつ不安定である以上、不同意それ自体を問題にするのではなく、個別の行為態様、関係性、被害者の心理状態等を具体的に規定した方が適切に限界を画し得るのではなかろうかという点に尽きます。もし仮に不同意のみを要件として刑罰法規を規定した場合、人間の意思決定や心理状態が微妙なものである点に鑑みると、裁判所による同意・不同意の認定が現行法以上にぶれてしまい、結果的に被害者に負担が生ずることも懸念されます(第12回31P~32P 2021年2月16日)(19)』」
「ギリギリを目指そうとしてるのは感じますね。その後はどうなったのですか?」
「後半になると、暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能に加えて、その手段や状態を明確化して列挙すべきという議論が具体的にされていき、取りまとめ報告書が作成された(第16回8P~10P 2021年5月21日)」
「この検討会が改正に影響を与えるんですよね」
「せやな。しかし、この議論はあくまで専門家による〝提案〟や。議論や論点整理された取りまとめ報告書を受けた法務省が、法改正の条文案を作り法制審議官に諮問すんねん」
「その後は法務大臣に答申し、法案を国会に提出して改正されたってことですね」
「そういうこった。強制性交等罪(強制わいせつ罪)における暴行・脅迫要件と、準強制性交等罪(準強制わいせつ罪)における抗拒不能要件は、どちらも基準が曖昧でブレがあるし、且つわかりづらいといわれていただろ?」
「そうですね」
「その条文を一つの規定にまとめ、8つ例示して明確化した改正が行われたんやで(2023年6月16日可決、成立。7月13日施行)」
☆不同意性交等罪
・加害者の行為、8つの例示。
①暴行や脅迫
②心身の障害(知的障害などに乗じた性的行為)
③アルコールや薬物
④睡眠や意識が不明瞭
⑤不意打ち(すれ違いざま及び、不意に襲われて状況が把握できなった場合)
⑥恐怖や驚愕(恐怖・ショック・予想外の事態のあまり、フリーズや頭が真っ白な状態)
⑦虐待(親子関係における継続的な虐待及び、DⅤ被害者への性的行為)
⑧地位の利用(教師や生徒、上司と部下、スポーツ指導者と選手、などにおける関係性の 悪用)
・人違いや誤信をさせた場合も、同様に処罰。
※その他、これらに類する行為または事由も、同様に処罰。
このような加害者の行為によって、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせて、または乗じて性交などをすること。
「名称が、不同意性交等罪に改名されてびっくりしてるのですが……」
「それは、グリーンだけじゃない。世間も専門家もびっくりしたんやで」
「そうなんですか……。少し要約すると、『同意しない意思の表明などが難しい状態にして性行為をした場合』ということでしょうか。つまり、一言でいうと、ポイントは同意の有無と!」
「ブッブー、ちゃうねん。それやと、内心の問題になるやろ?」
「確かに。内心が焦点になると、立証が困難になるからダメだと言ってましたよね」
「せや。ポイントは、同意の有無ではなく、『同意しない意思の表明などが難しい状態』かどうかなんやで」
「ついつい、不同意性交等罪という名称に引っ張られてしまいました」
「おう。それはグリーンだけじゃなく、ネット界隈もそうだった。内心のみと勘違いやミスリードが起きて、『アプリか書面か録画か録音などで、行為前に同意確認を必ずして証拠を残さないと処罰される』『その証拠が逆に取られかねない』などといわれているが実情はそうではない。加えて、委縮効果による恋愛離れや結婚離れやそれにおける少子化が加速していくだろうといわれたり、一方で、意図しない出産や児童虐待や産み捨てなどの問題が減少し、真摯な関係を築いた上での子どもが増加していくだろうという意見や、あるいは強引なセックスで心を痛める女性は減少していくだろうという安堵な声など、あらゆるベクトルに議論が向けられ、皮肉にも結果的に性交同意の認識は広まっているわけであり、名称変更の意味があったといえるだろう」
「でも、こんな名前なのに、同意の有無が焦点じゃないなんて……」
「せやな。もちろん、『同意しない意思の表明などが難しい状態』を検察官が立証する必要がある。検察官が立証できれば、被告人における同意があったとしても有罪。反対に、立証できなければ、被告人における同意がなかったとしても無罪になるということやねん」
「しかし、『同意しない意思の表明などが難しい状態』とは一体……」
「一度では理解しづらいから略したくなる気持ちはわかるけど、省いた文言を戻してみ」
「えっ、……形成・表明・全う?」
「それそれっ! 同意しない意思における、①形成 ②表明 ③全う のどれかに該当すれば処罰されんねん。①今までの虐待や上下関係が原因で、『同意しない意思』という感情すら起きない。②暴行や脅迫行為等により、恐怖や驚愕(フリーズ)で『同意しない意思』が言えない。③『同意しない意思』を伝えたが、8つの例示行為等により、反対意思を貫徹・全うできない場合を指しているねん」
「なるほど。8つの例示行為は、徴表なんですね。徴表ってやはり大事なんですね」
「せや。んでもって、事前のNOだけでは不十分であり、NOが実行行為段階でも内心で継続していることを認定する必要があり、そのために外部的な事実関係(8つの例示等)に基づいて立証する必要があるんやで(20)」
「とりあえず、8つの例示に該当したらアウトということですね!」
「それはちゃう。なぜなら、限定列挙ではなく例示列挙だからや。スウェーデンのところでも話したが、アルコールの例で言うと、泥酔ならばアウトの可能性が高まるが、ほろ酔いならば微妙やねん。あくまで、例示に過ぎないっちゅうことや」
「例示と言っても、⑧地位の利用 は抽象的すぎませんか?」
「監護者性交等罪のところで述べた『対象を広げるべきだ』という声は、⑧地位の利用という列挙の一つに留められ、厳密には、経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していることなのだが、曖昧要件だといわれているし注視していかなければいかへんやろう(21)」
「この条文は所謂、No means Noとは違うのですか?」
「No means Noタイプとはいえる」
「それならば、ドイツでは評判が芳しくなかったので心配です」
「前述した通り、ドイツは暴行・脅迫を取り除いたのは良いのだが、その代わりに要件の一つである『認識可能な意思』が問題だった。内心とは異なるが、存否の証明が極めて難しい」
「日本は内心の事情ではなく、『認識可能な意思』という要件でもないから、ドイツのよように問題ではないと。スウェーデンも暴行・脅迫を取り除きましたが、適切に運用できているのですか?」
「故意要件がポイントになるだろう」
「故意要件……。『強制性交等罪の故意とは、暴行・脅迫の認識と不同意の認識の両方が必要』と言ってましたもんね」
「そそ。スウェーデンは暴行・脅迫要件を撤廃したから、他の例示列挙された要件で犯罪や故意を立証しなければならんねん。今まで通り、検察官は立証責任を果たさなあかんし、故意要件を立証することは内心の事情になるわけであり、ハードルが低いとはいえないだろう」
「確かに」
「それに、不同意の状況を、改正前よりも緻密且つ詳細に求められるといわれているし、例えば、行為前や中や後の詳細を、法廷の場で鮮明に被害者自ら喋らなあかんし、せやから、被害者の心の負担が軽くなっているわけではなく、改正前よりハードルが下がっているといえる状況ではないんやで」
「どこの国でも完璧ではないのですね……」
「せやけど、どこの国でも、不同意性交等罪とは〝意思に反する性行為は犯罪である〟と高らかに宣言した象徴的立法という側面もあったんやで」
「それが、日本の改正にもいえると」
「そそ。アナウンス効果が期待できるわけであり、それを最大限活かすためには名称というものが大切になってくんねん」
「やはり、不同意性交等罪という名称はインパクトがあり、一気に広まりましたもんね」
「せやな。罪名が不同意性交等罪(不同意わいせつ罪)に改名されたが、日本において不同意性交等罪とは、意思に反してのみの要件を指すことが主だった。その形態とは異なるが準ずる内容、且つ条文に『同意しない』という文言が盛り込まれ、さらには被害者団体の要望もあり、この罪名で改正されたんやで」
「同意していない性行為は、性暴力であり処罰対象である。そのメッセージを国民全体に伝えるべきだという想いが込められた命名な気がします」
「そういうこった。ちゃんと理解できたやないか」
「ありがとうございます……。他にも改正されたんですか?」
「全部で9項目、改正及び新設等された。
①暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正
②性交同意年齢の引上げ
③わいせつな挿入行為の取扱いの見直し(膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為であってわいせつなものを性交等に含める)
④配偶者間において不同意性交等罪などが成立することの明確化
⑤性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為(所謂、性的グルーミング罪)に係る罪の新設
⑥公訴時効の見直し
⑦被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則の新設
⑧性的な姿態の撮影行為及びその画像等の提供行為等に係る罪の新設
⑨押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等の措置を可能とする制度の導入
「様々な議論がされたようですが、これで終わりなのでしょうか?」
「法律というのは、実は世論がどういう刑法改正を求めているのか、その声や空気の強さが大きく影響を与えるんやで」
「世論?」
「近年、被害者団体(NGOや各種法人)や学生団体(ワークショップ)や被害者に寄り添う活動を行うフラワーデモなど、声を上げ動きが広がりを見せている。これらの働きにより、『性交同意とは?』という問いに対して多角的に論じられるようになり、国民の性交同意の認識や理解に変化が生まれた。3年後の見直しの今回は前述した通りの改正になったが、今改正においても附帯決議がつけられた」
「どんな内容なのですか?」
「法改正の周知の徹底、性被害や被害申告の困難さ等の実態調査、改めて司法職員に対するあらゆる研修の実施、被害者支援システムの連携体制における構築や充実、効果的な再犯防止対策の実施、引き続き海外の制度等の調査及び検討、学校における十分な性教育、さらには5年後(以内)の見直しが盛り込まれた。せやから、この後、新たに世論の熱が高まり後押しするようなことがあれば、『Yes means Yes』法や過失レイプ罪の導入がされるかもしれへんで」
「日本の改正はまだ発展途上なのでしょうか」
「せやな。日本の課題はまだまだある。暴行・脅迫要件はそのまま残された。ドイツもスウェーデンも暴行・脅迫要件は加重要件、つまり、量刑上の重い事情に制定してんねん。それに伴い法定刑も変わった」
「法定刑?」
「せや。日本は所謂悪質な強姦事案もコミュニケーション不足による不同意も、一律の処罰(懲役刑五年・不同意わいせつ罪は三年)にしてしまったのは問題だと思うねん。ドイツにおける性的侵害及び強姦の通常事例は、より重い場合でも二年以上の自由刑であり、日本と比べ軽い。それより重ければ三年以上・五年以上と分類されている(22)」
「スウェーデンは?」
「強姦罪における通常事例は二年以上六年以下の自由刑。重くなければ三年以下、重ければ五年以上とグラデーションがつけられている。(22)強制性交等罪から不同意性交等罪に名称が変更になり処罰範囲も広がったわけやから、ドイツやスウェーデンのように法定刑を細かく段階的に制定すべきだったと思うねん。下限が懲役刑の五年やから、判決における判断が躊躇するともいわれており、その躊躇は加害者のためにも被害者のためにもならないだろう。日本は一律且つ段階的に制定されておらず、そこに諸外国との違いがあり、これからのポイントの一つになっていくだろう(法務省「法制審議会─刑事法(性犯罪関係)宮田桂子(弁護士)金杉美和(弁護士)参考)(23)」
「おい、ガリピバ先生。今回の改正で冤罪が起きるんじゃねぇか?」
乳ローが口を出してきた。
「確かに処罰範囲が広がったし、曖昧要件もあるから冤罪の可能性がないとは言えない」
「ガリピバ先生~。冤罪が増えたらダメじゃないですかぁ」
「冤罪祭りでわっしょいわっしょい騒いでいるが、被害届を出したら、後はオート機能で結果を待つだけとはいかないんやで」
「そんなのわかってるよ」
「警察や検察など事情聴取であっちゃこっちゃ訊かれて裁判が終わるまで長々とお付き合いせなあかんし、家族に迷惑や心配をかけるかもしれんし、時間、体力、精神力、お金だってようけかかるのに、そこまでして冤罪を起こそうなんて人間は滅多にいないと思うねん。逆にどうしたら愛情を育んできたおなごに、裁判で争って牢屋にブチ込もうと思われるほど恨まれんねん?」
「日本は諸外国のように、取調べの際に弁護士立ち合いが許されてねぇし、録画など冤罪を防ぐ仕組みもしっかりしていねぇ。加えて、勾留延長により、自白が餌の人質司法だってそのままだろが。監禁だよ、監禁! さらには、無罪推定の原則が社会全体で徹底されるような大改造も必要だろ? 曖昧な法律を作る前にやらなきゃいけねぇことがたくさんあるんじゃねぇの? ってことを言いてぇんだよ!」
「ま、それはその通りだと思うが……」
「ガリさん。鉄道痴漢のような、冤罪の可能性はないのですか?」
「鉄道痴漢は現行犯なのがポイントなんや。せやから、事件性の高い強制わいせつや強姦といえるもの以外は逮捕事案になりにくい。それ以外の場合は、弁護士に依頼し、8つの例示等の内のどれかを押さえた上で、立証できる可能性が高い情報(SNSや日記等)を警察に提示する流れになる。すぐに強制わいせつとは断定しづらい類のセクハラ裁判と同じような展開になるだろう」
「ま、この同意法は、美人局やあらゆる脅しなど、新たな犯罪には使えそうだな」
乳ローは吐き捨てるように言った。
「この法律をよく理解していない無知な人ならば、『同意してないから犯罪だよ』だけでビビると思うから否定できひんな。せやけど、『同意していないだけ』だと、ほぼほぼ警察は動かへんがな」
「っていうか、アメリカでは冤罪が問題になってんだろ?」
しつこい乳ローが、また口を挟んだ。
「それも含めて、これからさらに不同意性交等罪が改正されていくかもしれへん。どういう方向に進むかわからんが、世論の波が与える影響は重いんやで」
「んあっ? ガリは冤罪を肯定するってことか?」
「アホ言うな。ホンマしつこいし、んなこたー言うてないやろ。ったく……。お前が一番危ないんやから、気をつけろってこった。乳ロー、お前には口酸っぱく言うとく。よう聞いとけ。カリフォルニア州で制定されたキャンパス向けの法律、上院法案にはこういうことが書かれとる。今までの性交渉や恋人関係の有無は関係ないし、キスしても裸で抱きあっても、同意したことにはならないねん。それに、体調が悪くなったり避妊で揉めて気分が変わるときだってあるから『Yes means Yesは、性行為においての継続性が必要。途中で納得できないことがあれば、どんなときだって撤回することができる』と書かれているんやで」
「うるせーよ。俺様だぞ? そんなこと全てわかってるよ」
「何がどうわかってるんや?」
「あん? 俺様に突っ込んだ返答を要求してるのか?」
「せや」
「しょうがねぇなぁ。俺が話をまとめてやるよ。つまり、『新婚さんいらっしゃい!』 のYESNO枕はノーベル賞級の発明だから、売り切れる前に買っとけよって話だろ?」
「ん!? いや……、ま、まぁ……」
今の話を聞いていて、どう解釈したらそういう結論に至るんだ……。
「しかし、ガリさん、間違ってはいないような……」
「ま、間違ってはいないが……、んぅ、お、およよ……。まぁ、ええわ」
「とりあえず、これが現代における性的同意の基準なんですね」
「そういうこった」
「となると、ナンパって現代においてどう捉えたら良いのでしょうか」
乳ローが覗き込んできた。
「センスある男だけが生き残るんじゃねぇの」
「センスですか」
「『センスがねぇだけじゃなく覚悟もねぇならば、このナンパというデカい舞台から今すぐ立ち去れ!』って、ガリ総長は言うと思うぜ」
「そこまでは言わへんが、グリーンは子凛のように誠実系にシフトするのも手かもな」
「快楽系は無理ということですね。それにしても、ナンパに未来はあるのでしょうか……」
乳ローが割り込んできた。
「所詮、ナンパ師はゲス民なんだよ! でもな、ゲスの味は蜜の味なんだぜ。この宇宙は聖人君子や綺麗事ばかりだと退屈だろうが! だからこそ、ゲスは必要なんだよ。例えてやろう。自分の靴下の臭いをくさいとわかっていてもついつい嗅いでしまうだろ? ゲスにはそんな動物本能による野性的な魅力があるんだよ!」
なんちゅう例えなんだ。言っている意味もよくわからないし……。
ガリさんがゆっくりと口を開いた。
「性犯罪は絶対やっちゃアカン。性的同意も必ずせなアカン。まー、令和時代に合ったナンパを試行錯誤せなアカンのは間違いない。……せやけどな、一つだけ言うとく。男には口説く権利があんねん。ワイが言いたいのはそれだけや」
「確かに、そう思います。ありがとうございます……」
「ん。どした、グリーン?」
「思い出したのですが……。いや、やめときます」
「なんや、水くさいやないか」
「怒りませんか?」
「当たり前やろ」
「渋谷でガリさんのナンパを拝見したとき、声かけから5分で同意確認せずにキスしていたような……」
「あ、あれは、そのぉ。夢中になっていたから、ついつい」
「ついついじゃねぇよ。自分のことを棚に上げて、何、偉そうに説教垂れてんだよ」
「ま、ワイも改めて気をつけなアカンっちゅうことやな……」
と言うと、三人で笑いあった。
「どのような議論が行われたのですか?」
「前回同様に、『捜査してくれない』『起訴してくれない』『裁判でバラツキが見られる』という意見が出た。その中心にある要件の暴行・脅迫や抗拒不能について、改めて『不同意の徴表である』という意見が述べられたが、『それに限られるものではない』『あまりにも厳しく運用されている』『この文言では狭すぎる。だからこそ拾えていない案件が多い』という意見が返された。さらには、『性交意思に反する明示だけでは非常に問題がある』『不同意の徴表が抵抗という考え方自体が疑問であり、抵抗できない事実への理解が乏しく実状に伴っていない』という意見も出た(第5回 2020年8月27日 小西聖子(武蔵野大学教授・精神科医)齋藤梓(目白大学専任講師・臨床心理士)等参考(17)」
「附帯決議の効果は少しずつということなんでしょうか」
「まあな。せやから、このような意見も出た。『springが実施したアンケートでも、挿入被害1274件のうち、起訴されたのは9件です。(中略)ほとんどの被害者が裁判にたどり着けていない。その中で、自分の被害は被害でないという認識をして苦しんでいます(第8回12P 2020年11月10日 山本潤 SANE・性暴力被害者支援看護師)(18)』」
「で、暴行・脅迫や抗拒不能は撤廃されたんですか?」
「撤廃すると当然代わりに『不同意性交等罪(意思に反してのみ要件)』という話になるわけだが、そこも深掘りされた。不同意という文言はかなり幅のある概念であり、であるならば、不同意の規定が必要になってくる。不同意の明確な規定なく裸同然の文言では危険であり、それならば、無罪率が高くなるだろうという意見が相次いで述べられた」
「やはり、不同意性交等罪って難しいんですね」
「せやな。この検討会に参加している誰もが、再三に渡り、いや再四再五に渡り『被害者の意思に反する性行為は犯罪であり、これを罰する必要があることは当然』と意見してんねん。誰一人そこには異論はないし、全ての委員がそこの部分では完全に一致してんねん。しかし、立法化は極めて難しいねん」
○橋爪隆(東京大学教授)『(中略)いかなる処罰規定を設けることが適当かを考える上では、次の3点が重要であると考えます。
第一に、被害者の意思に明確に反する性行為を取りこぼすことなく処罰対象にすること、第二に、処罰すべきでないものが処罰対象に含まれないような規定ぶりを考えること、第三に、法的安定性を十分に担保できるような規定とすることです。(中略)
以上三つの観点から考えますと、やはり私は、不同意自体を構成要件とするのではなく、行為態様や被害者の心理状態を具体的に規定することによって、被害者に不当な影響を及ぼし、その意思決定をゆがめたと評価できる場合を捕捉する構成要件を規定することがより適切であると考えています。(中略)
同意・不同意の限界設定は極めて微妙かつ不安定である以上、不同意それ自体を問題にするのではなく、個別の行為態様、関係性、被害者の心理状態等を具体的に規定した方が適切に限界を画し得るのではなかろうかという点に尽きます。もし仮に不同意のみを要件として刑罰法規を規定した場合、人間の意思決定や心理状態が微妙なものである点に鑑みると、裁判所による同意・不同意の認定が現行法以上にぶれてしまい、結果的に被害者に負担が生ずることも懸念されます(第12回31P~32P 2021年2月16日)(19)』」
「ギリギリを目指そうとしてるのは感じますね。その後はどうなったのですか?」
「後半になると、暴行・脅迫や心神喪失・抗拒不能に加えて、その手段や状態を明確化して列挙すべきという議論が具体的にされていき、取りまとめ報告書が作成された(第16回8P~10P 2021年5月21日)」
「この検討会が改正に影響を与えるんですよね」
「せやな。しかし、この議論はあくまで専門家による〝提案〟や。議論や論点整理された取りまとめ報告書を受けた法務省が、法改正の条文案を作り法制審議官に諮問すんねん」
「その後は法務大臣に答申し、法案を国会に提出して改正されたってことですね」
「そういうこった。強制性交等罪(強制わいせつ罪)における暴行・脅迫要件と、準強制性交等罪(準強制わいせつ罪)における抗拒不能要件は、どちらも基準が曖昧でブレがあるし、且つわかりづらいといわれていただろ?」
「そうですね」
「その条文を一つの規定にまとめ、8つ例示して明確化した改正が行われたんやで(2023年6月16日可決、成立。7月13日施行)」
☆不同意性交等罪
・加害者の行為、8つの例示。
①暴行や脅迫
②心身の障害(知的障害などに乗じた性的行為)
③アルコールや薬物
④睡眠や意識が不明瞭
⑤不意打ち(すれ違いざま及び、不意に襲われて状況が把握できなった場合)
⑥恐怖や驚愕(恐怖・ショック・予想外の事態のあまり、フリーズや頭が真っ白な状態)
⑦虐待(親子関係における継続的な虐待及び、DⅤ被害者への性的行為)
⑧地位の利用(教師や生徒、上司と部下、スポーツ指導者と選手、などにおける関係性の 悪用)
・人違いや誤信をさせた場合も、同様に処罰。
※その他、これらに類する行為または事由も、同様に処罰。
このような加害者の行為によって、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせて、または乗じて性交などをすること。
「名称が、不同意性交等罪に改名されてびっくりしてるのですが……」
「それは、グリーンだけじゃない。世間も専門家もびっくりしたんやで」
「そうなんですか……。少し要約すると、『同意しない意思の表明などが難しい状態にして性行為をした場合』ということでしょうか。つまり、一言でいうと、ポイントは同意の有無と!」
「ブッブー、ちゃうねん。それやと、内心の問題になるやろ?」
「確かに。内心が焦点になると、立証が困難になるからダメだと言ってましたよね」
「せや。ポイントは、同意の有無ではなく、『同意しない意思の表明などが難しい状態』かどうかなんやで」
「ついつい、不同意性交等罪という名称に引っ張られてしまいました」
「おう。それはグリーンだけじゃなく、ネット界隈もそうだった。内心のみと勘違いやミスリードが起きて、『アプリか書面か録画か録音などで、行為前に同意確認を必ずして証拠を残さないと処罰される』『その証拠が逆に取られかねない』などといわれているが実情はそうではない。加えて、委縮効果による恋愛離れや結婚離れやそれにおける少子化が加速していくだろうといわれたり、一方で、意図しない出産や児童虐待や産み捨てなどの問題が減少し、真摯な関係を築いた上での子どもが増加していくだろうという意見や、あるいは強引なセックスで心を痛める女性は減少していくだろうという安堵な声など、あらゆるベクトルに議論が向けられ、皮肉にも結果的に性交同意の認識は広まっているわけであり、名称変更の意味があったといえるだろう」
「でも、こんな名前なのに、同意の有無が焦点じゃないなんて……」
「せやな。もちろん、『同意しない意思の表明などが難しい状態』を検察官が立証する必要がある。検察官が立証できれば、被告人における同意があったとしても有罪。反対に、立証できなければ、被告人における同意がなかったとしても無罪になるということやねん」
「しかし、『同意しない意思の表明などが難しい状態』とは一体……」
「一度では理解しづらいから略したくなる気持ちはわかるけど、省いた文言を戻してみ」
「えっ、……形成・表明・全う?」
「それそれっ! 同意しない意思における、①形成 ②表明 ③全う のどれかに該当すれば処罰されんねん。①今までの虐待や上下関係が原因で、『同意しない意思』という感情すら起きない。②暴行や脅迫行為等により、恐怖や驚愕(フリーズ)で『同意しない意思』が言えない。③『同意しない意思』を伝えたが、8つの例示行為等により、反対意思を貫徹・全うできない場合を指しているねん」
「なるほど。8つの例示行為は、徴表なんですね。徴表ってやはり大事なんですね」
「せや。んでもって、事前のNOだけでは不十分であり、NOが実行行為段階でも内心で継続していることを認定する必要があり、そのために外部的な事実関係(8つの例示等)に基づいて立証する必要があるんやで(20)」
「とりあえず、8つの例示に該当したらアウトということですね!」
「それはちゃう。なぜなら、限定列挙ではなく例示列挙だからや。スウェーデンのところでも話したが、アルコールの例で言うと、泥酔ならばアウトの可能性が高まるが、ほろ酔いならば微妙やねん。あくまで、例示に過ぎないっちゅうことや」
「例示と言っても、⑧地位の利用 は抽象的すぎませんか?」
「監護者性交等罪のところで述べた『対象を広げるべきだ』という声は、⑧地位の利用という列挙の一つに留められ、厳密には、経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮していることなのだが、曖昧要件だといわれているし注視していかなければいかへんやろう(21)」
「この条文は所謂、No means Noとは違うのですか?」
「No means Noタイプとはいえる」
「それならば、ドイツでは評判が芳しくなかったので心配です」
「前述した通り、ドイツは暴行・脅迫を取り除いたのは良いのだが、その代わりに要件の一つである『認識可能な意思』が問題だった。内心とは異なるが、存否の証明が極めて難しい」
「日本は内心の事情ではなく、『認識可能な意思』という要件でもないから、ドイツのよように問題ではないと。スウェーデンも暴行・脅迫を取り除きましたが、適切に運用できているのですか?」
「故意要件がポイントになるだろう」
「故意要件……。『強制性交等罪の故意とは、暴行・脅迫の認識と不同意の認識の両方が必要』と言ってましたもんね」
「そそ。スウェーデンは暴行・脅迫要件を撤廃したから、他の例示列挙された要件で犯罪や故意を立証しなければならんねん。今まで通り、検察官は立証責任を果たさなあかんし、故意要件を立証することは内心の事情になるわけであり、ハードルが低いとはいえないだろう」
「確かに」
「それに、不同意の状況を、改正前よりも緻密且つ詳細に求められるといわれているし、例えば、行為前や中や後の詳細を、法廷の場で鮮明に被害者自ら喋らなあかんし、せやから、被害者の心の負担が軽くなっているわけではなく、改正前よりハードルが下がっているといえる状況ではないんやで」
「どこの国でも完璧ではないのですね……」
「せやけど、どこの国でも、不同意性交等罪とは〝意思に反する性行為は犯罪である〟と高らかに宣言した象徴的立法という側面もあったんやで」
「それが、日本の改正にもいえると」
「そそ。アナウンス効果が期待できるわけであり、それを最大限活かすためには名称というものが大切になってくんねん」
「やはり、不同意性交等罪という名称はインパクトがあり、一気に広まりましたもんね」
「せやな。罪名が不同意性交等罪(不同意わいせつ罪)に改名されたが、日本において不同意性交等罪とは、意思に反してのみの要件を指すことが主だった。その形態とは異なるが準ずる内容、且つ条文に『同意しない』という文言が盛り込まれ、さらには被害者団体の要望もあり、この罪名で改正されたんやで」
「同意していない性行為は、性暴力であり処罰対象である。そのメッセージを国民全体に伝えるべきだという想いが込められた命名な気がします」
「そういうこった。ちゃんと理解できたやないか」
「ありがとうございます……。他にも改正されたんですか?」
「全部で9項目、改正及び新設等された。
①暴行・脅迫要件、心神喪失・抗拒不能要件の改正
②性交同意年齢の引上げ
③わいせつな挿入行為の取扱いの見直し(膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入する行為であってわいせつなものを性交等に含める)
④配偶者間において不同意性交等罪などが成立することの明確化
⑤性交等又はわいせつな行為をする目的で若年者を懐柔する行為(所謂、性的グルーミング罪)に係る罪の新設
⑥公訴時効の見直し
⑦被害者等の聴取結果を記録した録音・録画記録媒体に係る証拠能力の特則の新設
⑧性的な姿態の撮影行為及びその画像等の提供行為等に係る罪の新設
⑨押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等の措置を可能とする制度の導入
「様々な議論がされたようですが、これで終わりなのでしょうか?」
「法律というのは、実は世論がどういう刑法改正を求めているのか、その声や空気の強さが大きく影響を与えるんやで」
「世論?」
「近年、被害者団体(NGOや各種法人)や学生団体(ワークショップ)や被害者に寄り添う活動を行うフラワーデモなど、声を上げ動きが広がりを見せている。これらの働きにより、『性交同意とは?』という問いに対して多角的に論じられるようになり、国民の性交同意の認識や理解に変化が生まれた。3年後の見直しの今回は前述した通りの改正になったが、今改正においても附帯決議がつけられた」
「どんな内容なのですか?」
「法改正の周知の徹底、性被害や被害申告の困難さ等の実態調査、改めて司法職員に対するあらゆる研修の実施、被害者支援システムの連携体制における構築や充実、効果的な再犯防止対策の実施、引き続き海外の制度等の調査及び検討、学校における十分な性教育、さらには5年後(以内)の見直しが盛り込まれた。せやから、この後、新たに世論の熱が高まり後押しするようなことがあれば、『Yes means Yes』法や過失レイプ罪の導入がされるかもしれへんで」
「日本の改正はまだ発展途上なのでしょうか」
「せやな。日本の課題はまだまだある。暴行・脅迫要件はそのまま残された。ドイツもスウェーデンも暴行・脅迫要件は加重要件、つまり、量刑上の重い事情に制定してんねん。それに伴い法定刑も変わった」
「法定刑?」
「せや。日本は所謂悪質な強姦事案もコミュニケーション不足による不同意も、一律の処罰(懲役刑五年・不同意わいせつ罪は三年)にしてしまったのは問題だと思うねん。ドイツにおける性的侵害及び強姦の通常事例は、より重い場合でも二年以上の自由刑であり、日本と比べ軽い。それより重ければ三年以上・五年以上と分類されている(22)」
「スウェーデンは?」
「強姦罪における通常事例は二年以上六年以下の自由刑。重くなければ三年以下、重ければ五年以上とグラデーションがつけられている。(22)強制性交等罪から不同意性交等罪に名称が変更になり処罰範囲も広がったわけやから、ドイツやスウェーデンのように法定刑を細かく段階的に制定すべきだったと思うねん。下限が懲役刑の五年やから、判決における判断が躊躇するともいわれており、その躊躇は加害者のためにも被害者のためにもならないだろう。日本は一律且つ段階的に制定されておらず、そこに諸外国との違いがあり、これからのポイントの一つになっていくだろう(法務省「法制審議会─刑事法(性犯罪関係)宮田桂子(弁護士)金杉美和(弁護士)参考)(23)」
「おい、ガリピバ先生。今回の改正で冤罪が起きるんじゃねぇか?」
乳ローが口を出してきた。
「確かに処罰範囲が広がったし、曖昧要件もあるから冤罪の可能性がないとは言えない」
「ガリピバ先生~。冤罪が増えたらダメじゃないですかぁ」
「冤罪祭りでわっしょいわっしょい騒いでいるが、被害届を出したら、後はオート機能で結果を待つだけとはいかないんやで」
「そんなのわかってるよ」
「警察や検察など事情聴取であっちゃこっちゃ訊かれて裁判が終わるまで長々とお付き合いせなあかんし、家族に迷惑や心配をかけるかもしれんし、時間、体力、精神力、お金だってようけかかるのに、そこまでして冤罪を起こそうなんて人間は滅多にいないと思うねん。逆にどうしたら愛情を育んできたおなごに、裁判で争って牢屋にブチ込もうと思われるほど恨まれんねん?」
「日本は諸外国のように、取調べの際に弁護士立ち合いが許されてねぇし、録画など冤罪を防ぐ仕組みもしっかりしていねぇ。加えて、勾留延長により、自白が餌の人質司法だってそのままだろが。監禁だよ、監禁! さらには、無罪推定の原則が社会全体で徹底されるような大改造も必要だろ? 曖昧な法律を作る前にやらなきゃいけねぇことがたくさんあるんじゃねぇの? ってことを言いてぇんだよ!」
「ま、それはその通りだと思うが……」
「ガリさん。鉄道痴漢のような、冤罪の可能性はないのですか?」
「鉄道痴漢は現行犯なのがポイントなんや。せやから、事件性の高い強制わいせつや強姦といえるもの以外は逮捕事案になりにくい。それ以外の場合は、弁護士に依頼し、8つの例示等の内のどれかを押さえた上で、立証できる可能性が高い情報(SNSや日記等)を警察に提示する流れになる。すぐに強制わいせつとは断定しづらい類のセクハラ裁判と同じような展開になるだろう」
「ま、この同意法は、美人局やあらゆる脅しなど、新たな犯罪には使えそうだな」
乳ローは吐き捨てるように言った。
「この法律をよく理解していない無知な人ならば、『同意してないから犯罪だよ』だけでビビると思うから否定できひんな。せやけど、『同意していないだけ』だと、ほぼほぼ警察は動かへんがな」
「っていうか、アメリカでは冤罪が問題になってんだろ?」
しつこい乳ローが、また口を挟んだ。
「それも含めて、これからさらに不同意性交等罪が改正されていくかもしれへん。どういう方向に進むかわからんが、世論の波が与える影響は重いんやで」
「んあっ? ガリは冤罪を肯定するってことか?」
「アホ言うな。ホンマしつこいし、んなこたー言うてないやろ。ったく……。お前が一番危ないんやから、気をつけろってこった。乳ロー、お前には口酸っぱく言うとく。よう聞いとけ。カリフォルニア州で制定されたキャンパス向けの法律、上院法案にはこういうことが書かれとる。今までの性交渉や恋人関係の有無は関係ないし、キスしても裸で抱きあっても、同意したことにはならないねん。それに、体調が悪くなったり避妊で揉めて気分が変わるときだってあるから『Yes means Yesは、性行為においての継続性が必要。途中で納得できないことがあれば、どんなときだって撤回することができる』と書かれているんやで」
「うるせーよ。俺様だぞ? そんなこと全てわかってるよ」
「何がどうわかってるんや?」
「あん? 俺様に突っ込んだ返答を要求してるのか?」
「せや」
「しょうがねぇなぁ。俺が話をまとめてやるよ。つまり、『新婚さんいらっしゃい!』 のYESNO枕はノーベル賞級の発明だから、売り切れる前に買っとけよって話だろ?」
「ん!? いや……、ま、まぁ……」
今の話を聞いていて、どう解釈したらそういう結論に至るんだ……。
「しかし、ガリさん、間違ってはいないような……」
「ま、間違ってはいないが……、んぅ、お、およよ……。まぁ、ええわ」
「とりあえず、これが現代における性的同意の基準なんですね」
「そういうこった」
「となると、ナンパって現代においてどう捉えたら良いのでしょうか」
乳ローが覗き込んできた。
「センスある男だけが生き残るんじゃねぇの」
「センスですか」
「『センスがねぇだけじゃなく覚悟もねぇならば、このナンパというデカい舞台から今すぐ立ち去れ!』って、ガリ総長は言うと思うぜ」
「そこまでは言わへんが、グリーンは子凛のように誠実系にシフトするのも手かもな」
「快楽系は無理ということですね。それにしても、ナンパに未来はあるのでしょうか……」
乳ローが割り込んできた。
「所詮、ナンパ師はゲス民なんだよ! でもな、ゲスの味は蜜の味なんだぜ。この宇宙は聖人君子や綺麗事ばかりだと退屈だろうが! だからこそ、ゲスは必要なんだよ。例えてやろう。自分の靴下の臭いをくさいとわかっていてもついつい嗅いでしまうだろ? ゲスにはそんな動物本能による野性的な魅力があるんだよ!」
なんちゅう例えなんだ。言っている意味もよくわからないし……。
ガリさんがゆっくりと口を開いた。
「性犯罪は絶対やっちゃアカン。性的同意も必ずせなアカン。まー、令和時代に合ったナンパを試行錯誤せなアカンのは間違いない。……せやけどな、一つだけ言うとく。男には口説く権利があんねん。ワイが言いたいのはそれだけや」
「確かに、そう思います。ありがとうございます……」
「ん。どした、グリーン?」
「思い出したのですが……。いや、やめときます」
「なんや、水くさいやないか」
「怒りませんか?」
「当たり前やろ」
「渋谷でガリさんのナンパを拝見したとき、声かけから5分で同意確認せずにキスしていたような……」
「あ、あれは、そのぉ。夢中になっていたから、ついつい」
「ついついじゃねぇよ。自分のことを棚に上げて、何、偉そうに説教垂れてんだよ」
「ま、ワイも改めて気をつけなアカンっちゅうことやな……」
と言うと、三人で笑いあった。
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