現代エルフのニート事情

Merle

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13. エル子と蛇と林檎と扉 中編

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 スライム愛好家の研究室に超銀河スライムを連れていくと約束したエル子だが、ドライアド二人だけに任せるつもりはなかった。小型の無線カメラとマイクを装着させる他にも、護衛をつけることにした。
 文字でのやり取りからだけでも、スライム愛好家からはなんとなく偏執狂の匂いがしていて危険な予感がしたから――という理由もあったけれど、もっと根本的に、「アドちゃんこの子たち、たぶん巻き込まれる名探偵の定めを背負ってるんだ……!」と思ったからだ。

 護衛役を用意するに当たって、

「護衛……守護、守護神……うん、神様だっ!」

 という思考の流れから、エル子は神を勧請することにした。
 とはいえ、まずやることは錬成だ。その準備だ。
 まずは冷蔵庫から取り出してきた何本かの酒を巨人トロール用の超大ジョッキにどぼどぼ注いで、にする。
 エル子もドワ夫もお酒は好きなほうだけど、普段から嗜むわけではない。どちらかというと、珍しいお酒を集めるのが好きなのだ。なまじ魔法で冷蔵庫の内部空間を拡張できてしまうために後先考えずに買ったり貰ったりしてしまうから、飲むペースが増えるペースに追いつかなくて、冷蔵構内の一角はプチ酒蔵状態になっていた。
 そのからエル子が見繕ってきたのは、神社と酒造がコラボして作った聖酒に、聖餐式で一番人気の赤ワイン、仙人由来水リンガム水で作られたとかいうウィスキー。それからお酒の他にも、聖酒のオマケで付いてきた榊をジョッキに挿し、溶媒としてサファイアっぽい魔石も沈めてみた。

「さあ、始めよー。いざ作ろうぞ、神の雫をーっ!」

 エル子、気合いを入れて錬成開始。ただのをカクテルに昇華させるのだ。

 錬成はすんなりと終了した。

「何事もなく成功って、なんか珍しいような……いやいやっ、珍しくない! これが普通だよっ!」

 たまにやらかす失敗が大失敗過ぎるから失敗の印象が強いだけで、エル子はべつに失敗キャラではない。断じて、ない。
 出来上がったお酒カクテルは、ちゃんぽん状態の三分の一ほどに嵩を減らしていた。三本のお酒をだいたい等分で入れていたから、ちょうど一本分に凝縮されたわけだ。
 榊と魔石はきれいに溶けていて、カクテルは無色透明に澄み切っている。

「……なんか普通」

 何も変なことが起きないことに、エル子は残念な気持ちになった。

「――って、いやいや! 普通でいいんだよ、普通でっ!」

 慌てて頭を振って物騒な気持ちを振り払うと、次の工程に入ることにした。

「御神酒を錬成したら、次は――」

 言葉がそこで途切れてしまった。
 なぜか? ――エル子は見てしまったからだ。いま作ったばかりの御神酒が、ずずっと嵩を減らしていくところを。
 それはまるで、がジョッキに縁に口を付けて、中身の酒をずずっと啜り上げているかのようだった。
 そう――ではなく、だ。
 というか、透明人間が部屋に侵入してきたと思ったら怖すぎて死ねるので、せめて人外であってほしいというエル子の願望だった。

「……ッ」

 エル子、ごくりと唾を飲み込みながら両目の焦点をぼやけさせて、視覚を霊視状態に切り替える。

「おーぅ……」

 そこには確かに、がいた。
 白蛇だ。胴回りがエル子の腰くらいある真っ白な大蛇が、ジョッキに頭を突っ込んで酒をずずずと啜っていたのだった。なお、頭から一メートルもいかないところで、白蛇の胴体は靄がかかるように消えていた。その靄の向こうから首だけを伸ばして、酒を舐めているのだった。

「えーと……勧請するまでもなく、向こうからやってきた……みたいなー?」

 エル子の独り言が聞こえていないのか、白蛇はジョッキに顔を突っ込んで、無心で酒を飲んでいる。とんだ酒好きの蛇だ。

「神様的な何かだと嬉しいんですけど……あー、そういうのじゃなかったとしても、飲んだ分だけ力を貸していただければ全然良いんですけどー……あの、聞いてます?」
「――聞いています」

 白蛇、ジョッキに顔を突っ込んだまま、なんか念話的な感じで答えてきた。ハスキーなのにしっとり艶っぽい女性の声だった。

「ほわっ! 喋った!?」
「神使が喋れぬとでも思っていましたか?」
「あー……いえ、喋れて当然ですよね、はい。というか、神使って……神様の眷族で合ってますよね?」
「貴女、自分でこの身を呼んでおいて、そのようなことを聞くのですか」
「そんなふうに呆れられても……わたし、まだ呼んでませんでしたよね……?」
「……これから呼ぼうとしていたのでしょう? でしたら、同じことです」
「あれ? いま一瞬、言い淀みましたよね?」
「……」
「えっ、図星で黙秘? 神の眷属、俗っぽい?」
「貴女、少し黙ってなさい。酒が不味くなります」
「でも――」
「飲んだ分、何かしろというのでしょう? 分かっています。飲み逃げはしませんから、いまはゆっくり飲ませなさい」
「お願いを聞いてくれるのなら、どーぞどーぞ。ゆっくり味わってくださいなー」

 エル子、にっこり頬笑んで、白蛇が御神酒を飲み干す、というか啜り干すのを見守った。白蛇が長い舌を伸ばして最後の一滴を舐め取るまでには、それから三十秒とかからなかった。

「んっふぅ……なかなかの美酒でした」
「どういたしましてー」
「では、この酒に見合った礼をしなくてはなりませんね」
「話が早いねっ」
身共みどももこの業界、長いですから」

 神籬を設えたり、祝詞を吟じたりするまでもなく、御神酒ひとつで勝手に誘われ出てきた白蛇は、慣れた様子で話を進めていく。エル子も話が早いのは大歓迎なので、早速要求を述べた。

「では白蛇様、あなたにはお遣いの護衛をお願いしたいのです」
「遣いではなく、その護衛ですか」
「あー、そか。白蛇様に直でお遣い役を頼んじゃってもいいのかー」
「……その場合、身共がやるのは本当に遣いだけです。交渉事などは一切引き受けませんよ」
「そういうの、ガキの遣いって言うんじゃないですかねー」
「お黙りなさい。酒の一杯など、子供の駄賃も同然。なれば、その礼も子供の使いが妥当というものです。身共は何か間違ったことを言っていますか?」
「い、いえ。間違ってないです……」

 黒ダイヤのような瞳に睨まれて、エル子はぶるるっと頭を振った。
 わりと平常心で対応しているようなエル子だが、内心は結構かなり、びびっている。なにせ相手の白蛇は、エル子に招かれもせずに家宅侵入してこられるような存在なのだ。下手に出過ぎて付けあがらせるのも不味いけど、怒らせるのはもっと不味い。
 心の準備もなく突然始まってしまった、自分より強い存在との交渉案件。緊張しないわけがない。巨乳だったら胸の谷間に汗疹ができて大変なことになっていたはずだ。いやー、よかった。貧乳でー。
 ……などと冗談めかしていないと普通の顔ポーカーフェイスが崩れてしまいそうな重圧の中で、エル子は白蛇と対話しているのだった。

「では、白蛇様にはお遣いの護衛をお願いします。護衛以外のことは、お遣いの子たちに任せちゃっていいですんで」
「相分かりました。では……」

 白蛇は頷くように鎌首を揺すると、靄の奥から長い身体をしゅるしゅるっと這い出させてくる。尻尾まで出てきた白蛇はくるくるととぐろを巻いて巨大ソフトクリームのようになったかと思うと、瞬間的にその全身が靄に包まれた。靄は一瞬で晴れるが、そこに白蛇の姿はなくなっていて、代わりに立っていたのは巫女さんだった。
 白衣と緋袴、尻尾に結ったの髪――という、巫女さんとしか言いようのない装束の美女だった。ついでに言うと、巨乳――いやさ、爆乳だった。白衣の襟が抵抗できずに大きくはだけて、谷間がどーんっと露出していた。
 その深い谷間を目の当たりにした瞬間、エル子、完全敗北宣言だった。

「ありがたやー……!」

 気がつけば、エル子は手を合わせて拝んでいた。

「ふむ……人は皆、身共の化け姿を見ると、そのように拝みます。なぜなのでしょう?」
「それは尊いからです、白蛇様」
「ああ、それです」

 白蛇は唐突に、エル子を指差す。

「えっ……それ?」

 びくっと仰け反りつつ小首を傾げたエル子に、白蛇がすっと目を細める。

「貴女、先ほどから身共のことを白蛇、白蛇と言っていますが、それは身共の名ではありません」
「へ? ……あー、確かに言われてみれば、種族名ですねー……というか、個人的なお名前があるんですのん?」
「ええ、あります」

 白蛇は豊かな胸を自慢げに反らした。
 霊的な存在は総じて個人意識が薄い、というのが一般的な認識なのだけど、どうやらこの白蛇は例外に当たるようだ。

「身共の名は、かつて契りを交わした僧侶から頂戴したものです」
「あ……まさか清姫とか?」
「いえ、違います」
「あー、良かった」
「シロミです」
「……はい?」
「ですから、身共の名前です。色のしろに、巳年みどしの巳で、白巳しろみです」
「白巳……あっ、もしかして卵の黄身が苦手だったりします?」
「そんなことはありません」
「ですかー」
「ああ――ですが、火を通しすぎた卵の黄身は、ぼそぼそして美味しいとは思えませんね」
「なるほどー」

 名前の由来はきっとそれだ、と思うエル子。
 きっと、その僧侶はこの白蛇――白巳が、茹ですぎて固くなった卵の黄身を吐き出したところを目撃するかしたのだろうな、と思うエル子。
 でも本人は白巳という名前をとても気に入っているようだから、余計なことを言う必要はないか、と思うエル子。

「藪蛇は御免だよ、ってね。蛇だけにー、ってね」

 自分の呟きでくすくす笑うエル子だった。

「……どうかしましたか?」

 笑っていたら、蛇に睨まれた。

「いえっ、なんでもないですっ! いま、お遣い役も用意するので、少しだけお待ちくださいですっ!」

 エル子は会話を切り上げて、すぐさまドライアドの錬成に取りかかった。
 それから二十分ほどして、荷物を抱えたドライアド二人(いつもの二人。三歳児サイズ)と、その護衛である白巳様が玄関先に立っていた。

「じゃ、いってらっしゃーい」

 そう言ってお見送りするエル子に、

「いってきまちゅ」
「はぁ……怠ぃ……」

 舌足らずな挨拶をするタンポポちゃんと、挨拶ですらない溜め息で応じる鈴蘭ちゃん。

「では、行ってきます。この二人の安全は身共が保障するので、心配なきよう」

 白蛇巫女の白巳様は優雅に一礼すると、ドライアド二人を連れて出発した。
 三人が出ていって閉じられた扉を見ながら、エル子はお見送りの笑顔をもう少し崩して苦笑した。

「あれじゃ、護衛というか保護者だね」

 ドライアド二人と白巳様が連れ立って出かけていく姿は、歳の離れた姉が幼い双子の妹を連れて公園に行くところみたいで、エル子はなんだかほっこりしちゃったのだった。

 アドちゃんズにカメラとマイクを持たせるのを忘れていたことにエル子が気づいたのは、三人が出発してからしばらく後のことだった。


 三人は夕方になっても帰ってこなかった。
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