義妹ビッチと異世界召喚

Merle

文字の大きさ
上 下
2 / 150
1章

1. この世との別れ ロイド

しおりを挟む
 そもそも、俺は無関係のはずだった。
 あいつが標的にしたのは俺ではなくて、俺の義妹、飛鳥咲有瓜ひとりざき あるかのほうだった。
 俺と有瓜の中学卒業に合わせて親同士が再婚してから、まだ三ヶ月くらいしか経っていない。親同士の付き合いはもっと前からあったから、俺と有瓜もその縁で、もっと前から互いのことを知っていた。

 ……ぶっちゃけ、知りすぎていた。

 というかもっと具体的に言うのなら、有瓜が夜の路地裏で知らない大人とヤっているところを偶然目撃してしまって以来、有瓜のほうがすっかり明け透けになってしまって、知りたくもないことを山ほど知らされてしまった。無理難題を押しつけられたりもした。
 想像してもらえるだろうか?
 高校受験の勉強しているときに、近日妹になる見込みの同い年女子から「大学生のセフレとお泊まりするから、アリバイ作り、よろしくです!」とラインされたときの気持ちを。

 俺にはあっさり本性がばれた有瓜だが、両親の前や学校の中では完璧な猫を被っていた。……まあ、一部の教師は身体で籠絡していたらしい。

「おかげで卒業、進学できました♥」

 詳しくは聞かなかった。有瓜は聞かせてこようとしたけれど、断固拒否した。聞いてしまったら受験勉強が馬鹿らしくなると思ったからだし、その判断は正しかったと、いまでも思っている。
 そんな同い年のビッチが俺の義妹になって三ヶ月と少し。学期末のテストには少々の間がある、梅雨真っ直中の放課後――俺は


 というものがこの世に実在するのかどうか、いまになって思い返してみても確信は持てない。
 あのとき、俺と有瓜の身体を飲み込んだ真っ黒な洞が、本当に呪いというものだったのかは分からない。
 俺と有瓜は違う学校に通っているし、向こうは帰宅部で俺は卓球部だから、普段は下校途中で一緒になることがない。でも、あの日は朝からずっと雨が降りしきっていて、卓球部の練習が早仕舞いだった(室内スポーツなのに何故そうだったのかは察してほしい)ことと、有瓜が普通の女子高生みたいに教室で友達と少し駄弁ってから下校したことで、たまたま一緒になったのだ。
 そして、そこに現れたのが有瓜のストーカーだった。

「有瓜ちゃん、そいつ誰!?」

 真っ黄色のフード付きレインコートを着た、小太りな少年。たぶん俺や有瓜と同い年くらいだ。まあ、そいつの歳はどうでもいい。重要なのは、そいつが明らかにストーカーで、レインコートの内側から凶器を取り出そうとしていることだった。――結局、それは銃でも刃物でもなく、本だったのだが。
 文庫サイズだったけれど、黒革と金細工で装丁された高価そうな本だ。
 てっきり刃物が出てくると思っていた俺は拍子抜けしながら、こんな雨の日に取り出したら駄目になってしまうぞ、と呆れたものだった。

 ストーカーは俺と有瓜が唖然としていることに気づいて、不敵に笑った。

「ふ、ふふっ……有瓜ちゃんは本当に、あいつらが言ってた通りの、び、ビッチだった……う、裏切りだ。僕の気持ちに対する裏切りだ! 許さないんだからな。おまえらまとめて、呪い殺してやる……ひっ、ひひっ!」

 ――あのときのストーカーがどこまで本気でその言葉を言っていたのか、いまとなっては確認する術もない。
 ただ、確かに起きたこととして、ストーカーが開いた本に目を落としながら動物の断末魔みたいな声を張り上げた数秒後、俺たちと彼との間の空間に、真っ黒な洞がぽっかりと口を上げたことだけは、はっきりと憶えている。

「きゃっ……なに!?」

 有瓜が俺の腕にしがみついてくる。

「分からない……」

 俺にだって分かるわけがない。有瓜にしがみつかれたまま、一歩後退りしながら呻く。
 ストーカーはそんな俺たちと、真っ黒な洞とを見ながら、気が狂ったような叫声をなおも上げている。その叫声に押されるように、真っ黒な洞は空中を滑るようにして俺たちのほうに近付いてきた。

「やだっ」

 有瓜がますます必死に、俺にしがみつく。

「馬鹿、離れろ。これじゃ逃げら――」

 逃げられないだろ、と最後まで言い終わるのを待たず、急加速した洞が、俺と有瓜にぶつかった。

「ほっ、本当に消えた……これでマジで魔導書――ひいぃ!!」

 最後に聞こえたのは、ストーカー野郎の裏返った悲鳴だった。
 魔導書っておまえ、そんな不気味で悪趣味なものをどこで手に入れたんだよ。というか自分で悲鳴を上げるくらいなら、そんなもの持ってくるなよ……。
 そんな思考を最後に、俺たちはたぶん、この世から消えた。

      ●     ●     ●

 ……ここはどこだ?

 目が覚めたとき、まず思ったことが、それだ……いや違った。「あれ、死んでない?」と疑問に思ったのが先だった。
 とにかく、俺は目を覚ました。

「どこだ、ここは……」

 敢えて言葉にして言ったのは、自分が話せる状態にあるのかを知りたかったからでもある。
 自分の声を自分で聞いて、それから両手を見る。さらに肩をゆっくり回して、ゆっくりと立ち上がり、これまたゆっくりと深呼吸した。

 ……うん、落ち着いた。

 いや、全然落ち着いていない。でも、落ち着いたつもりになって状況確認しよう。しないと不味いかもしれないし。
 俺は辺りを見回す。そうする前から感じ取れていたこともあるけれど、改めて確認する。
 辺りは夜のように暗かった。空気の入れ換えをしたことがないサウナみたいに、饐えた匂いがする。サウナと違うのは、空気がひんやりしていることだ。ときおり生温い微風が漂ってくるから、密閉空間ではないようだ。
 倒れていた足下を撫でてみると、硬くて真っ平らだ。明らかに人の手が入っている。

「ということは……どういうことだ?」

 べつに答えを期待しての呟きではなかったけれど、そのとき隣から人の声がした。

「うぅん……」
「有瓜?」

 呻き声の主は、俺と一緒に真っ黒な洞の餌食となった義妹だった。声がしたほうを見ると、少しずつ目が慣れてきたおかげもあってか、俺のすぐ隣に倒れている義妹の姿がうっすら見つけられた。

「……義兄さん? そこにいるの?」
「ああ。いるぞ」

 俺はそろそろと手を伸ばして、有瓜に触れた。

「ひゃう! どこ触ってるんですか!?」
「知らないよ。見えてないんだから」
「本当に見えてないんだったら、なんで的確にこういうとこ触ってこられるんですか?」
「だから、知らないよ。というか、こういうとこって、どういうとこだよ!」
「セクハラですか? 兄妹でもアウトですよ?」
「うっせー、ビッチ」
「はいはい」

 ……などという、いつものやり取り。いや、いつも以上にわざとらしくを演じるようなやり取り。
 有瓜がそんな会話を振ってきたのも、俺がその会話に乗ったのも、少しでも油断したら押し寄せてくるに違いない混乱を振り払うためだった。

 だが、その努力は無為に終わった。俺が気づいてしまったからだ。
 さっきから感じていた生温い微風の正体が、俺たちの周りを取り囲んでいる連中が発している無数の息遣いだったということに。
しおりを挟む
こちらのサイトにも色々置いてます。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――

金斬 児狐
ファンタジー
 ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。  しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。  しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。  ◆ ◆ ◆  今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。  あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。  不定期更新、更新遅進です。  話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。    ※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

処理中です...