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1章
24.兄妹会話 ロイド
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シャーリーが来た。
洞窟内にみんなで薪を運んでいたところに彼女はやってきた。顔を見てすぐ、なんの話かがなんとなく分かったから、俺は彼女を連れて森に少し入ったところで二人きりになった。
村で入手した工具でもって切り拓いた名残の切り株が居並ぶ一帯だ。切り倒した木は薪にした他、食器や食卓などに加工されている。
そんな場所でシャーリーが切り出した話は、俺の予想通りのものだった。そしてまた、俺のした返事も彼女の予想通りだったみたいで、彼女は泣かなかった。少なくとも、俺の前では涙ひとつ零さなかった。
「平気。でも、ちょっと一人になってくる……ああ、河原に行くだけだ。森の奥には行かねぇから、気にすんな」
シャーリーは消え入りそうな笑顔でそう言って、戻っていった。
俺はそれを見送った後も、独り、切り株に腰掛けていた。俺だって一人になりたかった。
「――あ、いた」
声がして振り向くと、有瓜だった。
「……珍しいな」
「なにがです?」
「おまえが服を着てるのが」
「なに言ってるんですか。妹の裸が見たかったんですか。というか、いま冬ですよ。毎日、服を着てるじゃないですか」
「あれ? 言われてみれば、そうだな」
「義兄さんの中で、わたしは年中いつでも全裸なキャラで定着しちゃってるんですね」
「まあな」
「わー、あっさり認められちゃいましたー」
有瓜はいつも以上に戯けてみせている。気を遣わせているようだ。けど、どうせ気を遣ってくれるのなら、いましばらく一人にしていてほしい。
「有瓜。悪いけど、いまは放っておいてくれ」
「泣くんですか?」
「……いや、それはない」
俺は少し考えて、頭を振った。
有瓜に問われて自問してみたけれど、べつに悲しくはないのだ。ただ、恥ずかしいのだ。
俺はシャーリーの好意に甘えていた。
有瓜に比べて何もできない自分のことを、きみだけは褒めてくれる。きみはずっとそんな女性でいてくれ――と、俺はシャーリーに押しつけていた。
彼女はその押しつけに付き合ってくれた。それがどうしてかは、よく分からない。彼女にも、俺が都合のいい女”を欲しがっていただけなのは分かっていたと思うのに。
俺を憐れんでいたのだろうか。それとも、そのうち俺が絆されると思っていたのだろうか――。
どちらにせよ、もう終わったことだ。
シャーリーは去った。俺は追い縋らなかった。それですっかり終わったのだ。
終わった後に残ったものは、いままさに胸中で吹き荒れている、この恥ずかしさだけだ。
せめて一言くらい罵ってもらえていたら、もっと楽になれていただろう……ああ、だからシャーリーは恨み言ひとつ言わなかったのか? そのほうが俺を責められると思ったから……いや、それはない。彼女はいい子だ。優しくて、妹想いで、気が強いくせに優しくて、本当にいい子だ。あれ、優しくてを二回言ったか? まあでも、間違ってないからいいか。
シャーリーみたいな子がカノジョだったら、きっと毎日、癒されるだろう。
「――好きになってればよかったかな」
思わず口を衝いた一言だった。
言った瞬間、左の頬にバチッと火花が散るような衝撃が閃いた。有瓜の右手が、容赦ない勢いで俺の頬を平手打ちしたのだ。
「あ……」
手を出した有瓜のほうが、自分の手を見て驚いた顔をしている。けれど、その驚きはすぐに理解の色へと変わる。そして、溜め息をひとつ零した。
「いまの一発は、わたしが感謝されるべき一発ですよね」
「……だな。馬鹿を言った。叩いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
有瓜は右手の平を左手で揉んでいる。俺の左頬もまだヒリヒリしている。
「まあどうせ、シャーリーさんは性根が都合のいい女”っぽいですから、最後まで一言も義兄さんをディスらなかったんでしょ。でも人間は痛い目を見ないと学習できない生き物ですから、別れ際のビンタ一発くらい貰っておいたほうがいいんです」
「その理論だと、シャーリーの頬にも一発張らないといけないことになるんだが、いいのか?」
「んー……ですね。あとでシャーリーさんのほっぺも、わたしがペシッとやっときましょう」
「やるんだ……ははっ」
有瓜の返事に、俺は自然と笑っていた。さっきまで独りになりたいと思っていたのに。
ああ――そうか。
「ありがとうな、有瓜」
「それ、さっきも聞きましたよ?」
「さっきのはビンタのお礼。いまのは……」
「いまのは?」
「……秘密」
「えー! 男のそういうのって全然可愛くないですよ?」
「うるさい。いいから、黙って感謝されとけ」
「はぁい……ふ、ふふっ」
有瓜は冗談めかして片手を挙げると、堪えきれずに肩を揺すって笑い出す。
「何が面白いんだよ」
俺は唇を尖らせて言い返すものの、その唇の端っこは笑いに緩んでしまっている。
ああ――やっぱり、そうなんだ。
俺は結局、有瓜とこんなふうにどうでもいい会話をしたかっただけなのだ。なのに、有瓜への劣等感が邪魔をして話しかけることができなくて……その代償行為として、シャーリーの好意を利用していたのだ。
「でも、どっちなんだ?」
心の声が呟きになって零れ出る。
有瓜と普通に話したいと思うこの感情が、異性に対する恋愛感情なのか、それとも妹に対する家族愛なのか――。
「……分からん」
「何が分からんですか?」
またも零れた呟きに、有瓜が怪訝そうな顔をした。
「ん……秘密」
「はいはい、ですよね、そうですともね。義兄さんだって年頃ですもん。女子には知られたくないエッチな秘密のひとつやふたつ、あるものですよねー」
「そういうことだ」
「って、否定しませんか!?」
大袈裟に仰け反って驚いてみせる有瓜に、
「いまさら否定できると思うか?」
真面目腐った顔でそう言い返してみたら、
「おぅ……これは一本取られましたな」
有瓜は芝居がかった調子で自分の頭を平手でぺしっと叩くから、俺もにやりと笑って言ってやった。
「なんたって、文字通りの意味で一皮剥けたからな」
「え……義兄さんって、その……被ってたのですか……」
「それも秘密だ!」
「いやそれ、ほとんどもう言っちゃってますよ!?」
「はははっ」
「うぅ、ちょっと童貞捨ててみたからって義兄さんが調子に乗ってますよぅ、ウザいよぅ」
「はっはっはっ!」
超が三つくらい付くほど下らない会話。
有瓜とそんな下らない時間を共有していることが、超の三つじゃ足りないくらい、俺の胸を満たすのだった。
洞窟内にみんなで薪を運んでいたところに彼女はやってきた。顔を見てすぐ、なんの話かがなんとなく分かったから、俺は彼女を連れて森に少し入ったところで二人きりになった。
村で入手した工具でもって切り拓いた名残の切り株が居並ぶ一帯だ。切り倒した木は薪にした他、食器や食卓などに加工されている。
そんな場所でシャーリーが切り出した話は、俺の予想通りのものだった。そしてまた、俺のした返事も彼女の予想通りだったみたいで、彼女は泣かなかった。少なくとも、俺の前では涙ひとつ零さなかった。
「平気。でも、ちょっと一人になってくる……ああ、河原に行くだけだ。森の奥には行かねぇから、気にすんな」
シャーリーは消え入りそうな笑顔でそう言って、戻っていった。
俺はそれを見送った後も、独り、切り株に腰掛けていた。俺だって一人になりたかった。
「――あ、いた」
声がして振り向くと、有瓜だった。
「……珍しいな」
「なにがです?」
「おまえが服を着てるのが」
「なに言ってるんですか。妹の裸が見たかったんですか。というか、いま冬ですよ。毎日、服を着てるじゃないですか」
「あれ? 言われてみれば、そうだな」
「義兄さんの中で、わたしは年中いつでも全裸なキャラで定着しちゃってるんですね」
「まあな」
「わー、あっさり認められちゃいましたー」
有瓜はいつも以上に戯けてみせている。気を遣わせているようだ。けど、どうせ気を遣ってくれるのなら、いましばらく一人にしていてほしい。
「有瓜。悪いけど、いまは放っておいてくれ」
「泣くんですか?」
「……いや、それはない」
俺は少し考えて、頭を振った。
有瓜に問われて自問してみたけれど、べつに悲しくはないのだ。ただ、恥ずかしいのだ。
俺はシャーリーの好意に甘えていた。
有瓜に比べて何もできない自分のことを、きみだけは褒めてくれる。きみはずっとそんな女性でいてくれ――と、俺はシャーリーに押しつけていた。
彼女はその押しつけに付き合ってくれた。それがどうしてかは、よく分からない。彼女にも、俺が都合のいい女”を欲しがっていただけなのは分かっていたと思うのに。
俺を憐れんでいたのだろうか。それとも、そのうち俺が絆されると思っていたのだろうか――。
どちらにせよ、もう終わったことだ。
シャーリーは去った。俺は追い縋らなかった。それですっかり終わったのだ。
終わった後に残ったものは、いままさに胸中で吹き荒れている、この恥ずかしさだけだ。
せめて一言くらい罵ってもらえていたら、もっと楽になれていただろう……ああ、だからシャーリーは恨み言ひとつ言わなかったのか? そのほうが俺を責められると思ったから……いや、それはない。彼女はいい子だ。優しくて、妹想いで、気が強いくせに優しくて、本当にいい子だ。あれ、優しくてを二回言ったか? まあでも、間違ってないからいいか。
シャーリーみたいな子がカノジョだったら、きっと毎日、癒されるだろう。
「――好きになってればよかったかな」
思わず口を衝いた一言だった。
言った瞬間、左の頬にバチッと火花が散るような衝撃が閃いた。有瓜の右手が、容赦ない勢いで俺の頬を平手打ちしたのだ。
「あ……」
手を出した有瓜のほうが、自分の手を見て驚いた顔をしている。けれど、その驚きはすぐに理解の色へと変わる。そして、溜め息をひとつ零した。
「いまの一発は、わたしが感謝されるべき一発ですよね」
「……だな。馬鹿を言った。叩いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
有瓜は右手の平を左手で揉んでいる。俺の左頬もまだヒリヒリしている。
「まあどうせ、シャーリーさんは性根が都合のいい女”っぽいですから、最後まで一言も義兄さんをディスらなかったんでしょ。でも人間は痛い目を見ないと学習できない生き物ですから、別れ際のビンタ一発くらい貰っておいたほうがいいんです」
「その理論だと、シャーリーの頬にも一発張らないといけないことになるんだが、いいのか?」
「んー……ですね。あとでシャーリーさんのほっぺも、わたしがペシッとやっときましょう」
「やるんだ……ははっ」
有瓜の返事に、俺は自然と笑っていた。さっきまで独りになりたいと思っていたのに。
ああ――そうか。
「ありがとうな、有瓜」
「それ、さっきも聞きましたよ?」
「さっきのはビンタのお礼。いまのは……」
「いまのは?」
「……秘密」
「えー! 男のそういうのって全然可愛くないですよ?」
「うるさい。いいから、黙って感謝されとけ」
「はぁい……ふ、ふふっ」
有瓜は冗談めかして片手を挙げると、堪えきれずに肩を揺すって笑い出す。
「何が面白いんだよ」
俺は唇を尖らせて言い返すものの、その唇の端っこは笑いに緩んでしまっている。
ああ――やっぱり、そうなんだ。
俺は結局、有瓜とこんなふうにどうでもいい会話をしたかっただけなのだ。なのに、有瓜への劣等感が邪魔をして話しかけることができなくて……その代償行為として、シャーリーの好意を利用していたのだ。
「でも、どっちなんだ?」
心の声が呟きになって零れ出る。
有瓜と普通に話したいと思うこの感情が、異性に対する恋愛感情なのか、それとも妹に対する家族愛なのか――。
「……分からん」
「何が分からんですか?」
またも零れた呟きに、有瓜が怪訝そうな顔をした。
「ん……秘密」
「はいはい、ですよね、そうですともね。義兄さんだって年頃ですもん。女子には知られたくないエッチな秘密のひとつやふたつ、あるものですよねー」
「そういうことだ」
「って、否定しませんか!?」
大袈裟に仰け反って驚いてみせる有瓜に、
「いまさら否定できると思うか?」
真面目腐った顔でそう言い返してみたら、
「おぅ……これは一本取られましたな」
有瓜は芝居がかった調子で自分の頭を平手でぺしっと叩くから、俺もにやりと笑って言ってやった。
「なんたって、文字通りの意味で一皮剥けたからな」
「え……義兄さんって、その……被ってたのですか……」
「それも秘密だ!」
「いやそれ、ほとんどもう言っちゃってますよ!?」
「はははっ」
「うぅ、ちょっと童貞捨ててみたからって義兄さんが調子に乗ってますよぅ、ウザいよぅ」
「はっはっはっ!」
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