義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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1章

21. 一月と少しが過ぎて アン

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 アルカさんとロイドさんがゴブリンたちと暮らしている洞窟は、とても深いです。わたしを捕まえていた山賊たちも洞窟を塒にしていましたけど、たぶんあの洞窟よりもこっちのほうが奥深くまで続いています。
 アルカさんに聞いてみたところ、奥には立派な祭壇があるのだそうです。

 洞窟の奥深くに隠されている謎の祭壇……。
 少しくらいは興味も湧きますが、大昔のひとが何か恐ろしいものを祀っていた場所だったら……と思うと、見に行ってみようという気がなくなります。

 もっとも、見に行こうと思っても行ける場所ではありません。なぜなら、洞窟の中は入り口付近を除いて真っ暗だからです。灯りなしではまともに歩けません。
 こんな暗い場所でアルカさんとロイドさんはよく暮らせますね、とお二人に伝えたら、すごく驚かれました。わたしに言われて初めて、お二人は自分たちがゴブリン並に夜目が効くようになっていることに気づいたそうでした。誰も指摘しないから気がつかなかった、と言われました……。
 ゴブリンは暗がりで暮らす生き物だから、暗いのは困ることだと思ったことがないのだそうです。それでもいちおう、彼らも人間は夜目が利かないと知っていましたが、「巫女様と従者様だから、見えても当然」と思って、お二人にわざわざ確認することもなかったのだということでした。

 ――とまあ、そんなわけで、わたしとお姉ちゃんは洞窟の入り口付近に組み立てられたテントで寝起きするようになりました。
 ここに来て最初の頃はまだ、テントで寝ると熱気が籠もって寝苦しかったものですが、一ヶ月と少しが過ぎたいま現在は、テントの中で毛布に包まっていないと寝冷えしそうなくらい空気が冷え込んできています。

 そうそう――アルカさんの世界と、わたしたちが使っている暦はだいたい同じものみたいです。わたしが空に浮かぶ月の形を見て、だいたいの日付を伝えたら、ロイドさんが「それはタイインレキだ」と教えてくれました。ロイドさんたちも昔は使っていたそうですが、いまは太陽を用いた暦を使っているんですって。

「太陽の形でどうやって日付を図るのですか?」

 ロイドさんに尋ねてみたのですが、俺もよく知らないんだ、と言われました。
 あのときは「そうなんですか」と聞き流した振りをしましたが、じつはとっても衝撃的なお返事でした。ロイドさんは何でも知っているのかと思っていたので。

 そうそう――唐突ですけど、お二人の呼び方です。
 わたしとお姉ちゃんの立場はこの集落で一番低いのですから、お二人のことは「アルカ様、ロイド様」と呼ぶつもりだったのですが、当のお二人から却下されてしまいました。

「アンちゃんに様付けで呼ばれると、なんか悲しいです。わたしもお姉ちゃんと呼んでほしいですっ」

 アルカさんからはそう言われて、ロイドさんからも苦笑されました。

「ここで一番偉いのは有瓜だ。その有瓜を様付けで呼ばないんだったら、俺のこともゴブリンたちのことも様付けじゃなくていいよ。普通でいい、普通で」

 ……というわけで、わたしとお姉ちゃんはお二人のことを、いまもで呼んでいるのです。
 アルカさんは、わたしに「お姉ちゃん」と呼んでほしいみたいでしたが、それは諦めてもらいました。わたしにとって、お姉ちゃんはお姉ちゃん一人なので。

 アルカさんは、このゴブリンの巣のリーダーです。ロイドさんもそう言っていましたし、ゴブリンさんたちもアルカさんの言うことには嬉々として従っています。むしろ、アルカさんが何も言わなくても、自分たちでアルカさんを喜ばそうとして動きまわっているくらいです。

 ……アルカさんはリーダーなのですが、やっていることはなぜか、わたしたちと変わっていません。つまり、ゴブリンさんとの子作りです。
 ……いえ、あれを子作りと言っていいのでしょうか?
 わたしが思っていた子作りというのは、恋人や旦那様と二人きりでひっそりと行うものでしたけど、アルカさんは基本、大勢で大っぴらにやります。
 わたしも山賊たちに似たようなことをされたわけですが、それとは似ても似つきません。全くの正反対です。だって、アルカさんはみんなで子作りするのが楽しくて仕方がないという顔をしているんですから。
 あ……これも違いました。
 これはアルカさん自身が言っていたことですが、アルカさんは子供ができない身体なのだとか。

「だから、アンちゃんたちに来てもらったんですよ」

 アルカさんはとくに悲しんだ様子もなく、そう言いました。
 子供ができないというのは、わたしからすると空が落ちてくるような一大事ですが、アルカさんにとっては夜に日が沈むくらい自然に受け入れられることだったみたいです。

「わたしの暮らしていた世界だと、産めるけど産まないってひとも少なくなかったですし」

 アルカさんはそう言って、異世界のことを色々話してくれました。異世界ではなんと、子供を産めない女性でも村八分にされないそうです。それどころか、産むと村八分にされることもあるのだとか!

「わたしには想像もできないです……」
「大丈夫。わたしもよく分かんなかったですし」

 驚くことしかできないわたしに、アルカさんは真面目くさった顔で言ってから、ふふっと笑ったのでした。

 さて、アルカさんはゴブリンさんたちとの子作りを楽しんでいましたし、ゴブリンさんたちもアルカさんと子作りするのが大好きです。
 でも、アルカさんは子供を作れません。なので、わたしとお姉ちゃんを相手に子作りしないと、群れの将来が立ち行かなくなってしまいます。だから仕方なく、わたしとお姉ちゃんとも子作りするわけです。
 ……そうです、わりと義務感なのです。ゴブリンさんたちにとっても、わたしたちと子作りするのは。
 できるならアルカさんとだけ子作りしてたいけど、そうもいかないので、当番制でわたしたち姉妹とも子作りしよう――ゴブリンさんたちはそう決めたのでした。
 子作り当番制度です。
 だいたい一日か二日おきに、わたしとお姉ちゃんは二人一緒に、当番のゴブリンさんと子作りすることに決まりました。二人一緒なのは、一人だと心細い、とお姉ちゃんが訴えたからです。

「頼むよ、アン。一緒にしようぜ。アンだって、そのほうが心強いだろ?」
「えぇ……でも、お姉ちゃんに見られながらするのは恥ずかしいよ。お姉ちゃんは、わたしに見られても平気なの?」
「うっ、それを言われると……」
「あ、じゃあ、している最中はロイドさんに手を繋いでいてもらうっていうのは?」
「恥ずかしさで死ねるわ!!」
「はぁ……しょうがないなぁ」

 といったやり取りがあって、わたしはお姉ちゃんと一緒に子作りするようになったのでした。恥ずかしいことは恥ずかしいですけど、考えてみれば、お姉ちゃんと一緒に水浴びすることもしょっちゅうですし、その延長みたいなものだと思えば、まあ。それに……一緒だと心強いのは、その通りですし。

 ――というわけで、わたしとお姉ちゃんはになると、朝から二人で子作りの準備を始めます。わたしは朝が苦手なほうですけど、気合いで起きます。
 起きたら、まずは身を清めるところから始めます。
 最近はもうすっかり冬ですから、川に行って水浴びをするわけではありません。いえ、そうしろと言われたら断れる立場ではないのですが、「わたしも使いたいです」とアルカさんが言ったこともあって、ゴブリンさんが川から汲んできてくれた水を竈で沸かしてもらって、そのお湯と石鹸石を使って身体をごしごし洗います。
 朝からお湯を用意してもらって湯浴みができるなんて、わたしもいいご身分になったものです。街から来る行商のおじさんが聞かせてくれた、貴族のお嬢様になった気分です。お湯を使わせてもらっていても朝の空気は身を切るように冷たいのですが、身体を洗いながらついつい鼻歌が出てしまいます。
 村のひとはみんな、子供の頃からいつの間にか知っている歌です。わたしが口ずさんでいると、お姉ちゃんも一緒に歌ってくれます。ここにアルカさんも混ざっているときは、アルカさんが知っている歌を教えてもらったりもします。
 アルカさんに教わる歌は、わたしたちが知っている歌とはかなり違っています。歌詞は知らない言葉だし、抑揚も上に下に激しくて、とっても難しいです。裏声を伸ばしたかと思ったら、一気に音が低くなって「そこは腹筋で歌うのですっ」と指導が入ったり……アルカさんはわりと、歌に厳しいひとだと知りました。
 でも、歌を教わるのは楽しいです。子作り以外にやることがない上に、その子作りも毎日ではありませんから、わりと暇を持て余し気味なのです。そんなときは教えてもらった歌の練習(ついでに腹筋も)をすることが多いです。

 歌以外でするのは、ロイドさんに計算を教わることです。最初は、わたしとお姉ちゃんが知っている文字や数字をロイドさんに教える時間だったのですが、わたしたちが知っている文字と数字は本当に少なかったし、ロイドさんもすぐに覚えてしまったので、数日としないで教えることがなくなってしまいました。そうしたらロイドさんのほうから、わたしたちが教えた数字を使って計算を教えてくれるようになったのです。

「こっちでも十進法が基本なら、俺でも教えられそうだ。それに、俺の書き取りの練習にもなるしな」

 ロイドさんはそう言って、を教えてくれました。でも、ロイドさんはの意味を知らないのだと思います。少なくともわたしにとっては全然、簡単ではありません。
 二桁の足し算と引き算まではわりとすぐに理解できましたけど、三桁になるとまだ難しいです。繰り上げと繰り下げで何度ももたついてしまいます。あと、掛け算と割り算は本気で意味が分かりません。

「掛け算は、同じ数字を何度も足し算するってこと。割り算は、引き算を何度もするってこと……あ、掛け算の逆って言ったほうが分かりやすいかな」

 ロイドさんはそういうふうに教えてくれましたけど、何度言い方を変えて言われても、やっぱりよく分かりません。
 でも、お姉ちゃんは「なるほど!」と言って、わりとすぐに理解していました。九々というのも、いまではすっかり暗唱できるようになっています。

「シャーリー、すごいな。もう九々は完璧だし、この分だと分数や方程式もいけるかもな」
「へへ……」

 ロイドさんに褒められるたび、お姉ちゃんはわたしにも見せたことがない顔で喜ぶのです。お姉ちゃんの覚えがいい理由、一目瞭然ですね。恋の力は無敵です。

 ……そう、恋です。お姉ちゃんはロイドさんに恋しています。でも、ロイドさんは?
 ロイドさんはお姉ちゃんと手を繋いだり、優しく微笑みかけたり、蜂蜜麦粥シャンプーでさらさらになった髪を撫でたり……お姉ちゃんにだけ、明らかに沢山触れています。
 でも、なぜでしょう? わたしにはロイドさんがお姉ちゃんに向ける目の中にが見えないのです。お姉ちゃんがロイドさんを見るときの目には、思わずこっちが目を細めたくなるくらいが溢れかえっているのに。

「……ねえ、お姉ちゃん」

 湯浴みを終えて、服を着直しているとき、わたしは意を決してお姉ちゃんに話しかけました。

「んぁ、なんだ?」

 お姉ちゃんはいつもの調子で返してきます。でも、

「あのね、ロイドさんのことなんだけど……」
「へっ!?」

 ロイドさんの名前を出しただけで、お姉ちゃんは耳朶を赤く染めました。こんな乙女な顔をしているお姉ちゃんに言うのは勇気が要りましたけど、言わなければ後悔するかもしれません。だから、わたしは言いました。

「お姉ちゃん――お姉ちゃんはロイドさんのこと、好きだよね」
「へぇ!?」
「好きだよね」
「え……ぇ、いや……あ、あぁ……え、え?」
「うん、好きだよね」
「……」

 真っ赤になって俯いてしまうお姉ちゃん。着替え途中の半端な格好で固まっているけど、寒くはなさそうです。だから、わたしは気にせず続けます。

「ロイドさんのほうは、どうなのかな?」
「え……どうって?」
「ロイドさんは、行動だけ見るとお姉ちゃんにだけ優しくしているようにも見えるんだけど、なんか……違うよね」

 敢えて推測でも疑問でもなく、事実として言い切ってみました。するとお姉ちゃんは、しばらくあうあう呻きながら視線を彷徨わせていましたけど、最後には目を伏せて言いました。

「……だな」

 蚊の鳴くような声でした。つい十数秒前まではだった顔が、罠に掛かって宙吊りになった兎の顔になっていました。

「お姉ちゃん……ごめん」
「いいよ、心配してくれてんだろ」

 項垂れたわたしに、お姉ちゃんは弱々しくも微笑みかけてくれました。
 優しいお姉ちゃん。口の悪さも、わたしを守るために自然とそうなったものです。そんなお姉ちゃんのためにも、わたしは言わなければなりません。

「お姉ちゃん、それでいいの?」
「いいも悪いもねぇよ。こんなん、自分でどうにかできるもんじゃねぇし」
「そうかもだけど……」
「つうか、あれだろ。アンはさ、自分が嗾けたことだから気に病んでるんだろ」
「……!」

 ひゅっ、と息が止まりました。

「そんなんじゃ……」

 違う、と言いたかったのに、上手く声が出ませんでした。でも、それでも喉に力を込めて、声を絞り出します。

「わたしはただ、お姉ちゃんには素敵な想い出になるを経験してほしかっただけで……」

 言っているうちに、声はどんどん窄んでいきました。
 お姉ちゃんには、わたしの代わりに、わたしが体験できなかった幸せな初体験おもいでを経験してほしかった――それって、わたしの自己満足ですよね。お姉ちゃんをわたしの身代わりにした、ってことですよね……。

「あっ、べつにアンを責めたわけじゃねぇぞ!」

 お姉ちゃんが慌てて、わたしの顔を覗き込んできました。わたしはいつの間にか、俯いていたみたいでした。
 お姉ちゃんはわたしの頬を両手で挟み、まっすぐにわたしの瞳を見つめてきます。

「アン、感謝してる。アンが背中を押してくれたから、あたいはちゃんと恋ができた。それはアンのおかげだと思ってる。けどな、そっから先はアンにもロイドにも関係ない。あたいが決めて、あたいがやってることだ。そのことで胸がぎゅっと苦しくなったりしても、アンが責任を感じることじゃねぇよ――っつか、この苦しさはあたいのもんだ。アンにだって、くれてやんねぇよ」

 そう言って、お姉ちゃんは微笑みました。わたしはじっと見つめ返しましたが、無理して笑っているようには見えませんでした。内側から溢れる気持ちが自然と笑みになっているようでした。

「お姉ちゃん……」
「あたいが納得してるんだ。しょうがねぇ姉だな、って呆れててくれよ」
「そんなの……やだよ……」

 だってその恋は、きっと報われない恋です。そんな恋を見続けていなければならないなんて、わたしは納得したくありません。わたしが背中を押したというのなら、尚更です。

「……決めた」

 わたしは拳を握り締めました。

「決めた?」

 そう言って首を傾げたお姉ちゃんが見ている前で、わたしは握り拳を空に向かって高々と突き上げました。

「わたし、これからはいままで以上に子作り頑張る!」
「は……?」
「頑張る!」
「……いや、なんでそうなったのか、さっぱ分かんねぇんだけど」
「いいでしょ、なんでも。とにかく頑張るって決めたの!」
「そうか……まあ、頑張れ……って応援していいのか、これ?」

 お姉ちゃんはますます首を傾げてしまいましたが、わたしはもう決めたのです。お姉ちゃんが止めたって、頑張るのです。
 わたしが頑張ってお姉ちゃんの分まで子作りすれば、お姉ちゃんはその分の時間を自分の恋のために使えます。
 お姉ちゃんの背中を押した張本人として、わたしは自分にできるかぎりの応援をします。そうすると決めたのです。
 そのためには……うん、やっぱりこれが一番でしょう。

「お姉ちゃん!」
「今度は何さ?」
「わたし、アルカさんに弟子入りします!」
「……姐さんがいいって言うなら、いいんじゃないか」
「はい、そうします!」

 お姉ちゃんのお座なりな返事に、わたしは両手で握り拳を作って、ぐっと気合いを込めたのでした。
 そうしてやる気を漲らせているわたしに、話しながらもいつの間にか身形をすっかり整えていたお姉ちゃんが溜め息交じりに苦笑しました。

「そんじゃまあ、今日のお勤めには姐さんも参加するって言ってたし、そんときついでに弟子入り志願してみるんだな。アンがどうして急に言い出したのか分かんねぇけど、本気で言ってるみたいだし、あたいも一緒にお願いしてやっからさ」
「お姉ちゃん……ありがとう!」
「礼なら、姐さんに認めてもらってからにしな」
「うん!」
「アンは朝から無駄に元気だな。これからお勤めなんだから、いまから張り切りすぎて途中でぶっ倒れるんじゃねぇぞ」
「はぁい、分かってます」
「だといいんだが」

 お姉ちゃんは苦笑を深めながら、ゴブリンさんたちの待つ洞窟に向かって歩き出します。わたしもすぐに追いかけました。
 アルカさんに弟子入りを認めてもらうためにも、今日のお勤めこづくりは、いつも以上に頑張りましょう!
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