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紗矢
第4話 優しい時間
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格子戸の中に入ると、外観とは反対に綺麗に磨き上げられた上がり 框
と奥へと続く廊下があったが、男の子はどこにも見当たらなかった。
すぐに男の子の後に続いたはずなのに……と不思議に思いながらも、
綺麗な内装に少しホッとした紗矢は恐る恐る上がり框に腰かけて靴を脱ぐ
と、廊下伝いに奥へと向かう。
すると奥には立派なお座敷が広がっていた。
ふわっと畳から草の匂いがして、紗矢は昔行ったおじいちゃんと
おばあちゃんの家を思い出して懐かしい気持ちになる。
気持ちが過去へと飛んでいると、かわいらしい声が紗矢を現実へと引き
戻した。
「おねえちゃん、こっち、こっち!」
先ほどの小さな着物姿の男の子は座敷の真ん中にある大きな座卓の傍に
座っていて、紗矢が来たことが余程嬉しいのか、歓声を上げて駆け寄って
きた。
紗矢も嬉しくて小さな頭を撫でると、男の子はきゃっきゃっと声を上げ
て喜ぶ。
そうしていると座卓の端に座ってお茶を淹れていたお姉さんが、その光景
を見て嬉しそうに顔をほころばせた。
「与太郎、よかったわね」
この家まで紗矢を導いてくれた女の人だ。
駅や道中ではどこか陰のある寂しそうな雰囲気だったが、この家では
違った。
女の人の笑顔は「本当のまま」に似て、穏やかで慈愛に満ちたものだった。
それを見た紗矢は母親のことを思い出してしまい、少し悲しくなって下を
向いてしまう。
するとお姉さんは「紗矢ちゃんも今日は泊まっていくといいわ」と優しく
言って、紗矢の頭を撫でてくれた。
紗矢は「どうして自分の名前を知っているのだろう?」と不思議に思った
が、こうしている間にも構って欲しい与太郎が抱っこをせがんでくるので、
与太郎と遊んでいるうちに尋ねる機会を逃してしまった。
与太郎はまだ赤ちゃんとそう変わらない位の年齢のようで、「ずっとここ
に居て」とぐずったり、自分の欲望に正直な行動をする。それでもお姉さん
は「紗矢ちゃんを困らせてはだめよ」と優しく諭すだけ。決して怒鳴ったり、
キツい物言いをしたりしない。
与太郎には愛されていることが当然なのだ。
「……いいな。与太郎ちゃんは」
ぽつりと漏らすと、お姉さんは少し悲しそうな顔をして「夕食を食べましょう」
と促した。
いつの間にか用意されていた料理は、小さな器に少量ずつ詰められた彩り豊か
な料理がお盆にたくさん載せられていて、紗矢は物珍しさもあってワクワクしな
がら、箸をつけた。口に運ぶと、料理はどれも彩りだけでなく、味もよく、紗矢
はぺろりと全部残さず食べてしまった。
その間、お姉さんはボロボロ食べ物をこぼす幼い与太郎にスプーンで食べさせ
てやりながら、紗矢の「好きなもの」が何かを尋ね、その話を一生懸命聞いてくれた。
お姉さんも家のことなど紗矢が聞かれたくないことを尋ねるのではないかと、
初めのうち紗矢は少し緊張していた。けれどお姉さんはそういった「紗矢が聞か
れたくないこと」について決して尋ねることはなかったので、紗矢の不安も少し
ずつ解けていき、この夕食の時間はとても居心地の良いものになった。
それでも、与太郎が呼んでくれたとはいえ、紗矢が突然押し掛けたに等しい訪問
だ。そろそろ帰らないといけない。窓や時計がないから分からないけれど、この家
を訪れてもう1時間は経過している。
外はとうに真っ暗だろう――懐いてくる与太郎をあやしながら、紗矢はそんなこと
を考えていた。
――その時、にわかに外が騒がしくなったかと思うと、聞き覚えのある紗矢の母親
の声が聞こえてきた。
と奥へと続く廊下があったが、男の子はどこにも見当たらなかった。
すぐに男の子の後に続いたはずなのに……と不思議に思いながらも、
綺麗な内装に少しホッとした紗矢は恐る恐る上がり框に腰かけて靴を脱ぐ
と、廊下伝いに奥へと向かう。
すると奥には立派なお座敷が広がっていた。
ふわっと畳から草の匂いがして、紗矢は昔行ったおじいちゃんと
おばあちゃんの家を思い出して懐かしい気持ちになる。
気持ちが過去へと飛んでいると、かわいらしい声が紗矢を現実へと引き
戻した。
「おねえちゃん、こっち、こっち!」
先ほどの小さな着物姿の男の子は座敷の真ん中にある大きな座卓の傍に
座っていて、紗矢が来たことが余程嬉しいのか、歓声を上げて駆け寄って
きた。
紗矢も嬉しくて小さな頭を撫でると、男の子はきゃっきゃっと声を上げ
て喜ぶ。
そうしていると座卓の端に座ってお茶を淹れていたお姉さんが、その光景
を見て嬉しそうに顔をほころばせた。
「与太郎、よかったわね」
この家まで紗矢を導いてくれた女の人だ。
駅や道中ではどこか陰のある寂しそうな雰囲気だったが、この家では
違った。
女の人の笑顔は「本当のまま」に似て、穏やかで慈愛に満ちたものだった。
それを見た紗矢は母親のことを思い出してしまい、少し悲しくなって下を
向いてしまう。
するとお姉さんは「紗矢ちゃんも今日は泊まっていくといいわ」と優しく
言って、紗矢の頭を撫でてくれた。
紗矢は「どうして自分の名前を知っているのだろう?」と不思議に思った
が、こうしている間にも構って欲しい与太郎が抱っこをせがんでくるので、
与太郎と遊んでいるうちに尋ねる機会を逃してしまった。
与太郎はまだ赤ちゃんとそう変わらない位の年齢のようで、「ずっとここ
に居て」とぐずったり、自分の欲望に正直な行動をする。それでもお姉さん
は「紗矢ちゃんを困らせてはだめよ」と優しく諭すだけ。決して怒鳴ったり、
キツい物言いをしたりしない。
与太郎には愛されていることが当然なのだ。
「……いいな。与太郎ちゃんは」
ぽつりと漏らすと、お姉さんは少し悲しそうな顔をして「夕食を食べましょう」
と促した。
いつの間にか用意されていた料理は、小さな器に少量ずつ詰められた彩り豊か
な料理がお盆にたくさん載せられていて、紗矢は物珍しさもあってワクワクしな
がら、箸をつけた。口に運ぶと、料理はどれも彩りだけでなく、味もよく、紗矢
はぺろりと全部残さず食べてしまった。
その間、お姉さんはボロボロ食べ物をこぼす幼い与太郎にスプーンで食べさせ
てやりながら、紗矢の「好きなもの」が何かを尋ね、その話を一生懸命聞いてくれた。
お姉さんも家のことなど紗矢が聞かれたくないことを尋ねるのではないかと、
初めのうち紗矢は少し緊張していた。けれどお姉さんはそういった「紗矢が聞か
れたくないこと」について決して尋ねることはなかったので、紗矢の不安も少し
ずつ解けていき、この夕食の時間はとても居心地の良いものになった。
それでも、与太郎が呼んでくれたとはいえ、紗矢が突然押し掛けたに等しい訪問
だ。そろそろ帰らないといけない。窓や時計がないから分からないけれど、この家
を訪れてもう1時間は経過している。
外はとうに真っ暗だろう――懐いてくる与太郎をあやしながら、紗矢はそんなこと
を考えていた。
――その時、にわかに外が騒がしくなったかと思うと、聞き覚えのある紗矢の母親
の声が聞こえてきた。
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