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1章
15-1. 姉妹 アルカ
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初めての村行きです。というか、初めての遠出です。
なお余談ながら、木々の生い茂った道なき道を歩くわけですから、ちゃんと服を着ました。
ブラウスはアンちゃんに着てもらっていたので、わたしは昨晩のうちにゴブさんたちが洗濯して焚き火のそばで干していてくれた、山賊たちの服を着ています。
山賊たちの服もたいがいボロボロでしたが、なかには意外に丈夫そうな布と縫製の服もあったので、それらのうちから適当に選んだチュニックとズボンを身につけました。
ちなみに、アンちゃんにも山賊の穿いていたズボンを穿いてもらっています。
わたしもアンちゃんも、山賊たちの服ではちょっとサイズが大きすぎたので、裾や袖なんかの余った布を縛って、無理やり着ました。
ここまでして山賊たちの服を着るのもアレだなぁ、と思いますけど、肌を剥き出しにして獣道に分け入るなんてことをしたら、一時間と経たずに手足が生傷ボロボロになりますから選択の余地はないのです。
さてさて、話を戻しますが……義兄さんによると、村ではアンちゃんのお姉さんがアンちゃんの帰りを待っているとのことです。
アンちゃんはそのひとの元に帰るのです。そのことを考えると、ちょっと寂しいです。
……あれ? あれあれ、ちょっと待ってくださいよ。
義兄さんはアンちゃんを村に帰すつもりなのでしょうか? たしか義兄さんが村に行った目的の中には、ゴブさんたちの赤ちゃんを産んでくれる女性を連れてくる――というのもありましたよね? アンちゃんをその女性にするつもりはないのでしょうか? それとも、いったん村に帰した上で改めて話をして、いま歩いているこの山道を戻ってきてもらおうという計画なのでしょうか?
ううん……我ながら疑問符ばっかりですね。考えても分からないのなら、義兄さんに訊くほうが早いですか。
「義兄さん――」
と、前を歩く義兄さんに呼びかけたところで、わたしの隣で歩いているアンちゃんの横顔が目に入りました。そして、思いました。
――義兄さんがアンちゃんに何も言っていないのなら、アンちゃんがいるところで不用意に出す話題じゃないのかも?
「有瓜、どうした?」
「ちょっと呼んでみただけです」
「……そうか」
義兄さんは戸惑った顔をしつつも、とくに追求することなく前に向き直りました。義兄さん、空気を読んでくれて感謝です。
アンちゃんは、いきなり義兄さんを呼んだわたしのことを不思議そうに見ていましたけど、わたしがそちらを向いて頬笑むと、同じように微笑んでくれました。
アンちゃんは強い子です。
山賊に捕まって酷い目に遭ったばかりだというのに、今日は朝からお肉をもりもり食べて、義兄さんと普通に話したり、笑ったりもしていました。義兄さんに手を触れたり、ゴブさんたちと向き合うのはまだ難しいみたいですけど、むしろそれは普通の反応でしょう。
「あの、アルカさんって――」
アンちゃんが、わたしに話しかけてきます。歩きながらなのに、元気なものです。
ちなみに、前回は戦士ゴブさんの背中に負ぶわれての移動だったわたしとアンちゃんですが、今日は自前の足で歩きです。アンちゃんはまだちょっとゴブさんたちが怖いみたいで、負ぶわれるのに抵抗があるようでした。べつにわたしだけゴブさんに背負ってもらうのでもよかったんですけど、それだとアンちゃんはきっと、気楽に話しかけてきてはくれなかったでしょう。なので、明日は筋肉痛で確定だと分かっていても、一緒に歩くことにしたのでした。
これがアンちゃんとお喋りできる最後の機会になるかもしれないのだと思えば、なおのこと、筋肉痛ドンと来いです!
アンちゃんは、わたしが話を促すまでもなく、いっぱい話しかけてきてくれました。周囲を固めているゴブさんたちから意識を逸らしたかったというのもあったと思いますけど、純粋にわたしと話したかったという気持ちだってあったと思います。
アンちゃんとは出会ってから一日経っていませんけど、時間なんて関係ないくらい濃密な時間を過ごしましたもん。裸の付き合い、しましたもん。
お話は、お互いの年齢や好きな食べ物、遊び、将来の夢なんかを言い合うお見合いトークから出発して、わたしがゴブさんたちとの暮らしについて話した後、アンちゃんから村での暮らしについて聞いたり――と、話をどんどん転がしていきました。
とくに盛り上がった話題は、ご飯のことでした。色気がないとは言わないでください。こんな山奥暮らしじゃ、色気より食い気です。むしろ、食い気を満たしてくれる男性=色気のある男性、まで有ります。男性が#食い気_たべもの__#を提供して、女性が色気を支払う――の構図です。
これはわたし一人だけの意見ではなく、アンちゃんもわりかし同意してくれました。男女の役割分担がはっきりしている山奥暮らしだと、ご飯とエッチの因果関係もはっきりしたものです。
……あれ? でも日本にいたときでも、似たようなものだったかも。
だってわたし、男のひととご飯を食べるとき、お金を払ったことがありません。そして、男のひととご飯を食べた後にエッチしなかったこともありません。
男女の関係って、どこの時代どこの世界でも、わりとだいたい似通っているんですねぇ。
ああ、そうそう。ご飯の話です。
わたしたちは、昨晩初めてお肉を食べるまではずっと、カブトムシの幼虫っぽい虫が基本のタンパク源でした。動物を狩るだけの技術も道具も無かったからです。
では、アンちゃんの村ではどうなのかというと……普通に狩人さんがいて、普通に畑もあって、普通にパンとお肉を食べているのだそうです。
「あの虫、うちの村でも昔は普通に食べていたみたいなんですけど、畑を作るようになってからは食べなくなっていったそうです。でも、村長さんたちが若かった頃に凶作が続いたときがあって、あの虫で食いつないだんだそうです。だから、あの虫を見ると、凶作のときのひもじさを思い出してしまうので、他人が食べているのを見るのも嫌だと言ってまして……」
「なるほど。そうやって伝統食がひとつ消えたのですね」
「あはは……」
アンちゃんの苦笑を聞きつつ、わたしは村での食事に思いを馳せました。
いいですね、普通の食卓。今朝、数ヶ月振りのお肉を食べたから、なおのことそう思います。
義兄さんが村との交渉を上手くやってくれたら、定期的にパンを食べられるようになるのでしょうか? お肉はたぶん、これからも戦士ゴブさんたちが狩ってこれると思うのですけど、小麦粉は難しいでしょうから、義兄さんにはなんとしても交渉を頑張っていただきたいです。
……いや、義兄さんばっかりじゃなくて、わたしも頑張れるんじゃないかな?
「うん、そうだよね……」
「アルカさん?」
思わず独り言になって零れ出た言葉に、アンちゃんが小首を傾げています。
「ううん、なんでもないんですよ。それよりも、アンちゃんのお姉さんの話、もっと聞かせてほしいな」
そう言って笑顔を向けると、アンちゃんも心配げに寄せていた眉を緩めて笑ってくれました。
「お姉ちゃんの話ですか? いいですけど、なんの変哲もない普通のひとですよ」
「その普通を聞きたいんです」
「そうですか? じゃあ……」
アンちゃんは渋々といった感じながら話し始めますけど、その顔はすぐに誇らしげなものへと変わっていきます。
「お姉ちゃんのことは、べつに」と口では言いながら、本当は大好きなことを隠しきれていない様子が、とっても愛らしいです。
そんなこんなで、アンちゃんとお話ししながら、前回よりもずっとゆっくり山道を進みました。先を歩くゴブさんたちが道を均してくれていたので、わたしもアンちゃんも、そんなに苦労せず歩けました。
歩き始めたしばらくの間は、わたしとお喋りしながらも前後のゴブさんたちに警戒の目をちらちらと向けていたアンちゃんでしたが、そのうちにゴブさんたちが自分に近付いてこないことが分かったのか、肩の強張りも抜けて、純粋にお喋りを楽しんでくれるようになっていました――と思います。
そうして、太陽が天辺をまわった頃、わたしたちは木々の開けたところに出ました。
そこは道でした。山道、獣道、道なき道ではなく――人が二、三人は横になってあるけそうな道が、左右にずっと伸びていました。
「あっ、この道を左に行けば、わたしの村です」
アンちゃんが声を弾ませて言いました。前方にゴブさんたちが立っていなかったら、そのまま村まで駆け出していたところでしょう。
「じゃあ、話していた通り――ここからは俺とアンだけで行く」
義兄さんが、わたしやゴブさんたちに向かって、そう宣言しました。それは道中で――とくに戦士ゴブさんたちには念入りに――説明されていた内容でした。
だからわたしも、道中で考えていた通りのことを言いました。
「おぶじぇくしょーん!」
高々と挙手して言い放ったわたしに、義兄さんは両目と口をぽかんと開けた顔になりました。処女が短小ち○ぽに顔射されたような、ってやつでした。
なお余談ながら、木々の生い茂った道なき道を歩くわけですから、ちゃんと服を着ました。
ブラウスはアンちゃんに着てもらっていたので、わたしは昨晩のうちにゴブさんたちが洗濯して焚き火のそばで干していてくれた、山賊たちの服を着ています。
山賊たちの服もたいがいボロボロでしたが、なかには意外に丈夫そうな布と縫製の服もあったので、それらのうちから適当に選んだチュニックとズボンを身につけました。
ちなみに、アンちゃんにも山賊の穿いていたズボンを穿いてもらっています。
わたしもアンちゃんも、山賊たちの服ではちょっとサイズが大きすぎたので、裾や袖なんかの余った布を縛って、無理やり着ました。
ここまでして山賊たちの服を着るのもアレだなぁ、と思いますけど、肌を剥き出しにして獣道に分け入るなんてことをしたら、一時間と経たずに手足が生傷ボロボロになりますから選択の余地はないのです。
さてさて、話を戻しますが……義兄さんによると、村ではアンちゃんのお姉さんがアンちゃんの帰りを待っているとのことです。
アンちゃんはそのひとの元に帰るのです。そのことを考えると、ちょっと寂しいです。
……あれ? あれあれ、ちょっと待ってくださいよ。
義兄さんはアンちゃんを村に帰すつもりなのでしょうか? たしか義兄さんが村に行った目的の中には、ゴブさんたちの赤ちゃんを産んでくれる女性を連れてくる――というのもありましたよね? アンちゃんをその女性にするつもりはないのでしょうか? それとも、いったん村に帰した上で改めて話をして、いま歩いているこの山道を戻ってきてもらおうという計画なのでしょうか?
ううん……我ながら疑問符ばっかりですね。考えても分からないのなら、義兄さんに訊くほうが早いですか。
「義兄さん――」
と、前を歩く義兄さんに呼びかけたところで、わたしの隣で歩いているアンちゃんの横顔が目に入りました。そして、思いました。
――義兄さんがアンちゃんに何も言っていないのなら、アンちゃんがいるところで不用意に出す話題じゃないのかも?
「有瓜、どうした?」
「ちょっと呼んでみただけです」
「……そうか」
義兄さんは戸惑った顔をしつつも、とくに追求することなく前に向き直りました。義兄さん、空気を読んでくれて感謝です。
アンちゃんは、いきなり義兄さんを呼んだわたしのことを不思議そうに見ていましたけど、わたしがそちらを向いて頬笑むと、同じように微笑んでくれました。
アンちゃんは強い子です。
山賊に捕まって酷い目に遭ったばかりだというのに、今日は朝からお肉をもりもり食べて、義兄さんと普通に話したり、笑ったりもしていました。義兄さんに手を触れたり、ゴブさんたちと向き合うのはまだ難しいみたいですけど、むしろそれは普通の反応でしょう。
「あの、アルカさんって――」
アンちゃんが、わたしに話しかけてきます。歩きながらなのに、元気なものです。
ちなみに、前回は戦士ゴブさんの背中に負ぶわれての移動だったわたしとアンちゃんですが、今日は自前の足で歩きです。アンちゃんはまだちょっとゴブさんたちが怖いみたいで、負ぶわれるのに抵抗があるようでした。べつにわたしだけゴブさんに背負ってもらうのでもよかったんですけど、それだとアンちゃんはきっと、気楽に話しかけてきてはくれなかったでしょう。なので、明日は筋肉痛で確定だと分かっていても、一緒に歩くことにしたのでした。
これがアンちゃんとお喋りできる最後の機会になるかもしれないのだと思えば、なおのこと、筋肉痛ドンと来いです!
アンちゃんは、わたしが話を促すまでもなく、いっぱい話しかけてきてくれました。周囲を固めているゴブさんたちから意識を逸らしたかったというのもあったと思いますけど、純粋にわたしと話したかったという気持ちだってあったと思います。
アンちゃんとは出会ってから一日経っていませんけど、時間なんて関係ないくらい濃密な時間を過ごしましたもん。裸の付き合い、しましたもん。
お話は、お互いの年齢や好きな食べ物、遊び、将来の夢なんかを言い合うお見合いトークから出発して、わたしがゴブさんたちとの暮らしについて話した後、アンちゃんから村での暮らしについて聞いたり――と、話をどんどん転がしていきました。
とくに盛り上がった話題は、ご飯のことでした。色気がないとは言わないでください。こんな山奥暮らしじゃ、色気より食い気です。むしろ、食い気を満たしてくれる男性=色気のある男性、まで有ります。男性が#食い気_たべもの__#を提供して、女性が色気を支払う――の構図です。
これはわたし一人だけの意見ではなく、アンちゃんもわりかし同意してくれました。男女の役割分担がはっきりしている山奥暮らしだと、ご飯とエッチの因果関係もはっきりしたものです。
……あれ? でも日本にいたときでも、似たようなものだったかも。
だってわたし、男のひととご飯を食べるとき、お金を払ったことがありません。そして、男のひととご飯を食べた後にエッチしなかったこともありません。
男女の関係って、どこの時代どこの世界でも、わりとだいたい似通っているんですねぇ。
ああ、そうそう。ご飯の話です。
わたしたちは、昨晩初めてお肉を食べるまではずっと、カブトムシの幼虫っぽい虫が基本のタンパク源でした。動物を狩るだけの技術も道具も無かったからです。
では、アンちゃんの村ではどうなのかというと……普通に狩人さんがいて、普通に畑もあって、普通にパンとお肉を食べているのだそうです。
「あの虫、うちの村でも昔は普通に食べていたみたいなんですけど、畑を作るようになってからは食べなくなっていったそうです。でも、村長さんたちが若かった頃に凶作が続いたときがあって、あの虫で食いつないだんだそうです。だから、あの虫を見ると、凶作のときのひもじさを思い出してしまうので、他人が食べているのを見るのも嫌だと言ってまして……」
「なるほど。そうやって伝統食がひとつ消えたのですね」
「あはは……」
アンちゃんの苦笑を聞きつつ、わたしは村での食事に思いを馳せました。
いいですね、普通の食卓。今朝、数ヶ月振りのお肉を食べたから、なおのことそう思います。
義兄さんが村との交渉を上手くやってくれたら、定期的にパンを食べられるようになるのでしょうか? お肉はたぶん、これからも戦士ゴブさんたちが狩ってこれると思うのですけど、小麦粉は難しいでしょうから、義兄さんにはなんとしても交渉を頑張っていただきたいです。
……いや、義兄さんばっかりじゃなくて、わたしも頑張れるんじゃないかな?
「うん、そうだよね……」
「アルカさん?」
思わず独り言になって零れ出た言葉に、アンちゃんが小首を傾げています。
「ううん、なんでもないんですよ。それよりも、アンちゃんのお姉さんの話、もっと聞かせてほしいな」
そう言って笑顔を向けると、アンちゃんも心配げに寄せていた眉を緩めて笑ってくれました。
「お姉ちゃんの話ですか? いいですけど、なんの変哲もない普通のひとですよ」
「その普通を聞きたいんです」
「そうですか? じゃあ……」
アンちゃんは渋々といった感じながら話し始めますけど、その顔はすぐに誇らしげなものへと変わっていきます。
「お姉ちゃんのことは、べつに」と口では言いながら、本当は大好きなことを隠しきれていない様子が、とっても愛らしいです。
そんなこんなで、アンちゃんとお話ししながら、前回よりもずっとゆっくり山道を進みました。先を歩くゴブさんたちが道を均してくれていたので、わたしもアンちゃんも、そんなに苦労せず歩けました。
歩き始めたしばらくの間は、わたしとお喋りしながらも前後のゴブさんたちに警戒の目をちらちらと向けていたアンちゃんでしたが、そのうちにゴブさんたちが自分に近付いてこないことが分かったのか、肩の強張りも抜けて、純粋にお喋りを楽しんでくれるようになっていました――と思います。
そうして、太陽が天辺をまわった頃、わたしたちは木々の開けたところに出ました。
そこは道でした。山道、獣道、道なき道ではなく――人が二、三人は横になってあるけそうな道が、左右にずっと伸びていました。
「あっ、この道を左に行けば、わたしの村です」
アンちゃんが声を弾ませて言いました。前方にゴブさんたちが立っていなかったら、そのまま村まで駆け出していたところでしょう。
「じゃあ、話していた通り――ここからは俺とアンだけで行く」
義兄さんが、わたしやゴブさんたちに向かって、そう宣言しました。それは道中で――とくに戦士ゴブさんたちには念入りに――説明されていた内容でした。
だからわたしも、道中で考えていた通りのことを言いました。
「おぶじぇくしょーん!」
高々と挙手して言い放ったわたしに、義兄さんは両目と口をぽかんと開けた顔になりました。処女が短小ち○ぽに顔射されたような、ってやつでした。
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