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 浣腸を使ったあたりの件は省略する。強いて言うなら、いますごくお腹が軽くてびっくりしている。

「よ、よし……じゃあ次は、ええと……ああ、ローションか」

 掃除が終わったらローションでたっぷり濡らすのだった。尻穴は膣と違って自動で濡れたりしないからな。
 ……いや、どこかのサイトには濡れるとも書いてあったっけ? でも、尻が濡れるというのがよく分からないし、尻用のローションまであるくらいだから、使っておいて間違いはないだろう。

「よし、とにかく塗るか……うぁ!?」

 綺麗にした肛門に指でローションを塗ってみた瞬間、冷水でウォシュレットしたときの感覚が走って、声が出てしまった。

「そりゃそうか。ローションが冷たいのは当然だよな。うん……ははっ」

 高い声を出してしまった自分が恥ずかしくて、俺は笑って誤魔化した。今夜は衛士も来ないと分かっているのに、誰に対して言い訳しているのだか。
 誤魔化し笑いをしたことでかえって恥ずかしさが募ってしまって、俺は無言で事務的に肛門をローション塗れにしていった。

「次はゴム手袋を……あ、しまった」

 ゴム手袋を嵌めてからローションを塗ればよかった、と自分の段取りの悪さに眉根が寄ったけれど、今更言っても始まらない。
 俺はローションでねっとりしている手に合成ニトリルゴムの薄手袋を嵌めると、何度か握って開いてしてフィット感を確かめた後、注ぎ足したローションを指全体に擦り込むと、いよいよ肛門に指を押し当てていった。

「よ……よしっ……、……ぁ……」

 気合いを入れたら括約筋も締まってしまった。
 なので仕方なく、息を大きく吐いて尻の穴まで脱力する。その状態を維持しつつ、身体に力が入ってしまわないように気をつけながら覚悟を決めて、指を尻穴に宛がい、押し込んでいった。

「んっ、ん……いや、これ……無理じゃ……っ……」

 思ったよりも全然、指が入っていかない。
 意識して括約筋を緩めようとしても、指を押しつけると、どうしたって無意識に力が入って、その入り口――いや、出口? とにかく、そこを締めてしまう。それを強引にこじ開けようとすれば、そこは余計に締まってしまう。

「くっ……ふっ……はぁ……」

 意識してもう一度大きく息を吐き、括約筋を緩める。

「うっ、気色わりぃな」

 肛門のうにうに閉じ開きする感触が、指先へダイレクトに伝わってくる。ゴム手袋をしているとはいえ、薄くてぴっちりしたやつだ。触覚を妨げるものではない。
 その感触は、俺がいま自分で自分の尻の穴を穿っているのだということを嫌でも自覚させてくる。

「な、何やってんだ俺は……は、はは……」

 いつもなら酒かコーヒーを片手に読書なり動画鑑賞なりしている時間に、バスタオルを敷いたベッドで横臥して尻に指を突っ込もうと悪戦苦闘している――。
 恥ずかしいとか空しいとかを一足飛びにして、なんだか笑えてしまった。でも、それがかえって良かったようで、笑ったのと同時に身体の力も抜けても、括約筋も自然と緩まる。そこへ、ぬるっとローション塗れの中指が呑み込まれていった。

「あふぁ――ッ……!?」

 未知の感覚に、せっかく緩んだ身体が一瞬でガチガチに緊張してしまう。
 閉って固くなった括約筋を抜けた途端、指先に当たる感触が一気に変わった。擬音にするならだったのが、に変わったのだ。

「おっ、おぉ……これは……お、おぉ……」

 指が完全に嵌まったことで肛門が上手く閉じず、身体に力が上手く入らない。なので、口から漏れる声も、妙な感じの呻き声になってしまう。
 でも、そんな声になってしまうのも仕方がないと思えるくらい、は初めての感覚だった。

 ――肛門の奥……直腸って、こんな感じになってたのか……。

 こんな例えが思い浮かんでしまうのは申し訳ない気もするのだけど、初めて宇宙に行った宇宙飛行士が無重力を初体験するときも、こんな気持ちになるのかも……などと思った。
 とにかくそのくらい、そこは未知の触感をしていた。
 差し込んだ中指の先を曲げると、腸粘膜の感触がぬぷっと指を押し返してくる。

「あ、これ、ホルモン……あは、ははっ」

 指先でぬぷぬぷ圧してみた腸壁の感触は、紛れもなくホルモンだった。あまりにもホルモンそのもので笑えた。

「は、はっ……っ、んおっ、っ……!」

 笑って身体が揺れた弾みで、腸壁をぐいぐい小突いていた指先がに当たった瞬間――ぞわっ、と未知の圧迫感が生まれて、背筋を駆け上がった。
 自分の直腸粘膜の触り心地を知るという時点で未知の体験を済ませたばかりなのに、ここで重ねて更なる未知との遭遇だとは思わなかった。

「……あ、ああ……これが、あれか……」

 でも、この未体験感覚が発生した位置から、俺は自分が何をどうしてこの感覚に襲われたのかを予想することができた。
 前立腺、というやつだ。
 俺が読んだサイトでは、これを「男のGスポット」と評していた。

「けど、気持ちいいというのとは、何か違うような……?」

 そういえば、そのサイトにも書いてあったな。前立腺も開発しないと上手く感じられない場合がある、と。
 でも、いま偶然に指が当たってしまったときに走った感触は、けして不快なものではなかった。快感や気持ちよさとは違うのだけど、そうなることを予感させる類の感覚だった。例えるならば、小便を我慢しているときの下腹部から陰茎付け根にかけて感じる圧迫感と言うか……まあ、そんな感じだ。

「つまり、出したら――出せたら気持よくなる、ってこと……か?」

 でも、ここをどうにかできたら快感を得られる予感はあるけれど、いまのところはあくまでも予感だ。確信には至らない。
 試しにもう一度、圧してみるけれど……

「――っんッ!?」

 自分が水の入ったペットボトルになって、外部からぎゅっと握り締められているような圧迫が下腹部から首筋にまで響いてくるが、快感よりも苦しさ――いや、もう少しマイルドにとでも言うべき甘い苦しさで内臓が痺れる感覚がして、三秒とを触っていられなくなる。

「っ……本気でやるなら、長期戦必至だな……っ……!」

 突っ込んだ中指を動かしているうちに、前立腺を圧された刺激やらで強い収縮を何度も繰り返していた肛門が、じんじんと筋肉痛のような痛みを訴えてくる。
 これ以上は怖いので、指を抜くことにした――のだが……

「――あっ、あ! ふっ……っ……!」

 根元まで入っている中指を抜こうとすると、指に食いついている肛門までもが指と一緒に外へと引っ張られる。そのときに走った違和感が、反射的に括約筋を締めさせてしまう。いっそう強く締められた中指も、力任せに引っこ抜くのが怖くて、尻穴の奥へと差し戻してしまった。

「はっ……なっ、る、ほど……っ……」

 アナルプレイ最大の難関は、この括約筋というわけか――。
 いや、知識としては分かっていたけれど、こうして実際に指を入れてみて、よりはっきりとそれが認識できた。
 もし俺がになるのだとしたら、指一本で悲鳴を上げているこの括約筋に拡がり癖を付けて、いまの二倍――いや、衛士のあれは指二本分より太かった記憶があるから、三倍から四倍は拡がるようにしておかないといけないわけだ。
 括約筋に、前立腺に……は必要な準備が多すぎる。やっぱり俺、攻めのほうがいいのかも。

「っつか、先の話は置いといて、まずはっ、っ……抜かない、と……ッ」

 最近癖になりつつある現実逃避も、じわじわと訴えを強くしてくる肛門の熱と痛みで止めさせられる。ローションが乾いてきているのか、指の滑りも悪くなってきている気がする。もう本当に、いったん指を抜かないと。

「くっ……よ、しっ……ん、んっ……んあッ!」

 意識して尻の穴を拡げつつ、じくじくとした熱を伴う鈍い痛みに我慢して指を抜いていけば、ある一定のところまで指が抜けるなり、残りは一気ににゅるっと抜け落ちた。

「はっ、っ……うっわ、けつに穴開いてる感すげぇ……あ、あは、ははっ……」

 指が抜けた反動で、尻の穴がもの凄い力強さでぎゅっと締まった後に、ぽかっと弛緩する。残っているローションが外気に晒されて気化熱が奪われているのか、熱を持ってじくじくと疼いていた肛門がひんやり涼しくなって気持ちがいい。指が入っていたときに感じていた痛みも、熱と一緒になって急速に引いていく。

「あ……これならもう一回、いけるか」

 今日はもう止めにしておくつもりだったけれど、この感じならもう一回指を入れてみても大丈夫そうだ。むしろ、二回目は一回目よりもすんなり入って痛みもないかもしれない。
 よし、試してみよう――ということでローションを改めて手に取り、右手の中指を中心にしっかり擦り込んで、いざ――

「……、……」

 穴に指を宛がったところで、ぴたりと手が止まる。
 理由は、見てしまったからだ。
 Tシャツ一枚だけの下半身を丸出しにした姿で横臥し、上側の膝を直角に上げたM字開脚をして、腹側から陰茎と睾丸を押し退けるようにして伸ばした片手の中指を肛門に押しつけている俺の姿が、ベッドから見える姿見に映っているのを――。

「……あ、あ、ああぁッ!!」

 恥ずかしすぎて、もう無理だった。
 ローション塗れの、しかも尻穴を触ったばかりでなかったら、両手で顔を隠していたところだ。

「あぁ、うわあぁ……あぁ……、……はぁ……」

 大声を出したら少し落ち着いた。でも、肛門弄りを続けることは気持ち的に無理だった。

「俺、一人で何やってんだ……おおぉ……!」

 一気に冷めてしまった分、さっきまで初めての感覚に昂揚していたことがいっそう恥ずかしい記憶になって脳裏に再現され、しばらくシーツに顔を押しつけて呻くことしかできなかった。
 でも、またしても姿見をうっかり見てしまったら、尻丸出しで呻くアラサー男が映っていて、居たたまれないったらなかった。
 ああもう本当、俺は何をやっているんだか……あぁ……!
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