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1章
13. 深夜焼き肉 ロイド
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山賊たちは大振りな山刀の他に、果物ナイフくらいの小刀も持っていた。しかも、石やではなく鉄のだ。
というか今更だが、山刀といい小刀といい、たぶん鉄製だ。銅や青銅ではなく。
俺の、ラノベに毛が生えた程度の知識が間違っていないのなら、鉄器があるということは鉄鉱石を加工するだけの火力を得る手段があるということだ。しかも、山賊風情が当たり前のようにぶら下げていたということは、その火力は得る手段はそれなりに一般的なものとして広まっているということだ。
「ということは、石炭の進化形のやつ……コークスだっけ? それがあるということか。ああ……あと、耐火炉か。あれは――」
確か、耐火粘土から作った耐火煉瓦で組み上げた炉だったか……。
「……って、耐火粘土ってなんだ?」
所詮はラノベに毛が生えた程度の俄知識だ。こんなものである。
それに、ここは地球ではない。ゴブリンがいて、魔法もある。ライター程度ではなく製鉄ができるくらいの大火力を出す魔法や、それに耐える壁を作れる魔法があっても不思議はあるまい。
「とにかく普通に鉄器があって、それを量産できるだけの技術力がある、と。……うん、よく分からんな」
それがどれほど凄いのか、また現代日本と比べてどのくらいなのか――結局いまいちイメージできなかった。結局、自身に浸透していない外付けの知識しかないのでは、如何ともし難い話だった。
「――よし、考えるのは終わり!」
俺は立ち上がると、みんなの輪の中に戻った。
いつもより下流の川辺で水浴びしてきた俺たちは、陰干ししていた大牙猪の肉で焼き肉パーティを始めていた。
肉の塊を削ぐのは、山賊から回収した小刀を使ったおかげで、そんなに手間がかからなかった。
河原から拾ってきていた石で組んだ竈の上に石板を載せ、温まるのを待つ。あとは石板が熱くなったら、そこに脂を引いて、削いだ肉を並べて焼く。鉄板焼きならぬ石板焼きだ。
石板は鉄板よりも遠赤外線が多く出るから、肉がふっくら焼けるとか聞いたことがある。実際にそんな効果が出ているのかは分からないけど、いつも使っている石板には、これまで例の幼虫や果物をふっくら美味しく焼き上げてきた実績がある。この石板は肉だって美味しく焼き上げてくれると、俺は信じている。
「あのぉ、巫女様ば待たねぐて、えぇんだしょうか?」
石板が温まるのを待っていたら、神官がそう訊いてきた。
「焼いてれば、匂いで気づいてやってくるんじゃないか?」
「そうだしょうか……」
神官が口元を妙な感じに歪めたのは、たぶん苦笑したのだろう。
「来なかったら、誰か呼びにいってきて」
「へぇ」
……と、そんな相談をしながら焼き肉の準備を続けていたのだが、有瓜は戻ってこなかった。
そして、石板に脂を引き、いざ肉を焼きにかかろうという段になってゴブリンの一人に有瓜を呼びにいってもらったら、なぜかそいつは忍者ゴブリンの一人を連れて戻ってきた。
「えっと、どういうこと?」
「巫女様ば、娘っこと交合ってますだ」
「ああ……」
溜め息を吐いた俺の顔は、たぶん相当に間抜けなものだったろう。
「従者様、どうしますっべ?」
忍者の言葉に、俺はもう一度溜め息を吐きながら頭を振った。
「せっかくのお楽しみに水を差しちゃ悪い。そっとしておいてやろう」
「へぇ、分かりやすただ」
忍者は頷くと、なんと、遠巻きでの護衛に戻ると言って、河原のほうへ音もなく去っていった。いままさに、石板に引かれた獣脂が香ばしい匂いを立てているというのに、なんという勤勉さか。有瓜にも見習っていただきたいものだ――。
――いや、待て。
まさかとは思うが、有瓜とアンのイチャイチャシーンを見たいだけだったりするのか?
とくに根拠はないのだが、忍者たちはムッツリ気質な気がするのだ……。
「……まあ、どっちでもいいや。焼き肉だ、焼き肉。もう待ちきれないし、食べよう!」
俺の号令にゴブリンたちの歓声が続いた。
こうして始まった深夜焼き肉は、あっという間に終わってしまった。俺よりも大きな身体をしていた大牙猪一頭分の肉塊でも、山賊討伐という大仕事で腹を減らした戦士たちの胃袋を前にしては力不足だった。
焼いたそばから消えていく肉の山は、ちょっとした消失トリックだった。というか気がつけば、俺はひたすら肉を焼いているだけだった。
「さっすがシェフ様だべ」
「んだ、んだ」
「おらたつが自分で焼ぐのたぁ、焼き加減が全然違うべぇ」
「んだ、んだ」
「シェフ様、おらの肉も焼いてくだせぇだ」
「おらも、おらも」
……そんな感じで、俺はシェフという名の肉焼き係をひたすら勤めたのだった。
まあ、ちゃんと自分の分や、有瓜と護衛連中の肉は別にして確保していたからいいのだけど。
有瓜が戻ってきたのは、焼き肉が終わって間もなくだった。
「ああぁ!! 焼き肉ですよ!? そこまでしますか、義兄さん!?」
戻ってくるなり開口一番、そんな台詞だ。
「落ち着け、有瓜。言ってることが支離滅裂だ。というか、なんで中途半端に服装なんだよ。そこまで着てるのなら、上もちゃんと着てろよ――」
俺はそこまで言ったところで、珍しく下着とスカートを身につけている有瓜がブラウスだけ着ていない理由に気がついた。
有瓜の背中には、有瓜よりも頭ひとつほど背の小さい少女の姿があった。山賊の塒で保護した少女だ。その少女が、有瓜のブラウスを着ていた。
なお、少女は保護したときに全裸だったし、一着しかない有瓜のブラは有瓜自身がいま着用しているので、たぶん少女は裸ブラウスだ。
……いや、待てよ。
有瓜は制服のスカートを穿いているために、その内側にショーツを穿いているのかどうかまでは確認できない。そしてまた少女のほうも、サイズ余りのブラウスによって股間が際どく隠されている。
ということはつまり、有瓜のほうがノーパンで、少女のほうがショーツを着用している可能性もあるわけで……スカートの内側とブラウス裾の内側、ショーツがあるのは一体どちらなのか……。
「……義兄さん?」
はっと顔を上げると、有瓜が俺を、ゴキブリを見つけてしまったときの目で見ていた。
まあ、義妹と少女の股間を交互に凝視している義兄を前にしたら、そんな目をしても当然か。
「ん、んっ……ええと、初めまして。俺はロイドだ。そこの有瓜の兄だ。きみの名前も聞かせてもらっていいかな?」
俺はわざとらしく咳き込むと、有瓜の背中に隠れている少女に尋ねた。
「……!」
少女はびくっと身を竦めたけれど、有瓜がそんな少女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ、アンちゃん。義兄さんはちょっとムッツリかもしれませんが、実害はありませんから」
……ものすごく反論したかったけれど、有瓜を見上げる少女の顔が綻んでいたから、余計なことを言わないように我慢した。というか、自己紹介を待たずして、少女の名前が分かってしまった。
彼女はアン。シャーリーの妹で間違いなかろう。
「……アン、です」
予想通りの名前を名乗った少女は、さらに続けて訊いてきた。
「あっ、あの! アルカさんに聞いたんですけど……ロイドさんは、お姉ちゃんとお知り合いなんですか……?」
「まあ、そんなところだ」
実際には今日の日中、初めて会っただけの仲だが、それを素直に言う必要もなかろう。
その判断の正しさは、アンの顔色となって如実に表れた。
「お姉ちゃんの知り合い……」
アンは心の底から安堵したような笑顔になっていた。
「わたしもそう言ってたんですけどね。わたしの言葉は義兄さんの言葉より説得力なかったですか。そうですかー」
有瓜が唇を尖らせていたけれど、アンは慌てて弁解を始めた。
「ちっ、違うんです! アルカさんを信じてなかったわけじゃなくて、お姉ちゃんの知り合いが怖そうなひとじゃなくて良かったなぁって思っただけですからっ!」
「あはは、冗談ですよ。わたしがそんなことでアンちゃんを怒るわけないでしょう」
有瓜は愉快げに微笑みながら、アンの髪を撫でる。撫でられたほうのアンも、満更ではなさそうだった。
「あぅ……アルカさん、意地悪です……♥」
……満更ではないというか、いま、目からきらきらのハートが飛び出したように見えた。二人が交合っているとかいう報告があったけれど、あれは聞き間違いでも何でもなかったようだ。
「まあ、打ち解けているようで何よりだ」
「ふふっ♥」
俺の苦笑を聞いた有瓜は、自分より華奢なアンに凭れるようにして抱きついて、仲の良さを俺に自慢してくるのだった。
「アルカさん……♥」
そしてやっぱり、満更でもなさそうなアンだった。
何はともあれ、アンはすっかり有瓜に懐いているようだった。
というより、ここには有瓜の他に、ゴブリンたちと俺しかいない。いくら明るい月夜といえど、夜の森を逃げ惑いたくないと思えば、アンが有瓜に縋るのは当然の成り行きだと言えよう。
俺が彼女の立場だったとしても、緑色の怪物や山賊と同じ男のそばにいるよりも、唯一の同性で社交性も高い有瓜のそばにいることを選ぶだろう……同性でも貞操の危機があることを甘受できれば、だが。そして、アンはそれを甘受したというわけだ。
もっとも、山賊たちの慰み者になっていたアンにとっては、貞操の危機だなんて言い方は以ての外で、有瓜との行為は皮肉でも何でもなく心の慰めになったのかもしれない。
正直、そこらへんの機微とか対処方法は、俺にはさっぱり分からない。童貞の身には荷が勝ちすぎた。だから、有瓜が上手いこと彼女を癒してくれたことには、本当に感謝しかない。
そんな感謝と労いの意味も込めて、取り置きしていた大牙猪の肉を丹精込めて焼いてやったのだが……二人とも、火のそばに来たら疲れがやって来たのか、気がついたら二人で丸くなって寝ていた。
「猫か!」
思わずそう言ってから、戦士たちに頼んで、焚き火のそばに二人の寝床を用意してもらった。
ちなみに寝床は、俺がいつも使っているのと同じ、草と葉っぱを敷き詰めたものだ。正直、寝心地はあまり良くないのだけど、二人とも熟睡だった。硬い寝床への慣れもあるのだろうけど、今日一日の疲れが原因だろう。
「ふぁ――」
二人の寝姿を眺めていたら、大欠伸が口を衝いた。
俺も疲れていて当然だよな――と自覚した途端、眠気が一気に押し寄せてきて、俺もその場で横になると、焚き火の暖を毛布代わりにして寝入ったのだった。
というか今更だが、山刀といい小刀といい、たぶん鉄製だ。銅や青銅ではなく。
俺の、ラノベに毛が生えた程度の知識が間違っていないのなら、鉄器があるということは鉄鉱石を加工するだけの火力を得る手段があるということだ。しかも、山賊風情が当たり前のようにぶら下げていたということは、その火力は得る手段はそれなりに一般的なものとして広まっているということだ。
「ということは、石炭の進化形のやつ……コークスだっけ? それがあるということか。ああ……あと、耐火炉か。あれは――」
確か、耐火粘土から作った耐火煉瓦で組み上げた炉だったか……。
「……って、耐火粘土ってなんだ?」
所詮はラノベに毛が生えた程度の俄知識だ。こんなものである。
それに、ここは地球ではない。ゴブリンがいて、魔法もある。ライター程度ではなく製鉄ができるくらいの大火力を出す魔法や、それに耐える壁を作れる魔法があっても不思議はあるまい。
「とにかく普通に鉄器があって、それを量産できるだけの技術力がある、と。……うん、よく分からんな」
それがどれほど凄いのか、また現代日本と比べてどのくらいなのか――結局いまいちイメージできなかった。結局、自身に浸透していない外付けの知識しかないのでは、如何ともし難い話だった。
「――よし、考えるのは終わり!」
俺は立ち上がると、みんなの輪の中に戻った。
いつもより下流の川辺で水浴びしてきた俺たちは、陰干ししていた大牙猪の肉で焼き肉パーティを始めていた。
肉の塊を削ぐのは、山賊から回収した小刀を使ったおかげで、そんなに手間がかからなかった。
河原から拾ってきていた石で組んだ竈の上に石板を載せ、温まるのを待つ。あとは石板が熱くなったら、そこに脂を引いて、削いだ肉を並べて焼く。鉄板焼きならぬ石板焼きだ。
石板は鉄板よりも遠赤外線が多く出るから、肉がふっくら焼けるとか聞いたことがある。実際にそんな効果が出ているのかは分からないけど、いつも使っている石板には、これまで例の幼虫や果物をふっくら美味しく焼き上げてきた実績がある。この石板は肉だって美味しく焼き上げてくれると、俺は信じている。
「あのぉ、巫女様ば待たねぐて、えぇんだしょうか?」
石板が温まるのを待っていたら、神官がそう訊いてきた。
「焼いてれば、匂いで気づいてやってくるんじゃないか?」
「そうだしょうか……」
神官が口元を妙な感じに歪めたのは、たぶん苦笑したのだろう。
「来なかったら、誰か呼びにいってきて」
「へぇ」
……と、そんな相談をしながら焼き肉の準備を続けていたのだが、有瓜は戻ってこなかった。
そして、石板に脂を引き、いざ肉を焼きにかかろうという段になってゴブリンの一人に有瓜を呼びにいってもらったら、なぜかそいつは忍者ゴブリンの一人を連れて戻ってきた。
「えっと、どういうこと?」
「巫女様ば、娘っこと交合ってますだ」
「ああ……」
溜め息を吐いた俺の顔は、たぶん相当に間抜けなものだったろう。
「従者様、どうしますっべ?」
忍者の言葉に、俺はもう一度溜め息を吐きながら頭を振った。
「せっかくのお楽しみに水を差しちゃ悪い。そっとしておいてやろう」
「へぇ、分かりやすただ」
忍者は頷くと、なんと、遠巻きでの護衛に戻ると言って、河原のほうへ音もなく去っていった。いままさに、石板に引かれた獣脂が香ばしい匂いを立てているというのに、なんという勤勉さか。有瓜にも見習っていただきたいものだ――。
――いや、待て。
まさかとは思うが、有瓜とアンのイチャイチャシーンを見たいだけだったりするのか?
とくに根拠はないのだが、忍者たちはムッツリ気質な気がするのだ……。
「……まあ、どっちでもいいや。焼き肉だ、焼き肉。もう待ちきれないし、食べよう!」
俺の号令にゴブリンたちの歓声が続いた。
こうして始まった深夜焼き肉は、あっという間に終わってしまった。俺よりも大きな身体をしていた大牙猪一頭分の肉塊でも、山賊討伐という大仕事で腹を減らした戦士たちの胃袋を前にしては力不足だった。
焼いたそばから消えていく肉の山は、ちょっとした消失トリックだった。というか気がつけば、俺はひたすら肉を焼いているだけだった。
「さっすがシェフ様だべ」
「んだ、んだ」
「おらたつが自分で焼ぐのたぁ、焼き加減が全然違うべぇ」
「んだ、んだ」
「シェフ様、おらの肉も焼いてくだせぇだ」
「おらも、おらも」
……そんな感じで、俺はシェフという名の肉焼き係をひたすら勤めたのだった。
まあ、ちゃんと自分の分や、有瓜と護衛連中の肉は別にして確保していたからいいのだけど。
有瓜が戻ってきたのは、焼き肉が終わって間もなくだった。
「ああぁ!! 焼き肉ですよ!? そこまでしますか、義兄さん!?」
戻ってくるなり開口一番、そんな台詞だ。
「落ち着け、有瓜。言ってることが支離滅裂だ。というか、なんで中途半端に服装なんだよ。そこまで着てるのなら、上もちゃんと着てろよ――」
俺はそこまで言ったところで、珍しく下着とスカートを身につけている有瓜がブラウスだけ着ていない理由に気がついた。
有瓜の背中には、有瓜よりも頭ひとつほど背の小さい少女の姿があった。山賊の塒で保護した少女だ。その少女が、有瓜のブラウスを着ていた。
なお、少女は保護したときに全裸だったし、一着しかない有瓜のブラは有瓜自身がいま着用しているので、たぶん少女は裸ブラウスだ。
……いや、待てよ。
有瓜は制服のスカートを穿いているために、その内側にショーツを穿いているのかどうかまでは確認できない。そしてまた少女のほうも、サイズ余りのブラウスによって股間が際どく隠されている。
ということはつまり、有瓜のほうがノーパンで、少女のほうがショーツを着用している可能性もあるわけで……スカートの内側とブラウス裾の内側、ショーツがあるのは一体どちらなのか……。
「……義兄さん?」
はっと顔を上げると、有瓜が俺を、ゴキブリを見つけてしまったときの目で見ていた。
まあ、義妹と少女の股間を交互に凝視している義兄を前にしたら、そんな目をしても当然か。
「ん、んっ……ええと、初めまして。俺はロイドだ。そこの有瓜の兄だ。きみの名前も聞かせてもらっていいかな?」
俺はわざとらしく咳き込むと、有瓜の背中に隠れている少女に尋ねた。
「……!」
少女はびくっと身を竦めたけれど、有瓜がそんな少女の頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ、アンちゃん。義兄さんはちょっとムッツリかもしれませんが、実害はありませんから」
……ものすごく反論したかったけれど、有瓜を見上げる少女の顔が綻んでいたから、余計なことを言わないように我慢した。というか、自己紹介を待たずして、少女の名前が分かってしまった。
彼女はアン。シャーリーの妹で間違いなかろう。
「……アン、です」
予想通りの名前を名乗った少女は、さらに続けて訊いてきた。
「あっ、あの! アルカさんに聞いたんですけど……ロイドさんは、お姉ちゃんとお知り合いなんですか……?」
「まあ、そんなところだ」
実際には今日の日中、初めて会っただけの仲だが、それを素直に言う必要もなかろう。
その判断の正しさは、アンの顔色となって如実に表れた。
「お姉ちゃんの知り合い……」
アンは心の底から安堵したような笑顔になっていた。
「わたしもそう言ってたんですけどね。わたしの言葉は義兄さんの言葉より説得力なかったですか。そうですかー」
有瓜が唇を尖らせていたけれど、アンは慌てて弁解を始めた。
「ちっ、違うんです! アルカさんを信じてなかったわけじゃなくて、お姉ちゃんの知り合いが怖そうなひとじゃなくて良かったなぁって思っただけですからっ!」
「あはは、冗談ですよ。わたしがそんなことでアンちゃんを怒るわけないでしょう」
有瓜は愉快げに微笑みながら、アンの髪を撫でる。撫でられたほうのアンも、満更ではなさそうだった。
「あぅ……アルカさん、意地悪です……♥」
……満更ではないというか、いま、目からきらきらのハートが飛び出したように見えた。二人が交合っているとかいう報告があったけれど、あれは聞き間違いでも何でもなかったようだ。
「まあ、打ち解けているようで何よりだ」
「ふふっ♥」
俺の苦笑を聞いた有瓜は、自分より華奢なアンに凭れるようにして抱きついて、仲の良さを俺に自慢してくるのだった。
「アルカさん……♥」
そしてやっぱり、満更でもなさそうなアンだった。
何はともあれ、アンはすっかり有瓜に懐いているようだった。
というより、ここには有瓜の他に、ゴブリンたちと俺しかいない。いくら明るい月夜といえど、夜の森を逃げ惑いたくないと思えば、アンが有瓜に縋るのは当然の成り行きだと言えよう。
俺が彼女の立場だったとしても、緑色の怪物や山賊と同じ男のそばにいるよりも、唯一の同性で社交性も高い有瓜のそばにいることを選ぶだろう……同性でも貞操の危機があることを甘受できれば、だが。そして、アンはそれを甘受したというわけだ。
もっとも、山賊たちの慰み者になっていたアンにとっては、貞操の危機だなんて言い方は以ての外で、有瓜との行為は皮肉でも何でもなく心の慰めになったのかもしれない。
正直、そこらへんの機微とか対処方法は、俺にはさっぱり分からない。童貞の身には荷が勝ちすぎた。だから、有瓜が上手いこと彼女を癒してくれたことには、本当に感謝しかない。
そんな感謝と労いの意味も込めて、取り置きしていた大牙猪の肉を丹精込めて焼いてやったのだが……二人とも、火のそばに来たら疲れがやって来たのか、気がついたら二人で丸くなって寝ていた。
「猫か!」
思わずそう言ってから、戦士たちに頼んで、焚き火のそばに二人の寝床を用意してもらった。
ちなみに寝床は、俺がいつも使っているのと同じ、草と葉っぱを敷き詰めたものだ。正直、寝心地はあまり良くないのだけど、二人とも熟睡だった。硬い寝床への慣れもあるのだろうけど、今日一日の疲れが原因だろう。
「ふぁ――」
二人の寝姿を眺めていたら、大欠伸が口を衝いた。
俺も疲れていて当然だよな――と自覚した途端、眠気が一気に押し寄せてきて、俺もその場で横になると、焚き火の暖を毛布代わりにして寝入ったのだった。
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