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1章
5. ゴブリンたちとの生活 ロイド
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済し崩し的に始まったゴブリンたちとの生活も、すでに四十日が過ぎた。
この世界の暦がどうなっているのか分からないから、一ヶ月余りが過ぎた、とは言わないでおく。
まあ、それはいい。
最初の十数日はそれまでの生活との落差が大きすぎて、文明全般に対するホームシックで泣きたくもなったけれど、戻り方が分からない以上は、こちらの生活に慣れるしかない――そう思って頑張っていれば、案外慣れていくものだった。
実際、いきなり放り込まれた魔物たちとのサバイバル生活に、俺はよく順応したほうだと思う。本当によく、順応できたと思う。主食が肉や魚から虫になっても、数日で普通に食べられるようになったなんて、昔の俺が聞いたらどんな顔をするのやら。
でも、順応の度合いで言えば、有瓜には負ける。
有瓜はいまや完全に、ゴブリンたちの女王様になっていた。もともと最初から「女神の巫女」として手厚く扱われていたけれど、それは血統書付きのペットとしてゴブリンたちに飼われているようなものだった。
それがいまは、有瓜がゴブリンたちの上に君臨していた。有瓜が命令して、ゴブリンたちを動かしていた。
実際のところ、有瓜が直接、ゴブリンたちに命令することはない。ただ、ゴブリンたちが勝手に忖度するのだ。
例えば有瓜が切なげに見える仕草で溜め息を吐きながら、こう言う。
「生で食べるの? 煮たり焼いたりした料理が食べたいな……」
するとその数分後には、ゴブリンたち火を使った料理を試し始めていた。その前日、俺が同じことを言ったときは、
「はぁ、飯ぃわざわざ燃して食うんだすか? んなことすねくども、生で食えんだぁよ」
笑いながらそう言って一蹴したというのに!
しかも、ゴブリンたちは熾した火の中に食材を直接投げ入れては黒こげにするばかりだったから、結局俺が指導して河原に石拾いへ行かせ、竈的なものを作らせた。その上に載せた平たい石が熱々になったところで、虫なり野菜なり魚なりの食材を載せて、菜箸代わりの小枝でときどき転がしながら焼くことを指導してやった。
教えたときは面倒臭そうにしていたゴブリンたちだったが、有瓜が焼けて丸くなった幼虫を頬張り、「美味しい!」と黄色い声を上げるや、ゴブリンたちまでまるで我が事のようにやんやと喝采したのだった。
この料理の一件で、「巫女のおまけ」という微妙な立場だった俺のことを、ゴブリンたちが受け入れてくれたように思える。
もっとも、有瓜が俺のことを「義兄さんはシェフだ、シェフ!」と連呼しやがったことで、一部の連中にシェフの渾名で定着してしまったことは素直に喜べなかったが。
なお、ゴブリンたち自身も、生で食べるより火を通して食べたほうが美味しいようで、有瓜曰く「白子のパイ包み」である幼虫のソテーを一度食べたゴブリンたちは、次の食事からは自分たちの分も焼いて食べるようになっていた。
さらに付け加えると、焼く以外にも、大きな葉っぱで包んだ幼虫を焚き火に放り込んで熱くしておいた石と一緒に埋めて蒸し焼きにする――という料理法を教えている。
俺もネットで見た知識として知っているだけで実際にやるのは初めてだったけれど、なかなか美味くできたと思う。石板で焼くよりも上品に火が通る感じだ。
有瓜には「虫っぽくて微妙です。焼いたほうが好みですね」と不評だったけれど、同じ方法で葉っぱに包んだ小魚を蒸してみたら、こちらは概ね好評だった。
「これで醤油と大根おろしがあったら文句なしでした」
それには俺もまったくもって同感だった。ついでに白飯があったら最高だろう。
ああ、白いご飯が食べたい。いや、この際、米でなくてもいい。炭水化物が食べたい……。
「人里に行けば小麦畑があるということは、パンが食べられるのか……というか人間、ちゃんといるんだな」
そんなことを考えていると、人間に会ってみたい欲求が込み上げてくる。ゴブリンたちは気の良い奴だけど、打ち解ければ打ち解けるほど、人間との差違が目に付いてくる。文明的な生活が恋しくなってくる。
例えば、布団で眠りたいだとか、服が欲しいだとか……そんな当たり前が恋しくなる。
俺は有瓜みたいに、とりあえずセックスしてれば満足、なんてビッチ思考ではないのだ。
布団や服の問題は有瓜だって同じだと思っていたのに、俺が草や葉っぱを敷き詰めた寝床に辟易している間、有瓜はゴブリンたちを敷き布団あるいは抱き枕にして安眠していた。
俺が洗濯中の着替えで困っているとき、有瓜は全裸でセックスに勤しんでいた。というか温暖な気候もあって、有瓜は基本、裸で過ごしている。裸で輪姦セックスして過ごしている。
有瓜は朝起きて、セックスしてから水浴びをした後に、俺や当番のゴブリンが採取して料理した昼食を食べて、セックスして、これも俺たちが作った晩飯を食べて、セックスしながら寝る――あいつはそんな爛れた生活を送っていやがる。いいご身分だよ、こん畜生め。
爛れた生活と言えば……有瓜のやつ、いつも生でヤらせているようなのだが、本当に大丈夫なんだろうか?
ゴブリンたちにも確認してみたのだけど、彼らは基本的に雄しか生まれず、他種族の牝を母体にして繁殖するのだそうだ。ざっくり言うと、他種族の女性を攫ってきて孕ませるのだ。
彼らがまるで「食料は森で採ってきます」というような感覚でこの話をしてくれたときは、彼らが人間に害を為す生き物なのだと感じてしまった。大局的な目で見れば、種族間の繁殖数を調整するために必要な生き物なのかもしれないけれど、やはり忌避を覚えずにはいられなかった。
……それとも、この世界の女性は全員、有瓜みたいな性格をしていたりするのだろうか?
それはないと思うのだけど、でもひょっとしたらもしかして……と気になって神官ゴブリンに聞いてみたら、神妙な顔で頭を振られた。
「いんやぁ、巫女様は特別でごぜぇますだ。普通の女子ぁ、わしらのこたぁ死ぬほど嫌うでがすぁ。んだから、わしらも気分ば乗らねぇけんど、群れさ維持すっためぇ、嫌々するんでがす」
「はぁ……そりゃ、お互いに災難だね」
俺は間抜けな文言しか言えなかったけれど、神官ゴブリンは気にした様子もなく、自分たちを嫌うどころか大喜びで交合ってくれる有瓜がどれだけ尊いのかを熱っぽい目つきで語ってくれた。
「……うんうん、分かった。おまえたちにとって、あいつがどれだけ重要で素晴しいのかはよく分かったよ」
「へへぇ……こりゃあ長々、語っちまいましただ」
神官は恥ずかしそうに頭を掻く。ちなみに、ゴブリンはみんな、ごつごつした禿頭だ。
「……あれ?」
俺はふと気になって、神官に質問した。
「でもそんなこと言って、おまえはあんまり有瓜としてないよな?」
有瓜のことを褒めちぎった神官だったが、俺の思い違いでなければ、彼は輪姦の輪に混ざっていないことのほうが多いように思える。おかげで話しかけやすくて助かっているのだけど、なぜだろうか?
「そりゃあ、わしゃあ従者様ぁ起きとるときば、こうすて話ば出来ますようにしとっからだす」
従者様の外出時や睡眠中に交合らせてもらってますだ、と神官ゴブリンは笑って答えてくれた。
――で、話は元に戻る。
ゴブリンが他種族女性を孕ませて繁殖しているということは、有瓜だって生でセックスしていたら、そのうちお腹が大きくなるかもしれないということだ。
今更言っても詮ないことかもしれないが、兄としては、一度くらい注意しておくべきだろう――そう思って、後日、実際に注意したのだが、有瓜は笑って一蹴してくれた。
「あ、大丈夫です」
「……まさかとは思うが、中出しさせなきゃ大丈夫、とか思ってないよな?」
「まさかぁ。そういうんじゃないんです。なぜか分かるんですよ、大丈夫だって。これも巫女の力なんですかね?」
「……さあね」
巫女の力なんて証明不能なものを持ち出されたら、肩を竦めるくらいしか出来ることはなかった。
「それよりも、義兄さん」
と、有瓜は話題を換えてきた。
なお、このときの有瓜は川で水浴び中だった。全裸である。俺の前で全裸でも全然気にしなくなったし、俺も気にしなくなってしまった。人間の尊厳から日々、遠ざかっている。
「義兄さん、義兄さん」
「だからなんだよ」
「スイーツ食べたくありません?」
「……砂糖と塩は欲しいところだな」
というか調味料全般が欲しい。それに米と小麦も。
「ですよね! わたし、服も欲しいです。最悪、布だけでもいいから欲しいです!」
話題に食いついた俺を吊り上げようと、有瓜は鼻息を強くする。
「でも、欲しい欲しい言ったって、どうにもならんだろ。木に成ってるわけじゃないんだぞ」
「分かってますよ、そんなの。わたしが言いたいのは、人間を探しましょう、ってことです」
「人間を……?」
「ですです。この世界にも人間がいるみたいなんだから、探せば村のひとつくらい見つかりますよ。ゴブさんたちも、人間は服を着て、畑を耕していると言ってましたから、そういうのを分けてもらいましょうよ」
「うん……」
俺はしばし考える。
分けてもらうのにも対価が必要だと思うが、そこはもう、きっと有瓜が身体で払ってくれることだろう。もっとも、文明の発展度合いによっては、まともな服や調味料がないかもしれないが……まあ、それは人里を見つけてから調べるしかないことだ。
「……じゃあ、ゴブリンたちに手分けして探しに行ってもらおう。おまえが頼めば、みんな喜んで協力してくれるだろ――」
そう言っている途中で、俺はちょっとした疑問に行き当たって、語尾を不自然に濁らせた。
「義兄さん?」
「有瓜……なんで、俺に話したんだ? ゴブリンたちに、探してきてくれ、って頼めばいいだけの話だよな」
俺が眉根を寄せて尋ねると、有瓜もまた眉間に皺を寄せてみせた。
「確かにゴブさんたちは、わたしが頼めば、一も二もなく頑張ってくれると思いますよ。でもね、わたしにだって分別ってものがあるんです」
「うん……?」
「確かにゴブさんたちも仲間だと思ってますけど、でも言ってしまえば現地のホストファミリーです。本当の家族じゃありません。わたしにとって、この世界で本当の家族なのは義兄さんだけなんです。だから、大事なことは義兄さんと一緒に決めたいって思ってるんですけど、これって迷惑ですか?」
「……いえ、迷惑じゃないです」
俺はぎこちなく頷いた。ぎこちなくなったのは、たぶん、照れ臭いとかが理由だ。
俺と有瓜は、血の繋がっていない義理の兄妹だ。兄妹になってから三年くらいしか経っていないし、その三年間にしたって別々に過ごした時間のほうが長いはずだ。
それなのに有瓜は、俺を本当の家族だと言った。意地悪な見方をすれば、俺の気を惹くために計算して言っただけかもしれないけれど、それでも俺は、うっかり絆されてしまった。
ビッチな義妹のくせに可愛いところあるじゃないか、と口元が緩んでしまった。
「とにかく、義兄さんがいいのなら、ゴブさんたちに探してくれるか訊いてきます」
「うん、頼んだ」
俺は鷹揚に頷いた。
人里はすぐに見つかった。というか、ゴブリンたちが最初から知っていた。
なぜなら、ゴブリンたちには他種族の女性が必要不可欠であり、そのもっとも簡単な調達先は、人間が暮らす村だ。
ゴブリンが住処を決める際の選定基準は、雨風が凌げて食糧調達が容易な環境であることはもちろんとして、適度に離れた場所に人間の村があることが大前提なのだった。
この世界の暦がどうなっているのか分からないから、一ヶ月余りが過ぎた、とは言わないでおく。
まあ、それはいい。
最初の十数日はそれまでの生活との落差が大きすぎて、文明全般に対するホームシックで泣きたくもなったけれど、戻り方が分からない以上は、こちらの生活に慣れるしかない――そう思って頑張っていれば、案外慣れていくものだった。
実際、いきなり放り込まれた魔物たちとのサバイバル生活に、俺はよく順応したほうだと思う。本当によく、順応できたと思う。主食が肉や魚から虫になっても、数日で普通に食べられるようになったなんて、昔の俺が聞いたらどんな顔をするのやら。
でも、順応の度合いで言えば、有瓜には負ける。
有瓜はいまや完全に、ゴブリンたちの女王様になっていた。もともと最初から「女神の巫女」として手厚く扱われていたけれど、それは血統書付きのペットとしてゴブリンたちに飼われているようなものだった。
それがいまは、有瓜がゴブリンたちの上に君臨していた。有瓜が命令して、ゴブリンたちを動かしていた。
実際のところ、有瓜が直接、ゴブリンたちに命令することはない。ただ、ゴブリンたちが勝手に忖度するのだ。
例えば有瓜が切なげに見える仕草で溜め息を吐きながら、こう言う。
「生で食べるの? 煮たり焼いたりした料理が食べたいな……」
するとその数分後には、ゴブリンたち火を使った料理を試し始めていた。その前日、俺が同じことを言ったときは、
「はぁ、飯ぃわざわざ燃して食うんだすか? んなことすねくども、生で食えんだぁよ」
笑いながらそう言って一蹴したというのに!
しかも、ゴブリンたちは熾した火の中に食材を直接投げ入れては黒こげにするばかりだったから、結局俺が指導して河原に石拾いへ行かせ、竈的なものを作らせた。その上に載せた平たい石が熱々になったところで、虫なり野菜なり魚なりの食材を載せて、菜箸代わりの小枝でときどき転がしながら焼くことを指導してやった。
教えたときは面倒臭そうにしていたゴブリンたちだったが、有瓜が焼けて丸くなった幼虫を頬張り、「美味しい!」と黄色い声を上げるや、ゴブリンたちまでまるで我が事のようにやんやと喝采したのだった。
この料理の一件で、「巫女のおまけ」という微妙な立場だった俺のことを、ゴブリンたちが受け入れてくれたように思える。
もっとも、有瓜が俺のことを「義兄さんはシェフだ、シェフ!」と連呼しやがったことで、一部の連中にシェフの渾名で定着してしまったことは素直に喜べなかったが。
なお、ゴブリンたち自身も、生で食べるより火を通して食べたほうが美味しいようで、有瓜曰く「白子のパイ包み」である幼虫のソテーを一度食べたゴブリンたちは、次の食事からは自分たちの分も焼いて食べるようになっていた。
さらに付け加えると、焼く以外にも、大きな葉っぱで包んだ幼虫を焚き火に放り込んで熱くしておいた石と一緒に埋めて蒸し焼きにする――という料理法を教えている。
俺もネットで見た知識として知っているだけで実際にやるのは初めてだったけれど、なかなか美味くできたと思う。石板で焼くよりも上品に火が通る感じだ。
有瓜には「虫っぽくて微妙です。焼いたほうが好みですね」と不評だったけれど、同じ方法で葉っぱに包んだ小魚を蒸してみたら、こちらは概ね好評だった。
「これで醤油と大根おろしがあったら文句なしでした」
それには俺もまったくもって同感だった。ついでに白飯があったら最高だろう。
ああ、白いご飯が食べたい。いや、この際、米でなくてもいい。炭水化物が食べたい……。
「人里に行けば小麦畑があるということは、パンが食べられるのか……というか人間、ちゃんといるんだな」
そんなことを考えていると、人間に会ってみたい欲求が込み上げてくる。ゴブリンたちは気の良い奴だけど、打ち解ければ打ち解けるほど、人間との差違が目に付いてくる。文明的な生活が恋しくなってくる。
例えば、布団で眠りたいだとか、服が欲しいだとか……そんな当たり前が恋しくなる。
俺は有瓜みたいに、とりあえずセックスしてれば満足、なんてビッチ思考ではないのだ。
布団や服の問題は有瓜だって同じだと思っていたのに、俺が草や葉っぱを敷き詰めた寝床に辟易している間、有瓜はゴブリンたちを敷き布団あるいは抱き枕にして安眠していた。
俺が洗濯中の着替えで困っているとき、有瓜は全裸でセックスに勤しんでいた。というか温暖な気候もあって、有瓜は基本、裸で過ごしている。裸で輪姦セックスして過ごしている。
有瓜は朝起きて、セックスしてから水浴びをした後に、俺や当番のゴブリンが採取して料理した昼食を食べて、セックスして、これも俺たちが作った晩飯を食べて、セックスしながら寝る――あいつはそんな爛れた生活を送っていやがる。いいご身分だよ、こん畜生め。
爛れた生活と言えば……有瓜のやつ、いつも生でヤらせているようなのだが、本当に大丈夫なんだろうか?
ゴブリンたちにも確認してみたのだけど、彼らは基本的に雄しか生まれず、他種族の牝を母体にして繁殖するのだそうだ。ざっくり言うと、他種族の女性を攫ってきて孕ませるのだ。
彼らがまるで「食料は森で採ってきます」というような感覚でこの話をしてくれたときは、彼らが人間に害を為す生き物なのだと感じてしまった。大局的な目で見れば、種族間の繁殖数を調整するために必要な生き物なのかもしれないけれど、やはり忌避を覚えずにはいられなかった。
……それとも、この世界の女性は全員、有瓜みたいな性格をしていたりするのだろうか?
それはないと思うのだけど、でもひょっとしたらもしかして……と気になって神官ゴブリンに聞いてみたら、神妙な顔で頭を振られた。
「いんやぁ、巫女様は特別でごぜぇますだ。普通の女子ぁ、わしらのこたぁ死ぬほど嫌うでがすぁ。んだから、わしらも気分ば乗らねぇけんど、群れさ維持すっためぇ、嫌々するんでがす」
「はぁ……そりゃ、お互いに災難だね」
俺は間抜けな文言しか言えなかったけれど、神官ゴブリンは気にした様子もなく、自分たちを嫌うどころか大喜びで交合ってくれる有瓜がどれだけ尊いのかを熱っぽい目つきで語ってくれた。
「……うんうん、分かった。おまえたちにとって、あいつがどれだけ重要で素晴しいのかはよく分かったよ」
「へへぇ……こりゃあ長々、語っちまいましただ」
神官は恥ずかしそうに頭を掻く。ちなみに、ゴブリンはみんな、ごつごつした禿頭だ。
「……あれ?」
俺はふと気になって、神官に質問した。
「でもそんなこと言って、おまえはあんまり有瓜としてないよな?」
有瓜のことを褒めちぎった神官だったが、俺の思い違いでなければ、彼は輪姦の輪に混ざっていないことのほうが多いように思える。おかげで話しかけやすくて助かっているのだけど、なぜだろうか?
「そりゃあ、わしゃあ従者様ぁ起きとるときば、こうすて話ば出来ますようにしとっからだす」
従者様の外出時や睡眠中に交合らせてもらってますだ、と神官ゴブリンは笑って答えてくれた。
――で、話は元に戻る。
ゴブリンが他種族女性を孕ませて繁殖しているということは、有瓜だって生でセックスしていたら、そのうちお腹が大きくなるかもしれないということだ。
今更言っても詮ないことかもしれないが、兄としては、一度くらい注意しておくべきだろう――そう思って、後日、実際に注意したのだが、有瓜は笑って一蹴してくれた。
「あ、大丈夫です」
「……まさかとは思うが、中出しさせなきゃ大丈夫、とか思ってないよな?」
「まさかぁ。そういうんじゃないんです。なぜか分かるんですよ、大丈夫だって。これも巫女の力なんですかね?」
「……さあね」
巫女の力なんて証明不能なものを持ち出されたら、肩を竦めるくらいしか出来ることはなかった。
「それよりも、義兄さん」
と、有瓜は話題を換えてきた。
なお、このときの有瓜は川で水浴び中だった。全裸である。俺の前で全裸でも全然気にしなくなったし、俺も気にしなくなってしまった。人間の尊厳から日々、遠ざかっている。
「義兄さん、義兄さん」
「だからなんだよ」
「スイーツ食べたくありません?」
「……砂糖と塩は欲しいところだな」
というか調味料全般が欲しい。それに米と小麦も。
「ですよね! わたし、服も欲しいです。最悪、布だけでもいいから欲しいです!」
話題に食いついた俺を吊り上げようと、有瓜は鼻息を強くする。
「でも、欲しい欲しい言ったって、どうにもならんだろ。木に成ってるわけじゃないんだぞ」
「分かってますよ、そんなの。わたしが言いたいのは、人間を探しましょう、ってことです」
「人間を……?」
「ですです。この世界にも人間がいるみたいなんだから、探せば村のひとつくらい見つかりますよ。ゴブさんたちも、人間は服を着て、畑を耕していると言ってましたから、そういうのを分けてもらいましょうよ」
「うん……」
俺はしばし考える。
分けてもらうのにも対価が必要だと思うが、そこはもう、きっと有瓜が身体で払ってくれることだろう。もっとも、文明の発展度合いによっては、まともな服や調味料がないかもしれないが……まあ、それは人里を見つけてから調べるしかないことだ。
「……じゃあ、ゴブリンたちに手分けして探しに行ってもらおう。おまえが頼めば、みんな喜んで協力してくれるだろ――」
そう言っている途中で、俺はちょっとした疑問に行き当たって、語尾を不自然に濁らせた。
「義兄さん?」
「有瓜……なんで、俺に話したんだ? ゴブリンたちに、探してきてくれ、って頼めばいいだけの話だよな」
俺が眉根を寄せて尋ねると、有瓜もまた眉間に皺を寄せてみせた。
「確かにゴブさんたちは、わたしが頼めば、一も二もなく頑張ってくれると思いますよ。でもね、わたしにだって分別ってものがあるんです」
「うん……?」
「確かにゴブさんたちも仲間だと思ってますけど、でも言ってしまえば現地のホストファミリーです。本当の家族じゃありません。わたしにとって、この世界で本当の家族なのは義兄さんだけなんです。だから、大事なことは義兄さんと一緒に決めたいって思ってるんですけど、これって迷惑ですか?」
「……いえ、迷惑じゃないです」
俺はぎこちなく頷いた。ぎこちなくなったのは、たぶん、照れ臭いとかが理由だ。
俺と有瓜は、血の繋がっていない義理の兄妹だ。兄妹になってから三年くらいしか経っていないし、その三年間にしたって別々に過ごした時間のほうが長いはずだ。
それなのに有瓜は、俺を本当の家族だと言った。意地悪な見方をすれば、俺の気を惹くために計算して言っただけかもしれないけれど、それでも俺は、うっかり絆されてしまった。
ビッチな義妹のくせに可愛いところあるじゃないか、と口元が緩んでしまった。
「とにかく、義兄さんがいいのなら、ゴブさんたちに探してくれるか訊いてきます」
「うん、頼んだ」
俺は鷹揚に頷いた。
人里はすぐに見つかった。というか、ゴブリンたちが最初から知っていた。
なぜなら、ゴブリンたちには他種族の女性が必要不可欠であり、そのもっとも簡単な調達先は、人間が暮らす村だ。
ゴブリンが住処を決める際の選定基準は、雨風が凌げて食糧調達が容易な環境であることはもちろんとして、適度に離れた場所に人間の村があることが大前提なのだった。
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