現代エルフのニート事情

Merle

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11. アドちゃんズ・リターンズ

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 その日、信じられないほど珍しいことに、エル子は日が出る前から起き出していた。
 いや、エル子が明け方前に目を覚ましていることはべつに珍しくない。
 徹夜でずっと起きていたのではなく、夜に寝て、明け方にきたことが珍しいのだ。
 という珍しいことをしてまで早起きしたエル子が、外が静かなうちから何を始めたのかというと、料理だった。お弁当作りを始めたのだった。


 事の発端は一昨日のことだ。
 魔法陣を落書きしている合間に動画配信サイトでアニメを垂れ流していたのだけど、そのときやっていたのが熱血異能系料理バトルアニメで、しかもお弁当対決の回だったのだ。

「よーっし、わたしも!」

 エル子はなぜかそんな気持ちになって、すぐさま通販サイトで食料品をぽちぽち購入。速達オプションのおかげで翌日には全てが届けられ、アニメを見た日の二日後の朝、つまり今朝――エル子の一人お弁当対決は開始されたのだった。

「見てろよ、兄やん。絶対に美味いと言わせてやらぁーっ!」

 自分に作っても勝負にならないから、ドワ夫が審査員、あるいは大衆食堂の少年料理人を認めようとしない老舗料亭の頑固親父、という体にした。
 作るのはお弁当の王様、幕の内弁当だ。
 幕の内弁当の定義というのは、「おにぎりではない白ご飯」と「おかずが複数」くらいだろう。たぶん。
 つまり、おかずに制限はないのだ。作ってから食べるまで保つものなら、何を作ってもいいのだ。

「っというわけでー、既存の固定概念に囚われない珍奇で突飛なおかずを作るのじゃーっ」

 エル子は昨日丸一日かけて作った料理進行表に従って料理を始めた。
 わりと自炊するほうのエル子だけど、兄が家を出るまでという時間制限が有るなかで、手の込んだ料理を複数同時進行するのは初めてだ。
 台所にごちゃーっと並べられた大量のボウルにバット、大小の鍋。そこに、ざくざくと切り分けられた食材たちが放り込まれていく。
 揚げ物がじゅわわと泡立ち、中華鍋の野菜炒めがじゃーっと燃え盛る。厚手のフライパンスキレットでは分厚い肉が静かに汗を掻き、オーブントースターではポテトグラタンのチーズが焦げ付きながら破裂していて、電子レンジでは蒸された野菜が色付いている。圧力鍋では牛すね大根が煮込まれていて、角形フライパンでは出汁巻き玉子がふっくら焼かれ、小鍋ではじゃこが乾煎りされている。
 台所に備え付けのコンロだけでは当然足りないから、魔法用紙に描いたコンロ魔法陣を卓袱台に何枚も広げて、手持ちの鍋をフル稼働させている。台所部屋はものすごい熱気だ。あんまり暑いから、空調エアコン魔法も使った。
 なんでも魔法で解決するのがエルフ流だ。

 ……本来なら料理を作るのも魔法で錬成したドライアドあたりに任せるのがエルフ流なのだけど、そこはやっぱり自分の手で料理しないと手料理にならないよねー、という気持ちがあって、エル子は一人で料理をするのだった。
 もっとも、筋力や神経系を賦活させる強化魔法を幾つか自分に使うくらいのことはした。
 魔法で強化されたエル子の身体は、まるで分身しているかのような残像をまといながら包丁を超高速で上下に震動させつつ、幾つもの魔法陣コンロに載せられた鍋を揺すったり、お玉で中身を掻き回したり、菜箸で揚げ物もやる。さらには、焼き上がった出汁巻き玉子を簀巻きでぐるっと巻くのまでやった。
 空調魔法は台所をサウナにするはずだった熱気をごっそりと室外に排気しているが、高速行動しているエル子の身体はそれでも追いつかないほど発熱してしまうので、身体強化の魔法と同時に冷却魔法というか熱排気用の魔法を施していて、汗も掻かないほど完璧に平熱を維持させている。地球温暖化に貢献しまくりだ。
 また、恐ろしい勢いで筋肉中の乳酸を処理したり、脳神経中の化学反応も加速させたりしているので、三杯のバケツいっぱいに用意していたブドウ糖キャンディーを料理の合間に何度となく掴み取りしては口一杯に頬張って、ばりぼり囓り倒しもしていた。即効性なら点滴のほうが良いのだろうけど、動きながらの点滴は難しい。それに、点滴では口一杯に広がる甘さを楽しめない。

 っていうか、ダイエットの必要なかったや――。

 エル子の下腹と内臓に蓄えられていた脂肪がガンガンに燃え盛っている。むしろ身体に脂肪を溜めていないと燃料欠乏で死んでしまうまである。とか思っているうちにも血糖値は下がりかけていて、ブドウ糖キャンディーの貪り食いを止めたら昏倒待ったなしだ。
 しかし、ブドウ糖キャンディーの買い置きも無限にあるわけではない。すでにバケツ二杯が空になり、最後の一杯も残り七割ほどまでに嵩を減らしている。この分だと、料理が終わる直前でキャンディはなくなってしまうだろう。つまり、最後は気力だ、根性だ!

「だが、それでこそ熱血やーっ!」

 まるで熱血少年アニメのような展開に、エル子はアドレナリン全開だ。実際、脳内の化学反応も魔法で管理している状態だから、アドレナリンを始めとしたドーパミンやらエンドルフィンやらの分泌量どばどばなのが視界の端に数字で表示されていたりする。
 とかなんとかやっているうちに、キャンディーがなくなった。最後の一掴みをガッガッと噛み砕いて胃袋に流し込みながら、脳内で残る工程を洗い直す。

 ――大丈夫、いける!

 エル子、ここで一気に加速する。摂取したブドウ糖が脳やその他の臓器にまわっていくのを感じながら、最後の追い込みだ。エル子は自分の根性をまったく少しも信じてないから、瞬発力に懸けたのだ。

「そう――閃光のように!」

 エル子、自分に酔いまくり。アドレナリンの副作用。脳内で熱血アニメの燃える主題歌がBメロからサビへと突入。乳酸処理が追いつかなくなって軋み始めた筋肉が、不意に軽くなる錯覚。地味に酷くなりつつあった頭痛のリズムが心地好い重低音に変わったとき、全身の痛みが快感へと変わる。

 魔法酔い――ソーサラーズ・ハイ。
 魔法で身体の化学反応を管理した場合、ほぼ確実に発症する症状だ。過剰な万能感に支配されて痛みを感じなくなり、自分の怪我を恐れることもなくなるばかりか、周辺への被害を気にすることもなくなる。というか、好んでド派手な方法を採りたくなる。
 端的に言うと、中二病に罹患する現象。それが魔法酔いなのだ。ちなみに酔っている間は超気持ちいいのだ。

「にゅあーっひゃははひゃひゃひゃひゃッ!!」

 エル子、気がつけば大笑い。摂取した糖分は全て燃え尽きて、身体に残った脂質や糖が一気に消費されていく。生命維持の危険域へと足を踏み込んだ勢いでそのまま足下を踏み破り、一気に落ちていくかのような危険さだ。
 超高速で身体が死に向かって落ちていく。視界端に表示された各種の数字が赤く点滅しているけれど、エル子は無視。だって、超気持ちいいから。落ちていく快感。フリーフォールにダイビング。落ちて落ちて落ちて、落ちた果てにぶつかって拉げたい!
 ……その欲求が最高潮に達する寸前、熱々の鍋肌にまわしかけられた調味液がじゅわっと香ばしさを爆発させたところで全ての料理が終了した。

「終わ――」

 最後まで言うことも出来ずに、エル子は意識を手放した。せっかく作った料理の上に倒れないよう、その場で崩れ落ちるように気絶できたのは不幸中の幸いだった。


 気絶から一分三十秒後、エル子の首筋に貼ってあった手の平サイズの魔法陣シールが、ぴっと淡く発光。弛緩していた身体がびくっと痙攣して、エル子の意識は復帰した。

「う、うぁー……こんなこともあろうかと様様やー、ふぅー」

 意識喪失を条件にカウントダウンが始まり、意識が戻らないまま九十秒が経つと発動して、被術者の意識を強制覚醒させる魔法だ。一般販売もされていて、ダイビングや登山のお供に重宝されている。一番有名な商品名を取って、「こんなこともあろうかと」と呼ばれている便利魔法だ。
 ただしこの魔法、体力を回復させたりしてくれるわけではない。魔法で目を覚ましたエル子だが、身体を起こすのには苦労が要った。

「やばい、栄養が足りにゃ……あっ!」

 霞んだ目に映ったものを、エル子は考えるより先に食べていた。手掴みで貪っていた――自分がいま作ったばかりの、まだ揚げたてホカホカの豚カツを。

 ばりばり、さくさく、もぎゅもぎゅ……。

「……んっ……ふうぁー……五臓六腑に染み入るカロリー♥」

 エルフにだって、お肉を美味いと思うときがあるのだ。

「っていうか、食べちゃったよ!?」

 早急なカロリー補給が済んで、霞がかっていた視界と思考が澄んでくると、せっかく作ったお弁当の具を食べてしまったことに思い至った。
 でも、慌てて他の料理を見回して、ほっと安堵する。

「こんだけ残ってれば十分すぎかー……ってか、作りすぎだね……」

 台所と卓袱台を占領する料理の数々は、ひとつのお弁当箱に入りきる程度の量ではなかった。

「こりゃ、重箱が必要ねー」

 エル子は台所脇の普段使わないものを仕舞っている戸棚から重箱を出してくる。エルフ流超高速料理術のおかげで時間はたっぷり残っていたから、作った料理をちょこちょこ摘まんで栄養補給しながら、山ほど作った料理をお重にゆっくり詰めていった。
 詰めている途中でドワ夫が起きてきた。

「今朝のご飯は豪勢だな」
「これは朝ご飯じゃなくて、お昼ご飯よ。でも、お重に入りきらない分は朝ご飯にしていいよー」
「分かった」
「よーっし、詰め込み終わりー。蓋をするのは冷めるのを待ってからにして……ふあぁふ」

 エル子はふいに大欠伸。
 考えてみれば、朝から短距離走を千セットやったくらいの運動をしているのだから、眠くなって当然だ。

「兄やん、わたしはちょい寝る……あふうぅあぁ」

 エル子は鰐みたいな大口を開けてさっきよりも大きな欠伸をすると、自分の部屋に引き揚げていった。そして布団に寝転ぶなり、すぅっと暗転するように意識を手放し、寝入ったのだった。


 エル子が目を覚ましたのは、それから約二時間後。朝とお昼の間くらいのことだ。

「兄やん、もう出かけたのね、ん……ん、んんぅ!?」

 寝惚け眼で茶の間に戻ってきたエル子の両目が、くわっと真ん丸に見開かれた。
 卓袱台の上に、料理を詰められた重箱がこれ見よがしに広げられていたからだ。

「兄やん、お弁当持ってってにゃいぃーっ! なぜーっ……って、そうだったぁーっ!」

 エル子は自室に引き揚げる前に、これがドワ夫に持っていかせるために作ったお弁当だということを、ドワ夫本人に言い忘れていた。
 だからきっと、ドワ夫は勘違いしたのだ。このお重はエル子が自分自身のために作ったお昼ご飯なのだろう、と。

「のわあぁー……なんという凡ミス……でも兄やん、ちょっとくらいは、これは可愛い妹が自分のために作ってくれたお弁当なんだろうなーとか思わなかったのかねー……いやまー、兄やんなら、ちょっと思ったとしても置いていくだろうけどさー……けどさーっ!」

 悪いのはちゃんと伝えなかった自分だと分かっているけれど、割り切れないから恨み節。ぼとぼと泣き言、独り言。
 だけど、落ち込んでいたのは少しの間だけのこと。

「――まっ、届ければいいだけよーっ!」

 エル子は気合い一発、拳を握って鬨の声。
 詰めた料理はもう冷めていたから、お重を重ねて蓋をして、風呂敷で包んで、持っていく準備は完了。次にするのは、運び屋の用意だ。

「そんじゃー……よっし、きみらに決めたっ!」

 エル子は棚からそれぞれ異なる蕾の付いた球根をふたつ持ってくると、魔法陣を用意。球根に水をじゃーっとかけて、魔法陣に載せたと同時に素早く通力。魔法を発動。
 水と魔法を吸った球根が、茎と根を伸ばしながら肥大化していく。
 蛇口から迸る水流のように伸びゆく無数の根は、渦巻くように束を作って四肢を具えた人の身体を形作っていく。球根は表面をぼこぼこと泡立たせながらメロンほどの大きさに膨らんでいって、人の頭部を象る。
 頭部と身体が出来上がったところで、茎の根元から溢れ出てきた緑の葉っぱが長い髪になって顔を縁取り、頭頂部に揺れる蕾が最後にぽんっと花を咲かせた。

「あーい! チーム・ドライアドのぶりっこ担当、タンポポちゃん。ただいま参上いたちまちでちゅ!」
「はぁ……ダウナー担当、鈴蘭。活動体に成長完了……この名乗り、要る?」

 球根から三歳児サイズに成長したタンポポちゃんと鈴蘭ちゃんが、指先までびしっと伸ばした登場ポーズで名乗りを上げた。いや、鈴蘭ちゃんはやる気まったくなしの中途半端ポージングだったけど。

「やーやー、久しぶりだね、アドちゃんズ。さて早速だが、きみたちへの今回の任務を伝えよう」
「早速すぎ……はぁ……」
「今回の任務! それはずばり、荷物運搬ミッションであーるっ!」
「荷物運搬……つまり、お使いでちゅか?」
「うむー。きみたち二人には、ここにあるお弁当の風呂敷包みを兄やんのとこまで届けてもらいたいのでーす」

 エル子が示す風呂敷包みに、ドライアド二人は微妙な顰めっ面。

「結構、大荷物でちゅね……」
「これ、何人分? お花見でもやってんの?」
「いやいや、普通に一人分だし、普通に仕事の日ですけど?」
「ご主人ちゃまの兄ぃは大食らいなんでちゅね」
「どうでもいいけど、くそ重そうだ……はぁ……」
「あーあー、文句は受け付けまっせーん。二人はとにかく、これを兄やんに届けること。これはご主人様命令やーっ!」
「悲しいけど、あたぃら被造物なのよねでちゅ」
「創造主に逆らうには例の林檎が必要とか……っはぁ、まじ怠ぅ……」

 ドライアド二人は文句をぶちぶち垂れながら、風呂敷包みを抱えようとするけれど……

「……ご主人ちゃま、荷物がおっきちゅぎでちゅ。これじゃ、前が見えないでちゅ」
「酒が要るね、酒」
「しょうがないにゃあ……はい、これー」

 エル子は冷蔵庫から出した缶ビールを二人に飲ませた。
 見た目幼女の二人が缶ビールで喉をぐびぐび鳴らしている姿はなかなかに犯罪的だったが、酒精を摂取したドライアド二人はぐんぐん成長して、あっという間に二十歳くらいの見た目になった。

「ぷはーっ、ビールやべぇ!」

 鼻の下に白髭をくっつけて笑うタンポポちゃん。

「炭酸、苦手かも……ふぅ……」

 鈴蘭ちゃんはしっかり一缶開けつつも、イマイチな顔。気の抜けた炭酸水で生まれると、ちゃんとした炭酸が苦手になるようだ。

「んじゃー、お駄賃を先払いしてあげるから、帰りに好きなお酒を買ってきなー」

 エル子は手ぶらな鈴蘭の左手を取ると、小さな円盤のついた指輪を嵌めてやった。この円盤部分にお金のデータが入っているのだ。
 指輪をしげしげと見つめて、なぜか顔を赤らめる鈴蘭ちゃん。

「おやー?」

 どうかしたのかにゃ、と小首を傾げたエル子のことを、鈴蘭ちゃんは頬を赤くしたまま恨めしげに睨めつけた。

「なんで左手の薬指……」
「あっ、ごめん。とくに意味はなかったー……で、す……」

 エル子の言葉が尻切れトンボになったのは、あっけらかんと笑って答えたエル子の軽さに、鈴蘭ちゃんの顔がみるみる膨れて河豚みたいになったからだ。
 その膨れっ面に、エル子、わりと反省。

「えーと……ごめんね。きみがそんなに乙女チックと知らなくて……」
「べつに乙女じゃないし」

 鈴蘭ちゃん、膨れっ面をぷいっと逸らす。難しいお年頃なのだ。

「おのれ……妹の分際で姉よりキャラを立てようとはぁ……!」

 風呂敷包みを抱えたままエル子とタンポポちゃんのやり取りを眺めていたタンポポちゃんが、ぎりぎりと歯軋りしていた。


    ●    ●    ●


 ドライアド二人を送り出してから、およそ三時間後。
 西側の窓から差し込む眠たげな太陽と一緒に船を漕いでいたエル子のことを、玄関の呼び鈴が揺さぶり起こした。

「ふぁ……あー、アドちゃんズ、やっと帰ってきたかー」

 エル子、寝惚け眼を擦りながら玄関に行ってお出迎え。

「おかえりー。二人とも、寄り道しす……ぎ……」

 お出迎えの挨拶が尻切れトンボになったのは、玄関先に立っていたのが、ぼろぼろの格好をしたタンポポちゃん一人だけだったからだ。出がけに着せたTシャツは破れ目だらけになっていて、胸にプリントされた「男は根性」が「男 根 」になっていた。

「タンポポちゃん、その格好、どうしたの……それに鈴蘭ちゃんは……?」
「……」

 タンポポちゃんは答えない。疲れた顔で、じっとエル子を見つめ返すばかりだ。
 そんなタンポポちゃんを見ていて、エル子は遅ればせながら気がついた。両腕をだらりと垂らして立っているタンポポちゃんは、左手に重箱の入った風呂敷包みを提げている他に、右手にコンビニ帰りみたいなビニル袋を提げていた。

「お弁当、届けてきたんじゃないの……? それと、その袋は……?」
「……これ、妹です」

 タンポポちゃんは袋を差し出し、そう言った。

「え……ッ!?」

 エル子は反射的に受け取った袋の中身を見やって、ひっ、と鋭く息を呑んだ。
 ビニル袋に入っていたのは、鈴蘭ちゃんの頭部だった。活動状態が維持不可能になったことで球根状態スリープモードに入っていたため、、だったけれど。

「鈴蘭ちゃん……お使いに出しただけなのに、どうしてこんなことに……」
「色々あったのよ……でちゅ」
「でちゅ、はいいよ」

 エル子のツッコミをするっと流して、タンポポちゃんは遠くを見ながら語り始めた。


 二人はエル子が預けたメモの通りに、バスに乗った。そのバスがなんとまあ、バスジャックされたのだった。
 バスジャック犯の目的は、世の中への復讐なんとなくおよび承認欲求あれちゅーぶだった。たまたま乗り合わせていた幼稚園児の集団が泣き叫んで、気分はもう特撮だったそうな。
 園児の泣き声に逆上したバスジャック犯は、園児たちを手に掛けようとした。それを防ぐためにドライアド二人は立ち上がり、犯人を撃退――したかと思ったら、犯人は魔法で怪物に変身。またしてもこの展開かっ、と思いつつ、二人も全力で応戦。しかし、逃げ遅れた園児たちを背後に庇っての戦いになったため、鈴蘭ちゃんは怪人の光線技を避けることができず、辛うじて球根あたまだけは寸前で身体から分離させて守ったものの、身体を焼け焦げにされてしまう。しかし、死角に回っていたタンポポちゃんが光線を放った直後の怪人に向かって、後頭部への真空飛び膝蹴りジャンピング・ニーを敢行。見事、その一発で怪人をKOしたのだった。
 勝利の代償は大きかった。鈴蘭ちゃんの身体はこんがりと焼き野菜になっていて、戦いの最中、やむなく放り出していた風呂敷包みは結び目が解けて、崩れたお重の中身をぐちゃぐちゃに飛び散らせてしまっていた。だが、勝利によって守ったものもある。それは鈴蘭ちゃんが身を挺して守った園児たちの笑顔――ではなく、首だけになった鈴蘭ちゃんを見て泣き叫ぶ恐怖の顔だった。
 タンポポちゃんは混乱する現場から、鈴蘭ちゃんの球根と重箱を回収して撤収した。そこから寄り道しないで帰ってきたのだけど、バスが乗っ取られている間にやたらと遠くまで行ってしまっていたため、帰宅までこんなにも時間がかかってしまったのだった。


「――というわけでした、でちゅ」
「だから、頑張って付けなくてもいいってー」
「これはあたぃの意味キャラなんでっ」
「そ、そう……うん、まーいいや。とにかくっ……お疲れさまでした」

 エル子はタンポポちゃんをぎゅーっと抱き締めた。

「ん……疲れた……でちゅ……」

 タンポポちゃんはエル子の肩に額を預けて、そのまま意識を手放した。


    ●    ●    ●


 後日、エル子は改めて注文した食材でお弁当を作り直した。そして、ドライアド二人を錬成し直して、お家でお弁当タイムした。二人にはそれぞれ好みのお酒も用意して、飲めや歌えやで楽しんだ。二人とも、なんでか結構な歌のレパートリーがあって、二人で交互に何時間も歌いまくった。エル子はひたすら、タンバリンと手拍子で盛り上げ隊を頑張ったのだった。
 そしてその翌日、エル子は兄のお弁当を作り直した。
 ドワ夫が今度こそ忘れずに持って出たそのお弁当は、ドライアド尽くしのお弁当だった。

 お後がよろしいようで。
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