現代エルフのニート事情

Merle

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13. エル子と蛇と林檎と扉 前編

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 エル子の最近のは、自分で撮った投稿動画(タイトル「エルフの証明」)に付けられるコメントの数々と、そのコメント数より百倍近く多い再生数の数字だ。ただの文字と数字なのに、マゾ欲と承認欲求が同時に満たされる素晴しいだった。
 さて、動画に直接付けられるコメントの他にも、投稿者のプロフィール欄に用意されていた専用ボードにも日々、それなりのラブレターが送られてきていた。動画コメントとは違って、こちらのボード宛てメッセージは、メッセージの送り主と受け取り主(つまり、エル子)以外は確認できないようになっている。そのためか、メッセージのほとんどが「会いたい」「いくつ?」「どこ住み?」「連絡先教えてよ」のような出会い目的のものばかりだ。そっち方面にまったく興味のないエル子は基本、メッセージは一瞥しただけで即削除していた。
 ところが、そのメッセージはタイトルからして毛色が違っていて、エル子は思わずじっくり読んでしまった。

『このスライムは新種ですか?』

 というタイトルから始まって、本文のほうでも動画に映っていたスライムに対する所見ばかりが滔々と語られ、最後のほうに『このスライムを実際に調べてみたい。一目見るだけで構わない。どうか頼む』という内容の文章で締め括られていた。
 長文びっしりのメッセージを読み終えたエル子は、驚きと感心の籠もった溜め息を吐く。

「ふわぁー……世の中には、こんなにもスライム愛に溢れた変態さんがいるんだにゃー。世の中、まじ怖いわー」

 そして、しばらく迷った末に、こう返信した。

『実際に見せるのは無理。諦めて』

 エル子自身もよく分かっていない超銀河スライムの実態を調べてもらうことに興味が無かったわけではない。でも、知らない人といきなり会うのは無理だった。
 相手から即座に返信が来た。

『なら、写真だけでも!』

 エル子は、それくらいならまあ……と応えてあげる気になって、今日も元気に這い掃除中の超銀河スライムを何枚か撮って、その画像データを添付で送ってあげた。
 今度の返信も早かった。

『ありがとう、素晴しい! やはり新種だと思われる。こんなスライム、見たことない。是非、こちらの研究室でいくつかの検査をさせてほしい。無論、謝礼もする』

 そのような内容のメッセージに、エル子は困り果てた。

「わたしの研究室って、このひとは学者先生? なんか、マッドサイエンティストっぽい雰囲気。確かに、調べてもらいたい気持ちはあるけど、お任せしたらスライムを解剖されちゃいそうな感じだし……」

 実際に解剖できるのかどうかは別として、文面から感じるそこはかとない執着心に、スライムだけを郵送するのは憚られた。検査してもらうなら、自分もそれに立ち会っていたほうがいい。でも、会いに行くのは怖い――。

「うーんー……あっ、そか」

 エル子、はっと閃く。

「べつに、わたしが立ち会わなくてもいいんじゃん」

 いつものようにドライアドあたりを錬成して、名代として検査に立ち会わせればいいのだ。あの二人では判断が難しいかもしれないけど、そこは二人に無線カメラとマイクを持たせればいい。

「いや、ドローンでついていくのはどうかー?」

 エル子、思いつきを脳内で検討中……。

「……あー駄目だ」

 脳内で三機目のドローンが墜落したところで、諦め――

「いや、諦めない!」

 上手く飛ばせる自信がないのなら、飛ばなければいい。脚か車輪、あるいは履帯を付けて走らせればいいのだ。

「……あれ? それだと道交法に引っかかる? っていうか、飛行ドローンも走行ドローンも、どっちも帯同者なしだと法律案件じゃったー」

 ドローンを用意したとしても、誰かを付き添いにつけないといけない。それなら素直に、アドちゃんズにカメラセットを装着してもらえばいい。

「……って、まーそもそも、まだ見せに行くと決めたわけじゃないんだよねー」

 超銀河スライムの検査結果には興味がある。でも、「スライム アナル エルフ 美少女」あたりで検索してこの動画に辿り着いたのだろう変態のことが信用できないのだ。だって変態だし。

「……あれ? アナニー動画を観るのが変態だったら、それを撮って投稿したわたしは、もっと手遅れな変態ということに……?」

 エル子、気づいてしまった。でも、すぐにもっと深い真実にも気づく。

「いや、わたしは確かに変態かもしれないけど、可愛い美少女エルフの変態だから……セーフ!」

 この気づき、大事……!
 エル子はこのが余計な思考で上書きされてしまわないように素早く思考を切り替えて、スライム愛好家にメッセージを返信した。

『謝礼、なんぼだす?』

 実際はもう少し上品な言いまわしを使ったけれど、送ったメッセージを要約すると、そのような意味合いだった。
 これまでのものより長めの間を開けてから、相手の返信があった。画像が添付されていた。

『お金でもいいですが、これを差し上げてもいいです』

 添付されていた画像には、白金プラチナのごとく輝く林檎が写されていた。

「げっ! 愚者の林檎ノートンズ・アップル……!」

 エル子は息を呑んだ。
 画像だけでは真贋はっきり見定められないけれど、もし本物だとしたら、まさに激レアプラチナだ。
 林檎教団がこれまで世に送り出してきた銘柄の中で傑作と呼ばれる林檎は数あれど、白金色に輝くノートンズ・アップルほど入手困難なものはあるまい。なにせ、を日々捧げ続けないと実を付けないため、過去四十年で一度しか結実したことがないのだ。そのため、そのたった一度の年に収穫されたノートンズ・アップルの金銭的価値は、値が付けられないものになっていた。
 なお、小説や映画などでは幻のお宝としてよく登場するし、詐欺に使われることも多いとか。

「やっぱ、詐欺……かにゃー?」

 本物だったらもの凄いけど、逆にもの凄すぎて詐欺臭い。でも、逆の逆で考えてみれば、もう詐欺の代名詞と言っていいくらい有名な銀色林檎を、詐欺の目的で使うだろうか? 騙すつもりなら、もっとお手頃で信憑性の高いものを使うほうが自然ではなかろうか?

「うーむー……」

 エル子は顰めっ面で腕組みをして、うんうん唸る。
 そして出した結論は、

「確かめるには行くしかにゃー、か」

 結局、エル子は激レア林檎が気になって気になって仕方がなくなってしまっていたのだった。
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