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5章
74-3. 王の使者 ロイド
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レーベン国王の私的な使者、ビノ・ボルドは語った。
曰く――レーベン王はルピスがここに逃れてきて、俺たちに庇護下に入ったことを、どうしてか既に知っていた。しかし、彼の王は俺たちに、ルピスの身柄を引き渡せ、と要求するためにビノを遣わしたわけではないという。
では何が目的なのかと言うと――端的に言ってしまうなら、仲直りしましょ、だった。
「我が主君は、妹君で在らせられるルピス殿下に危害を加えるつもりはもうございません。なにせ、ルピス殿下は本当に竜と邂逅して認められた、本物の竜の巫女で在らせられますからな」
「……ふぅん」
確かにルピスは、あの眠りドラゴンと邂逅した……と言えなくもない。寝ながら大欠伸した竜の前で腰を抜かしただけで、言葉を交わしたわけでもないどころか、たぶん竜のほうは会ったことすら覚えちゃいないと思うが――それを最大限に修飾してやれば、邂逅したという言い方をしても差し支えなかろう。
でも、それを知っているのはどうしてだ? どこかから見ていたのか? ……あ、ただの当てずっぽうという線もあるか。というか、そういうことにしたほうが都合がいいので、というだけかも。
「ルピスはもう、俺たちの身内だ。身内に手を出されたら、怒りもするだろうな。竜の巫女やら従者やらの呼び名に相応しい怒り方で、な」
きっとレーベン王はそれを危惧しているから、ルピスの行方をここまでしっかり把握しておきながら、捕縛や暗殺という手段に及ぶのを諦めて、仲直りしましょ、と掌返しすることにしたのだろう。
「おお……これは何やら、従者殿は大変な勘違いをされておられるご様子。我が主君は、妹君がお仕えすべき竜の御下に侍ることがようやく叶ったことを大変お喜びになっておられます。叶うならば御自ら祝辞を述べたいとも仰せでございました」
――それからビノが立て板に水の長広舌で語ったことを要約すれば、「こちらはルピスが竜の巫女であると認めてやる。だから、そちらも竜の巫女と従者の立場から、私のことをレーベン王として認めよ」という内容だ。
ルピスがもはやレーベン王家の子女ではなく、正式に竜の巫女となって、謂わば修道院送りになったようなものであり、従って王位継承権も失われたのだということを国内に広く周知する。同時に、そのような身分となったルピス自身が、その身分の者として、レーベン王の即位を言祝ぐ。そうすることで自身に王位への未練がないことを示し、国内の不穏分子がルピスを担ぐことがないように予防する――とまあ、そういったような効能を見越しての提案だった。
ルピスを迎え入れると決めた以上、これは受けてもいい提案だと俺は考える。というか、この提案を蹴った場合、目の前で慇懃に跪いているビノは、メッセンジャーからアサシンに早替りするような気がする。それは想像が飛躍しすぎかもしれないけれど、この男がさり気なくアピールしてきた諜報能力が怖い。
ビノは俺たちに気づかれることなく、外には出していないつもりだった情報を素っ破抜いていた。その手段や経路が分からない以上、そのルートを使って本当に暗殺者が送り込まれてくるんじゃないかという怖さだ。
相手の手札が分からないのに、こちらだけ手札を覗かれているようで気持ちが悪い。
まあ、もし本当に暗殺が可能だとしても、初手でその札を切らずに、こちらにはこれだけの諜報能力があるのだぞ、と遠回しな見せ札として使ってきたからには、こちらに提案を呑ませるためのちょっとした威圧くらいの意味しかないのでは……とも思う。
……あ、そうか。向こうが威圧してきているのではなく、こちらの威圧に対する、せめてもの反撃なのかも。
俺たちの背後には竜がいる――少なくともレーベン王はそう考えている。ならば、俺たちの仲間になったルピスを暗殺したりすれば竜に報復される、と考えるのが自然だ。だから、暗殺なんて札が切れるわけがない。できるのは精々、こちらにだってそちらの内部に入り込む手段があるのだぞ、と示威することくらいだったというわけだ。
まあ、だいたい全部、俺の予想だが。
「そうかい、祝辞ね。気持ちはありがたく受け取った、とお伝えしておいてくれ」
「いえ、そのお言葉はどうか、従者殿の口から我が君にお伝え下され」
「……うん?」
眉根を寄せた俺に、ビノはテノールの美声で朗々と語った。
レーベン国王に即位したアードラー新王は、俺とルピスに王城まで赴いて、大勢の臣下らが見守る中で直に即位を言祝ぐことを求めてきた。
まあ、納得の要求だ。「竜の従者と巫女から祝電をいただきましたよ」と新王側が宣伝したところで、誰も本気では受け取らないだろう。ルピス本人が行くしかないわけだ……って、いや待て。ルピスが直接出向いても、彼女が確かに竜の巫女だという証拠を群衆に提示できなければ駄目なのでは?
――そのあたりをどうする腹積もりなのかとビノに尋ねてみたら、表情筋をあまり動かさない微笑を返された。
「将に、そこでございます。ルピス殿下――いやさ、ルピス殿が正真正銘の巫女であると万民に示せる証拠がございますれば良いのですが、従者殿のほうでご用意を願えましょうか?」
「えぇ……」
そこをこっちに丸投げかよぉ、と素で呻いてしまった。
「畏れ多いことではございますが、竜の牙なり鱗なりを下賜していただきますれば重畳なのでございますが」
あ、丸投げではなかった。
……いやでも、どうだ? あの寝坊助ドラゴンから鱗を剥がせるか? 牙を引っこ抜くのは、さすがに無理だろ。
「ふむ……難しくございましたか」
俺の表情を見て取ったビノが、僅かに揺らした太い眉毛に落胆を表す。
「検討はしてみるが確約はできない、ってところ――あ」
俺は肩を竦めてそう言ったところで、ふと思いついた。
「牙や鱗じゃないけど、薬なんてどうだ? 不老長寿の妙薬とまではたぶんいかないけれど、わりと大きめの怪我でも治せるぞ。これもたぶんだけど、飲んだらちょっとした病気にも効きそうだし」
「おおっ! ルピス殿の火傷を治療した、あの霊薬ですな!」
「……」
なんでそこまで知っているんだよ、いや本当にさぁ――と反射的に問い質したくなったけれど、理性を利かせて我慢した。問い詰めても教えてくれるわけがないし、むしろ逆に会話マウントを取られるだけだ。こういうときこそポーカーフェイスで、そんな牽制全然効いてませんけど、と無言で示してみせるのだ。
「うん、その霊薬だ。その霊薬は竜の涎なんだ」
「なんと!」
「なので、持って行かせればルピスが正真正銘竜の巫女だという証明になるだろ?」
「勿論にございます!」
ビノは大きく頷いた。その顔を見て、俺は少し驚く。これまで、どうやってか色々とこちらのことを知っていたビノが、「ユタカ軟膏は竜の涎だ」という俺の嘘八百に本気で驚いているように見えたからだ。
ユタカ軟膏のことは把握していたが、その原料については情報収集していなかったのか……ちょっと意外だな。まあ、縦しんば原料が竜由来じゃないとバレていても群衆を騙せればいいわけだし、問題なかろうとは思っていたけれど。
「しかし、竜の涎というのは少々押し出しがよろしくありませんな……ふむ、竜涎膏と名付けてはいかがでございましょう?」
「むっ、いいネーミングだ。採用」
ということで、ユタカ軟膏は商品名・竜涎膏に決定された。
「では、僭越ながら某めが従者殿、ルピス殿をレーベン王城へと案内する道連れとなりましょうぞ」
「……うん? いや、待って。俺も行くのか?」
「は、そのようにお話させていただいておったつもりでございましたが……」
「ルピスだけ連れて行くのかと思っていた……けど、それはそれで危険か」
道中もだけど城中だって安全とは言い難いわけだし。かといって、ゴブリンたちから護衛を出すのも、それはそれで問題があろう。となると、俺かラヴィニエが適任となるが……竜の従者という肩書のほうがこの場合は適しているか。それにラヴィニエはいちおう、隣国ファルケンの元騎士だったわけだし、政治的な勘ぐりをされたら面倒だ。
でも、これって俺たちの得にはならないんだよなぁ。レーベンの新王様に恩を売っても、そのお代として貰えるものがないとなぁ。
――そんなことを漫然と考えていたときだった。
「従者殿は元の世界に帰ることができるのでございましょうか?」
唐突にそう言ったビノは、表情の分かりにくい大きな眼で俺の反応をじっと窺ってくる。
俺はどんな顔をしていただろうか? ビノの言葉が耳に入ってから脳が理解するまで、何秒かかっただろうか?
「……どういう意味だ?」
俺の口は独りでにそう言葉を発していた。それが自分の声だと理解するのに、またしても何秒かかかった。すぐに分からないくらい、自分のものとは思えないほど低く、軋むような声だったから。
ビノは俺の反応に笑みも何も返さないまま、言葉を重ねていく。
「我が国には文豪が残した図書館があることを、従者殿はご存知でございましたな。そこには古今汎ゆる知識が蓄えられていると自負しております。彼の図書館は将に我が国の、いやさ人類の宝でありましょう。無論、管理は厳重でございますとも。図書館内への立ち入りが許可されるのは、身元の確かな者か、多大な保証金を預けた者だけです」
身元の確かな者か、多大な保証金を出せる者、ね。それはどちらも、貴族でないと不可、という意味なのだろう。つまり、俺がこっそりレーベンに入国したとしても、図書館に正面から客として入ることは不可能だっただろう、ということか。
「無論のことですが、従者殿が我が君の即位を言祝いでくださる上に、この世にふたつとない霊薬まで賜与してくださるとあっては、我が君としても可能な限りの手を尽くして報いてくださいましょう」
「例えば、国宝扱いの図書館内を自由に利用させてくれるとか?」
「某からも口添え致しましょう」
さすがに王の言葉を確約はしなかったけれど、これは内諾を貰ったと思っていいだろう。
向こうからすれば、手形ひとつで貴重な霊薬が手に入るのなら、海老で鯛を釣ったようなつもりかもしれない。
……ひょっとして、ビノはユタカ軟膏改め竜涎膏がわりと気軽に増産できるものだと知らないのかも? それを確認するのは藪蛇になりそうだし……まあ、いいか。黙っておこう。
「――うん。そこまで言ってくれるなら、無碍にはできないよな」
俺は余裕ぶった笑顔を作って、鷹揚に頷いてみせた。
「重畳にございます」
ビノも今日一番の笑顔で頷き返した。
それから、ルピスとラヴィニエもこの場に呼んで、四人で実際的なところを詰めていった結果――俺はルピス、ラヴィニエと一緒にレーベン国の首都、王城へ行き、首都にある図書館で一冬ずっとを過ごすことに決めたのだった。
曰く――レーベン王はルピスがここに逃れてきて、俺たちに庇護下に入ったことを、どうしてか既に知っていた。しかし、彼の王は俺たちに、ルピスの身柄を引き渡せ、と要求するためにビノを遣わしたわけではないという。
では何が目的なのかと言うと――端的に言ってしまうなら、仲直りしましょ、だった。
「我が主君は、妹君で在らせられるルピス殿下に危害を加えるつもりはもうございません。なにせ、ルピス殿下は本当に竜と邂逅して認められた、本物の竜の巫女で在らせられますからな」
「……ふぅん」
確かにルピスは、あの眠りドラゴンと邂逅した……と言えなくもない。寝ながら大欠伸した竜の前で腰を抜かしただけで、言葉を交わしたわけでもないどころか、たぶん竜のほうは会ったことすら覚えちゃいないと思うが――それを最大限に修飾してやれば、邂逅したという言い方をしても差し支えなかろう。
でも、それを知っているのはどうしてだ? どこかから見ていたのか? ……あ、ただの当てずっぽうという線もあるか。というか、そういうことにしたほうが都合がいいので、というだけかも。
「ルピスはもう、俺たちの身内だ。身内に手を出されたら、怒りもするだろうな。竜の巫女やら従者やらの呼び名に相応しい怒り方で、な」
きっとレーベン王はそれを危惧しているから、ルピスの行方をここまでしっかり把握しておきながら、捕縛や暗殺という手段に及ぶのを諦めて、仲直りしましょ、と掌返しすることにしたのだろう。
「おお……これは何やら、従者殿は大変な勘違いをされておられるご様子。我が主君は、妹君がお仕えすべき竜の御下に侍ることがようやく叶ったことを大変お喜びになっておられます。叶うならば御自ら祝辞を述べたいとも仰せでございました」
――それからビノが立て板に水の長広舌で語ったことを要約すれば、「こちらはルピスが竜の巫女であると認めてやる。だから、そちらも竜の巫女と従者の立場から、私のことをレーベン王として認めよ」という内容だ。
ルピスがもはやレーベン王家の子女ではなく、正式に竜の巫女となって、謂わば修道院送りになったようなものであり、従って王位継承権も失われたのだということを国内に広く周知する。同時に、そのような身分となったルピス自身が、その身分の者として、レーベン王の即位を言祝ぐ。そうすることで自身に王位への未練がないことを示し、国内の不穏分子がルピスを担ぐことがないように予防する――とまあ、そういったような効能を見越しての提案だった。
ルピスを迎え入れると決めた以上、これは受けてもいい提案だと俺は考える。というか、この提案を蹴った場合、目の前で慇懃に跪いているビノは、メッセンジャーからアサシンに早替りするような気がする。それは想像が飛躍しすぎかもしれないけれど、この男がさり気なくアピールしてきた諜報能力が怖い。
ビノは俺たちに気づかれることなく、外には出していないつもりだった情報を素っ破抜いていた。その手段や経路が分からない以上、そのルートを使って本当に暗殺者が送り込まれてくるんじゃないかという怖さだ。
相手の手札が分からないのに、こちらだけ手札を覗かれているようで気持ちが悪い。
まあ、もし本当に暗殺が可能だとしても、初手でその札を切らずに、こちらにはこれだけの諜報能力があるのだぞ、と遠回しな見せ札として使ってきたからには、こちらに提案を呑ませるためのちょっとした威圧くらいの意味しかないのでは……とも思う。
……あ、そうか。向こうが威圧してきているのではなく、こちらの威圧に対する、せめてもの反撃なのかも。
俺たちの背後には竜がいる――少なくともレーベン王はそう考えている。ならば、俺たちの仲間になったルピスを暗殺したりすれば竜に報復される、と考えるのが自然だ。だから、暗殺なんて札が切れるわけがない。できるのは精々、こちらにだってそちらの内部に入り込む手段があるのだぞ、と示威することくらいだったというわけだ。
まあ、だいたい全部、俺の予想だが。
「そうかい、祝辞ね。気持ちはありがたく受け取った、とお伝えしておいてくれ」
「いえ、そのお言葉はどうか、従者殿の口から我が君にお伝え下され」
「……うん?」
眉根を寄せた俺に、ビノはテノールの美声で朗々と語った。
レーベン国王に即位したアードラー新王は、俺とルピスに王城まで赴いて、大勢の臣下らが見守る中で直に即位を言祝ぐことを求めてきた。
まあ、納得の要求だ。「竜の従者と巫女から祝電をいただきましたよ」と新王側が宣伝したところで、誰も本気では受け取らないだろう。ルピス本人が行くしかないわけだ……って、いや待て。ルピスが直接出向いても、彼女が確かに竜の巫女だという証拠を群衆に提示できなければ駄目なのでは?
――そのあたりをどうする腹積もりなのかとビノに尋ねてみたら、表情筋をあまり動かさない微笑を返された。
「将に、そこでございます。ルピス殿下――いやさ、ルピス殿が正真正銘の巫女であると万民に示せる証拠がございますれば良いのですが、従者殿のほうでご用意を願えましょうか?」
「えぇ……」
そこをこっちに丸投げかよぉ、と素で呻いてしまった。
「畏れ多いことではございますが、竜の牙なり鱗なりを下賜していただきますれば重畳なのでございますが」
あ、丸投げではなかった。
……いやでも、どうだ? あの寝坊助ドラゴンから鱗を剥がせるか? 牙を引っこ抜くのは、さすがに無理だろ。
「ふむ……難しくございましたか」
俺の表情を見て取ったビノが、僅かに揺らした太い眉毛に落胆を表す。
「検討はしてみるが確約はできない、ってところ――あ」
俺は肩を竦めてそう言ったところで、ふと思いついた。
「牙や鱗じゃないけど、薬なんてどうだ? 不老長寿の妙薬とまではたぶんいかないけれど、わりと大きめの怪我でも治せるぞ。これもたぶんだけど、飲んだらちょっとした病気にも効きそうだし」
「おおっ! ルピス殿の火傷を治療した、あの霊薬ですな!」
「……」
なんでそこまで知っているんだよ、いや本当にさぁ――と反射的に問い質したくなったけれど、理性を利かせて我慢した。問い詰めても教えてくれるわけがないし、むしろ逆に会話マウントを取られるだけだ。こういうときこそポーカーフェイスで、そんな牽制全然効いてませんけど、と無言で示してみせるのだ。
「うん、その霊薬だ。その霊薬は竜の涎なんだ」
「なんと!」
「なので、持って行かせればルピスが正真正銘竜の巫女だという証明になるだろ?」
「勿論にございます!」
ビノは大きく頷いた。その顔を見て、俺は少し驚く。これまで、どうやってか色々とこちらのことを知っていたビノが、「ユタカ軟膏は竜の涎だ」という俺の嘘八百に本気で驚いているように見えたからだ。
ユタカ軟膏のことは把握していたが、その原料については情報収集していなかったのか……ちょっと意外だな。まあ、縦しんば原料が竜由来じゃないとバレていても群衆を騙せればいいわけだし、問題なかろうとは思っていたけれど。
「しかし、竜の涎というのは少々押し出しがよろしくありませんな……ふむ、竜涎膏と名付けてはいかがでございましょう?」
「むっ、いいネーミングだ。採用」
ということで、ユタカ軟膏は商品名・竜涎膏に決定された。
「では、僭越ながら某めが従者殿、ルピス殿をレーベン王城へと案内する道連れとなりましょうぞ」
「……うん? いや、待って。俺も行くのか?」
「は、そのようにお話させていただいておったつもりでございましたが……」
「ルピスだけ連れて行くのかと思っていた……けど、それはそれで危険か」
道中もだけど城中だって安全とは言い難いわけだし。かといって、ゴブリンたちから護衛を出すのも、それはそれで問題があろう。となると、俺かラヴィニエが適任となるが……竜の従者という肩書のほうがこの場合は適しているか。それにラヴィニエはいちおう、隣国ファルケンの元騎士だったわけだし、政治的な勘ぐりをされたら面倒だ。
でも、これって俺たちの得にはならないんだよなぁ。レーベンの新王様に恩を売っても、そのお代として貰えるものがないとなぁ。
――そんなことを漫然と考えていたときだった。
「従者殿は元の世界に帰ることができるのでございましょうか?」
唐突にそう言ったビノは、表情の分かりにくい大きな眼で俺の反応をじっと窺ってくる。
俺はどんな顔をしていただろうか? ビノの言葉が耳に入ってから脳が理解するまで、何秒かかっただろうか?
「……どういう意味だ?」
俺の口は独りでにそう言葉を発していた。それが自分の声だと理解するのに、またしても何秒かかかった。すぐに分からないくらい、自分のものとは思えないほど低く、軋むような声だったから。
ビノは俺の反応に笑みも何も返さないまま、言葉を重ねていく。
「我が国には文豪が残した図書館があることを、従者殿はご存知でございましたな。そこには古今汎ゆる知識が蓄えられていると自負しております。彼の図書館は将に我が国の、いやさ人類の宝でありましょう。無論、管理は厳重でございますとも。図書館内への立ち入りが許可されるのは、身元の確かな者か、多大な保証金を預けた者だけです」
身元の確かな者か、多大な保証金を出せる者、ね。それはどちらも、貴族でないと不可、という意味なのだろう。つまり、俺がこっそりレーベンに入国したとしても、図書館に正面から客として入ることは不可能だっただろう、ということか。
「無論のことですが、従者殿が我が君の即位を言祝いでくださる上に、この世にふたつとない霊薬まで賜与してくださるとあっては、我が君としても可能な限りの手を尽くして報いてくださいましょう」
「例えば、国宝扱いの図書館内を自由に利用させてくれるとか?」
「某からも口添え致しましょう」
さすがに王の言葉を確約はしなかったけれど、これは内諾を貰ったと思っていいだろう。
向こうからすれば、手形ひとつで貴重な霊薬が手に入るのなら、海老で鯛を釣ったようなつもりかもしれない。
……ひょっとして、ビノはユタカ軟膏改め竜涎膏がわりと気軽に増産できるものだと知らないのかも? それを確認するのは藪蛇になりそうだし……まあ、いいか。黙っておこう。
「――うん。そこまで言ってくれるなら、無碍にはできないよな」
俺は余裕ぶった笑顔を作って、鷹揚に頷いてみせた。
「重畳にございます」
ビノも今日一番の笑顔で頷き返した。
それから、ルピスとラヴィニエもこの場に呼んで、四人で実際的なところを詰めていった結果――俺はルピス、ラヴィニエと一緒にレーベン国の首都、王城へ行き、首都にある図書館で一冬ずっとを過ごすことに決めたのだった。
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