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第一章 紡がれる日常

第73話

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 イグちゃんって面会謝絶や立入禁止もスルーしてどこにでも入っていくので、隠し事が出来ない厄介な邪神として有名。なんだけど、それは別にイグちゃんだけの特技じゃないんだよなぁ。
 かと言って追い払うことが出来るような相手ではないため、リスクはあるものの、腹を括ってお付き合いを続ける各国のお偉いさんたちが多いそうです。

 理由を聞いたことがあるのだけど、帝国で猛威を振ったアー君との合同粛清も原因の一つだった。
 黒い噂のある大臣を追い詰めるため、何年もかけて情報と証拠を集めていたのにある日突然一族ごと消失。
 他にも権力が強すぎて排除出来ずにいた人物、これも愛人ごと行方不明に。行先はもちろん邪神の胃。

 邪神への恐怖も隠し事が出来ない理不尽さも呑み込んで受け入れられた最大の理由、それは……。

「あ、そーだ、これ東の辺境伯からの報告書なー」
「ありがとうございます。こちらをどうぞ」
「ひゅー! 岩クッキーじゃん、これ硬くていいよなぁ!」

 仲良くなると今日のように小物配達もしてくれるんだよね、対価はお菓子とか魔石とか色々。
 気が向けば魔物の動きとかスタンピードの前兆とかも教えてくれたりするし、決して損はないんだって。

「――東に氾濫の兆しあり」

 宰相が受け取った報告書を読んだ瞬間、部屋の空気が重苦しいものに変わった。
 それをスルーして鍋のお代わりをねだるイグちゃん、ギリギリこぼれない量を盛って渡したら受け取らずにお口をあーんと開けられました。はいはい。

(あれな、暗号なんだぜ。万が一誰かが読んでも「魔物の氾濫」としか思わないけど、本当の意味は「東に内乱の兆しがある」ってところかな)
(もしかして戦争? やだなぁ)
(確か辺境伯の隣の領主は皇族の血を引いているんだったかな? 不正を愛する人種が祀り上げて王位を奪うとかそんな感じかね?)

 異世界貴族あるあるだね。
 でも皇帝の地盤がっちり固まっているし、狸なおじいちゃんや腹黒大臣いるから皇帝の地位奪うの普通に無理だと思うのですが。

(皇帝の命狙うってことは、つまり子供たちも生かすつもりないよね?)
(そうだろうなぁ)
(まずくない?)
(まずいなぁ、アー君だけじゃなくカイちゃんブチ切れちゃうなぁ)

 目の前でも皇帝と宰相が真面目な話をしているけれど、お兄さんだけはどこかのほほんとしている。

「陛下、旦那様、戦争をするのは賛成いたしかねますよ」
「だがこれだけ証拠を揃えられてしまったら……見逃すことは出来ぬぞ」
「そこはほら、ちょうどイグ様もいらっしゃいますし、神々に「無かったこと」にしてもらいましょう」

 爽やかに真っ黒な発言をしましたね。

「俺ー? 俺らは人間の戦争には手を出さないぞ、死人出たほうが都合がいいからな!」
「でもイグ様、今戦争が起きたら冒険者から苦情が来ますよ」
「ん?」
「徴兵で農民が集められてオープンが遠のきます、美味しい鍋を広めるどころか文化が衰退します」
「ダメじゃん!!」
「はい」
「イツキどうしよう! 父様なんて何鍋から食べようか今から楽しみにしてるのに!!」

 そう言えば神薙さん、最近良く本を読んでるなぁとは思ってた。
 あれ、鍋特集の本だったのか。

 いや、そうじゃない。

「神薙さんに事情話して更地を一つ作ってもらうのが一番無難かな?」
「うおーー! 俺のネギ鍋ぇぇぇ!!」
「……っぁ」

 ズボーーーとイグちゃんが闇に沈む寸前、皇帝が口を開きかけたけど残念ちょっと遅かった。

「内乱回避しましたね!」
「いやいやいや」
「刀国がここ数百年戦争知らずなのは、こんな感じで邪神が周辺の敵国を更地にしているからと聞いています」

 戦争で死んでいく人間を食べるのもいいけれど、憎悪やら企みを膨らませ、自分たちの描いた計画の成功を確信している人間を食べるのもまた、絶望が美味しい感じだって言ってました。
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