義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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1章

3-2. 歓迎の宴 ロイド

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 ……というわけで、有瓜は冒頭の状態になったのだ。

 義妹が大喜びで輪姦されている姿を、俺はぼんやり眺めていた。
 俺を拘束していたゴブリンたちも、いつの間にかそっちのほうに混ざっていて、俺は自由の身になっていたけれど、止めに行く来も起きなかった。

「にゅふ……にゅっふふふ……♥」

 有瓜はとうとう、変な口調で笑い始めている。これはさすがにドクターストップか。
 俺は立ち上がって、ゴブリンの集っている中から有瓜を引っ張り出しにいこうとした。

 ……炭鉱夫みたいな厳つい体格をしたゴブリンたちの間に飛び込もうだなんて、俺はよく思えたものだ。もし本当に実行していたら、軽く脱臼くらいしていたかもしれない。でも、立ち上がってすぐに、俺は背後から肩を掴まれ、引き留められた。
 振り返ると、俺を引き留めたのはポンチョのゴブリンだった。俺と有瓜に、まっさきに話しかけてきた奴だ。

「おまえはあっちに参加してなかったのか」

 俺をぽろっと気持ちをそのまま口にした。
 俺の両腕を抱えていた奴らも、いそいそとあっちの輪姦祭りに混ざりにいっていたから、未だに俺のことに注意を向けている奴が残っていたのは素直に意外だった。
 ポンチョのゴブリンがざらついた唇を動かし、話しかけてくる。

「奴らはいま興奮しきっておりますゆえ、従者様は近付かないほうがいいですだ」

 ……って、

「言葉が分かる!?」

 俺、いま、こいつの言葉を理解した……? 最初のときは、言葉のようにも聞こえる唸り声にしか聞こえなかったのに、いまのは明瞭に言葉として聞き取れた。

「……もう一回、言ってくれ……ますか?」

 俺は恐る恐る聞き返す。

「へぇ、言葉でごぜぇますか?」

 やはりゴブリンは言葉を喋っていた。少々訛っているけれど、聞き取るのに支障はない。
 でも、なぜ? さっき聞き取れなかった言葉が、なぜいま、急に聞き取れる? さっきといまとの違いはなんだ?
 ……俺自身が何かした覚えがない以上、相手のほうが何かしたということか?

「ええと……何かしたんですか?」

 すごく曖昧な聞き方になってしまった。
 それでも、実際に相手が何かしたことで言葉が伝わるようになったのだとしたら、この言い方でも伝わるだろうと思ったのだが、案に相違して、ポンチョのゴブリンは怪訝そうに首を傾げた。
 些細なことだけど、言葉が通じた途端、しわくちゃの特殊メイクにしか見えなかったゴブリンの顔に表情が見えるようになった気がする。
 野蛮人を意味する英語「バーバリアン」の語源は「言葉の通じない者」を意味する単語だったというけれど、それがよく実感できた。言葉が通じただけで、こいつらが友好的な相手かもしれない、という思いが一気に強くなった。そう思うことで自分を安心させたかったのかもしれないが。

「あのぉ、わし、なんぞ粗相ばしちまっただすか……?」
「いや、何もしてないならいいんだ」

 不安げなゴブリンを安心させようと思ったら、自然と笑顔になった。言葉遣いも砕けたものになったのは、相手のほうが謙っているからだ。
 言葉が通じるようになったというのは、相手の言葉遣いから、相手と自分の立ち位置を推し量ることができるようになったということでもある。
 もっとも、ポンチョのゴブリンが俺たちに対して謙っているのは、最初に土下座されたときから予想していたわけだが。

「でも、あなたが何もしていないのなら、どうして言葉が急に分かったのか……」
「巫女様のお力ぁなんじゃねぇんだすか?」
「巫女様?」

 半分くらい独り言のつもりだった言葉に返ってきたのは、新しい語句だった。

「巫女様とはなんですか?」

 ――そう聞き返してから、しまった、と思った。
 言葉が通じたことでうっかり気を許しかけたけれど、こいつはまだ味方と決まったわけではないのだ。いまだって、下手に出ているように見せかけて、俺に探りを入れたのかもしれない。
 少なくとも現状を把握するまでは、俺は自分が何も知らないことを隠しておくべきだろう。

「ああ――いや、そうか、そうだな。巫女の力かもしれないな」
「えぇ、そう思ぇますだ」
「うん」

 ……ちょっと判断ミスしたかもしれない。
 これだと、知りたいことが全く分からない。いまからでも、「巫女って何? 巫女の力って何?」と聞き直そうか。
 内心でかなり動揺していたのだが、幸いにも取り越し苦労に終わった。ゴブリンのほうから巫女の話を続けてくれたからだった。

「んだども、さすがぁ女神の巫女様ですだな。わしらぁ巫女様と交合っちょるだけで、従者様ば、わしらぁ言葉を分かるようばなるたぁ、いやいや、さすがだすなぁ」
「……ああ、そうだな」

 なるほど、そういうことか。
 というのはという意味の言葉だったから、巫女というのは有瓜のことだ。で、巫女が有瓜なら、従者というのは俺だろう。
 つまり、俺が急にゴブリンの言葉を理解できるようになったのは、有瓜がそこでゴブリンたちと輪姦を満喫しているおかげだ――ということなのか?
 ……非常に複雑な気持ちだ。
 言葉が理解できるようになったおかげで、ずっと感じていたストレスが一気に減った。そこは素直に嬉しい。でも、だからといって、感謝できるか?

「ありがとう、有瓜。きみが色んな疑問を一切合切かなぐり捨ててセックス満喫してくれてるおかげで助かったよ」

 ――とでも言えばいいのか? うぅん……やっぱり釈然としない。
 まあいいか、感謝するかを考えるのはひとまず保留で。それよりもいまは、ポンチョのゴブリンからもっと情報を引き出すことを考えよう。そのほうが大事だ。

「そういえば、まだお互いに名乗り合ってなかったな。俺は……飛鳥咲ひとりざき露井戸ろいどだ。ロイドでいい。あっちで喘いでいる有瓜の兄だ。」

 名乗る前に躊躇ったのは、キラキラした自分の名前があまり好きじゃないからだが――いまは関係ない。

「ははぁ、ロイド様ですだな。して、巫女様ば、アルカ様ぁ言いますだか」

 ゴブリンは神妙に頷いている。いまの発言で有瓜が巫女だと確定した。その次はこいつの名前を教えてもらおうと思ったのだけど、ゴブリンはなかなか名乗ろうとしなかった。
 とうとう、俺のほうが根負けしてしまった。

「それで、あなたの名前を聞いておきたいんだけど。ほら、呼び方が分からないと、何かと不便だろ」
「ははぁ……」

 しかし、ゴブリンは困った様子で眉根を寄せる……ああ、ちょっと違った。よくよく見ると、彼に眉毛はなかった。人間なら眉のある辺りの皮膚が、庇のように盛り上がっているだけだった。
 眉毛の有無はいいとして、ゴブリンはとにかく困った顔をしている。

「名前でごぜぇますだか……」
「……名前、ないのか?」
「へぇ」

 ゴブリンは申し訳なさそうに頷いた。

「そうなのか……じゃあ、あなたたちは普段、相手を名前で呼んだりしないのか? 不便じゃないのか?」

 そうした疑問をいくつか重ねて結果、分かったことは、ゴブリンたちが個々人を区別していないことだった。「そいつ」や「おまえ」みたいな指示代名詞はあるけれど、個人名にかぎらず、地名や時刻、曜日といった固有名詞全般がほとんど存在しないらしい。
 ゴブリンたちは個人意識が非常に薄く、自分たちのことを集団単位でひとつの個体とみなしているようだった。各々に役割分担はあっても、そこに優劣や地位の差などはないように思われた。
 例えば、俺にこうした情報を聞かせてくれたポンチョのゴブリンは突然変異種とも言える、ゴブリンの中では例外的に貧相な体格と知性的な頭脳を持って生まれてきたことで指導者的な役割を与えられてきたけれど、それはあくまでもであって、地位や権力は付随しないみたいだった。

 ふむ……個人の概念が生まれる前の文化形態というべきなのか。神や信仰の概念があるようだけど、文字がないそうだから、石器時代とか縄文時代くらいか。でも、人間の場合は、その時代にだって指導者の地位や権力があったと思うから、こいつらの文明レベルはもっと下方に見るべきか――いや、単に人間よりも平等な集団を作る習性の生物だ、と見るほうが正しいのか――。
 もし俺が文化人類学とか民俗学とかの研究者だったら、もっと深い考察に興じていたことだろう。でも、俺はただの学生だ。差し当たっての興味は、いま話しているポンチョのゴブリンにどんな呼び名を付けようか、だ。

 ……とはいえ、名前か。名前ねぇ。
 俺自身が自分のキラキラな名前に思うところがある分、当人が嫌になる名前は付けたくない。なるべく周囲から浮かない名前にしたいのだけど、そもそも彼らには名前がない。比較や参考の対象がないと、かえって決められなかった。

「あのぉ、従者様ば何さ考えなすってんだすか?」

 いつの間にか沈思黙考していた俺に、当の本人がおずおず訊いてきた。

「ああ、呼びやすいように名前を付けようと思ったんだけど、さっぱり思いつかなくて」

 そう口に出してみると、我ながらおこがましいことを考えたものだ、と自嘲せざるをえなかった。
 頼まれもしていないのに、初対面の相手に名前を付けようとは! というかそれ以前に、俺はこの先も彼の名前を呼んで会話するほど交流を持つつもりでいるのか?

 彼らへの疑心を思い出した途端、ここが松明の明りしかない暗所だということを思い出す。それに、無意識に無視していた饐えた体臭も鼻を突いてくる。そして極めつけは、いま普通に会話している相手が醜悪な顔をした怪物だということだ。
 有瓜を見捨てていけない以上、いまは堪えるとして、有瓜が自由になったら、すぐさま逃げ出すべきじゃないのか? 女神や巫女のことをもっと聞きたいとも思うけれど、それは人里まで逃げてからでいいのではないか?

 ――思考が再び、千々に乱れる。というより、いままでのほうが現実逃避した思考の中にいたのだと悟る。いま感じている恐怖、焦燥のほうが正常な反応なのだ。
 冷や汗がどっと吹き出してきた。半袖ワイシャツの背中と腋がべったり濡れる。
 そうやって緊張に見舞われていた俺に、目の前のゴブリンが窺うように話しかけてきた。

「あのぉ、わしの呼び方ば、神官でええですだよ。神官の役目ば、わししかおらんですだで」
「え……あ、ああ、呼び方か」
「はて? わしぃ呼び方ば、悩んどったと違いますだかね?」
「いや、違ってない。悩んでました、助かった。神官ですね、神官。分かった、了解です」

 俺が中途半端な敬語混じりに返事をすると、

「ははぁ、勿体ねぇお言葉だす」

 ポンチョのゴブリン――神官ゴブリンは恭しく跪き、例の両手を投げ出した土下座をするのだった。

      ●      ●      ●

「はっ♥ はひっ♥ ひっ……ひぎゅ♥ またぁ、ぁ、イきゅううぅッ♥」

 ……俺と神官ゴブリンが話している間、有瓜はずっと輪姦されていた。
 圏外だったので電池節約のためにスマホを切っていたから、空の見えないこの場所で正確な時間経過は分からない。でもたぶん、優に三時間以上はヤっていたのではなかろうか。
 有瓜たちのほうが終わるのを待たずに、俺は心身の疲れから睡魔に抗いきれず、松明の近くで蹲って寝入ってしまった。明るくて眠れない、などということはなく、寝るのに丁度良い暖かさだった。

 ――こうして、俺と有瓜の異世界生活一日目が終わったのだった。
 でも、このときはまだ、ここが異世界だとは確信していなかった。ゴブリンは明らかに地球外生命体だけど、なまじ意思疎通が図れただけに、仲間意識が芽生えてしまったせいだ。
 ここが本当に異世界なのだと確信するのは、もう少し経ってからのことになるのだった。
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