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第四章 青い炎は恵みの雨を受ける

第8話

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「……へぇ、玲奈さんは僕と同い年なんですね。なんだか嬉しいな」



 喫茶店でお互いに自己紹介をし、偶然同じ年齢だと分かり、彰人がちょっと照れるような表情をする。しかし、彰人は当然のことながら玲奈の年齢は知っている。



「こんな美人な方に出会えるなんて、今日は僕にとって特別な日ですね」



「そんな……、美人だなんて、お世辞が上手ですね」



 まるで、運命の出会いのような言い方で彰人が言う。その言葉に玲奈も少し顔を赤らめてまんざらではない。彰人は勿論、口から出まかせだ。



「そういえば、彰人さんは何の仕事をなさっているのですか?」



 玲奈が「喋り方も綺麗な人」と、思われるように丁寧な言葉で尋ねる。



「僕ですか?僕は○○エージェントのコンピュータープログラマーですよ。今日は有休をとってリフレッシュするためにカラオケに来ていました」



 彰人の言葉に玲奈の目が輝く。



「あの大手の企業ですか?!凄いですね!エリートじゃないですか!」



「大したことないですよ。まぁ、大学は△〇大学ですからね。そこの大学から〇〇エージェントに就職している方は多いんですよ」



「△〇大学?!一流大学じゃないですか!!」



 彰人の話に玲奈が感嘆の声を上げる。



 彰人の出身大学や就職先は本当のことだった。その大学や就職先は友成も一緒だったが、友成はある出来事から会社に辞めるように言い渡されてしまった。彰人はその時上層部に「そんなことをするわけない!」と言ったが、上層部は聞き入れてくれない。「真実は違うにせよ、会社の信頼に関わる」と言うのが、会社からの説明だった。結局、友成は会社を辞めることになり、彰人もそんな会社なら自分も辞めると言ったが、友成がそれを引き留めた。



「彰人まで辞める必要は無い。辞めるのは俺だけでいい……」



 その時の友成は生きる気力を無くしたように見えた。彰人はそんな友成を心配して、何かあったら力になると言ってくれたが、その時の友成はどうでもいいという感じで何も反応しない。しかし、数日前に友成から連絡があり、協力して欲しいと言われた時に彰人は嬉しくて、今回のことを了承してくれた。そして、友成は玲奈を見つけたことを話し、ある作戦を思いついたが、その作戦を実行するためには彰人の協力が必要だという事だった。



「友成、絶対その女を地獄に叩き落としてやろうな!」



 そう二人で誓い合う。ただ、殺すことだけはしないで欲しいと彰人は念を押した。



「そんな女のせいで友成が刑務所に入る必要は無い。むしろ、その女を刑務所にぶち込みたいくらいだ」



 彰人の言葉に友成は一筋の涙を流し、「殺人はしない」ということを約束してくれた。



 そして、友成の考えた作戦を実行することになり、今に至る。



「……へぇ、じゃあ彰人さんのお家はお金持ちなんですね」



 彰人が、実家は父が会社経営をしており、家が裕福だというようなことを話す。しかし、それは彰人の真っ赤な嘘だった。玲奈の気を引く作戦の一つに過ぎない。実際はごく一般的な家庭で父親は普通のサラリーマンだ。



「玲奈さん、良かったら今度食事にでも行きませんか?こうして出会ったのも何かの縁ですし。……って、すみません。指輪をしていらっしゃるので婚約中か何かですよね。ごめんなさい、今の言葉は忘れてください」



 彰人が申し訳ない顔で言葉を綴る。



「いえ!こ……これはただ単に趣味でしているだけなので!」



 玲奈が「こんなイイ男を手放してなるものか」とでも言うように自分が婚約中であることを伏せ、嘘の言葉を吐く。



「あ……それじゃあ……」



 玲奈の言葉に彰人がちょっと嬉しそうな顔をする。



「はい!ぜひ、今度食事に行きましょう!」



 こうして、見事に作戦に引っ掛かった玲奈に彰人が番号の交換を求める。玲奈はその事を疑いもせずに、自分の番号を教えた。



 そして、その後もしばらく談笑をしていた。





 友成はその喫茶店を外から隠れるようにじっと見ている。玲奈のことはよく知っているので、きっとこの作戦には引っ掛かるはずだとどこかで確信しながら、彰人からの連絡を待つ。その時、店の中で彰人が席を立つ姿が見えた。玲奈は座ったままだから、また戻ってくるのだろう。そして、席を立ったという事は作戦が成功したという事なのかもしれない。ポケットに手を入れ、彰人からの連絡を待つ。





 ――――ブー、ブー、ブー。



 友成の携帯が振動して、メッセージが届いていることを確認すると、そのメッセージを開く。そこにはこう書かれていた。



『作戦成功!』



 そのメッセージを見て、第一段階の作戦が成功したことに友成は不気味な笑みを浮かべると、小さく叫んだ。



「待ってろよ……。お前の外面を引っぺがしてやる……」







 その頃、颯希と静也は学校が終わり、パトロールに必要な知識の勉強をしようという事で大河が教えてくれた本を買いに本屋に来ていた。



「……あっ!これじゃないですか?!」



 颯希が本を見つけ、声を上げる。その声に一緒に本を探していた静也が近くに来てその本のタイトルを確認する。



「……あぁ、確かにこれだな」



 颯希が見つけた本には『防犯の豆知識』と書かれていた。そして、二人でお金を出し合い、その本を購入する。



「じゃあ、予定通り今から図書館に行って勉強会なのです!」



「だな!」



 そして、図書館に向かうために並んで歩きだす。



「どんなことが書いてあるのか楽しみですね!」



「あぁ、パトロールに役立てるためにもしっかり勉強しないとな!」



 そうやって二人でワイワイとお喋りしながら歩いている。



 その時だった。



 颯希がある人影を捉えると、立ち止まり、見つめている。



「どうした?」



 颯希が急に立ち止まったので、静也が不思議に思い声を掛ける。



「……あの人、何かを見つめていませんか?」



 颯希が顔を向けている方向に静也も顔を向ける。



「なんか、怪しいな……」



 そして、その人影が見つめている方向に二人が顔を向ける。



「あれ?あの人、玲奈さんじゃないですか?」



 颯希が指を差す。



 指を差した喫茶店の窓際の席で、玲奈と大河ではない男が楽しそうに話しているのを見て颯希が首を傾げる。



「玲奈さんのお友達でしょうか……?」



「……又は浮気相手の男とかか?」



 颯希と静也が顔を合わせて、「どういうことだろう?」と言うような顔をする。



「もし、浮気相手だとしたらあの人は探偵か何かでしょうか?」



「浮気調査をしてるとか?」



 二人があれこれ思考を巡らせる。





「あの、すみません……」



 颯希たちは意を決して、玲奈と謎の男をじっと見つめている男に声を掛けた。





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