義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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5章

74-2. 王の使者 ロイド

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 木々の支配する山林の中にあっても、そこは周囲より一際高い木々が紅葉した枝葉を頭上でぶつけ合っていて、薄暗い。朝日を浴びることもできなくては下草が生い茂ることはできず、結果、そこは森の中にこっそり開いた窪地のようになっていた。
 もっとも、周りと比べれば拓けているだけで、森に不慣れな者からすれば、周りとどこが違うのか、と首を傾げたくなる程度の差でしかないのだが。
 そんな窪地で、現地の残っていた戦士ゴブリンに見張られながら俺を待っていたのは、報告にあった通りの男性だった。
 たぶん生成りの麻布とかだろう、ごわごわした質感のフード付きマントに身を包んでいる。見るからに厚手で、摩耗したところも多い。悪条件の長旅で使い潰すことを前提にしたもののようだ。
 マントのフードは下げられているので、男の顔も見えている。
 黒髪――いや、黒味の濃い焦げ茶色の、短く刈り込まれた髪だ。クルーカットというより、五分刈り、いや九部刈りというほうが正しいか。
 そんな髪に縁取られた輪郭は頬骨と顎骨の張った卵型で、そんな輪郭に収まる目鼻や唇も大作りだ。愛想のない髪型とも相俟って、とにかく顔立ちの全てが「俺は屈強なおとこである」と声高に謳っていた。
 それを、ちぐはぐだ、と感じたのは、マントに包まれた体格のほうが、顔立ちの濃さに比して薄く感じたからだろうか。体型を隠すマント越しでも薄いと感じるのだから、実際には受けた印象以上に細いのかもしれない。
 頭蓋骨の形が分かる髪型に、ぎょろりとした目つきと、細長く感じる体躯――ふと脳裏に浮かんだのは、リザードマンとか恐竜人とか、そういうイメージだ。
 いや、あくまでもそれっぽく見えるというだけで、こいつは普通に人間だと思うのだけど。

「品定めはお済みになりましたかな?」

 黙って俺の視線に晒されていた男が口を開く。想像通りというか、意外というか……男声としては気持ち高めの、よく通る声だった。

「む……」

 男の表情はのっぺりした無表情ではあったけれど、じっと見ていた不躾さを咎められたように聞こえてしまって、俺は目を逸らした。
 ふむ、と男は抑えた声で呟くと、その場にさっと片膝をついて、俺のほうに頭を垂れてきた。

「竜の従者、ロイド殿でございますな。ご挨拶が遅れました、それがしはレーベン王国が国王アードラー・フィス・レーベン陛下の直臣、ビノ・ボルドと申します。此度は陛下よりお預けいただいたお言葉を従者殿にお伝えするべく、この場に推参いたしました。つきましては先触れもなく罷り越しましたこと、どうかご容赦いただきたく、伏してお詫びとお願い申し上げまする」

 朗々と述べられた挨拶の口上に、俺は軽く圧倒されていた。
 ビノ・ボルドと名乗ったこの男は、第一声を聞いた時点で声が良いと思ったが、滑舌もまた素晴らしかった。テノールの美声で朗々と語られる長口上は、うっかり聞き惚れるだけの魅力があった。
 ――とはいえ、呆けてばかりもいられない。

「ビノ・ボルド殿、ですか。ご丁寧な挨拶をどうも。まずは頭を上げてください」
「はっ」

 ビノ・ボルドは素直に頭を上げた。
 ぎょろっとした目で見上げられると、これまた言い知れぬ圧力がある。
 というか……レーベン国王のメッセンジャー? 俺の名前まで知っている調査というか諜報能力といい……こいつ、ひょっとして本物マジモンの忍者か!?
 いや、それにしても……。

「ビノ・ボルドか」
「は……?」

 俺の漏らした呟きに、初めてビノ・ボルドの顔に表情らしきものが表れた。その眉間に寄った薄い皺を見ながら、俺は苦笑交じりに言い訳する。

「いや、名前と家名の間にやらやらが入らないのは初めて聞いたな、と思って」

 村娘出身の姉妹にはそもそも、家名がなかった。でもそれは、中世ベースの社会だとそんなものなのだよな、と納得できる。日本でも庶民に名字がついたのは維新後だし、欧州でも似たようなものだったはずだ。ジャンヌ・ダルクはジャンヌ・ド・アルクで「アルク村のジャンヌ」の意味で、レオナルド・ダ・ビンチも「ビンチ村のレオナルド」だったはず。
 なのでまあ、俺はこれまで「この世界では、平民には家名がなくて、貴族になると家名と称号が付くのか」と思っていたのだが……さて、ビノ・ボルドだ。
 生命の間に挟まる称号について、じつは最近になってラヴィニエとルピスから教えてもらっていた。あれは続柄つづきがらを示すものなのだそうだ。ラヴィニエ・ミ・アーメイは「アーメイ家の、跡取り予定者ではない子女」になるのだと。ルピス・・レーベンだと、「レーベン王家の当主、即ち女王のルピス」となり、ルピス・・レーベンだと「レーベン王家の王太子ではない子女」となる。
 国によって、また王家と貴族とでも変わるけれど、要するに「その家の当主か、配偶者か、跡継ぎか、それ以外か」が称号で分かるようになっているらしい。具体的にはちょっと覚えられなかった。とかとかとか、そんなのばかりを幾つも覚えていられるか。こちとら、元素記号の周期表を暗記するのだって大変だった凡才ぞ。

「ああ……」

 ビノ・ボルドはまたもチェロかコントラバスを爪弾くような美声で吐息すると、無機質な表情のまま、さも当然だというように言った。

「そうでした。従者殿はこの世界の生まれたのではないのでしたな」
「――ッ!?」

 刹那、俺の身体は勝手に男の前から飛び退いて、戦闘態勢を取っていた。
 この男、なんでそれを知っている!? 特別に隠しているわけではないが、他所で言った覚えもない。少なくとも、村人や行商人にそうだと語ったことはないはずだ。一体こいつ、どこでそれを知った? というか、かりにどこかで聞き込んだとして、普通それを信じるか? 信じるに足る根拠があるということか? いや、なんだよ、その根拠って!?

「ああ……ひょっとして周囲には隠していたことでしたか?」
「い、いや、まあ……隠していたというか、周りには特に言っていないことだったから……」
「そうでしたか。では、某にその話をしてくれた者は特に珍しい話をしてくださったというわけですな」
「……そうですね」

 ビノ・ボルドの返答はいかにも嘘っぱちだったけれど、だからといって嘘だと断じる証拠もない。どうやって聞き知ったのか、どうして信憑性が有ると思ったのかは企業秘密ということか。

「おっと、失礼。某の姓名に称号がないことについて、でしたな」

 ビノ・ボルドはさらりと話題を戻した。直前までしていた話題については質疑応答を受け付けません、という意思表示だ。
 自分の諜報能力を見せつけるだけ見せつけて、種明かしはしてくれない、と。挨拶からの軽いやり取りで、早くもマウントを取られたみたいだ。だからなんだよ、俺は不審者とくちプロレスする気なんかないんだよ――と思いつつも、ムカつく。

「某はそも、貴族ではございません。ただの平民でございます。それが幸運にも陛下に召し抱えられることとなり、ボルドの家名を賜ったのでございます」
「へぇ……平民が爵位を貰った場合は、称号が入らないのか。あ、二代目からはミとか入るのかな?」

 ムカついていたのも忘れて、いい声で聞かされた薀蓄トリビアに楽しくなってしまった。
 ラヴィニエは“貴族の軍役義務を請け負う職業騎士”を唾棄し、“由緒正しい代々の騎士家系”であることを誇っていたけれど、軍役を代行させるために取り立てられた職業騎士の連中は、姓名の間に称号が付いていなかったのだろうか……あ、でもそれはファルケン王国での話で、この男はお隣のレーベン王国の者だった。だとすると、ファルケン王国では違うのかも? 後でラヴィニエに確認してみよう。

「称号の扱いについては国や領地によっても仔細が異なるようですが、概ね三代目で上位者から称号を名乗ることを認められるものにございます。何らかの勲功を挙げると、初代や二代目で認められることもあるようでございますな」
「じゃあ、貴方はボルド家初代当主というわけですか」
「某、いまだ良縁に恵まれぬ身ゆえ、ボルド家は某一代限りかもしれませぬが」

 ビノ・ボルドは、はは、と表情を動かさずに笑ってみせた。
 俺もつられて口元が緩んでしまう……って、ああ、すごいな。
 長口上の挨拶で圧倒してから、皮肉めいた受け答えでムカッとさせたところに、さり気なく自分の情報収集能力を示し、すぐさま相手が興味を持ったことへの簡潔な薀蓄で感心させて、最後はほんのり自虐の入ったジョークで締める――なんとも緩急の利いた小粋なトークじゃないか。
 出会って五分でもう俺の好感度は上がり始めていた。

「さて……」

 ビノ・ボルドの呟きで、俺もハッと正気に戻った。そうだった、雑談で和んでいる場合ではなかった。
 んんっ、と咳払いして相手を黙らせた後、俺は表情を引き締めて問いかけた。

「それで、ビノ・ボルド。おまえはレーベン王に直接取り立てられた元平民ということか」
「そうでございます」
「ということは……レーベン王が私的に使える駒か」
まさに将に」

 ビノ・ボルドはと言われても渋い顔をするどころか、理解が早くて助かる、と言いたげに頷く。表情はほとんど動いていないのに、だんだん喜怒哀楽が読めるようになってきた気がする。ビノが表情に乏しいのは、目鼻が大作りなために人並みの感情表現をすると大袈裟な表情になってしまうからだと見た。

「じゃあ、今回は王の私的な伝令役としてここにいる、って理解で?」
「ご賢察にございます」

 ビノは改めて深々と頭を垂れると、正面に立つ俺に短く駆られた髪の旋毛つむじを見せながら、ようやっと本題を話し始めた。
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