ひのえん!

Merle

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5-3. 小晴と茉莉花と男子三人の放課後ゲーム・その1 ~小晴と三南のイチャイチャ

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 帰りの会が終わって、生徒らは一斉に動き出す。小晴と茉莉花の班は今週、当番から外れているので、あとは鞄を担いで下校するだけだ。

「小晴ちゃん、いったん帰るの?」

 鞄に筆記具などを仕舞っていた小晴に、茉莉花が話しかけてくる。

「うん、そうするつもりー」
「そっか。じゃあ、わたしもそうしようかな」

 茉莉花はそう言いながらスマホを取り出し、トークアプリにその旨を書き込む。すると、すぐに既読が付いて、了解のスタンプがぽんぽんぽんと三連続。トークルームの参加者は自分と茉莉花の他に、昼休みも一緒に遊んだ男子三名の計五名だ。
 男子三人も同じクラスだけど、表立って話しかけたりはしない。五人は秘密の仲良しグループなのだ。

「一緒に帰ろっ」
「んっ」

 茉莉花の誘いに応えて、小晴は鞄を担いで席を立つ。教室から出ていく際に、それとなく振り返って男子三人を見る。
 三人は同じ班で、今週は教室掃除の当番だ。竜馬はロッカーから箒を出していて、三南は机を運び始めている。慎太郎だけはスマホを見ていて、すぐに仕舞うと他の二人に話しかけていた。きっと、いま茉莉花が書き込んだ内容を二人に伝えているのだろう。

「じゃ、あとでね」

 小晴は小声で告げると、教室を出た。

 ●

 いったん家に帰って荷物を置いた小晴は、吉田三南の一家が住まうマンションへと向かう。彼の両親は共働きで、日中は家を開けていることが多く、みんなで集まるのに都合がいいのだった。
 さらに言うなら、このマンションはわりとお高い感じのところで、エントランスホールにコンシェルジュが常駐していたりする。管理人さんではない、コンシェルジュだ。作業着でも私服でもない、三つ揃いスーツのナイスミドルが控えているようなマンションなのだ。
 三南の両親が気軽に家を空けられるのも、こんな至れり尽くせりラグジュアリィなマンションだからだろう。
 三南の母親には一度、彼女が在宅しているときに四人でご挨拶したのだけど、見るからにだった。慎太郎なんかは「うちの母ちゃんにも見習ってほしいぜ」と嘆いたくらい、ジャケットとタイトスカートが似合っていた。ちなみに余談だが、吉田母が一番気に入ったのは、一人だけ手土産の手作りクッキーを持参してきた茉莉花だったりする。
 でも、小晴たち四人が吉田母と会ったのはその一度きりで、今日も吉田家には三南と、集まった小晴たちの計五名しかいない。

「みんな、もう始めてたか」

 家が一番離れている竜馬が吉田家にお邪魔したとき、他の三人はもうやって来ていて、家人である三南を含めた四人でゲームを始めていた。
 といっても、テレビの前に座っているのは二人だけだ。45インチのテレビに映っているのは、左右に分割されたレースゲームのプレイ画面で、三南と小晴の二人がレースゲームで対戦しているところだった。

「あ、竜馬リョウちゃん。いらっしゃい」
「うにゃあぁ!」

 コントローラーを持ったまま首だけで振り返って、余裕の顔で挨拶する三南。それに対して、小晴のほうは竜馬の到着に気づいていもいない様子で、両肩を怒らせてコントローラーをぐわんぐわん振り回していた。残念ながら、これはそういうゲームではないので、コントローラーを振り回したところで画面の中の自キャラが華麗なドラテクを披露したりはしてくれない。小晴が操作しているほうのキャラは見事、周回遅れで敗北した。

「ああぁ! このコース、もっヤダぁ!」
「空中ステージはコースアウトすると、ね」

 天井を仰いで嘆く小晴に、接待ゲームすることさえできに圧勝しちゃった三南は苦笑している。
 要するに、いつもの光景だった。

「真夏雨、全然上手くならないのな」

 竜馬は嫌味な感じに笑いながら、小晴の隣に腰を下ろした。ちょうど、自分と三南とで小晴を左右から挟む形だ。

「いやっ、このコースが難しすぎるのーっ! コースアウトしたら転落死ってなんなん!?」
「死じゃないだろ。死んでない。コース復帰してただろ。というか……いつも、真夏雨おまえ茉莉花やまもとはハンデ有りだったよな?」
「……上手くなってきたし、ハンデ無しでもいけるかなーって思ったの」
「でも、いけませんでした、と」
「そーだよっ!」

 イーッと歯を剥いて威嚇する小晴を、竜馬は鼻でせせら笑った。
 そんな二人を見ていた三南が、くすくすと笑う。

りょうちゃんと小晴ちゃんは相変わらず仲いいね」
「べ、べつに……」

 いかにも照れ隠しですと言わんばかりに目を泳がせる竜馬。そんな格好のからかいネタを、小晴が見逃すわけがない。

「えーんっ、三南くぅん。リョウちゃんが、あたしのこと嫌いって言うのーっ」

 小晴は半笑いの鳴き真似をしながら、竜馬から身を遠ざけるようにして三南に抱きつく。

「ああ、よしよし。こんなに可愛い小春ちゃんに、そんな酷いことを言うなんて、竜ちゃんは酷いなぁ」

 こちらも半笑いで寸劇に乗っかる三南だ。

「おまえら……」

 憮然とした顔の竜馬が何か言い返そうとして息を吸い込んだところで、隣室に続いているドアが向こうから開けられた。

「おまたせ……おっ、竜馬じゃん。おっす」

 まるでトイレでリフレッシュしてきたような態度で三南に挨拶したのは、慎太郎だ。

「あ、竜馬くん。えっと、いらっしゃい?」

 わたしがいらっしゃいって言うのも変だけど、と微笑しながら慎太郎の後に続いて出てきたのは、茉莉花だ。

「おう、いま来たところ。二人は罰ゲームだったか」
「違うよ、竜馬くん。罰ゲームじゃなくてご褒美タイムだよ」
「どっちも同じだけどな」

 顎をしゃくって二人に挨拶を返した竜馬だが、付け加えた一言に対して茉莉花が唇を尖らせて訂正すると、三南の隣にどっかと腰を下ろした慎太郎が呵々と笑いながら、三南の手からコントローラーをぎ取った。と言っても、三南も最初から慎太郎と交代するつもりだったので、抵抗せずにコントローラーを手渡す。

「ほれ、次は三南と真夏雨があっちな。竜馬、山本、早くやろうぜ」

 慎太郎は手早く仕切って、小晴と三南を立たせると、いま自分たちが出てきた隣室へと二人を手振りで追いやる。そして、竜馬と茉莉花にはその二人の代わりに座ってコントローラーを持つように促すと、さっさと使用キャラ選択を始めのだった。

「慎太郎くん、さっきより楽しそう」

 茉莉花は座ってコントローラーを持ちながらも、不服そうにジトッとした横目で慎太郎を見やった。
 途端に慌てる慎太郎。

「バカッ、違ぇって。俺はゲームが好きなの。さっきとか関係ねぇの!」
「あははっ、慎太郎くん、なんか浮気の言い訳っぽいね♥」
「は、はぁ!? バカ、山本、おまえ……ばか、ばーかっ!」

 からかわれたのだと分かった慎太郎は、羞恥で顔を真赤にしてバカバカ連呼する。でも、茉莉花は余裕の顔でくすくす笑うばかりだ。

「慎太郎、山本。ゲームしないのか?」
「するよ!」

 竜馬が呆れ顔で催促すると、慎太郎はこれ幸いとばかりに、隣の茉莉花から正面のテレビへと視線を戻すのだった。なお、茉莉花はとっくにキャラ選択を終わらせていた。

 ●

 ランダム選択されたステージで竜馬、慎太郎、茉莉花の三人がレースに興じている頃――。
 三南と小晴は続き部屋になっている隣室、三南の寝室に来ていた。三南はいま他の三人がゲームしている自室とは別に、独立した寝室を使っているのだ。

「いいよね、寝室が別にあるの。なんかセレブーって感じ」
「小晴ちゃん、いつもそれ言うね。べつに家はそういうのじゃないんだけれど」
「本物のセレブは自分をセレブと言わないのであるっ」

 小晴は言いながら、跳び箱を跳ぶときのように軽く弾みをつけて、ベッドに大の字でダイブした。

「なにそれ、ははっ」

 三南はもはや癖と言える苦笑いを浮かべて、毛布の上でクロールを始めた小晴を見守る。

「むっ、まだ温かい。殿、敵はまだ近くにおりますぞっ」
「……うん。本当、なにそれ?」
「おにいの友達が、よくこんなこと言うひとなんだよー」
「へぇ」
「あ、興味ないひとの感じだー」
「……はは」

 やっぱり苦笑いする三南。

「んで……来ないの?」

 小晴はクロールの息継ぎ姿勢から、そのまま背後の三南へ流し目をひとつ。

「……いま行く」

 三南は呼気の熱でカサついた唇を噛むように舐めると、ベッドに膝を乗せて、小晴の隣にごろんと横たわった。

「ふふっ、いらっしゃい♥」
「お邪魔します」
「あ、ちょっと腰を上げて。毛布、取るから」
「あ、うん」

 小晴は下敷きにしていた毛布を身体の下から引っ張り出すと、並んで寝そべる自分と三南の上にばさっと覆い被せる。そして、毛布の中で三南に顔を寄せてささやいた。

「じゃあ……いいよ♥」
「小晴ちゃん……!」

 毛布に二人で包まれて、息遣いの温もりさえ感じる中、三南はゆっくりと、でも力を込めて小晴を抱き締めた。

「んぁ……ッ♥」

 小晴の口から漏れた吐息が、毛布の中をさらに温めた。
 二人とも服は着たままだけど、それを忘れそうになるほど互いのことを近くに感じた。きっと、毛布の中に深々と籠もってゆく温もりと匂いのせいだろう。
 髪からはリンスの香りが、服からは柔軟剤の香りが、体温で溶け出すようにして毛布の中に広がっている。

「んっ……はぁ……ッ……」

 ベッドで横になって毛布を被っているせいもあるのか、三南は自然と目を閉じていた。そしてその分、耳と鼻と全身の皮膚が、小晴を感じ取ろうと張り切っていた。
 触れ合った箇所から服を通して感じる体温、鼓膜に伝わってくる息遣い、そして鼻腔を満たす花の香が、三南の脳裏に小晴の肢体を在々ありありと結像させる――ただし、全裸で。
 目を閉じた毛布の中の世界では、服というテクスチャは無視されるのだった。

「ふふっ」

 ふいに、小晴の微笑が三南の鼓膜をくすぐる。

「三南くん、さっきから鼻息、凄いんだけど」
「あ……そう、かな?」

 三南は咄嗟に惚けたけれど、本当は小晴の匂いを嗅ぎ取るの夢中だったことを自覚していた。

「そうだよ……ね、そんなにあたしの匂い、くんくんしたいの?」
「えっ」

 ド直球の質問に、三南はギョッと目を見開かせる。瞬間、じっと彼を見ていた小晴の瞳と目が合った。暗がりの中、キスしてしまえる至近距離でのことなので、小晴の瞳はとてもまん丸に見える。
 三南は吸い込まれそうになるのを我慢するので手一杯になって、返事をすることができなかった。

「あれ……三南くん、黙っちゃった。図星だった感じ?」
「い、いや――」
「ちょっと恥ずかしいけど……いいよ。いっぱい、くんくんして♥」

 小晴は目を合わせたまま微笑む。唇からそっと告げられた、小さな、だけどどんな飴よりも甘い言葉が、三南の腹の奥の熱くて柔らかいところを食べてしまった。

「あ、ぁ……!」

 食べられた分だけ食べ返すのは当然で――三南は顔と顔との距離を一気に縮めて小晴に頬擦りすると、その首筋にぱくっと唇で噛み付いた。正確には、首筋にかかっていた髪の一房をぱくっと食んだ。

「ひゃっ……ん、んん? あれ、これ……あたしの髪、ぱくぱくされてる? くんくんじゃなくて、ぱくぱくって……えぇー」

 髪を引っ張られる感触と、ちゅぱちゅぱと鳴るリップ音とで、小晴にも自分の髪が食べられているのだと想像できた。小晴もさすがにこれは予想していなかったようで、呆れと困惑の入り混じった苦笑いだ。
 小晴のそんな反応を気にすることなく、三南は欲望を満たしていく。

「んっ……っは……!」
「あ、くんくんもするのね」

 三南は小晴の首筋にかかる髪を口に含んで啜ったり舐ったりしながら、耳の裏に鼻先を擦り付けて、そこに掛かっている髪の匂いを鼻一杯に吸い込む。

「んん……んっ……はっ……甘い、蜂蜜風味だ……」
「昨日、蜂蜜と生クリーム入りのトリートメント使ったの。味で分かるんだ、すっごぉ」

 小晴はくすくす微笑って、髪を食んだり吸ったりしてくる三南を受け容れてあげる。

「分かるよ。だって……んっ……美味しい、から……っふぁ……」
「なにそれぇ、答えになってないよー♥」

 毛布の中で、小晴の微笑が殷々と渦を巻く。二人の体温と吐息で温められた空気が掻き混ぜられて、体臭に溶けた蜂蜜と生クリームが三南を満たす。嗅覚から広がった幸福感が五臓六腑に染み渡り、細胞のひとつひとつを目覚めさせる。

「はっ、はふっ……ふっ、ふぉ……ッ!!」

 三南の鼻息が本格的に酷いことになってきた。

「あっ……ていうか、耳……んぅ! くすぐったぁ、あっ♥ ふぁっ♥」

 吐息と鼻息で耳を嬲られ、小晴は肩を震わせて、身動ぎ、笑う。
 外から見る者がいれば、ベッドの上で膨らんだ布団はもぞもぞ震えて、ふごふご鳴いている芋虫のように見えたことだろう。
 ――コンコン。
 隣室との扉が向こうからノックされた。

「あ、三南くん。時間切れっぽいよ」
「んっ……んはっ、ふはっ!」

 ノックの音も聞こえないほど没頭していた三南は、小晴をしっかり腕の中に捕らえたまま、ふがふがくんかくんか。

「三南くん? 三南くん、三南くーん!」
「――はっ! ……あ、あぁ、ごめん。もうそんなに経ってたか。あ、ははっ」

 小晴が呼びかけながら揺さぶったら、ようやく三南も正気に戻って、苦笑いしながら毛布を剥いだ。
 そのタイミングで、いまのノックされた扉が開く。

「おい、おせぇぞ。次、俺らが使うんだから、早く退けぃ!」
「ごめんごめん。いま出るよ」
「なんかトイレの前で待たれてた感じー」
「真夏雨……おまえ、それ自分で言ってて嫌じゃねーわけ?」
「慎太郎くんにドン引きされるとかッ!?」
「それどういう意味だぁッ!?」
「はは……」

 小晴が慎太郎といつもの軽口を叩き合いながら戸口で入れ違いになってゲーム部屋に戻るを、慎太郎はいつもの苦笑いで追いかけた。すると、慎太郎の後に続いてきた茉莉花と戸口で擦れ違うことになった。

「……」

 視線が合ったけれど、三南は何も言わない。べつに言わなきゃいけないこともないし、頑張ってねだとか言うのも変だと思うから。
 だから何も言わずに擦れ違おうとしたのに、ふいに片手が重くなって、反射的に足を止めた。振り返ると、茉莉花の指が彼の袖を摘んでいた。

「三南くん。わたし、触られてくるね」

 振り向いた三南に、茉莉花は彼にだけ聞こえる小声で微笑むと袖から指を離して、慎太郎が待っているベッドのほうへと消えていった。

「……ッ」

 咄嗟に喉が詰まって何も言えなかった三南の瞳に、茉莉花のあえかにも艶めかしい微笑が焼き付く。
 偶然にもその遣り取りを見ていた小晴は、「あたしはとんでもない怪物を目覚めさせちゃったのかも……」と呻かざるをえなかった。
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