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第四章 青い炎は恵みの雨を受ける

第1話

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~プロローグ~



「あいつの……あいつのせいだ……」



 一人の男が部屋で唸るように憎しみの言葉を呟く。男の目は怒りに満ちていた。



「殺してやる……。絶対に許さない……」



 男はそう言うと、部屋を出て外に出る。



 どんよりとしている曇り空はまるで男の心を映す鏡のようだった。



  そして、町を目的もなくただ歩き回り、憎しみの相手を探す。





 怒りと憎しみに満ちている男の顔は、この世の者とは思えないほどの鬼のような形相をしていた……。







1.



「この空き缶はこの袋ですね!」



 颯希が公園に捨てられた缶を拾い、ごみ袋に捨てる。



 今日も颯希たちは地域のパトロールをしながら清掃活動を行っていた。





 あの事件の後、哲司から颯希の方に連絡があった。工藤から哲司に連絡があったらしく、今は親子三人で仲良く暮らしており、茂明も自宅で行うパソコン関連の仕事が決まったという。恵美子もあれからだいぶ落ち着いてきて、しばらく病院は通うものの、安定していることから薬も減ってきているという事だった。



 そして、小春とは公園で会った時に颯希たちと一緒に公園の清掃活動を手伝ってくれることもあり、小春も颯希や静也を見て「小春も警察官になりたい!」と、言っているそうだ。茂明も恵美子もあの事件で颯希たちのことをありがたく思い、「落ち着いたら遊びに来て欲しい」という事を言っているらしい。



「颯希お姉ちゃん、このゴミは何処の袋に捨てればいいの?」



 一緒に清掃活動を手伝ってくれている小春がお菓子か何かが入っていた袋を手に首を傾げている。

 

 小春は最初会った時とは考えられないぐらい明るくなって、ちゃんとご飯も食べているせいか血色も良くなっている。フラフラすることもなくなり、明るく元気な小春を見ていると、颯希は本当に良かったと心底安心した。



「これはプラスチックの類になるので、こちらの袋ですよ!」



「はーい!」



 颯希が別の袋を開き、小春がその中にごみを捨てる。



「もう少ししたら今日は終るか」



 ちょっと離れたところで清掃活動していた静也が颯希たちのところに戻ってきて、声を掛ける。



「そうですね、もう少ししたら今日の活動は終了しましょう」



 颯希の言葉で時間もあり、そろそろ終了することにする。



「あっ!喉が渇いていると思うので自販機で飲み物買ってきますね!」



「それなら俺が……!」



 颯希が思い立ち、自販機に行こうとしていたので慌てて静也が口を挟むが、颯希は止める間もなく行ってしまった。



(ちくしょー……、全然いいとこ見せられねぇ……)



 静也が心の中で叫ぶ。



 来斗や雄太にもバレていることだが、颯希のことが好きな静也にとって、このパトロール活動で良いところを見せたい気持ちがある。しかし、なかなか見せることができないというのが現状だった。というのも、拓哉からこの間、言われたことがある。



「颯希ちゃんを振り向かせるためには、男として良いところを見せることなんじゃないのかなぁ?」

「良いところ?」

「うん、気が利く男とか、頼りになる男って女性は弱いからね!」

「ふーん……。そんなもんなんかな?」

「颯希ちゃんのハートを射止めるためなら、父さんは何でも協力するよ!」

「いや……、そこまでは……」



 拓哉の言葉にどこか顔が赤くなる静也。その静也に拓哉が更に追い詰めるような言葉を放つ。



「いつでもキスできるように口の中は清潔にしておくんだよ」

「そんなことするかぁ!」

「颯希ちゃんとキスしたくないの?」

「そんなセリフをさらっというんじゃねぇ!」

「あ、でも、まだ中学生だからその先は早いからね!」

「そんなことしねぇって言ってるだろ!」

「後、浮気も厳禁だよ?」

「それくらい分かってるわ!!」



 拓哉が応援しているのか注意しているのかよく分からない親子漫才がしばらく繰り広げられる。



 そして、いつものごとく顔を真っ赤にした静也が竹刀で「パコーン!!」と一本を取り、終了した。





 行ってしまった颯希を見て、静也は息を吐く。



「はぁ~……、なんでこうなるんだろ……」



 静也の様子に近くにいた小春が頸を傾げながら言葉を発する。



「静也お兄ちゃん……、もしかして颯希お姉ちゃんのことが好きなの??」



 突然の小春の爆弾発言に静也が固まる。石化が起こり、葉っぱがヒュルルーと落ちてきそうな絵になる。



「……」



 静也が石化したため、しばらくの間、沈黙になる。



「ピロロンッ、ポッポー、ポン!!」



 小春の良く分からない魔法の言葉で静也の石化が解ける。



 石化が解けて我に返った静也が小春の前にしゃがみ込む。その顔は真剣そのものだ。静也には似合わないシリアスな表情で小春に話しかける。



「いいか?小春、このことは内密事項だから颯希に漏れてはいけない……。これが颯希の耳に入ったら、とんでもない嵐が巻き起こり、人類は絶滅する……。分かったな?これは絶対に言ってはいけない事件なんだ」



 静也の言葉は他の人が聞いたら「何言ってるんだ?こいつ」とでも言うような言葉が返ってきそうなことだが、なぜか小春は真剣な眼差しで静也の言葉を聞いている。



「分かったな、小春」

「分かった!小春、誰にも言わない!」

「特に颯希には絶対だぞ?」

「うん!」

「よし!」

 

 小春が素直な性格故か大人しく静也の言葉を信じる。というか、ただ単に「颯希が好き」ってことを本人に知られたくないだけで、その事で嵐が巻き起こるとか人類が滅亡するとかは当然ない。



 そこへ、飲み物を買ってきた颯希が戻ってきた。



「買ってきましたよー!……って、何かあったのですか?」



 二人の様子がおかしいことに気付き、颯希が問う。



「いや、なにもないよ」

「うん!何もないの!」



 静也のこれまた似合わぬさわやかな表情と小春が手で口を押さえていることから「何かあるのでは?」と、颯希は疑問に思ったが、特に気に留めることもなく二人に飲み物を差し出す。



「小春ちゃんはイチゴミルクが好きでしたよね?はい、どうぞ」



 颯希がそう言って、小春にイチゴミルクを手渡す。小春はそれを嬉しそうに受け取った。



「私たちにはオレンジジュースを買ってきましたが、それで良かったですか?」

「あぁ、サンキューな。お金払うよ」

 

 静也がそう言ってお金を渡そうとする。



「大丈夫なのです!お父さんから必要経費だからと言われてお小遣いとは別で貰っているので!」



 颯希がそう言ってピースサインをする。



「だから、遠慮しないでくださいね!」



 そう言われたら、颯希のことだから頑としてお金は受け取らないだろうと静也は察してありがたく受け取る。



(……しつこい男は嫌われるって父さん言ってたしな……)



 心の中で拓哉の言葉を思いだしながらため息を吐く。





 そんなやり取りをしながら三人で楽しくおしゃべりをしながらジュースを飲んでいた。







 あるマンションの一室で、男女が休日をゆったりと暮らしていた。



「休みの日はやはり自宅でのんびりに限るね」



 そう言いながら工藤くどう 大河たいがはソファーでくつろぎながら本を読んでいる。そこへ、一人の女性がコーヒーを持ってきた。



「コーヒー入りましたよ。良かったらお茶にしませんか?この前デパートで買ってきたクッキーがあるんです」



「へぇ、それはいいね。頂こうかな?」



「すぐに準備しますね」



 女性はコーヒーをテーブルの上に置くと、再度キッチンに戻っていく。しばらくしてから、皿にきれいに並べられたクッキーを持って現れた。



「どうぞ、召し上がってください」



 女性がそう言って、テーブルに皿を置く。



「へぇ、美味しそうだね。ありがとう、玲奈れいなさん」



 玲奈と呼ばれたベージュのロングワンピースに身を包み、フワフワの長い黒髪を一つに束ねた女性、木原きはら 玲奈れいなは微笑むと大河の隣に腰を下ろした。



 大河と玲奈は婚約中で、今は大河のマンションで同棲をしている。きっかけは、大河が電車を降りたら人だかりができていて、近くの人に話を聞いたら「痴漢に遭ったそうだ」という事だった。痴漢をした男は鉄道警察官に捕まって、連れてかれたのだという。大河は女性に声を掛けて、怪我がなかったかなどを聞き、自分が役所の人間だからという事を伝えて、「何かあったら連絡してください」と、名刺を渡した。そして、玲奈から連絡があり、何度か話していく内に玲奈のおしとやかな雰囲気に惹かれて今に至る……というわけだった。







 男は部屋でアルバムを広げていた。中学の時の卒業アルバムだ。そして、ある個人写真を憎しみに満ちた目で見ている。





 ――――ドスッ!!





 そして、その写真の顔にペーパーナイフを刺す。



「……こいつのせいで俺は……」



 男が恨みのこもった声で小さく言葉を吐く。



 そして、キャップを深く被り、部屋を出た……。





 憎いあいつを見つけて地獄に叩き落とすために……。
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