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第1部
第2話
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円形劇場のある神殿地区を後にしたあたしとナリアは、公共広場に出た。
祝日の今日は屋台も出ていて、なかなかな賑わいを見せている。
と言っても、しょっちゅう祝日があるチェセンタにおいて珍しい光景ではない。
チェセンタ人は祭と宴が大好きで、個人的なパーティーは毎日あちこちで開かれているし、都市国家を挙げての祝祭日も多いのだ。
あたしたちにとってこれが普通なのだけれど、他の国ではそうでもないらしい。
ネサレテ先生曰く、貴族や裕福な市民以外も奴隷所有を行っているのはチェセンタくらいで、世界の多くの地域の人々は”労働”なるものに日々勤しんでいるらしい。
そんな国に生まれなくて良かった、って心の底から思う。
もっとも、熱心な商人たちは、人々が浮かれるときほどお財布の紐も緩むと、商いに励んではいるのだけれど。
基本的にチェセンタ人は飲み食い騒ぎ競うのが好きなのだ。
あたしは公共広場の中央で立ち止まり、おへそよりずっと低いところで結んでいる下帯の紐を緩めた。
すとん、と脚首まで落ちる。
片脚を引き抜いてつま先を高く蹴り上げると、小さな絹の塊は勢いをつけて飛んでいく。
手を伸ばしたナリアはノールックで巧みに掴み取った。
その間、彼女の目があたしのどこに釘付けだったのか、ちゃんと見逃さない。
むっつりなんだから。
胸当ても脱ぎ捨て、ほとんど生まれたままの姿になった。
ナリアは羽織っていた外套を石畳に広げ、その上へあたしが身につけていたものを重ねる。
そして、彼女はあたしの首飾りや指輪を外し自分の身体へつけていく。
普段飾り気のない少年めいた彼女の、きらびやかな姿が見られるこの瞬間が好きなのだ。
片膝をついたナリアの肩に手を置くと、彼女はあたしの編み上げサンダルの紐をゆるめながら、ぶつぶつと文句を言い出した。
「どうして君は所かまわず裸になるんだ。物陰で脱ぐとか、少しは考えろよ。小さな子供じゃないんだから」
「別にいいじゃない。見られて困るところなんてどこにもないもの。
それともきみは、あたしの裸を自分だけのものにしていたいの?
意外と独占欲が強いんだから」
あたしは口に手のひらを当てて笑う。
貴族たちの間で「図体が大きいだけで頭の足りない子供」と陰口を叩かれているせいか、”子供”と言われるのが好きではない。
おかげで、つい意地悪を口にしてしまった。
本当はナリアがあたしの身体を大切に扱ってくれるのが嬉しくてたまらないのに。
ネサレテ先生によれば、ハーフオークは成人するまで人間の1.3倍くらいの速さで成長するそうだ。
算術が苦手なあたしでも、13歳のナリアと同じくらいに育っているのは分かる。
成人するにはまだ何年かあるけれど、もう小さな子供ではない。
頭の中身だってそれなりに育っているつもり。
「だいたい、きみだってサルベニア競技会の間はすっぽんぽんだし、格闘の教練とかも裸でしてるんでしょ?」
「みんなが裸なら恥ずかしくないけど、服を着た人しかいない場所で1人だけ脱いでたら絶対恥ずかしいよ。平気な君がおかしいんだって」
サルベニア競技会とは、サルベイン山脈の麓にあるプリョルス平原で2年に1回行われる大運動会。
チェセンタのすべての都市国家は戦争も停戦して必ず参加する。
サルベニア競技会では、選手も観客も一糸まとわぬ姿での参加が義務なのだ。
その慣習のせいか、チェセンタ人は裸を晒す抵抗感が薄い。
競技会の会場で、裸になるのをものすごく嫌がっている外国の賓客たちの様子がおかしくて、あたしは密かな楽しみにしている。
「だって、あたしは裸を恥ずかしいなんて思わないんだもん。肌の色が変だとか、鱗があるとか、陰でこそこそ言われるくらいなら、どうぞどっからでも見なさいって思ってるんだから」
名前も知らない父様から流れているオークの血統で、あたしの耳は猪に似た形をして、オリーブ色の肌は灰色がかっている。
しかも、身体の一部には赤い鱗が生えていて、深紅の眼の瞳孔も爬虫類みたいに細長い。
どうして竜の血が混ざっているのか分からないけれど、ネサレテ先生は「ラスチェク公の胎内にいたとき、大量にチャズザーの返り血と神気を浴びたからでは」との自説を唱えている。
そんな訳で、あたしは身体を隠したくないし、血管の中で竜の血が燃えているせいなのか、ものすごい暑がり。
本当はいつも裸で過ごしたいくらい。
実際そうする訳にはいかないので、出来るだけ面積の少ない服を着て過ごしているのだ。
あれ、面積って言葉の使い方、これで良かったっけ?
「陰口を叩くような連中は君をやっかんでいるだけだ。君は誰もが憧れる英雄の一族で、竜の力を持つ特別な存在じゃないか。他人と違う姿をしているのはその証なんだよ」
威勢良く振舞っていても、やっぱりコンプレックスを感じている心の弱い部分へナリアは真っすぐ斬りこんできた。
「ありがと……。さぁ、早く帰らなきゃ。母様がお待ちなんだもん」
彼女の澄んだ黒い瞳がまぶしくて、あたしは目を逸らしながら距離をとった。
気をつけないと踏みつぶしちゃうからね。
公共広場の中央から、あたしの様子に気づいた人々が散り散りに離れて行く。
「君が変身する姿は、何回見ても慣れないな……」
165cmのナリアより少し低い目線がどんどん高くなり、若干ひきつった表情を浮かべた彼女の顔が遠ざかる。
四つ足の獣の態勢を取らないと身体の重みに耐えられなくなり、全身が固く赤い鱗に覆われていく。
自慢のストロベリー・ブロンドがバキバキと硬化して、二本の角と頭を覆う襞へと変化するのが感じられる。
肩甲骨から翼が飛び出し、尾てい骨が伸びて長い尻尾になった。
もともと身体になかった器官が生えてくるのは、内臓が身体の外へ飛び出すとでも例えるしかない気持ち悪さがある。
その中に、少しだけ快感をともなった不思議な感覚。
あたしは鼻の頭の小さな角から尻尾の先までで10mはあるレッド・ドラゴンへ変身を遂げた。
ちなみに、ドラゴンになった自分の大きさを知っているのは、ネサレテ先生に「ぜひ公女の身体を計測させてください!」って強引に測られたからなんだけどね。
「ナリア、背中に乗って!」
ビタンと尻尾で石畳を叩いて催促する。
「分かった、分かったから。そんなに吼えなくても聞こえてるよ」
ナリアは両手で耳を抑えて顔をしかめていた。
吼えてるつもりなんてないのに、ドラゴンの姿のときってそんなに大声なのかな。
彼女が身体をよじ登り首にしがみついた瞬間、あたしは地面を蹴って大きく翼を広げた。
「うわぁっ! 危ないだろ! 飛ぶ前に合図ぐらいしてくれよっ!」
背中のナリアがうるさい。
「わーわー叫ばなくていいから、ちゃんとしがみついてなさい!」
祝日の今日は屋台も出ていて、なかなかな賑わいを見せている。
と言っても、しょっちゅう祝日があるチェセンタにおいて珍しい光景ではない。
チェセンタ人は祭と宴が大好きで、個人的なパーティーは毎日あちこちで開かれているし、都市国家を挙げての祝祭日も多いのだ。
あたしたちにとってこれが普通なのだけれど、他の国ではそうでもないらしい。
ネサレテ先生曰く、貴族や裕福な市民以外も奴隷所有を行っているのはチェセンタくらいで、世界の多くの地域の人々は”労働”なるものに日々勤しんでいるらしい。
そんな国に生まれなくて良かった、って心の底から思う。
もっとも、熱心な商人たちは、人々が浮かれるときほどお財布の紐も緩むと、商いに励んではいるのだけれど。
基本的にチェセンタ人は飲み食い騒ぎ競うのが好きなのだ。
あたしは公共広場の中央で立ち止まり、おへそよりずっと低いところで結んでいる下帯の紐を緩めた。
すとん、と脚首まで落ちる。
片脚を引き抜いてつま先を高く蹴り上げると、小さな絹の塊は勢いをつけて飛んでいく。
手を伸ばしたナリアはノールックで巧みに掴み取った。
その間、彼女の目があたしのどこに釘付けだったのか、ちゃんと見逃さない。
むっつりなんだから。
胸当ても脱ぎ捨て、ほとんど生まれたままの姿になった。
ナリアは羽織っていた外套を石畳に広げ、その上へあたしが身につけていたものを重ねる。
そして、彼女はあたしの首飾りや指輪を外し自分の身体へつけていく。
普段飾り気のない少年めいた彼女の、きらびやかな姿が見られるこの瞬間が好きなのだ。
片膝をついたナリアの肩に手を置くと、彼女はあたしの編み上げサンダルの紐をゆるめながら、ぶつぶつと文句を言い出した。
「どうして君は所かまわず裸になるんだ。物陰で脱ぐとか、少しは考えろよ。小さな子供じゃないんだから」
「別にいいじゃない。見られて困るところなんてどこにもないもの。
それともきみは、あたしの裸を自分だけのものにしていたいの?
意外と独占欲が強いんだから」
あたしは口に手のひらを当てて笑う。
貴族たちの間で「図体が大きいだけで頭の足りない子供」と陰口を叩かれているせいか、”子供”と言われるのが好きではない。
おかげで、つい意地悪を口にしてしまった。
本当はナリアがあたしの身体を大切に扱ってくれるのが嬉しくてたまらないのに。
ネサレテ先生によれば、ハーフオークは成人するまで人間の1.3倍くらいの速さで成長するそうだ。
算術が苦手なあたしでも、13歳のナリアと同じくらいに育っているのは分かる。
成人するにはまだ何年かあるけれど、もう小さな子供ではない。
頭の中身だってそれなりに育っているつもり。
「だいたい、きみだってサルベニア競技会の間はすっぽんぽんだし、格闘の教練とかも裸でしてるんでしょ?」
「みんなが裸なら恥ずかしくないけど、服を着た人しかいない場所で1人だけ脱いでたら絶対恥ずかしいよ。平気な君がおかしいんだって」
サルベニア競技会とは、サルベイン山脈の麓にあるプリョルス平原で2年に1回行われる大運動会。
チェセンタのすべての都市国家は戦争も停戦して必ず参加する。
サルベニア競技会では、選手も観客も一糸まとわぬ姿での参加が義務なのだ。
その慣習のせいか、チェセンタ人は裸を晒す抵抗感が薄い。
競技会の会場で、裸になるのをものすごく嫌がっている外国の賓客たちの様子がおかしくて、あたしは密かな楽しみにしている。
「だって、あたしは裸を恥ずかしいなんて思わないんだもん。肌の色が変だとか、鱗があるとか、陰でこそこそ言われるくらいなら、どうぞどっからでも見なさいって思ってるんだから」
名前も知らない父様から流れているオークの血統で、あたしの耳は猪に似た形をして、オリーブ色の肌は灰色がかっている。
しかも、身体の一部には赤い鱗が生えていて、深紅の眼の瞳孔も爬虫類みたいに細長い。
どうして竜の血が混ざっているのか分からないけれど、ネサレテ先生は「ラスチェク公の胎内にいたとき、大量にチャズザーの返り血と神気を浴びたからでは」との自説を唱えている。
そんな訳で、あたしは身体を隠したくないし、血管の中で竜の血が燃えているせいなのか、ものすごい暑がり。
本当はいつも裸で過ごしたいくらい。
実際そうする訳にはいかないので、出来るだけ面積の少ない服を着て過ごしているのだ。
あれ、面積って言葉の使い方、これで良かったっけ?
「陰口を叩くような連中は君をやっかんでいるだけだ。君は誰もが憧れる英雄の一族で、竜の力を持つ特別な存在じゃないか。他人と違う姿をしているのはその証なんだよ」
威勢良く振舞っていても、やっぱりコンプレックスを感じている心の弱い部分へナリアは真っすぐ斬りこんできた。
「ありがと……。さぁ、早く帰らなきゃ。母様がお待ちなんだもん」
彼女の澄んだ黒い瞳がまぶしくて、あたしは目を逸らしながら距離をとった。
気をつけないと踏みつぶしちゃうからね。
公共広場の中央から、あたしの様子に気づいた人々が散り散りに離れて行く。
「君が変身する姿は、何回見ても慣れないな……」
165cmのナリアより少し低い目線がどんどん高くなり、若干ひきつった表情を浮かべた彼女の顔が遠ざかる。
四つ足の獣の態勢を取らないと身体の重みに耐えられなくなり、全身が固く赤い鱗に覆われていく。
自慢のストロベリー・ブロンドがバキバキと硬化して、二本の角と頭を覆う襞へと変化するのが感じられる。
肩甲骨から翼が飛び出し、尾てい骨が伸びて長い尻尾になった。
もともと身体になかった器官が生えてくるのは、内臓が身体の外へ飛び出すとでも例えるしかない気持ち悪さがある。
その中に、少しだけ快感をともなった不思議な感覚。
あたしは鼻の頭の小さな角から尻尾の先までで10mはあるレッド・ドラゴンへ変身を遂げた。
ちなみに、ドラゴンになった自分の大きさを知っているのは、ネサレテ先生に「ぜひ公女の身体を計測させてください!」って強引に測られたからなんだけどね。
「ナリア、背中に乗って!」
ビタンと尻尾で石畳を叩いて催促する。
「分かった、分かったから。そんなに吼えなくても聞こえてるよ」
ナリアは両手で耳を抑えて顔をしかめていた。
吼えてるつもりなんてないのに、ドラゴンの姿のときってそんなに大声なのかな。
彼女が身体をよじ登り首にしがみついた瞬間、あたしは地面を蹴って大きく翼を広げた。
「うわぁっ! 危ないだろ! 飛ぶ前に合図ぐらいしてくれよっ!」
背中のナリアがうるさい。
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