義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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1章

7-3. 人との遭遇 ロイド

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「だっ、誰!?」

 俺の姿を見つけるやいなや、彼女はナイフをこちらに突きつけ、怯えた目つきで睨んできた。
 誰何を受けた俺はといえば、「しまった。言葉が通じない可能性を考えてなかった。通じるみたいでよかった……!」と、冷や汗を垂らしながら安堵の息を吐いていた。
 まあ考えてみれば、いくら種族が違うとはいえ、同じ地域に住んでいる者の使う言語がまったくの別物である可能性のほうが低いだろう。黒人と白人だって、同じ土地に生まれ育てば、同じ言葉を使うのだし。せいぜいが白人英語と黒人英語、大阪弁と東北弁くらいの違いだろう――そうでないと、俺が困る。いま困る。

「やあ、初めまして。見ての通り、何も持っていないので、ナイフを下ろしてくれないかな?」

 俺は手の平を相手に見せるようにして、ゆっくりと両手を挙げた。ホールドアップのポーズだ。
 女性は警戒心も露わな顔で、ナイフの切っ先をこちらに向けたままだ。でも、俺の言葉はちゃんと通じたようで、有無を言わさず襲いかかってくるようなことはなかった。

「……あんた、誰? 答えて」
「俺は……ロイドだ。きみは?」
「……シャーリー」
「シャーリー……」
「なんだよ、あたいの名前に文句あんのかい!?」
「いや、べつに」

 下がりかけていたナイフの切っ先が再び突きつけられて、俺は諸手を挙げたまま肩を竦めた。
 少し怒らせてしまったけれど、いくつか確認できてよかった。
 俺の言葉はゴブリンだけでなく、人間相手にもちゃんと通じている。それから、シャーリーという彼女の名前に、俺の名前を聞き返してこなかったことからして、ロイドという俺の名前はこの辺の一般的な人名と比して浮いたものではないようだ。
 ……いままで「露井戸」だなんてキラキラ、いやギラギラな名前は嫌いだった。名乗れば、三人に二人は驚いた顔で聞き返されたり、笑いを堪える目で見られたりしてきた。
 でも、ここでは聞き返す必要のない一般的な名前なのだ。もし日本人的な名前だったなら、変な目で見られて聞き返されていただろう。
 なんだろう……別にどうでもいいことなのに、なんだか嬉しい。思わず口角が上がってしまった。

「なに笑ってんだよ。言いたいことがあんなら言いやがれってんだ!」

 口元の緩みに気づいた彼女――シャーリーに、歯を剥いて睨まれた。なかなか威勢のいい女性だ。猛犬注意のシールを貼ってやりたくなる。

「言いたいこと、か。じゃあ自己紹介の続きを言わせてもらおうかな」

 と前置きをして、俺は続ける。

「俺は旅人で、この山を通り抜ける途中だったんだけど、山賊に遭って荷物をほとんど盗られてしまってんだ。でもそのとき、この近くに村があるという話を聞いたことを思いだしてね。きみ、たぶんその村の住人だろ? よかったら、生活物資を少し分けてもらえないか? 鍋や剃刀なんかがあると嬉しいんだけど」

 俺は両手を挙げながら、できるだけ人畜無害そうな笑顔で話しかけてみせた。
 シャーリーは、ナイフをだらりと下ろしていた。俺の笑顔を信じて警戒を解いてくれたのか――と思ったけれど、彼女の顔に浮かんでいたのは安堵や、まして恋慕でもなく、驚愕と怒りだった。

「あんた、山賊に会ったんだね!?」
「え、ああ……うん」

 シャーリーはそれまでの警戒をかなぐり捨てて、ずかずかと俺に詰め寄ってくる。俺はその剣幕に押されて、こくこく頷いた。

「そうか。やっぱ、いやがったんだ……」

 シャーリーの顔がみるみる怒りに歪んでいく。山賊に何か恨みでもあるのか?

「アン……待ってろよ。姉ちゃんがいま、助けに行くからな……!」

 そう独語するや、シャーリーは駆け出そうとした。

「待てよ」

 俺は咄嗟に手を伸ばして、彼女の肩を掴んだ。

「なんだよ!」
「話が見えないんだけど、きみは山賊のところへ行くつもりなのか?」
「そうさ!」
「なぜ?」
「アンが――妹がやつらに攫われたからだ!」
「ああ……」

 彼女の言葉で、俺はようやく腑に落ちた。なるほど、そういう事情なら、女性がたった一人で山賊のもとへ行こうとするわけだ。
 でも、それで彼女の妹が助け出せるとは思えなかった。というかそもそも……

「ひとつ聞きたいんだけど、いいかな?」
「っんだよ?」
「シャーリー、きみは山賊の塒がどこにあるのか知っているのか?」
「うっ……」

 喉を詰まらせたシャーリーの姿に、俺はそっと嘆息した。

「きみはさっき、山賊がいるのかどうかを俺に確認した。ということは、きみは俺の話を聞くまで、山賊がいるという確証を持っていなかったということで、だから当然、山賊の塒を突き止めていたりもしない――」
「っるせえ! いちいち言うんじゃねえや! 塒なんか、探し出してやるっつんだよ!」
「かりに塒を見つけ出したとしよう。でも、きみ一人で敵うと思っているのかい? まさか、お願いしたら妹を返してもらえるとか思っているわけじゃないんだよね?」
「うっ、うっせぇ!」
「妹を盾に取られて、きみまで捕まるだけだよ」
「分かってんだよ、んなことは! けど――じゃあ、何もすんなってのかよ!?」

 シャーリーの目から大粒の涙がぼろぼろ溢れ出した。
 その泣き顔を観察しながら、俺の頭は冷静に思考を巡らせている。そして思考は、彼女を俺の代理人に仕立てるという結論を出した。

「きみが一人で行ったって、何もしないより悪い結果になるだけだ」
「っんだと――」
「だから、他の方法を採ったほうがいい」

 シャーリーの怒声を遮ると、彼女は案の定、興味を示した。

「他の方法?」
「俺が、きみの妹を助けてきてやる」
「……は?」

 シャーリーは口をぽかんと開けて、俺をまじまじ見つめてきた。
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