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第二章 籠の中の鳥は優しい光を浴びる

第1話

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~プロローグ~



「……嫌い……嫌い……あんな子……大っ嫌い……」





 薄暗い部屋で一人の少女がぬいぐるみにカッターナイフで何度も刺している。その瞳は憎しみに満ちていた。





「……あの子と同じ目にあわせやる……」







 少女は立ち上がると、パーカーを深くかぶり、家を出た……。







1.



「おはよう!静也くん!」



 日曜日、颯希はいつもの公園で静也と待ち合わせし、パトロールに出かけた。



「やぁ、颯希ちゃん!今日もパトロールかな?」



 そこへ、自転車で近所を回っているお巡りさんに会った。



「哲さん!こんにちは!」



 哲さんと呼ばれたお巡りさん、栗本くりもと 哲司てつじはこの地域のお巡りさんである。颯希の地域の交番に勤務していて、まだ、二十代の若いお巡りさんだ。運動で鍛え上げられた体には似つかない優しい物腰をしている。



「お父さんはお元気かな?」

「はい!元気ですよ!」

「また、機会があれば飲みに行きましょうって伝えておいてよ。結城署長の話は勉強になるからね」

「はい!分かりました!伝えておきますね!」



 哲司はそう言うと、「じゃあ、頑張ってね」と言い、去っていった。二人のやり取りを聞いていた静也は颯希に驚きを隠せない様子で言葉を発する。



「お前の父さん、署長だったのか……?」

「うん!南警察署の署長なのですよ!」

「警察官とは聞いていたが、まさか署長とはな……」

「お父さんは私の憧れでもあり、目標でもあるのですよ。お父さんや亡くなったお爺ちゃんを見て自分もいつかは警察官になりたいと思うようになったのです!」



 颯希が嬉しそうに話す。



 前の出来事の後、静也は休んでいた剣道を再開した。静也が元に戻り、拓哉は心底安心し、颯希と一緒にパトロールをすることもとても喜んでくれた。





 そして、今日も二人でパトロールをしながら清掃活動も行うことになっている。



「今日も町の平和のために中学生パトロール隊、出動なのです!」



 颯希の掛け声で元気よく二人でパトロールをしていく。今日のパトロール場所は桜地区という場所で行っている。住宅街で一軒家が立ち並ぶ地域だ。



 そして、二人で住宅街をパトロールしている時だった。





 ――――ピシャ!





 二人の頭の上に水が降ってきた。



「水?」



 晴れ渡っている空に雨が降っている様子はない。軽くかかってきた水に二人が顔を合わせる。



「あら!ごめんなさい!人がいる事に気付かなくて……。大丈夫?濡れてない?」



 手にシャワー付きのホースを持った年配の女性が顔を出した。どうやら庭の花たちに水をやっていたらしい。

 そして、その年配の女性が「お詫びをするから上がって」と言うので、颯希と静也は家に上がった。家に上がると、年配の男性も顔を出してきて、一緒に謝る。



「そんなにかかってないので気にしないでください!全然大丈夫なのですよ!」



 颯希が明るく言葉を綴る。



「本当にごめんなさいね。あっ、良かったら食べてね」



 年配の女性はである笹井ささい 由美子ゆみこはお茶とお菓子を持ってくると、テーブルに置き、二人に勧めた。



「それにしても、日曜日なのに学校があるの?」



 日曜日なのに制服姿という颯希を不思議に思ったのか由美子は颯希に問う。



「いえ!中学生にとっては学校の制服が正式な格好なのです!だから、パトロールの時は制服でパトロールしているのですよ!」



「パトロール?」



「はい!自己紹介が遅れました!中学生パトロール隊員、結城颯希です!隣にいるのは同じパトロール隊員の斎藤静也くんです!」



 颯希が敬礼のポーズをしながら笑顔で話す。



「あらあら、可愛らしいパトロール隊員さんね」



 ゆったりとした口調で由美子が答える。しばらくの間、雑談しながら過ごす。颯希や静也は、今日のパトロールで見つけたものとかを楽しそうに話した。



「まだ若いのに、地域のためにパトロールとは感心だな」



 年配の男性である笹井ささい 道明みちあきが、二人の活動に感心しながら言う。ワイワイとみんなでお喋りをしている時だった。



「……あの子に似ているわね」



 颯希を見ながら、急に由美子がポツリと呟く。



「あの子?」



 颯希が聞き返すと、由美子は瞳に涙を溜めて、静かに涙を流し始めた。傍にいた道明が由美子の肩をそっと抱き締める。そして、道明がゆっくりと話しをした。



「私たちには孫がいるんだ……。凛花りんかという女の子なんだが、颯希ちゃんのように元気で明るい子でね……。本当なら今年から高校生になるはずだったんだよ……」



「だった……?」



 道明の言葉に颯希が疑問を唱える。更に道明は話を続ける。



「通り魔に襲われてね……。ずっと、意識不明の重体なんだ……」



「犯人は捕まったのですか?」



「いや……、目撃した人もいなくて誰があんなことをしたのか全く分からないんだよ……。警察にも誰かに恨まれたりしていなかったかと聞かれたが、凛花は誰かに恨まれるような性格ではない……。明るく、元気で、誰にでも優しい子なんだ……。だから、何も情報が無くてね……。本当に誰があんなことをしたんだって思うよ……」



「凛花ちゃんは、私たちの家にもよく顔を出してくれてね、私の体を気遣ってよく肩たたきをしてくれたりしてくれたわ……。自慢の孫でね……。だから、なんであの子が?って、考えると、犯人が憎くて仕方ないのよ……」



 由美子が涙を流しながら言葉を綴る。この夫婦にとって孫の凛花は本当に自慢だったのだろう。なぜ、そんな子が通り魔の被害者になったのか……。理由があっての犯行なのか、たまたま通りかかった凛花を襲っただけなのか……。どちらにしろ、犯人が捕まらない以上何も分からない。



 すっかり長居をしてしまい、気付くと時刻は夕刻に差し掛かっている。颯希と静也は道明と由美子にお茶とお菓子のお礼を言った。そして、玄関で靴を履いていると、由美子が颯希たちに声を掛けた。



「颯希ちゃん、静也くん、良かったらまた遊びに来てね」



 どこか孫に似ている颯希を由美子は気に入ったのか、二人にそう声を掛けた。





 笹井家を出て、颯希と静也はおしゃべりしながら帰り路を歩く。



「犯人、捕まるといいのです……」

「そうだな。何とかして捕まって欲しいよな……」



 颯希と静也は犯人が誰なんだろうとか考える。と、颯希が急に声をあげた。



「あっ!私たちで犯人を捕まえられませんかね?!」

「それは危険だろ!!」

「でも、私たちはパトロール隊です!」

「れっきとした事件なんだからそれは警察の仕事だ!!」

「ダメですかね?」

「当たり前だ!!」



 なんとしても犯人を捕まえたいのだろう。颯希の危険な考えを静也が制止する。そうやって二人でワーワー言いながら歩いている。





 その二人を少女は睨みつけるように影から見ていた……。



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