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喧嘩ちんぽサウナ
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大きな箱を用意しなくとも、一抱えサイズのエステ器があればサービス提供できる「ちんぽサウナ」は、小さな店舗でもやれるのが利点だ。機器をリースで揃えれば初期費用もそれほど掛からないというわけで、リフレ業界は示し合わせたように「ちんぽサウナ」を導入し、それはちょっとした流行として宣伝されるようになった。
宣伝が先か、流行が先か、はたまた設備の製造と提供が先か――まあとにかく、ちんぽサウナはタピオカ並に流行った。そしてタピオカ並みにバリエーションが増えた。
そんなバリエーションのうちのひとつが「喧嘩ちんぽサウナ」だ。
これは要するに、サウナでよくある我慢比べを明文化したものだ。サウナの我慢比べと言えば、暑い室内でどれだけ長く我慢していられるかを競うものだけど、喧嘩ちんぽサウナで我慢するのは暑さではない。
それは痒さだ。
エステ器は、液槽に容れた薬液を誘導加熱で沸騰させることで作った水蒸気を循環させてミストサウナとするものだ。基本のちんぽサウナでは、この薬液には勃起促進やミントールなどが混ぜられたものを使っているけれど、喧嘩ちんぽサウナの場合は違う。山芋などに含まれているヒスタミンを溶かした薬液を使っている。
ヒスタミンと言えばアレルギーの原因であり、そりゃまあ厄介だ。こんなものを性器粘膜に蒸着させようというのだから、そのうち法規制が及ぶかもしれない。それでもまあ、現状は「アレルギー体質の方はご遠慮ください」の文言ひとつで合法とされている。
とまれ、そんな痒み成分のたっぷり含まれた蒸気で勃起させたちんぽを嬲って、ちんぽを尿道口の溝から陰嚢の皺の影まで満遍なく痒くさせる。そして、同じようにした他のサウナ利用客と「どちらが掻かずにいられるか」の根比べをするのが、喧嘩ちんぽサウナの流儀なのだ。
ここらへんはもう、店ごとにそれぞれの文化が出来ていて、暗黙の了解で目が合った者同士が無言のうちに我慢比べを始めるという玄人好みの店から、客同士が声をかけあって会話しながら我慢比べするという社交場的な店に、店側が音頭を取って「では、この方と我慢比べをどうぞ」とマッチングさせる出会い産業みたいな店まで夫々だ。
さて、いま見ているこの店舗はどういった形態なのかというと――どうやら、大広間に施術用の椅子がふたつずつ対面する形で設置されていて、利用客は自由に席を選んで座り、対面した同士で勝負するという形態らしい。
いま新しく入ってきた客が、少し前に着席していた先客の対面にゆっくりと着席する。
先客に会釈したその男はまだ二十歳すぎだろう若造だが、一糸まとわぬ裸体は細身ながらも筋肉の陰影がくっきりと描かれている、目にも眩しい細マッチョだ。格闘技の軽量級やってます、と言われても納得の体型だった。
対する先客は、三十代後半から四十路超えだろうおっさんだ。年相応にむっちりと脂肪の乗った手足に、ちょっと運動するか節制するかしたほうがいいんじゃないですかね、とお節介を焼きたくなるようなビール腹だ。
なお、おっさんのほうも全裸で着席している。そして二人共、股間のものはビンビンだ。とくに新客である細マッチョの青年は、更衣室で服を脱いでから、この施術フロアに入ってきて席に付くまでの間に、歩きながら勃起させていたことになる。先客を待たせるまいというこのちょっとした気遣いと、それができるだけの勃起力は、青年がちんぽサウナ初心者に在らざることを雄弁に物語っていた。
対するおっさんは右手でゆるゆると手淫しながら、相手が来るのを待っていた。青年のものほどフル勃起していなかったが、青年が椅子に座って会釈してきたときには、タイミングを合わせたかのように亀頭を天に向けさせていた。こちらもまた、勃ち会いに慣れた百戦錬磨の風格を漂わせている。
若駒と古狸。
そう評したくなる二人の牡が、いま、図ったように揃ったタイミングで椅子の脇に据えられていた炊飯器のようなサウナ器を持ち上げると、それを己の股間に宛てがい、勃起ちんぽにカポッと被せた。
そして同時に、椅子の肘置きに組み込まれている操作パネルを人差し指でタンッと叩いた。
ぶぅん、と僅かな電子音を立てて動き始めるエステ器。逆さにした縦長の炊飯器とも、あるいはレトレな電気パーマ器とも呼べそうなそれは、程なくして勃起ちんぽを収めている開孔部に薬効成分を含んだ蒸気を満たし始める。
「ん……」
「……おぅ」
どちらがどちらの溜め息だったのかは分からない。それくらい同時に、二人は声を漏らした。
蒸気に含まれている痒み成分が、アトピーの辛さを二人の陰部にじくじくと味わわせにかかったのだ。
今更だが、体質改善と症状寛解のために多大な根気を必要とするアトピーの辛さを、この男たちはどうして金と時間を使ってまで体験しているのだろうか?
もしそれを問われたなら、彼らはこう応えるだろう。
――男とはちんぽへの刺激を我慢できないものなのさ、と。
「お……っふ、ぁ……」
「……んっ……うぅ……」
痒みとは、痛みとも熱さとも違う、不思議な刺激だ。けして命の危険を感じるものではないが故に、只々、耐え難い。痛みや熱さなら、同じレベルの刺激が続けば多少なりとも慣れてきて、感じ方が鈍ってくるものだ。匂いなどが、その最たるものだろう。
だが、痒みにはその鈍化があまり働かない。ずっと痒いのが続くというのは、本当にもう、ひたすらに痒いのだ。最初から鈍化の機序が叩かないほど弱い刺激だからだろうか?
理由はともかく、細マッチョの青年とビール腹のおっさんは、日常生活ではまず味わうことのない「性器への継続した痒み」という感覚に全身を戦慄かせていた。
青年の六つに割れた腹筋がピクピクと粟立ち、おっさんの弛んだ贅肉がもちもちと揺らめく。
エステ器の内部では蒸気で蒸し上げられている勃起ちんぽが、皺をぴんと伸ばしきった粘膜の全てで、痒み成分を吸い込んでいく。熱気で集められた血流を、どくどくと脈打つことで体幹に差し戻していく有り様は、ちんぽこそが心臓であるかのようだ。
心臓を痒みに侵された生き物はさて、どのようにのたうち回るだろうか? 斯様に想像すると、椅子にじっと座って、低く呻きながら身動ぎするだけで済んでいる彼らは、生き物として次のステージへ向かわんと志向しているのか?
そのような感想さえ抱いてしまうほど、この二人の――そして大部屋の中にいる他の全裸客たちの姿は苦行者めいていた。ついでに言うと、空調をどう頑張っても全裸男性の汗と体温に乗って発散される牡臭が室内に籠もってしまうために、それを誤魔化すべく沈香が焚き染められているので、それがまた修行めいた雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
汗と沈香と蒸気のむんむんに立ち籠める大広間にて、青年と中年の喧嘩はいよいよ佳境を迎える。
「んおっ、っ……おっ♡ ……おぉおほッ♡」
「うぅあ……あ、ああぁ……ッ♡」
どちらからともなく、二人の尻が浮く。両足を踏ん張り、両手は肘置きを握りしめ、腰をぐいんっぐいんっと振り上げる。機器を被った陰茎を、亀頭を、危機内部の孔壁に少しでも擦り付けて、痒みから少しでも逃れようという、浅ましい了見の発露だ。
こうなってしまえばもう、牡の意地も何もない。
「あっ♡ はっ♡ はっ、あっ♡ ……ッ♡ ……あ、あッ♡」
青年は皮膚に浮かんだ筋肉の盛り上がりを激しく波打たせて、力強いストロークで腰を何度も跳ね上げる。あまり激しい腰振りをするとサウナ器がスっぽ抜けてしまいかねないのだけど、それは不味いという意思が働いているのか、はたまた痒みのせいで大きな動きができないからか――青年はちんぽを小刻みに震動させる腰使いで、汗と喘ぎを撒き散らしている。
「おっ、おぉ♡ ほっ♡ ぉほッ♡ ぉ、んおッ♡ おっ、ぉおッ♡」
相対するおっさんもまた、汗と蒸気でテラテラに飴がけされた腹肉をたゆんたゆんと波打たせて、椅子から立ち上がりかけては、どさっと尻餅をつくように着席するという無様な上下運動を繰り返す。
「あっ♡ あっ、っ、っんっんああッ♡♡」
「おぉっほぉッ♡ ほぉあッ♡ んぉおおッ♡♡」
喉が震える。空気が揺れる。二人の牡は求愛行動中の野生動物が如くに吠えながら、喧嘩サウナの最終スタイルに。
すなわち、両手は肘置きを握ったまま、両足を床から持ち上げて、椅子の座面上でM字開脚しゃがみポーズになって、誇示するように股間を前方にぐぐぅっと突き出し、ガクガクッ、ビクビクッと痙攣させる!
「あっ、んああぁッ♡♡」
「おぉっふぅおおッんん♡♡」
イき声の大きさと下品さすら競うかのように嘶いた二匹の牡は、ほとんど同時に肘置きのパネルを操作する。するとすぐさま、サウナ器は内部からモーターが高速回転するハム音を奏で始めた。
その作動音を掻き消す、野太い嬌声がふたつ。
「おふぉおぉおおおッ♡♡」
「ほっふぉあああッ♡♡」
いま、サウナ器内の勃起ちんぽ挿入孔の内部では、孔壁の全面からハードシリコン製の三角錐が何十個も飛び出してきて、拷問器具みたいになっていた。そしてその孔壁が、洗濯機のように高速回転を始めたのだ。
「おっ、っ、っ……ッ♡ っ、っ……ッ、ッんんん♡♡」
「くぁ……はっ……ッ……ッ、ッ♡♡ ぁ……っか、ぅあッ♡♡」
悶絶する二匹の牡。筋肉が脈打ち、腹肉が弾む。どちらも、両手で肘置きを必死に掴み、両足を座面へ押し付けるように踏ん張って、M字しゃがみ騎乗位ポーズで寝椅子から落ちないように堪えながら、ぶんぶんと腰を捻って、溢れんばかりの快楽に裸身を可能な限りにのた打ち回らせる。
痒み成分ががっつり滲みた陰茎を、亀頭を、先っぽは丸くなっているけれど十分過ぎるほど刺激的なシリコンの棘でごりっごりに洗濯される激痛手前の強快楽に、射精を迎えるよりも先に脳絶頂を連続させる。精神が肉体を追い越す黄金体験。
「おっ♡ おおぉっ♡ おっほおぉ――んんッ♡♡」
「んんぁ♡ あっ、あ、あ、ぁあああ――ッ♡♡」
浮いたままの腰がガクガク、ヘコヘコ、小刻みに暴れる。脳イきに遅れること数秒、二人は痒々ちんぽを掻き毟られる快楽の中で、どっびゅどっびゅと精液をぶち撒けさせた。
だが、一度作動した「ちん掻き機能」は、規定の時間が来るまで止まらない。内部のちんぽが射精しようとお構いなしに、ガリガリとゴリゴリと回転を続ける。
「おっ……っ! っ、っ……ッ!! ……ッ♡♡」
「ほぁあ、ああぁ……ッ……あ、ぁ……ッ♡♡」
声にならない悲鳴と、長く尾を引くような悲鳴を交差させて、二匹の牡はべちゃんっと尻を座面に落とした。
やがて回転音がしなくなったサウナ器が、今度はジュブウゥと排水管のような音をさせる。サウナ器の先端部に繋がっているチューブが、孔内に溜まった精液やローション、それに潮吹き汁だとかを吸引しているのだ。
「おぅおうふぉぉ……♡」
「んんぅあぁ……♡」
シリコンの棘で潮吹きするまで粘膜を掻きたくられた後に与えられる、汁気で撫でるようなバキューム感。牡二匹を呻かせるには十分過ぎた。
だが、刺激はまだ終わらない。洗濯と排水ときたら、次はそう、濯ぎだ。
ブジュウゥという注水音は、いま吸引したのとは逆に、孔内に純水が注入されていることを示している。それが終わると、シリコン棘の引っ込んだ孔壁が再び回転を始める。
「んぁ、ああぁ……♡」
「ふぉ……おぉ……ぅ♡」
回転する水流が、荒々しい刺激で息も絶え絶えになったちんぽを優しく揉み洗いする。牡二匹の締まったら裸体と、弛んだ裸体が、同じリズムで手足の指先をぴくぴく跳ねさせている。
ちんぽというデリケートな器官を痒くされ、それを掻き毟られて、その後に優しく揉み洗いされる。その快感を言い表すなら、DV彼氏に殴られた後で優しく撫でられる彼女のような、とでも言うべきだろうか。
とにかく、もうこれで終わってもいいかな、と思える感覚に、細マッチョ青年もビール腹おっさんも口元をだらしなく緩ませていた。
そんな二人のちんぽを、機械は淡々と洗浄していく。排水と濯ぎがもう一度ずつ繰り返されると、ちんぽの表面はすっかり綺麗になった。でも、内部にまで浸透した痒み成分は、ちょっと濯いだくらいで消えたりしない。むしろ、表面の痒みが洗い流されたことで、芯の方から込み上げてくる痒みがはっきり感じられるようになってしまう。
「ふ……ッ、くうぅ……ッ……!」
「んんん……ぅんんッ!」
皮膚ではなく肉から広がってくる痒みに、二人は呻くことしかできない。もし、ちんぽにサウナ器を被っていなかったら、二人とも、ちんぽが潰れるまで握り締めてしまっていたかもしれない。
安らぎの後に訪れたそんな狂おしさは、二度の濯ぎが終わって、孔内に送り込まれた温風で水気を飛ばされてまだ続いた。しかし、その次の工程で、痒さは今一度、裏返る。
「んあっはぁんんッ!!」
「くうぅっ……っひゅううぅッ!!」
サウナ器内部の第二液槽から注入された辛味成分たっぷりのワックスが、温風で乾かされた勃起ちんぽに粘りついてく。
それは孔内で機械的に為されることのため、塗りムラも多かったのだけど、それが気にならないほど――染みた。
「かあっ……! くっ、うぁ、あっ……あッ!!」
「……っんんぅんんッ!! ……んうぅッ!!」
鯉のように声もなく口を戦慄かせるおっさんと、ぎりりと歯を食いしばって堪える青年。
そして、ちんぽの芯から込み上げてくる痒みと、ちんぽの表面から染み入っていく痛みとが釣り合ったその瞬間が訪れたとき――
「――ふううぅ……ッ♡♡」
「ひゅ――ッ……うぅ♡♡」
いわゆる整う というやつだ。
痒みと痛みが脳内でコンフリクトして、キューが詰まる。処理落ちが起きて、空白が出力される。脳は「無が有る」という信号を感覚として展開する能力を持たないので、自我はその空白を知覚不能な何かとしてしか感じることができないのだ。
その空白は、仏教で言うところに「空」そのものかもしれないし、違うかもしれない。でも、神秘的なサムシングに思いを馳せてしまうほどに、その感覚は心地好かった。
一切の感覚が失せたかのようなのに、不思議な全能感で満たされている――。
整っている青年とおっさんはいま、ニュータイプ的な感応の中で、互いを見つめ合っていた。
二人はこの後、連絡先を交換した。
宣伝が先か、流行が先か、はたまた設備の製造と提供が先か――まあとにかく、ちんぽサウナはタピオカ並に流行った。そしてタピオカ並みにバリエーションが増えた。
そんなバリエーションのうちのひとつが「喧嘩ちんぽサウナ」だ。
これは要するに、サウナでよくある我慢比べを明文化したものだ。サウナの我慢比べと言えば、暑い室内でどれだけ長く我慢していられるかを競うものだけど、喧嘩ちんぽサウナで我慢するのは暑さではない。
それは痒さだ。
エステ器は、液槽に容れた薬液を誘導加熱で沸騰させることで作った水蒸気を循環させてミストサウナとするものだ。基本のちんぽサウナでは、この薬液には勃起促進やミントールなどが混ぜられたものを使っているけれど、喧嘩ちんぽサウナの場合は違う。山芋などに含まれているヒスタミンを溶かした薬液を使っている。
ヒスタミンと言えばアレルギーの原因であり、そりゃまあ厄介だ。こんなものを性器粘膜に蒸着させようというのだから、そのうち法規制が及ぶかもしれない。それでもまあ、現状は「アレルギー体質の方はご遠慮ください」の文言ひとつで合法とされている。
とまれ、そんな痒み成分のたっぷり含まれた蒸気で勃起させたちんぽを嬲って、ちんぽを尿道口の溝から陰嚢の皺の影まで満遍なく痒くさせる。そして、同じようにした他のサウナ利用客と「どちらが掻かずにいられるか」の根比べをするのが、喧嘩ちんぽサウナの流儀なのだ。
ここらへんはもう、店ごとにそれぞれの文化が出来ていて、暗黙の了解で目が合った者同士が無言のうちに我慢比べを始めるという玄人好みの店から、客同士が声をかけあって会話しながら我慢比べするという社交場的な店に、店側が音頭を取って「では、この方と我慢比べをどうぞ」とマッチングさせる出会い産業みたいな店まで夫々だ。
さて、いま見ているこの店舗はどういった形態なのかというと――どうやら、大広間に施術用の椅子がふたつずつ対面する形で設置されていて、利用客は自由に席を選んで座り、対面した同士で勝負するという形態らしい。
いま新しく入ってきた客が、少し前に着席していた先客の対面にゆっくりと着席する。
先客に会釈したその男はまだ二十歳すぎだろう若造だが、一糸まとわぬ裸体は細身ながらも筋肉の陰影がくっきりと描かれている、目にも眩しい細マッチョだ。格闘技の軽量級やってます、と言われても納得の体型だった。
対する先客は、三十代後半から四十路超えだろうおっさんだ。年相応にむっちりと脂肪の乗った手足に、ちょっと運動するか節制するかしたほうがいいんじゃないですかね、とお節介を焼きたくなるようなビール腹だ。
なお、おっさんのほうも全裸で着席している。そして二人共、股間のものはビンビンだ。とくに新客である細マッチョの青年は、更衣室で服を脱いでから、この施術フロアに入ってきて席に付くまでの間に、歩きながら勃起させていたことになる。先客を待たせるまいというこのちょっとした気遣いと、それができるだけの勃起力は、青年がちんぽサウナ初心者に在らざることを雄弁に物語っていた。
対するおっさんは右手でゆるゆると手淫しながら、相手が来るのを待っていた。青年のものほどフル勃起していなかったが、青年が椅子に座って会釈してきたときには、タイミングを合わせたかのように亀頭を天に向けさせていた。こちらもまた、勃ち会いに慣れた百戦錬磨の風格を漂わせている。
若駒と古狸。
そう評したくなる二人の牡が、いま、図ったように揃ったタイミングで椅子の脇に据えられていた炊飯器のようなサウナ器を持ち上げると、それを己の股間に宛てがい、勃起ちんぽにカポッと被せた。
そして同時に、椅子の肘置きに組み込まれている操作パネルを人差し指でタンッと叩いた。
ぶぅん、と僅かな電子音を立てて動き始めるエステ器。逆さにした縦長の炊飯器とも、あるいはレトレな電気パーマ器とも呼べそうなそれは、程なくして勃起ちんぽを収めている開孔部に薬効成分を含んだ蒸気を満たし始める。
「ん……」
「……おぅ」
どちらがどちらの溜め息だったのかは分からない。それくらい同時に、二人は声を漏らした。
蒸気に含まれている痒み成分が、アトピーの辛さを二人の陰部にじくじくと味わわせにかかったのだ。
今更だが、体質改善と症状寛解のために多大な根気を必要とするアトピーの辛さを、この男たちはどうして金と時間を使ってまで体験しているのだろうか?
もしそれを問われたなら、彼らはこう応えるだろう。
――男とはちんぽへの刺激を我慢できないものなのさ、と。
「お……っふ、ぁ……」
「……んっ……うぅ……」
痒みとは、痛みとも熱さとも違う、不思議な刺激だ。けして命の危険を感じるものではないが故に、只々、耐え難い。痛みや熱さなら、同じレベルの刺激が続けば多少なりとも慣れてきて、感じ方が鈍ってくるものだ。匂いなどが、その最たるものだろう。
だが、痒みにはその鈍化があまり働かない。ずっと痒いのが続くというのは、本当にもう、ひたすらに痒いのだ。最初から鈍化の機序が叩かないほど弱い刺激だからだろうか?
理由はともかく、細マッチョの青年とビール腹のおっさんは、日常生活ではまず味わうことのない「性器への継続した痒み」という感覚に全身を戦慄かせていた。
青年の六つに割れた腹筋がピクピクと粟立ち、おっさんの弛んだ贅肉がもちもちと揺らめく。
エステ器の内部では蒸気で蒸し上げられている勃起ちんぽが、皺をぴんと伸ばしきった粘膜の全てで、痒み成分を吸い込んでいく。熱気で集められた血流を、どくどくと脈打つことで体幹に差し戻していく有り様は、ちんぽこそが心臓であるかのようだ。
心臓を痒みに侵された生き物はさて、どのようにのたうち回るだろうか? 斯様に想像すると、椅子にじっと座って、低く呻きながら身動ぎするだけで済んでいる彼らは、生き物として次のステージへ向かわんと志向しているのか?
そのような感想さえ抱いてしまうほど、この二人の――そして大部屋の中にいる他の全裸客たちの姿は苦行者めいていた。ついでに言うと、空調をどう頑張っても全裸男性の汗と体温に乗って発散される牡臭が室内に籠もってしまうために、それを誤魔化すべく沈香が焚き染められているので、それがまた修行めいた雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
汗と沈香と蒸気のむんむんに立ち籠める大広間にて、青年と中年の喧嘩はいよいよ佳境を迎える。
「んおっ、っ……おっ♡ ……おぉおほッ♡」
「うぅあ……あ、ああぁ……ッ♡」
どちらからともなく、二人の尻が浮く。両足を踏ん張り、両手は肘置きを握りしめ、腰をぐいんっぐいんっと振り上げる。機器を被った陰茎を、亀頭を、危機内部の孔壁に少しでも擦り付けて、痒みから少しでも逃れようという、浅ましい了見の発露だ。
こうなってしまえばもう、牡の意地も何もない。
「あっ♡ はっ♡ はっ、あっ♡ ……ッ♡ ……あ、あッ♡」
青年は皮膚に浮かんだ筋肉の盛り上がりを激しく波打たせて、力強いストロークで腰を何度も跳ね上げる。あまり激しい腰振りをするとサウナ器がスっぽ抜けてしまいかねないのだけど、それは不味いという意思が働いているのか、はたまた痒みのせいで大きな動きができないからか――青年はちんぽを小刻みに震動させる腰使いで、汗と喘ぎを撒き散らしている。
「おっ、おぉ♡ ほっ♡ ぉほッ♡ ぉ、んおッ♡ おっ、ぉおッ♡」
相対するおっさんもまた、汗と蒸気でテラテラに飴がけされた腹肉をたゆんたゆんと波打たせて、椅子から立ち上がりかけては、どさっと尻餅をつくように着席するという無様な上下運動を繰り返す。
「あっ♡ あっ、っ、っんっんああッ♡♡」
「おぉっほぉッ♡ ほぉあッ♡ んぉおおッ♡♡」
喉が震える。空気が揺れる。二人の牡は求愛行動中の野生動物が如くに吠えながら、喧嘩サウナの最終スタイルに。
すなわち、両手は肘置きを握ったまま、両足を床から持ち上げて、椅子の座面上でM字開脚しゃがみポーズになって、誇示するように股間を前方にぐぐぅっと突き出し、ガクガクッ、ビクビクッと痙攣させる!
「あっ、んああぁッ♡♡」
「おぉっふぅおおッんん♡♡」
イき声の大きさと下品さすら競うかのように嘶いた二匹の牡は、ほとんど同時に肘置きのパネルを操作する。するとすぐさま、サウナ器は内部からモーターが高速回転するハム音を奏で始めた。
その作動音を掻き消す、野太い嬌声がふたつ。
「おふぉおぉおおおッ♡♡」
「ほっふぉあああッ♡♡」
いま、サウナ器内の勃起ちんぽ挿入孔の内部では、孔壁の全面からハードシリコン製の三角錐が何十個も飛び出してきて、拷問器具みたいになっていた。そしてその孔壁が、洗濯機のように高速回転を始めたのだ。
「おっ、っ、っ……ッ♡ っ、っ……ッ、ッんんん♡♡」
「くぁ……はっ……ッ……ッ、ッ♡♡ ぁ……っか、ぅあッ♡♡」
悶絶する二匹の牡。筋肉が脈打ち、腹肉が弾む。どちらも、両手で肘置きを必死に掴み、両足を座面へ押し付けるように踏ん張って、M字しゃがみ騎乗位ポーズで寝椅子から落ちないように堪えながら、ぶんぶんと腰を捻って、溢れんばかりの快楽に裸身を可能な限りにのた打ち回らせる。
痒み成分ががっつり滲みた陰茎を、亀頭を、先っぽは丸くなっているけれど十分過ぎるほど刺激的なシリコンの棘でごりっごりに洗濯される激痛手前の強快楽に、射精を迎えるよりも先に脳絶頂を連続させる。精神が肉体を追い越す黄金体験。
「おっ♡ おおぉっ♡ おっほおぉ――んんッ♡♡」
「んんぁ♡ あっ、あ、あ、ぁあああ――ッ♡♡」
浮いたままの腰がガクガク、ヘコヘコ、小刻みに暴れる。脳イきに遅れること数秒、二人は痒々ちんぽを掻き毟られる快楽の中で、どっびゅどっびゅと精液をぶち撒けさせた。
だが、一度作動した「ちん掻き機能」は、規定の時間が来るまで止まらない。内部のちんぽが射精しようとお構いなしに、ガリガリとゴリゴリと回転を続ける。
「おっ……っ! っ、っ……ッ!! ……ッ♡♡」
「ほぁあ、ああぁ……ッ……あ、ぁ……ッ♡♡」
声にならない悲鳴と、長く尾を引くような悲鳴を交差させて、二匹の牡はべちゃんっと尻を座面に落とした。
やがて回転音がしなくなったサウナ器が、今度はジュブウゥと排水管のような音をさせる。サウナ器の先端部に繋がっているチューブが、孔内に溜まった精液やローション、それに潮吹き汁だとかを吸引しているのだ。
「おぅおうふぉぉ……♡」
「んんぅあぁ……♡」
シリコンの棘で潮吹きするまで粘膜を掻きたくられた後に与えられる、汁気で撫でるようなバキューム感。牡二匹を呻かせるには十分過ぎた。
だが、刺激はまだ終わらない。洗濯と排水ときたら、次はそう、濯ぎだ。
ブジュウゥという注水音は、いま吸引したのとは逆に、孔内に純水が注入されていることを示している。それが終わると、シリコン棘の引っ込んだ孔壁が再び回転を始める。
「んぁ、ああぁ……♡」
「ふぉ……おぉ……ぅ♡」
回転する水流が、荒々しい刺激で息も絶え絶えになったちんぽを優しく揉み洗いする。牡二匹の締まったら裸体と、弛んだ裸体が、同じリズムで手足の指先をぴくぴく跳ねさせている。
ちんぽというデリケートな器官を痒くされ、それを掻き毟られて、その後に優しく揉み洗いされる。その快感を言い表すなら、DV彼氏に殴られた後で優しく撫でられる彼女のような、とでも言うべきだろうか。
とにかく、もうこれで終わってもいいかな、と思える感覚に、細マッチョ青年もビール腹おっさんも口元をだらしなく緩ませていた。
そんな二人のちんぽを、機械は淡々と洗浄していく。排水と濯ぎがもう一度ずつ繰り返されると、ちんぽの表面はすっかり綺麗になった。でも、内部にまで浸透した痒み成分は、ちょっと濯いだくらいで消えたりしない。むしろ、表面の痒みが洗い流されたことで、芯の方から込み上げてくる痒みがはっきり感じられるようになってしまう。
「ふ……ッ、くうぅ……ッ……!」
「んんん……ぅんんッ!」
皮膚ではなく肉から広がってくる痒みに、二人は呻くことしかできない。もし、ちんぽにサウナ器を被っていなかったら、二人とも、ちんぽが潰れるまで握り締めてしまっていたかもしれない。
安らぎの後に訪れたそんな狂おしさは、二度の濯ぎが終わって、孔内に送り込まれた温風で水気を飛ばされてまだ続いた。しかし、その次の工程で、痒さは今一度、裏返る。
「んあっはぁんんッ!!」
「くうぅっ……っひゅううぅッ!!」
サウナ器内部の第二液槽から注入された辛味成分たっぷりのワックスが、温風で乾かされた勃起ちんぽに粘りついてく。
それは孔内で機械的に為されることのため、塗りムラも多かったのだけど、それが気にならないほど――染みた。
「かあっ……! くっ、うぁ、あっ……あッ!!」
「……っんんぅんんッ!! ……んうぅッ!!」
鯉のように声もなく口を戦慄かせるおっさんと、ぎりりと歯を食いしばって堪える青年。
そして、ちんぽの芯から込み上げてくる痒みと、ちんぽの表面から染み入っていく痛みとが釣り合ったその瞬間が訪れたとき――
「――ふううぅ……ッ♡♡」
「ひゅ――ッ……うぅ♡♡」
いわゆる整う というやつだ。
痒みと痛みが脳内でコンフリクトして、キューが詰まる。処理落ちが起きて、空白が出力される。脳は「無が有る」という信号を感覚として展開する能力を持たないので、自我はその空白を知覚不能な何かとしてしか感じることができないのだ。
その空白は、仏教で言うところに「空」そのものかもしれないし、違うかもしれない。でも、神秘的なサムシングに思いを馳せてしまうほどに、その感覚は心地好かった。
一切の感覚が失せたかのようなのに、不思議な全能感で満たされている――。
整っている青年とおっさんはいま、ニュータイプ的な感応の中で、互いを見つめ合っていた。
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