義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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1章

10. 救出 アルカ

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 義兄さんが人を殺しました。
 相手は山賊でした。
 ゴブさんたちもいっぱい刺したり叩いたりして殺しましたけど、わたしは見ていただけでした。
 殺しているのはゴブリンで、殺されているのは人間で、わたしもたぶん人間です。なら、人間の見方をするとまではいかなくとも、人間の側にもっと感情移入してしまうものかと思っていたのですけど……そんなことはありませんでした。
 わたしには山賊たちが苦痛に呻きながら死んでいくことを悲しむより、ゴブさんたちに怪我人が出なかったことを喜ぶ気持ちのほうが大きかったのです。
 それでつくづく実感しました。ああ、わたしはなんだな、と。
 戦闘が終わった後、義兄さんがわざわざ自分の手で最後の一人に止めを刺したのも、自分がなんだと確認するための儀式だったのではないかと思います。

 そんなことを考えながら義兄さんを見ていたら、ふいに振り返ってきた義兄さんと目が合いました。何か言ったほうがいいのかなと思ったのですが、義兄さんのほうが何か言いたげな顔をしているように見えたので、わたしは黙って小首を傾げることで、なんでしょうか、と促しました。
 でも、義兄さんは何も言いませんでした。言わなかったけれど、肩の荷が下りたように口元を緩めて溜め息をしていたので、まあ良かったのでしょう。

「従者様」

 神官ゴブさんが義兄さんに話しかけて、洞窟内への突入準備が始まりました。

「有瓜、おまえは残って――」
「いえいえ、わたしも行きますよ。だって、女の子が捕まってる可能性が大なんですよね? だったら、わたしが一緒に行かなくちゃ、安心させられないじゃないですか」

 義兄さんはそれでも、一度自分たちだけで洞窟内を調べて残党がいないかを確かめてからにしたほうが――と言いましたけど、そんなの待っていられません。

「ゴブさんたちも一緒に行くんですよね? なら、わたし一人を守るくらい、みんなに任せて平気ですよ。ね?」

 わたしがそう言ってゴブさんたちを見回せば、戦士も忍者も神官も関係なしに、みんな胸を張って請け負ってくれました。

「……まあ、かりに残っている山賊がいたとしても一人か二人くらいだろうし……有瓜、大人しくしてるんだぞ」
「はぁい」

 許可してくれた義兄さんに、わたしは片手を挙げて返事をしました。
 返事をしてから、ぼそっと小声で付け足します。

「ところで、忍者ってネーミング……ふふっ」
「……」

 義兄さんは瞬間的に唇を尖らせたけれど、すぐにぷいっとそっぽを向いちゃいました。義兄さんはたまに可愛いです。ふふっ。

    ●    ●    ●

 洞窟の中は、わたしたちが寝起きしている洞窟とよく似ていました。
 入り口は狭いけれど、急カーブしている道を少し進むとすぐに幅が広がって、戦士ゴブさんたちが背を伸ばしたまま二列縦隊で歩けるくらいの広さになります。
 道はさらに奥へと続いていましたけど、カーブを曲がってすぐのところに女の子が倒れていました。食べかけの食料や敷物が広げられていましたし、何よりも煙の刺激臭でも消しきれなかった生活臭というかセックス臭が残っていることからして、山賊たちはこのあたりで生活していたようです。

「奥ば行ってみやすべか?」

 先頭に立っていた忍者さんが義兄さんに尋ねます。

「……そうだな、行ってみよう。有瓜と何人かは、ここでこの子の介抱を頼む」
「分かりました」

 この先の探索は義兄さんに任せて、わたしは女の子のほうに駆け寄りました。
 女の子は全身が擦り傷だらけで、おまけにべっとりしていて臭いも酷いことになっていましたけど、胸は規則的に上下していました。気絶しているだけで、ひとまず命に別状はないようです。

「でも……うぁ……」

 思わず呻いちゃったのは、気絶している女の子の顔が涙と鼻水でべちょべちょになっていたからです。山賊たちを燻り出すのに使った煙は催涙ガスみたいなもので、目鼻の粘膜にめちゃくちゃ染みるのです。
 同じ女子としてこの顔を放置するのは悼まれず、すぐにタオルとお水で顔を拭いてあげました。
 初の遠出ということで、学生鞄にタオルと川の水を容れたペットボトルを持ってきていたのです。備えあれば憂いなし、でした。もっとも、小さなペットボトルに入る分の水しかなかったので、顔のべしょべしょを拭いてあげることしかできませんでしたけど。

「ん……」

 頬に触れる濡れタオルが冷たかったのか、女の子は小さな呻き声を漏らしましたけど、目は覚ましませんでした。よほど疲れ切っているのでしょうか。

「んーと……どなたかお願いします」

 わたしは一緒に居残ってくれた戦士ゴブさんを手招きして、意識のない女の子ちゃんを担いでもらいました。いくら戦士でもお姫様抱っこを長時間頼むのは大変そうだから、肩に担いでもらいました。
 担いでもらう前に、その場に敷いてあった筵で女の子ちゃんを包もうとも思ったのですが……筵が臭くて、蚤や虱が湧いてそうでもあったので止めておきました。
 べとべとした全裸の女の子が大柄なゴブさんの肩に担がれている姿は、なんとも犯罪的でした……。

 そうこうしているうちに義兄さんが戻ってきました。

「奥は広間になっていたけど、そこで行き止まりだった」

 だそうです。

「結局、山賊は表に出てきたので全員だったんです?」
「隠し扉でもないかぎり、そうなるな」
「そうですか……」

 つまり山賊は全滅した、というわけです。
 人殺しの是非はともかく、怖い人たちがいなくなったことに安堵しているわたしがいました。
 山賊団は全滅で、わたしたちはとくに怪我人もなし。おまけに山賊たちが持っていた山刀やその他の刃物、干し肉だとかの食料に、いくらかの貴金属までゲットです。かなりの大勝利、大収穫でした。

 ……いちおう、山賊たちが着ていた服や毛布も回収することになりましたけど、これはいっぺん丸洗いしてからでないと使う気になれませんね。個人的には、お風呂のの字も知らないような山賊たちのお古を再利用するのは非常に嫌なのですけど、そうも言ってられません。
 わたしがこの世界について知っている重要なことトップ1は、布は消耗品じゃない、です。服とか袋とかは擦り切れて駄目になるまで使い倒すものです。
 欲しがりません、ポリエステルが発明されるまでは! ……というのは義兄さんが言ってたことです。
 最初に聞いたときはちょっと馬鹿っぽいなぁと思いましたけど、今ではわたしも百二十パーセント同意見です。服、袋、布、糸……全部が全部、人類の偉大な発明です。

 そんなわけで、わたしたちは二グループに分かれました。
 ひとつはわたしと一緒に女の子を担いで先に住処の洞窟へ戻るグループです。もうひとつは義兄さんと一緒に山賊の身包みを剥ぐグループです。今回はどちらのグループにも戦士と忍者が入っている混成グループになりました。ちなみに珍しく、神官さんも義兄さんグループではなく、わたしグループだったりします。

「こっちは、あとは力仕事だけだし、風を起こすので相当頑張ってもらったからな」

 義兄さんがそう言って、神官さんをわたしのグループに入れさせたのでした。
 実際、神官さんは緑の肌を血の気の引いた青緑にさせて、ふらついています。わたしにはライターや扇風機の代用品くらいにしか思えない魔術ですが、相当に気力(魔力?)を使うものみたいです。
 わたしは正直、コスパ悪いなぁと思っちゃうのですが、神官さんの魔術がなかったら今回の燻り出し作戦は成功しなかったでしょう。要は使いようです。今回のMVPは神官さんです。
 さてさて……そんな感じでグループ分けを経たあと、わたしは戦士さんの一人に女の子を担いでもらって、住処への帰り道を歩きます。

「巫女様も担ぎますだ」

 戦士さんからそう言われたのだけど、わたしはやんわり断りました。

「わたしも歩きます。体力付けたいですし」

 だって疲れた顔の神官さんも自分の足で歩いているんですよ? いくらぐうたらなわたしでも、自分で歩かないといけない気分になっちゃいますって。

「んだすか。へば、足さ疲れたときば、すぐ言ってくだせぇだ」
「うん。そのときはよろしくです」

 お家までの帰り道は、とくになんということもありませんでした。わたしが途中でギブアップして、戦士さんにおんぶしてもらったくらいです。
 ……わたし、今回の山賊退治でなんの役にも立ってませんね。ただ抱えて連れて行かれ、負ぶわれて帰ってきただけ……文字通りのお荷物さんですね……。

「はぁ……」

 せめて女の子が目を覚ましたら精一杯、看護してあげましょう。
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