義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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1章

9-2. 襲撃 ロイド

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 有瓜が皆を奮起させてからは早かった。
 俺の命令に従うことを有瓜の口から告げてもらって戦士たち全員に約束させたら、あとは石斧や石槍といった武器を持たせて出発だ。
 ちなみに、大牙猪の肉は、蔦を編んだ縄で縛って洞窟入り口に吊しておいた。肉は熟成させたほうが美味くなるというし、洞窟入り口は風通しのいい日陰だし、半日くらい放置しておいても大丈夫だろう。いちおう留守番に小柄ゴブリン数名を残していくし、心配はあるまい。

 有瓜を連れて行くかどうかは正直、最後まで迷った。
 山賊の塒には村娘シャーリーの妹アンが捕らえられている可能性が高い。捕まってからまだ半日というところだけど、まあ……すでに手を出されているだろう。そうなると、彼女を救出した後の介護は、俺やゴブリンたちより同性である有瓜のほうが適任だ。
 でも、有瓜は今日までほとんど山歩きをしていない。ほぼ、洞窟内に引き籠もっている。せいぜいが河原と洞窟を往復するくらいだ。そんな有瓜を連れて行ったら、行軍の足が鈍る。それでアンを助けるのが遅れて、彼女がいっそう酷い目に遭ったとしたら本末転倒もいいところだ。
 やはり有瓜は置いていこうか。アンは最悪、縛って抱えて連れ帰ればいいか――。
 そう考えていたところに、神官から提案された。

「戦士に巫女様ばぁ担がせたらどうだすか?」
「……ふむ」

 俺は戦士ゴブリンたちを見やる。
 最近の彼らは、とくに体格が良くなってきている。彼らはいまが成長期だとでもいうのだろうか? まあ、その考察は置いておくとして――大牙猪を仕留めてみせた彼らの体格、膂力ならば、有瓜を負ぶって山道を往復するくらい、なんてことないだろう。

「それに、巫女様ばいらっすったら、わしらも気合いばぇりますだし」
「よし、じゃあそれで」

 というわけで、有瓜も連れて行くことにしたのだった。当人である有瓜にも異論はなかった。

「みんなが頑張るんだもん。わたしもせめて、現地で応援くらいしないとです! それに、女の子ちゃんとも早く会いたいですし……あっ、服は着たほうがいいですよね」

 ……というわけで、俺たちは数名の留守番を残しただけの、ほとんど総出で山賊の塒へと向かった。
 小柄なゴブリンたちが先導して、山中を先へ先へと進む。大柄な戦士ゴブリンたちは、視界を遮る邪魔な枝葉を力任せに振り払いながら進む。皮膚も硬くなっているようで、棘やかぎ爪のような枝に裸身を打たれても、傷を負った様子がない。
 ……筋肉を鍛えることはできると思うけれど、皮膚を鍛えることはできるのだろうか? というか、戦士連中は休むか有瓜とセックスか、という暮らしをしていたはずなのに、どうして鍛えられているのだろうか? どんなハードなセックスしてるというのか……。

「……想像したくないな」

 義理とはいえ家族の情事を想像するというのは、実際にその現場を見てしまうのとは別種の居たたまれなさがある。俺はぶるるっと頭を振って、想像しそうになった光景を思考から追い出した。
 ともかく理由は不明ながらも、戦士ゴブリンたちは俺が思っていた以上に頼れる戦士のようだった。
 ただし、繁茂する枝葉を乱暴に掻き分けながらの進行は音が立ちすぎるので、山賊の塒に近付いてからはかなりペースを落とすことになった。

 山賊たちが塒にしている洞窟近くで、先行して見張りに就かせていた連中と合流する。
 正確な時刻は分からないけれど、日は既に落ちている。
 見張りからの報告によると、山賊たちに動きはなかった。洞窟入り口で見張りに立っていた山賊が一度、洞窟内から出てきた別の山賊と交代したけれど、それだけだった。交代したという見張りも居眠りしているし、山賊どもは自分たちが襲われる可能性をまったく考えていないようだった。
 ならいっそ、見張りなんて置かなければいいのに、と思う。
 見張りが誰もいなければ、ここが山賊の塒だと分からなかったかもしれないし、すぐに分かったとしても、逆に罠を警戒して手を出さなかったかもしれない。空城の計というやつだ。
 要するに、山賊どもの襲撃を躊躇う理由はどこにもない、ということだ。

「……よし、始めよう」

 俺の合図でゴブリンたちが動き出した。

 戦士ゴブリンたちが短期間のうちに体格、筋力ともに急成長したように、雑用や食料調達に日々奔走していた小柄なゴブリンたちも急成長していた。
 小柄な体躯はそのままに、より筋肉を凝縮させるような方向性で肉体が改造されていった。さながら猫科の獣みたいに山中を音もなく走り、岩肌を飛び跳ねて、するすると木を登る。
 単純な力比べでは戦士たちに敵わないだろうが、鬼ごっこや隠れんぼの勝負だったら、戦士たちに影も踏ませないだろう。
 もはや彼らはただのではなく、と呼ぶべき手練れの集団になっていた。
 そんな忍者ゴブリンたちが茂みの中を音もなく移動し、配置に就く。そして、攻撃の第一波を放った。

 洞窟の入り口から少し離れた茂みが、ふいにザワッと盛大な葉音を立てた。

「――なんだ!?」

 眠たげにしていた山賊の見張りが、はっと目つきを鋭くして茂みを睨む。手には抜き身の山刀を構えている。
 だけど、茂みからは何も出てこない。最初の葉音がしたきり、音ひとつしない。

「……」

 見張りは警戒心と好奇心とに突き動かされたのだろう、山刀を握ったまま、じりじりとした足取りで茂みのほうへと近付いていく。そして、茂みの中に山刀を突き刺そうとしたそのとき、

「ぎゃっ!?」

 山賊は顔から茂みに突っ込んだ。背後から投げつけられた石が、山賊の後頭部を痛打したのだ。
 そして間髪入れずに茂みから飛び出した忍者ゴブリンが、握り込むようにして構えていた石包丁で、深々と頭を下げる形になった山賊の喉を掻き切った。

「がっ……っ……」

 山賊は山刀を取り落とし、両手で喉を押さえてしばらく呻いていたいたけれど、周囲から音もなく飛び出してきた忍者ゴブリンたちに止めを刺されて、叫び声を上げることなく絶命した。
 見張りが自分の血溜まりに倒れて動かなくなったのを確認して、茂みに隠れていたゴブリンが片手を挙げる。それを合図にして、離れたところに隠れて様子見していた俺は、背後で静かにしていた戦士たちを連れて洞窟前に出ていった。
 全員、喋らない。事前に決めていた通りの行動を無言で進める。完全に音もなく、とはいかなかったけれど、洞窟内から山賊が出てくることはなかった。

「……」

 俺たちは無言で、素早く、手分けして抱えてきていた葉っぱと木切れを洞窟前に積み上げる。そうして準備が整ったところで俺が頷くと、神官が頷き返した。
 神官は両手を摺り合わせながら、お経のようなものを小声で唱え始める。その合掌と読経が数秒ほど続くと、積んでいた枝葉の小山から細い煙が立ち上ってきた。
 神官が魔術で火を点けたのだ。
 火は徐々に大きさを増していき、煙は白から黒へと色を変えながら太くなっていく。
 この枝葉を燃やして出てくる煙は、目鼻にすごく染みる性質を持っている。催涙性が強い、というやつで、煮炊きするときには使わないのだけど、獣除けに便利なので普段から集めてあった。それを運んできて、燃やしているのだった。

「――よし」

 俺が小さく言って頷くと、今度は数名の戦士が進み出てきて、手にしていた襤褸布を両手で広げ、煙に向かってバサバサと扇ぎ始めた。
 戦士たちが団扇代わりにしているのは、彼らが着用している腰布だ。つまり、彼らはいま全裸だ。緑肌の大柄な連中が焚き火を囲んで、パンツを上下にはためかせている――。
 なんとも緊迫感に欠ける光景だった。

「……っと」

 俺は緩みかけた気持ちを慌てて引き締める。
 視線を横にずらせば、茂みのそばに放置されたままの、山賊の死体がある。

 そう――死体だ。
 日本にいた頃、病院のベッドで大往生した祖父の遺体を目にしたことはある。でも、他殺死体を見るのはこれが初めてだった。
 もっと言うなら、ただの他殺死体ではない。俺がゴブリンたちに命じて殺させた男の死体――俺が殺したも同然の死体だ。
 ああ……。
 いまさらながらに、殺したのだ、と実感が込み上げてくる。

「ッ……!」

 込み上げてきた吐き気を、すんでのところで飲み下す。と同時に襲ってきた、胃袋が一瞬で裏返ったみたいな気持ち悪さと、頭の血が一瞬で爪先まで落ちたような浮遊感。
 身体の内側から捲られるような生理的嫌悪感に目眩がしたけれど……それだけだった。
 心に突き刺さった嫌悪感はすぐに溶けていく。しばらくは胃が火傷したような鈍痛を感じたけれど、人を殺したのだという実感は、たったそれだけしか残らなかった。
 四十日余りのサバイバル生活は、俺の人間性を大分ゴブリン寄りにさせたようだ。
 ……だって、そうでなければ、俺が最初から酷薄な人間だったことになってしまう。そんなはずはないのだから。

「義兄さん?」

 有瓜の声で我に返った。

「あ……」
「なんか、顔色悪くないです?」
「……ああ、いや、平気だ」
「そうですか」

 有瓜はあっさり引き下がる。ここはもっと心配してくれてもいい場面なのでは? いやその前に、有瓜は全然動揺していない? ……あれか? 女性は生理があるから出血に強い、みたいな話なのか? そういうことなのか?

「……義兄さん?」

 気がついたら有瓜を凝視していた。

「ああ、悪い。何でもないんだ。大丈夫」

 まったく動じていない有瓜を問い詰めてみたい気持ちもあったけれど、いまはもっと優先すべきことの最中だ。俺は気持ちを切り替えて、ゴブリンたちのほうに意識を戻した。
 焚き火から立ち上る黒煙は、俺の目論見通り、洞窟内に流れ込んでいた。戦士ゴブリンたちが腰布で扇ぐだけでなく、神官が魔術で風を吹かせてもいたのだから、上手くいって当然だ。
 神官は、種火を熾す程度の魔術なら平気な顔でいくらでもやってくれるけど、風を起こすのは比にならないほど疲れるようで、些か青い顔をしているように見えた。元が暗緑色の肌だから、青緑色に見えた、と言うべきかもしれないが。
 ――青か青緑かなんて、至極どうでもいい。需要なのは、神官が顔色を悪くするまで頑張ってくれたということだ。

「みんな、もういいだろう」

 俺は神官の肩を叩き、戦士たちに呼びかけた。
 それを受けて、神官は合掌していた両手をだらりと下ろして、ひゅうひゅうと苦しげに息をする。
 戦士たちも両手を組んで背伸びしたり、肩をぐるりと回したりしていたが、さほど疲れている様子はなかった。肩や腕の筋肉を軽く解すと、足下に置いていた石斧や石槍、太い枝の先端を削っただけの木槍を手に手に構えた。
 俺と有瓜は邪魔にならないように下がる。当初は俺もゴブリンたちと同じところに並ぶつもりだったのだけど、有瓜の護衛をしてくれと言われて下がらされた。彼らなりに俺の身を案じてくれているのだろう。

「義兄さん……」

 有瓜が手を握ってくる。その声は珍しく強張っていたし、その手は少し汗ばんでいる。
 山賊が死ぬところを見て泣き叫んだりしなかったからといって、何も感じていないわけではないのだ。まして、これから殺し合いが始まるのだと分かっていて緊張しないほうがどうかしている。

「大丈夫だ」

 俺は有瓜の手を握り返すと、反対の手に持っている木槍をしっかりと握り直した。
 そのとき、黒煙を流し込まれた洞窟の奥から物音が聞こえてきた。どたばたした足音と、それを掻き消すほど盛大に咳き込む声だ。

「ちぐじょおぉ! んだぁごらあぁッ!!」

 罵声混じりの咳を隠すことなく張り上げながら飛び出してきた山賊が、煙の外に姿を現す。そこへ間髪入れず、戦士ゴブリンの突き出した石槍が突き刺さり、石斧が頭蓋をへこませた。

「ぐぎゃ!」

 山賊は濁声の悲鳴を上げると、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたまま固まらせて倒れた。たぶん死んだ。
 でも、その死に気を取られている暇もなく、山賊たちは煙の中から次々に飛び出してきた。
 全員、いちおう山刀を片手に握っていたけれど、煙で目と鼻をぐしゃぐしゃに濡らしていて、まともに前が見えていない。とにかく煙から逃れようと飛び出してきては、待ち構えていたゴブリンの手に掛かっていく。
 とはいえ、山賊たちも馬鹿ではないから、先行した連中の悲鳴が立て続けに聞こえてくれば、この煙が自然に起きたものではなく、敵が自分たちを燻り出すために仕組んだ罠だ――と気がつく。

「おらあぁ! ぼげぇ!!」

 濁声で喚いて、山刀を振りまわしながら飛び出してくる山賊たち。
 戦士ゴブリンらが一歩、二歩と後退りして間合いを計ると、その分だけ広がった隙間を擦り抜けて包囲を突破しようとする山賊たちも出てくる。
 だけど、それも想定の内だった。

「ぎゃっ!」「うげっ!」

 山賊たちが短く呻いて、つんのめる。
 並んで立っている戦士ゴブリンたちの隙間から潜り込んだ忍者ゴブリンたちが、手にした石包丁で山賊たちの足を斬りつけたのだ。
 切れ味の悪い石包丁ではほとんど叩くようなものだったけれど、臑や膝を硬い石で強打されるだけでも、山刀を取り落としたり、思わず蹲ってしまうくらいのダメージがあった。
 そうして山賊たちの動きが止まったところに戦士の振るう石斧が振り下ろされて、頭や肩の骨をかち割る。突き出された石槍は肩口の柔らかいところに突き刺さったり、運悪く顔を上げてしまった山賊の眼球を突き潰す。
 ほとんど即死した者もいれば、激痛にのたうちまわっているところを忍者たちの石包丁で喉を裂かれて仕留められた者もいた。
 洞窟前にはたちまち、山賊たちの死体でいっぱいなる。ひっきりなしに上がるのは、山賊たちの悲鳴と罵声と断末魔だけだ。けれど、それもけして長くは続かず、やがてぱったりと止んだ。

「これで全員……?」

 有瓜が独り言のようにささやく。

「聞いてみよう」

 俺はそう言いながら進み出ると、倒れている山賊に止めを刺そうとしていたゴブリンたちを手で制した。そして、苦痛に呻いている山賊に話しかける。

「おい、おまえの仲間はこれで全員か?」
「な……なんで、人間が妖魔とつるんでやがんだ……」
「そんなことは聞いてない。質問に答えろ」

 俺は戦争映画で観た、特殊部隊が尋問というか拷問されるシーンを真似して、無表情に言い放つ。
 それが功を奏したのか、山賊は涙と鼻水と脂汗でべっとりした顔をいっそう歪めて、俺を睨めつけてくる。

「さぁな。てめぇに教えてやることなんざ、ねぇよ!」

 ……全然、功を奏していなかった。
 俺もサバイバル生活で大分、野性味を増したつもりになっていたけれど、暴力で生きる荒くれ者に通じるほどではなかったらしい。
 シャーリーには効いていたと思うのだが、村娘と山賊を一緒にしてはいけないということか。

「……」

 俺は溜め息を吐いて立ち上がると、近くにいた戦士から石槍を受け取った。

「てめぇ、おい――」

 山賊が何か言おうとしたけれど、最後まで聞かなかった。
 石槍を構えて、突き出す。
 石槍の穂先は、俯せになって首だけで俺を見上げていた山賊の背中を貫いた。

「ぐあっ……あっ……」

 正確な位置は分からないけれど、たぶん心臓か、その近くの血管を確かに抉ったようだった。槍を引き抜いた途端、湧き水のように赤い血が溢れ出してくる。
 血の色が黒ではなく赤ということは、動脈を裂いたということか。それにしても、肋骨に邪魔されたりせずにひと突きで刺せて良かった――。
 この期に及んでどうでもいいことばかりが脳裏を過ぎっていく。
 見張りの山賊のときとは違って、他人が殺すところを見ていたのではなく、はっきりと自分の手で殺した。傷つき、倒れて動けなくなったところを刺し殺した。

「……思ったよりも平気、かな」

 煙で燻り出した山賊をゴブリンたちが作業的に仕留めていくところを見ていたからかもしれない。身構えていた分だけ拍子抜けしてしまうほど、とくに動悸を感じることもなかった。
 ちらりと有瓜のほうに目をやると、目が合って小首を傾げられた。

「いや、なんでも」
 そう言って肩を竦めてみせた俺に、有瓜は首をますます傾げるだけだった。
 少なくとも有瓜の表情に、俺への怯えや忌避は見つけられなかった。そうと分かった途端、

「――はぁ……」

 胸の内に蟠っていた塊が、深い溜め息になって抜け出ていった。
 身体が急に軽くなった。息が楽になった。どうやら俺は殺人の罪悪感より、義妹に嫌われることのほうを恐れていたみたいだ。
 俺はもしかしてシスコンなのか……?
 真面目に考えたら危険なことになりそうな疑問が鎌首を擡げたけれど、幸いなことに、その疑問を真面目に考えてしまう前に神官が話しかけてきた。

「従者様、そろそろ煙ば晴れてきますだ」
「あ、ああ……そうだな」

 俺は頷いて、留守番予定の数名を除いた全員に突入準備を促す。

「わたしも行く!」

 有瓜がいきなり挙手して、そう宣言した。
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