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第29話:Are you ready?
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闇を松明の明かりが照らす。
規則正しい足音が近付く中、村人達は不安に怯えていた。
領主はいない。
領主が可愛がっていた子供も。
今まで争いごととは無縁だっただけに、村人達は己の身を守る術を身に付けておらず、差し迫る危険にどう対処して良いか分からなかった。
村の入り口で明かりは二手に別れ、片方は領主の館へ、もう片方は村へと押し寄せた。
館にあった貴重品は片っ端から壊し、隠し扉を探して壁も天井も破壊しつくして、領主がいない事を知ると館に火をつけた。
真夜中、何かを羽織る事すら許されず広間に集められた村人達が見たものは、豪華に包まれる領主の館。
悲しみと恐怖に震える村人らを取り囲むのは王宮兵士。
彼らの後ろでにやにやと笑みを浮かべているのは、つい先日、修道院へと入れられたはずのあの男だった。
やがて二人の兵士が村人を宥める長老を捕まえ、前へと引きずり出した。
「領主はどこだ」
首に剣を当てて問う。
彼らは知ってても教えぬだろうと、案内した男から聞かされていた。
言葉の通り長老は頑なに口を閉ざしており、知っているとも知らぬとも言わぬ。
「斬れ」
非情に下された言葉に悲鳴が上がる。
剣が空を斬り、長老は覚悟を決めて目を閉じた。
「――!」
響く悲鳴の中、轟と炎の音がした。
領主の館が燃える音にしては近過ぎる。
館が燃えるのを見た時、領主は二度とこの村に戻って来ぬだろうと、戻ってこないでくれと願った。
戻ってきたらきっと殺されてしまう、ならばどこか遠く、新たな地でもいい、生き延びて欲しいと願ったのは、恐らく長老だけではないだろう。
あの優しき魔物が人間の手に堕ちる姿など見たくはなかった。
「お遊戯の時間は終わりだよ」
聞き覚えのある声にハッと目を開ければ、そこにはいつも領主とともにいたあの少年の姿を見た気がした。
実際に村人を背に立っていたのは、黄金の髪を風に揺らす神がかった美しい青年。
紅蓮の炎に身を包みながら立ちはだかる青年の前には、片腕を失った兵士が悲鳴を上げながら地面にうずくまっている。
逃げなさいと、自分の状況も忘れて叫ぶ長老に青年がゆっくりと振り返った。
そして長老の頬に手を添えながら場違いなほど優しく微笑んだ。
「貴方達は必ず守る」
ギルの代わりに。
小さく呟いた少年の背後で、兵士が今だと言わんばかりに剣を振り上げ踊りかかった。
「あっ」
危ないと叫ぶより早く3つの影が兵士らを飲み込む。
領主の館で騒動が起きた時と同じだった。
襲撃されても恐れない、逃げるどころか振り返る事すらしない、まるで誰かが必ず自分を守る事を知っているかのように。
ゆるりとした動作で兵士らに再び向き直る。
黒でも白でもない、闇夜を照らす月の如き美しさ。
人から掛け離れたその美しさは正に神の御使い。
ざわりと兵士らの間に動揺が走る。
もし彼が本当に神の御使いであるならば、この村は神の加護を受けている村と言う事になる。
つまり、自分達の行いは神の怒りを買う行為に他ならない。
だが相手は一人、兵士はまだ多数おり、村人を人質に取る事さえ出来れば形勢逆転も不可能ではないはず――そんな思考が脳裏を掠めた瞬間、隊長の身体は大きく吹き飛ばされて背後の木に激突した。
「退く、という選択肢を選べば良かったのに」
渦巻く業火の中で、残念だなぁと笑いながら一歩前へ出る。
炎の中で炎に身を焼く事無く優雅に微笑む姿は一枚の絵のようだった。
吹き飛ばされ、地面に倒れた隊長に一人の兵士が駆け寄って行く、息を確認し、絶望の表情を浮かべると、憎悪を含んだ瞳で青年を睨み付けた。
神の御使いだろうが魔物だろうが関係ない、目の前のこの人物は大恩ある人物を手にかけた憎き敵。
憎しみの視線を受けて男が楽しそうに笑う。
「皆殺しにしろ!!」
兵士の血の様な叫びに、兵士達が一斉に剣を抜き払い、青年と村人に襲い掛かる。
「舞え、ゼノス」
男の声に応えるように紅蓮の炎が天をも焦がさんと高く燃え上がった。
規則正しい足音が近付く中、村人達は不安に怯えていた。
領主はいない。
領主が可愛がっていた子供も。
今まで争いごととは無縁だっただけに、村人達は己の身を守る術を身に付けておらず、差し迫る危険にどう対処して良いか分からなかった。
村の入り口で明かりは二手に別れ、片方は領主の館へ、もう片方は村へと押し寄せた。
館にあった貴重品は片っ端から壊し、隠し扉を探して壁も天井も破壊しつくして、領主がいない事を知ると館に火をつけた。
真夜中、何かを羽織る事すら許されず広間に集められた村人達が見たものは、豪華に包まれる領主の館。
悲しみと恐怖に震える村人らを取り囲むのは王宮兵士。
彼らの後ろでにやにやと笑みを浮かべているのは、つい先日、修道院へと入れられたはずのあの男だった。
やがて二人の兵士が村人を宥める長老を捕まえ、前へと引きずり出した。
「領主はどこだ」
首に剣を当てて問う。
彼らは知ってても教えぬだろうと、案内した男から聞かされていた。
言葉の通り長老は頑なに口を閉ざしており、知っているとも知らぬとも言わぬ。
「斬れ」
非情に下された言葉に悲鳴が上がる。
剣が空を斬り、長老は覚悟を決めて目を閉じた。
「――!」
響く悲鳴の中、轟と炎の音がした。
領主の館が燃える音にしては近過ぎる。
館が燃えるのを見た時、領主は二度とこの村に戻って来ぬだろうと、戻ってこないでくれと願った。
戻ってきたらきっと殺されてしまう、ならばどこか遠く、新たな地でもいい、生き延びて欲しいと願ったのは、恐らく長老だけではないだろう。
あの優しき魔物が人間の手に堕ちる姿など見たくはなかった。
「お遊戯の時間は終わりだよ」
聞き覚えのある声にハッと目を開ければ、そこにはいつも領主とともにいたあの少年の姿を見た気がした。
実際に村人を背に立っていたのは、黄金の髪を風に揺らす神がかった美しい青年。
紅蓮の炎に身を包みながら立ちはだかる青年の前には、片腕を失った兵士が悲鳴を上げながら地面にうずくまっている。
逃げなさいと、自分の状況も忘れて叫ぶ長老に青年がゆっくりと振り返った。
そして長老の頬に手を添えながら場違いなほど優しく微笑んだ。
「貴方達は必ず守る」
ギルの代わりに。
小さく呟いた少年の背後で、兵士が今だと言わんばかりに剣を振り上げ踊りかかった。
「あっ」
危ないと叫ぶより早く3つの影が兵士らを飲み込む。
領主の館で騒動が起きた時と同じだった。
襲撃されても恐れない、逃げるどころか振り返る事すらしない、まるで誰かが必ず自分を守る事を知っているかのように。
ゆるりとした動作で兵士らに再び向き直る。
黒でも白でもない、闇夜を照らす月の如き美しさ。
人から掛け離れたその美しさは正に神の御使い。
ざわりと兵士らの間に動揺が走る。
もし彼が本当に神の御使いであるならば、この村は神の加護を受けている村と言う事になる。
つまり、自分達の行いは神の怒りを買う行為に他ならない。
だが相手は一人、兵士はまだ多数おり、村人を人質に取る事さえ出来れば形勢逆転も不可能ではないはず――そんな思考が脳裏を掠めた瞬間、隊長の身体は大きく吹き飛ばされて背後の木に激突した。
「退く、という選択肢を選べば良かったのに」
渦巻く業火の中で、残念だなぁと笑いながら一歩前へ出る。
炎の中で炎に身を焼く事無く優雅に微笑む姿は一枚の絵のようだった。
吹き飛ばされ、地面に倒れた隊長に一人の兵士が駆け寄って行く、息を確認し、絶望の表情を浮かべると、憎悪を含んだ瞳で青年を睨み付けた。
神の御使いだろうが魔物だろうが関係ない、目の前のこの人物は大恩ある人物を手にかけた憎き敵。
憎しみの視線を受けて男が楽しそうに笑う。
「皆殺しにしろ!!」
兵士の血の様な叫びに、兵士達が一斉に剣を抜き払い、青年と村人に襲い掛かる。
「舞え、ゼノス」
男の声に応えるように紅蓮の炎が天をも焦がさんと高く燃え上がった。
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