義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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5章

72. ルピスの魔術教室 ロイド

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 ルピスはとくに優れた魔術師というわけではない。しかしながら、王女として一通りの教育を受けた一環で、魔術についての知識もそれなりに学んでいた。
 うちで魔術師というとラヴィニエ、神官ゴブリンの二人だが、神官のほうはとくに体系だった知識を学んだわけではない。黄衣を纏った謎の男に何かされたナニカサレタことで魔術を使えるようになった彼だが、それは三本目の手を生やされたようなもので「手の動かし方なんて、動かそうと思うから動く。それ以上の説明はできない」としか言えない感覚なのだという。
 つまり、神官は魔術を使えるけれど、他人に魔術を教えることはできなかった。
 もう一方のラヴィニエは、普通に魔術師から魔術を教わった口なので、他者に教えることもできる。剣の稽古を見れば、教えることが向いているようでもあるし。
 ただし、ラヴィニエが覚えている魔術は、戦闘や探索、行軍だとかで使える最低限のものだけだ。神官はその才覚で、知らない魔術についても手探りでやり方を編み出す――つまり、新しい魔術を自分で作り出すということができるけれど、ラヴィニエにそれはできない。
 ラヴィニエは一から十までの数字を順に足していった合計を足し算の繰り返しで求めることができるけれど、神官はその足し算の繰り返しから等差級数の公式を導ける。ただし直感かつ無意識でやるので、自分が公式を使っているという認識もなく、従って他人に教えることもできない――といったところか。
 さて、そんな二人と比べてルピスが魔術の教師としてどうなのか? ――まあ、そんなのやってみなくちゃ分からないやな、ってことで、やってみてもらうことにした。

「――そういうわけで、頼む」
「いいけれど……本当に、この子たちに教えるの?」

 ルピスは俺の頼みを二つ返事で了承してくれたけれど、顔にはとはっきり書かれている。でも、それももっともな話だ。なにせ、教える相手がまだ零歳児のミソラなのだから。

「あいっ!」

 当の本人はやる気十分だ。見た目だけなら一歳児のパワフルボディを堂々たる尻もちポーズで茣蓙に座らせ、ぷにぷにの小さな右手をびしっと跳ね上げながら返事する――あっ、勢いが良すぎて背中からこてんと転がってしまった。

「あっ」

 ルピスが甲高い奇声を上げた。目尻をこれ以上なく垂れ下がらせた、にやけ顔だ。ミソラのやる気アピールは、ルピスの心を一撃必殺したようだ。

「ま、まあ、私はいまや他に帰る家のない身。請われれば応えるしかないわね……とは言え、さすがにこんな赤子に魔術を教えても理解してもらえるかは自信がないわね……」
「そこは分かってるよ。だから、ミソラが理解していないようだったら終わりでいいんだ」
「そういうことなら……」
「うん、頼む」

 ――ということで、ルピスにミソラのになってもらった。

 ●

「いいですか。魔術というのは究極的に才能です」
「あいっ」

 その日の昼下がり、河原の一角に茣蓙を敷いての青空教室。正座して説明を始めるルピスの正面で、ミソラは元気よく返事する。手振りをつけると転がってしまうことを学んだらしく、返事は声だけだ。
 いい返事を返されたルピスは微妙な顔だ。

「言葉が通じているように見えるのよね……」
「……あー?」
「今更、私は何も分からない赤ちゃんですけど、という態度をされても逆効果なのだけど」
「あー……ぅー」

 あーしまった、という顔をしてから、うーっと顰めっ面になるミソラ。
 赤ん坊の表情というと、泣くか笑うかしかないものと思っていたものだけど、こいつとダイチの面倒を見るようになってからは、そんな先入観はきれいに吹っ飛んだ。
 こいつらはだいたい、興味で両目をギラギラにさせるか、一方をやり込めてドヤるか、やり込められて顔真っ赤にさせるか、ゴブリンに悪戯を仕掛けてクスクス嘲笑うか、それで怒られてふてくされるか――とにかく、ころころと表情を変える。
 半年近くも見ていれば、ミソラが興味津々な目で魔術の見学をして、真剣な顔で真似するところを分かっている。英才教育というにも早すぎると思わなくもないのだけど、放っておいてもミソラはすでに見様見真似で魔術が使える以上、目の届かないところで勝手に使われるよりは、ちゃんとした知識を身につけさせるほうがいいだろうというのが、俺たちの結論だった。
 なお、ダイチのほうはそこまで魔術に興味がないようで、いまは近くで集団稽古しているラヴィニエとゴブリンのほうを見学している。さすがにぷにぷにのちっこい手足では素振りに混ざるのは難しいようだけど、とても真剣に見ている。この様子なら、勝手にそこらをハイハイで徘徊することもなかろう。

「……ロイド。いいのよね、十歳くらいの魔術師見習いに教えるつもりで講義するので」

 話しかけてきたルピスの声で、俺は視線を戻した。今日は初日ということもあるし、俺も興味があるので、ミソラと一緒にルピスの講義を受けることにしていたのだった。

「ああ、ひとまずそれで頼む。ミソラが理解できていなさそうだったら、そのときは中止でいいからさ」
「分かったわ」
「あいっ!」

 俺と話していたルピスに、ミソラは「いいから早く教えて!」と催促するように声を上げた。ルピスは「そうね、始めるわ」と苦笑を浮かべて講義を再開させた。
 ――ルピスの講義をまとめると、魔術の修練というのは、自分の中にあるを育てていく行為なのだという。問題なのは、種の種類によって育て方が異なることと、そもそも自分の中にある種の種類や大きさが分からないことだ。
 例えば感知系の魔術を会得するための修行をしたとしても、自分の中に感知系魔術の素養がなければ、その修業は何の意味もない。ただし、修行の成果が出ないときでも、それは“感知系の素養がないから成果が出ない”のか、それとも“その素養が小さいので、まだ成果が出ていないだけ”なのか――それを正確に判断する術はないのだそうだ。
 そういった理由から、魔術の修練は「ある魔術に対する修行方法をしばらくやってみて、成果が出ないようなら次の方法を試す」というのを、成果が出るまで繰り返すことになる。なので、魔術師の教師として求められるのは、修行方法をどれだけ知っているか、ということになる。

「いえ、そういうわけではないわ。知っておくべきは魔術の種類や体系のほうよ。そこを押さえておけば、修行法も自ずと編み出せるものだわ」
「なるほどね。公式を丸暗記するより、一から公式を導けるように学んでおけば応用も利くってか」

 いまや遠い記憶になりつつある数学や物理の授業を思い出しながら頷く俺と一緒に、ミソラも頭を前後にこくこく揺らしている。もうとっくに首は座っているけれど、ひっくり返らないかと少し不安になってしまう。

「ロイド、集中して聞くように」
「……ごめんなさい」

 叱られてしまった。
 俺が口を閉じると、ルピスは満足したように頷いて、講義を続けた。
 ルピスは彼女が教わってきた魔術の種類、体系を語ってくれた。黒板の代わりに用意した木の板に、チョーク代わりの炭を使って色々と書き付けながら教えてくれたことは、非常に興味深いものだった。端的に言うと、中二マインドにぶっ刺さりだった。
 神官は感覚で魔術を使うし、ラヴィニエは数個の魔術を使えるだけで系統だった知識があるわけではなかったので、ルピスが教えてくれた知識はとても心が沸き立つものだった。こんなの、ラノベか少年誌でしか見たことがないぞ!

「俺も使いたい……俺も修行したら、どれかひとつくらい使えるようになるよな?」

 第一希望は紐状イメージの遠隔操縦型とかだけど、そういう魔術はルピスも知らないみたいだから、鑑定とか収納とか転移とか、そこらへんの定番セットでもいい。セットが無理なら単品でも可だ。それも駄目だと言うなら、もう普通に火の玉とか風の刃とかでも妥協する。
 ルピスが教えてくれる修行法をやってみれば、俺にだってどれかひとつくらい使えるようになるかもしれないじゃないか!

「あら、よく知っているわね。鑑定・収納・転移の三種は伝説の三大魔術と呼ばれているわ」
「えっ! 本当にあるの⁉」

 鑑定やらの魔術が本当にあるとは思っていなかったのに、ルピスはあっさりと、それらの魔術があることを認めた。マヂか!
 ただし、それらの魔術は伝説上のもの、あるいは伝説的なものでしかないそうだ。で違うのは、鑑定魔術は使い手の存在が史料に残されているけれど、収納と転移については伝承や御伽噺が伝わっているだけだからだ。ただし、鑑定魔術の使い手というのも百年ほど前に一人いたのが最後だそうで、収納、転移と同じく、ほとんど伝説の存在とのことだ。

「でも、鑑定魔術は確かに存在していたという証拠が残っていて、他のふたつについても伝説の元になった事実があった可能性はあるんだから……頑張れば覚えられるかもしれない、ってことだな!」

 一般的な魔術がさっぱり使えなくて無能扱いされていた主人公が、じつは古代魔法の適性を持っていて下剋上とかザマァする展開だな!

「では、頑張ってもらおうかしら」

 ルピスはにっこり微笑って、俺に三大魔術を会得するための修行方法を教えてくれた。
 ……後になって聞いたところ、三大魔術の修得方法というのは徳川埋蔵金みたいなもので、「この秘伝書の通りにやれば鑑定が覚えられますよ」と言って古びた木簡や石版を高額で売りつけるというのは古典的な詐欺なのだとか。
 そんな詐欺が人口に膾炙した結果、三大魔術の修行方法というのは結構な数が広まっているそうで、ルピスも師事した魔術師から雑談中にいくつか教わったのだという。俺がこのとき教えてもらったのは、そうした出典のものだったわけだ。道理で、どれもこれも「右足が落ちる前に左足を踏み出せば、水上を走れる」みたいな眉唾もいいところのものばかりだったわけだ。
 そんな眉唾物の行為ができるわけもなかったし、当然、三種セットのどれにも開眼することはなかった。得られたのは全身の筋肉痛と、鞭打ちと、打ち身の三点セットくらいのもので、その日の午後いっぱいを無駄に過ごしたのだった。
 俺の無駄な挑戦を観ていたミソラは終始きゃっきゃと大笑いして大好評だったから、完全に無駄ではなかったな……と自嘲することで、せめてもの慰めにするのだった。

 初日から横道に逸れまくった魔術教室だったけれど、ミソラは学習意欲十分だったし、ルピスの講義をしっかり理解もしていたようだったので、翌日からも続けられることになった。
 こうして、ルピスにも日々の仕事ができたのだった。
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