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14. エル子の見抜きリベンジ 後編
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とある僻地の街マップ。そこへ移動するには、人口密度の高い首都マップから陸路を延々進むか、近郊都市から飛行船に乗って、いくつかの港を経由するしかない。
つまり、行くのがとっても面倒臭い僻地マップなのだ。
そんな僻地マップ内のさらなる僻地である、入り組んだ通りを遠回りしないといけないマップ片隅の裏通り――そこが、見抜きの聖地だった。
辺鄙な街の、辺鄙な通り。ゲーム的にも面白みなんて一切ないのに、その通りの周辺にはなぜか、微妙な距離をおいて、ぽつぽつと人がいた。
道端に立っている者もいれば、行き止まりになっている横道の奥だったり、路地裏の空き地みたいな場所だったりに座っている者もいた。
そして全員、女性だった。
「……っ」
エル子はその一帯を歩きながら、何度も唾を飲み込んでいた。
BGMは長閑で、明度も普通。どこにでもある街マップの一角なのに、エル子にはなぜか、この場所が暗く、退廃的な場所に感じられた。
「……って、思い込みだと分かってるけどさー」
分かっていても、今のエル子には画面が薄暗く見えてしまうのだ。
「と、とにかく……ええと、この辺に座って……」
エル子は路地裏を徘徊して見つけた、ちょうど良さそうな突き当たりに自キャラを座らせる。なお、今日の自キャラはこのためだけに作った、いつものキャラとは性別以外は似ても似つかない新規キャラだ。さすがにメインキャラで見抜き募集する度胸はなかった。
この新規キャラには募集時の目印でもある、通称“アホ毛花”を装備させている。これは、ヘアバンドに花が一輪咲いているという見た目の趣味装備だ。防御性能は皆無だけど、初心者でも簡単に入手できるし、レベルやクラスでの装備制限もない。その上、花の色や種類がそれぞれ何種類かあって、組み合わせると十種を超える。なので、待ち合わせの目印にちょうどいいのだ。
……というか、掲示板で募集しているひとたちがこのアホ毛花を目印に使っていたので、エル子も真似したのだった。
「……おーぅ」
掲示板の書き込み欄に文章を打ち込み、あとは投稿ボタンを押すだけ――という段になって、エル子の口から震えた吐息が零れ出る。
これを押してしまったら、本当に投稿されちゃうのだ。他の募集を参考にして書いた、他人に朗読されたら赤面するのを通り越して顔から焼死するレベルの卑猥でアレな文章が、ネットに投稿されてしまうのだ。
「動画や写真じゃ平気なのに、なんだこれー……」
怖じ気づいている自分にびっくりだ。
自分はもっとノリでぽーんとやっちゃって、緊張しつつもドキドキヘラヘラ楽しんじゃう子だー……と思っていたのに、どうしてこんなに指まで震わせちゃっているのか。
「は、は……」
気がつけば、エル子は無自覚に笑っていた。でもそれは、顔と喉が引き攣った結果、そう見えるだけのものだった。
筋肉の引き攣りは指にも伝わって、エル子があっと思ったときには投稿ボタンがクリックされていた。
「おわわわ……」
とか呻いているうちにブラウザが更新されて、エル子の書き込みが掲示板に反映される。
他の募集書き込みと同様の、音読されたら憤死することの間違い無しの媚び媚びドスケベメッセージ。
自分でうっかり読んでしまった瞬間、
「うひいいぃーっ!!」
エル子は奇声を発して、画面を殴りつけてしまった。
「や、やっぱり止めよ。取り消し――ああっ!」
編集機能を使って書き込みを削除しようとして、編集キーを設定していなかったことに気づく。すなわち、このドスケベポエムな書き込みは消せない――。
「あうあぅあううぅーっ!!」
冷静に考えれば、ブラウザを閉じて、ネトゲも落として、全部なかったことにしてしてしまうこともできた。でも、エル子は冷静ではなかった。羞恥心に殺されそうな心持ちだった。なので、募集の書き込みを消すことも、その書き込みで指定している待ち合わせ場所から逃げることもせず、ただパソコンの前であうあう呻いているだけだった。
だけど、そのあうあうも途中で不自然に途切れる。
エル子の見ている画面内に、見知らぬ少年キャラが入ってきたからだ。
「あ……ぅ……」
どうしたらいいのか分からない。エル子の頭は真っ白だ。
逃げる? 今から? ――いやいや、こっちの画面に相手が映っているということは、向こうの画面にもこっちが映っているってことだ。つまり、今から逃げたら追いかけられる。っていうか、ここ突き当たりじゃん。逃げ道、ないじゃん。袋の鼠じゃん!
……あっ、来てる! こっち来てる! 近付いてきてる! こっち袋小路なんだから、わたしに用があるじゃなかったら、近付いてこないよね――あっ、止まった!?
少年PCはエル子キャラから微妙に離れたところで止まる。
話しかけてくるには遠すぎだけどー……と肩透かしを食らった気分になったエル子の隙を突くように、ぴこんっとチャットが飛んできた。
『募集を見て来たよ。可愛いね』
「えぇー……いや、初期キャラ……」
今時古風なこのネトゲは、キャラの顔は数パターンの組み合わせでしか作れない。なので、装備のない初期キャラの顔なんて、どれもほぼ同じだ。可愛いとか言われても、あっはい、と真顔にしかなれない。
でも、おかげで頭が冷めた。
『はい。来てくださって、ありがとうございます』
エル子は僅かに逡巡したものの、覚悟を決めてチャットを返した。
ええいっ、ここまできて逃げ帰るわけにいくかーっ! 据え膳食われぬ女は恥じゃーっ!
……と覚悟を決めて、エル子、清水の舞台から飛び立ったのだった。
『やらしい子だよね。あんな募集書いてさ』
『そうですか?』
『そうだよー。エロすぎて募集見ただけで股間ギンギンだし』
『えー』
……と、回らない頭で短い言葉ひとつを打ち込みながら、エル子はこれからどう進めていったらいいのかを戸惑う。
――なんか話が始まっちゃってるけど、おぐるんアドバイスだと、話しちゃ駄目じゃなかったっけ? 話すんじゃなく、喋るようにしないといけないんじゃなかったっけー?
エル子は素直に聞いてみることにした。
『見抜き、お話ししながらだと難しいですよね?』
『あー、そうだね』
『だから返事しなくて大丈夫ですよ』
エル子がそう返事したのと同時に、
『だからボイチャでいいよ』
少年キャラはそう発言した。
「……は?」
エル子、リアルで呻く。チャットの手が止まる。そこへ少年キャラの台詞が畳み掛けられる。
『話すのが恥ずかしいんだったら、聞くだけでいいよ』
『大丈夫だって。みんなやってるから平気だって』
『つか、募集でボイチャNG書いてなかったってことはー……だよね』
『大丈夫! 俺、紳士だから!!』
それからさらに続けられた説得に、エル子は折れた。
自分で募集したのに断るなんて……という弱気心に流されて、エル子はこの少年キャラにボイチャを繋いでしまったのだった。
そして骨伝導レシーバーから流れてくる、男の野太い喘ぎ声。
「はぁ……はっ、あぁ……」
「……」
エル子は何も言えないでいる。マイクは切っているけれど、エル子はそれでも息を潜めてしまう。
だって怖いから。
見つかったら鬼に見つかっちゃう気がするから……って、鬼ってなにさ!? 隠れんぼかーい!
脳内で、自分で自分に突っ込むエル子。自分でも馬鹿だなと思うけど、こんなことでも考えて現実逃避していないと恥ずかしさで逃げ出したくなってしまう。
「あぁ、いいよぉ……ねえ、聞こえてる? あぁ……!」
少年キャラなのに、聞こえてくる声はもっと老けている。
「聞こえてるなら頷いて……っ……」
そう言われて、エル子は反射的に自キャラを頷かせた。その直後にかけられる、ふひっ、と鼻を鳴らすような笑い声。
「聞いてるんだ。男が、こんなこと、してる声、聞いて……ふひっ、エロエロだね」
「うぁ……っ」
エル子、かなり我慢の限界。相手の息遣いに、全身の産毛がぞわぞわ逆立つ。
その一方で、相手のほうは一人で勝手に高まっていく。
「ああっ、あ……いく、いく、いくよ……あ、ぁ、あ、あぁ――ッ!!」
少年キャラをした老け声の彼は、今夜、涅槃に飛び立った。
そして、ボイチャがブツッと切られ、彼のキャラもログアウトした。
「あ……」
エル子は呆気に取られていた。
挨拶ひとつなかったから、相手の回線に何かトラブル起きたのかな、と最初は思ってしまった。でも二秒後には理解した。
ああ、急に賢者になったので、ってやつかー……と。
「……」
相手がいなくなって惚けていたエル子だったけど、ゲーム画面の端に、まるでトイレが空くのを待っていたかのように立っている男性キャラを見つけた瞬間、
「ひぎゅ――!」
エル子は息を呑みつつ叫んで、ネトゲを強制終了させていた。
「ひっ……ひー……ふううぅー……」
なんかちょっと違う気がする深呼吸を何度かして落ち着いてきたら、かちゃかちゃとマウスを動かしてネトゲを再起動させると、今度はいつものキャラでログインした。
ログインしてすぐ、オグルをいつもの湖畔マップに喚び出した。
オグルはすぐに来てくれた。
● ● ●
東屋のベンチにキャラを並べて座らせたところで、オグルが尋ねた。
「どうだった? リベンジできたんか?」
「できたって言えばできたけど、なんかそういう次元じゃなかったっ!!」
「はぁん?」
「えっとー、相手はイったの。でも、なんか思ってたのと違ったの」
「どう違ったんだよ?」
「えっとー……うーんと……」
エル子、うんうん唸って言葉を探す。オグルが黙って待っていると、ややあってからエル子はおもむろに言った。
「相手のひとね、わたしでイったのに、わたしのこと見てなかった。それが楽しくなかったんだと思う」
「そりゃてめぇ、見抜きってそういうもんだろ」
「そなの? ……って、あーそっかー」
「急に何を納得よ?」
「わたし、おぐるんのアドバイスに従って新キャラでリベンジしたでしょ」
「でしょっつわれても知らねぇけど、アドバイスはしたな。本キャラバレは面倒くせぇって。けど、それがどうしたよ?」
「わたし、本キャラバレしないようにーって、種族を人間で新キャラ作ったの。それも、いまいち楽しくなかった原因だったんだよ!」
びしっと言い放ったエル子に、オグルは戸惑う。
「……人間だと駄目なのか?」
「だってほら、わたしエルフじゃん? 人間キャラじゃ、わたしじゃないじゃん?」
「……ん? ん?」
オグル、しばらく不思議そうにしていたが、やがて探るように言う。
「つまり、キャラの種族がエルフじゃねぇと自己投影できねぇから、上手く興奮できなかった……みてぇな?」
「そ、そ。理解、完璧やねー」
「まぁ、無駄に付き合い長ぇからな」
苦笑したオグルは、それで、と話を戻す。
「今度はエルフの新キャラ作って、もっかいリベンジか」
「んー……もういいかにゃ」
エル子は少し考えたけど、微苦笑してそう言った。
「んだよ。あんだけリベンジリベンジ言ってたのに、あっさりじゃねぇか」
「うんー……なんかね、キャラがエルフとかエルフじゃないとか以前にね……見抜きされるの、あんま楽しくなかった」
結局、そこなのだった。
使うキャラがエルフだろうと人間だろうと、相手が見るのはキャラだけで、エル子ではない。それは自分が欲しいものと違うんだにゃー、と今回の一件で気づかされたエル子なのだった。
「当分は、おぐるんだけでいいやー」
エル子がしみじみ呟く。
「……ハハッ」
オグルはどこかの鼠みたいに鼻で笑った。
つまり、行くのがとっても面倒臭い僻地マップなのだ。
そんな僻地マップ内のさらなる僻地である、入り組んだ通りを遠回りしないといけないマップ片隅の裏通り――そこが、見抜きの聖地だった。
辺鄙な街の、辺鄙な通り。ゲーム的にも面白みなんて一切ないのに、その通りの周辺にはなぜか、微妙な距離をおいて、ぽつぽつと人がいた。
道端に立っている者もいれば、行き止まりになっている横道の奥だったり、路地裏の空き地みたいな場所だったりに座っている者もいた。
そして全員、女性だった。
「……っ」
エル子はその一帯を歩きながら、何度も唾を飲み込んでいた。
BGMは長閑で、明度も普通。どこにでもある街マップの一角なのに、エル子にはなぜか、この場所が暗く、退廃的な場所に感じられた。
「……って、思い込みだと分かってるけどさー」
分かっていても、今のエル子には画面が薄暗く見えてしまうのだ。
「と、とにかく……ええと、この辺に座って……」
エル子は路地裏を徘徊して見つけた、ちょうど良さそうな突き当たりに自キャラを座らせる。なお、今日の自キャラはこのためだけに作った、いつものキャラとは性別以外は似ても似つかない新規キャラだ。さすがにメインキャラで見抜き募集する度胸はなかった。
この新規キャラには募集時の目印でもある、通称“アホ毛花”を装備させている。これは、ヘアバンドに花が一輪咲いているという見た目の趣味装備だ。防御性能は皆無だけど、初心者でも簡単に入手できるし、レベルやクラスでの装備制限もない。その上、花の色や種類がそれぞれ何種類かあって、組み合わせると十種を超える。なので、待ち合わせの目印にちょうどいいのだ。
……というか、掲示板で募集しているひとたちがこのアホ毛花を目印に使っていたので、エル子も真似したのだった。
「……おーぅ」
掲示板の書き込み欄に文章を打ち込み、あとは投稿ボタンを押すだけ――という段になって、エル子の口から震えた吐息が零れ出る。
これを押してしまったら、本当に投稿されちゃうのだ。他の募集を参考にして書いた、他人に朗読されたら赤面するのを通り越して顔から焼死するレベルの卑猥でアレな文章が、ネットに投稿されてしまうのだ。
「動画や写真じゃ平気なのに、なんだこれー……」
怖じ気づいている自分にびっくりだ。
自分はもっとノリでぽーんとやっちゃって、緊張しつつもドキドキヘラヘラ楽しんじゃう子だー……と思っていたのに、どうしてこんなに指まで震わせちゃっているのか。
「は、は……」
気がつけば、エル子は無自覚に笑っていた。でもそれは、顔と喉が引き攣った結果、そう見えるだけのものだった。
筋肉の引き攣りは指にも伝わって、エル子があっと思ったときには投稿ボタンがクリックされていた。
「おわわわ……」
とか呻いているうちにブラウザが更新されて、エル子の書き込みが掲示板に反映される。
他の募集書き込みと同様の、音読されたら憤死することの間違い無しの媚び媚びドスケベメッセージ。
自分でうっかり読んでしまった瞬間、
「うひいいぃーっ!!」
エル子は奇声を発して、画面を殴りつけてしまった。
「や、やっぱり止めよ。取り消し――ああっ!」
編集機能を使って書き込みを削除しようとして、編集キーを設定していなかったことに気づく。すなわち、このドスケベポエムな書き込みは消せない――。
「あうあぅあううぅーっ!!」
冷静に考えれば、ブラウザを閉じて、ネトゲも落として、全部なかったことにしてしてしまうこともできた。でも、エル子は冷静ではなかった。羞恥心に殺されそうな心持ちだった。なので、募集の書き込みを消すことも、その書き込みで指定している待ち合わせ場所から逃げることもせず、ただパソコンの前であうあう呻いているだけだった。
だけど、そのあうあうも途中で不自然に途切れる。
エル子の見ている画面内に、見知らぬ少年キャラが入ってきたからだ。
「あ……ぅ……」
どうしたらいいのか分からない。エル子の頭は真っ白だ。
逃げる? 今から? ――いやいや、こっちの画面に相手が映っているということは、向こうの画面にもこっちが映っているってことだ。つまり、今から逃げたら追いかけられる。っていうか、ここ突き当たりじゃん。逃げ道、ないじゃん。袋の鼠じゃん!
……あっ、来てる! こっち来てる! 近付いてきてる! こっち袋小路なんだから、わたしに用があるじゃなかったら、近付いてこないよね――あっ、止まった!?
少年PCはエル子キャラから微妙に離れたところで止まる。
話しかけてくるには遠すぎだけどー……と肩透かしを食らった気分になったエル子の隙を突くように、ぴこんっとチャットが飛んできた。
『募集を見て来たよ。可愛いね』
「えぇー……いや、初期キャラ……」
今時古風なこのネトゲは、キャラの顔は数パターンの組み合わせでしか作れない。なので、装備のない初期キャラの顔なんて、どれもほぼ同じだ。可愛いとか言われても、あっはい、と真顔にしかなれない。
でも、おかげで頭が冷めた。
『はい。来てくださって、ありがとうございます』
エル子は僅かに逡巡したものの、覚悟を決めてチャットを返した。
ええいっ、ここまできて逃げ帰るわけにいくかーっ! 据え膳食われぬ女は恥じゃーっ!
……と覚悟を決めて、エル子、清水の舞台から飛び立ったのだった。
『やらしい子だよね。あんな募集書いてさ』
『そうですか?』
『そうだよー。エロすぎて募集見ただけで股間ギンギンだし』
『えー』
……と、回らない頭で短い言葉ひとつを打ち込みながら、エル子はこれからどう進めていったらいいのかを戸惑う。
――なんか話が始まっちゃってるけど、おぐるんアドバイスだと、話しちゃ駄目じゃなかったっけ? 話すんじゃなく、喋るようにしないといけないんじゃなかったっけー?
エル子は素直に聞いてみることにした。
『見抜き、お話ししながらだと難しいですよね?』
『あー、そうだね』
『だから返事しなくて大丈夫ですよ』
エル子がそう返事したのと同時に、
『だからボイチャでいいよ』
少年キャラはそう発言した。
「……は?」
エル子、リアルで呻く。チャットの手が止まる。そこへ少年キャラの台詞が畳み掛けられる。
『話すのが恥ずかしいんだったら、聞くだけでいいよ』
『大丈夫だって。みんなやってるから平気だって』
『つか、募集でボイチャNG書いてなかったってことはー……だよね』
『大丈夫! 俺、紳士だから!!』
それからさらに続けられた説得に、エル子は折れた。
自分で募集したのに断るなんて……という弱気心に流されて、エル子はこの少年キャラにボイチャを繋いでしまったのだった。
そして骨伝導レシーバーから流れてくる、男の野太い喘ぎ声。
「はぁ……はっ、あぁ……」
「……」
エル子は何も言えないでいる。マイクは切っているけれど、エル子はそれでも息を潜めてしまう。
だって怖いから。
見つかったら鬼に見つかっちゃう気がするから……って、鬼ってなにさ!? 隠れんぼかーい!
脳内で、自分で自分に突っ込むエル子。自分でも馬鹿だなと思うけど、こんなことでも考えて現実逃避していないと恥ずかしさで逃げ出したくなってしまう。
「あぁ、いいよぉ……ねえ、聞こえてる? あぁ……!」
少年キャラなのに、聞こえてくる声はもっと老けている。
「聞こえてるなら頷いて……っ……」
そう言われて、エル子は反射的に自キャラを頷かせた。その直後にかけられる、ふひっ、と鼻を鳴らすような笑い声。
「聞いてるんだ。男が、こんなこと、してる声、聞いて……ふひっ、エロエロだね」
「うぁ……っ」
エル子、かなり我慢の限界。相手の息遣いに、全身の産毛がぞわぞわ逆立つ。
その一方で、相手のほうは一人で勝手に高まっていく。
「ああっ、あ……いく、いく、いくよ……あ、ぁ、あ、あぁ――ッ!!」
少年キャラをした老け声の彼は、今夜、涅槃に飛び立った。
そして、ボイチャがブツッと切られ、彼のキャラもログアウトした。
「あ……」
エル子は呆気に取られていた。
挨拶ひとつなかったから、相手の回線に何かトラブル起きたのかな、と最初は思ってしまった。でも二秒後には理解した。
ああ、急に賢者になったので、ってやつかー……と。
「……」
相手がいなくなって惚けていたエル子だったけど、ゲーム画面の端に、まるでトイレが空くのを待っていたかのように立っている男性キャラを見つけた瞬間、
「ひぎゅ――!」
エル子は息を呑みつつ叫んで、ネトゲを強制終了させていた。
「ひっ……ひー……ふううぅー……」
なんかちょっと違う気がする深呼吸を何度かして落ち着いてきたら、かちゃかちゃとマウスを動かしてネトゲを再起動させると、今度はいつものキャラでログインした。
ログインしてすぐ、オグルをいつもの湖畔マップに喚び出した。
オグルはすぐに来てくれた。
● ● ●
東屋のベンチにキャラを並べて座らせたところで、オグルが尋ねた。
「どうだった? リベンジできたんか?」
「できたって言えばできたけど、なんかそういう次元じゃなかったっ!!」
「はぁん?」
「えっとー、相手はイったの。でも、なんか思ってたのと違ったの」
「どう違ったんだよ?」
「えっとー……うーんと……」
エル子、うんうん唸って言葉を探す。オグルが黙って待っていると、ややあってからエル子はおもむろに言った。
「相手のひとね、わたしでイったのに、わたしのこと見てなかった。それが楽しくなかったんだと思う」
「そりゃてめぇ、見抜きってそういうもんだろ」
「そなの? ……って、あーそっかー」
「急に何を納得よ?」
「わたし、おぐるんのアドバイスに従って新キャラでリベンジしたでしょ」
「でしょっつわれても知らねぇけど、アドバイスはしたな。本キャラバレは面倒くせぇって。けど、それがどうしたよ?」
「わたし、本キャラバレしないようにーって、種族を人間で新キャラ作ったの。それも、いまいち楽しくなかった原因だったんだよ!」
びしっと言い放ったエル子に、オグルは戸惑う。
「……人間だと駄目なのか?」
「だってほら、わたしエルフじゃん? 人間キャラじゃ、わたしじゃないじゃん?」
「……ん? ん?」
オグル、しばらく不思議そうにしていたが、やがて探るように言う。
「つまり、キャラの種族がエルフじゃねぇと自己投影できねぇから、上手く興奮できなかった……みてぇな?」
「そ、そ。理解、完璧やねー」
「まぁ、無駄に付き合い長ぇからな」
苦笑したオグルは、それで、と話を戻す。
「今度はエルフの新キャラ作って、もっかいリベンジか」
「んー……もういいかにゃ」
エル子は少し考えたけど、微苦笑してそう言った。
「んだよ。あんだけリベンジリベンジ言ってたのに、あっさりじゃねぇか」
「うんー……なんかね、キャラがエルフとかエルフじゃないとか以前にね……見抜きされるの、あんま楽しくなかった」
結局、そこなのだった。
使うキャラがエルフだろうと人間だろうと、相手が見るのはキャラだけで、エル子ではない。それは自分が欲しいものと違うんだにゃー、と今回の一件で気づかされたエル子なのだった。
「当分は、おぐるんだけでいいやー」
エル子がしみじみ呟く。
「……ハハッ」
オグルはどこかの鼠みたいに鼻で笑った。
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