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5章
69-1. ルピスさんの(改めて)歓迎会 アルカ
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なんやかんやあって、うちで預かる感じになったルピスさんの歓迎会だった夕飯は、そのルピスさんの要望でエッチなパーティになってしまいました。
歓迎会のつもりでいたからなのか、ゴブさんたちもアンちゃん、シャーリーさん、ラヴィニエさんも、いつもよりセックスが派手な感じでした。女性陣三人がそれぞれ違った体位になるようにしたり、射精のタイミングを合わせたり……観客を意識したプレイができていました。
わたしが妊娠してからエッチをお休みするようになって以来、ゴブさんたちはわたし以外の女子――アンちゃん、シャーリーさん、ラヴィニエさんとエッチすることで、種族的にどうしても頻繁に溜まってしまう性欲をぴゅっぴゅと解消してきました。それはそれで十分に気持ちいいし楽しいし、三人に感謝もしているとのことですが、わたしとエッチしたい欲が一時的に収まることはあっても消えることはなく、むしろ日に日に募っているそうです。
そうした我慢と欲求の板挟みが、いつの間にやら新しいセックスの流儀を生み出しました。それが観客であるわたしに自分たちのセックスを見せつけるという劇場型セックス――見せつけックスなのです!
セックスを見せつけるというのは、ただ裸を見せつけるだけとは一線を隠した演劇性が必要になってくると、わたしは思うわけですよ。つまり、AVですよ。ストーリーものとかシチュエーションもの、主観視点とかのコンセプトものですよ。
なんでこんなにAVのジャンルについて詳しいのかっていうと、わたしが他の男性とエッチするのを見るのが興奮するというおじさまと遊んでいたときに、どうせなら思いっきり興奮させてやりたいなぁと思って、AVを真似ることを思いついて勉強したことがあったのでした。ネットって便利ですよね。
ちなみに、このとき勉強したことは見せつけプレイの他にも、乱交の途中でち○ぽがぐったりしちゃったおじさまを他のおじさまとの見せつけックスで興奮させるときの演技というか魅せ方を良くするのにも役立ってくれました。
自分とエッチ相手が気持ちよくなるだけでなく、それを観ているひとまで気持ちよくさせるエッチ。いいですよね、そういうの。理想です。ゴブさんたちも、そういう感じなんだと思います。
ただわたしとエッチしている気分を味わいたいだけだったら、思春期男子がエロ動画をガン見しながらち○ぽ扱きするように、わたしをオカズに腰を振ればいいだけです。でも、ゴブさんたちはわたしの反応をちゃんと見て、わたしのことも気持ちよくさせようとしてくれるのです。
腰の振り方に緩急をつけることでドラマを作り、体位もこちらに結合部の見えるものと、ヤられているアンちゃんたちの表情が見える体位とを程よく入れ替えることで、カット割りにもこだわってくれています。
わたしにはなぜか使えるようになった快感コピペ魔法がありますけど、そこに目でも楽しめる光景が合わされば、もう最強です。お腹の赤ちゃんが生まれてセックスできるようになっても、この体感ヴァーチャルセックスばっかり楽しんじゃいそうです。
……というか、ルピスさんが早速、そんな感じになっちゃっています。
「あ、あの、巫女様。今夜も……ですか?」
歓迎会初日という名の乱交パーティから一夜明けた今日の日も、太陽が西空の向こうに沈んでいって、もう夜です。神官ゴブさんの灯してくれた魔術の明かりと、料理用の竈から漏れる火が、わたしの正面に座っているルピスさんの顔を横合いから照らし出しています。
「いえいえ、今夜は普通に歓迎会の予定ですよ」
「あ……そうですか」
「あんまり嬉しくないです?」
「いえ! 嬉しいです、もちろん。私のためにそのような宴を一夜ならず二夜続けて開いてくださるとは嬉しい限りです。ただ……」
「ただ?」
「……もしも、私に遠慮して昨晩のようなことを控えるというのでしたら、その気遣いは無用です。いまの私は巫女様に仕える侍女……いえ、下女ですから」
「えーと、ツッコミどころ盛り盛りですがー……んん? というか、侍女と下女って違うんですか?」
「主人の側に侍って細々とした用事を言いつかるのが侍女で、主人がわざわざ近づくこともない裏向きのところで水仕事などをするのが下女……かと」
「ほほぅ……うーん、そうすると確かに、ルピスさんにはこれから下女のお仕事をしてもらうこともあるかと思いますけど……でも、わたしが近づかないところでどうこうってことも、あんまりないでしょうし……んっ! あれですね、侍女とか下女とかじゃなくて、住み込みのお手伝いさんくらいの感覚でよろしくです」
「お手伝いさん……つまり、職分にこだわることなく、命じられたことはなんでもやれ、と」
「そうなんですけど、もうちょいマイルドでいいですよーっ!」
「まいるど……ですか?」
「あ、マイルドは通じないです? ええとですね、命令は絶対だーっとかではなく、もっとこうふんわりしたニュアンスで……って、ニュアンスも通じないですかね? えっと、やれそうなことをやってくれたら助かるなぁ、みたいな感じです」
「そうですか……ああ、だからお手伝いなのね」
「はい、そういうことです」
どうにか言いたいことが伝わったみたいです。ルピスさんはふむふむと頷いています。
おっと、話はまだ続きがあるのでした。
「それからですね、こっちも別に遠慮とか気遣いとかしてませんよぅ」
「え……?」
「今晩えちえちしないのは、昨日たっぷりヤッたからです。まあ、ヤろうと思えば毎晩ヤれるんですけど……義兄さんが歓迎会用の料理を作りたそうにしているから、一晩くらい我慢して、普通っぽくご馳走を食べるパーティしましょうかー、って流れなわけですよ」
「はぁ……わけですか」
「はい。わけなんです」
小首を傾げるルピスさんに、わたしはこくりと頷きました。そのとき、なんとなく見つめ合います。
日暮れの暗闇と、蛍光灯みたいな白い魔法の明かり。そこに横から被さってくる、竈から漏れてくるオレンジ色の火の明かりが、ゆらゆらと陰影をなぞっています。
「巫女様は、ロイド……従者様とは義理の兄妹なのだと聞きました。それで、その……」
ルピスさんは沈黙を遠ざけようとするみたいに話しかけてきましたが、もそもそと口籠ってしまって聞き取れなくなります。でも、途中までの言葉で何となく察せました。
「わたしと義兄さんが血の繋がった兄妹ではないから、本当に家族なのか疑わしい……ですか?」
「違います!」
ルピスさんはぶんぶんと首を横に振ります。それに合わせて一緒に揺れる、火傷の治療のために肩上で切った銀髪のミディアムボブに思わず目を惹かれます。昨日の昼間に、ルピスさんが三日ぶりに目を覚ましたところを河原まで連れ出して、髪から爪先まで全身丸洗いしてあげたので小ざっぱりとしていますけど、ずっと放ったらかしにされていたという髪の傷みがそれで治ったわけでありません。
蜂蜜とユタカちゃん由来水を使った総天然素材リンスインシャンプーで何日かかけて髪に栄養補給させてあげれば、きっと蛍光灯でも天使の輪っかが煌めくくらいの艶々さらさら髪になるでしょう。そうなったらきっと、義兄さんなんかは馬鹿みたいに鼻の下を伸ばして見惚れちゃうんでしょうね。
「巫女様……?」
ルピスさんは、わたしが黙って彼女を見つめていたので不安になったみたいです。そんなつもりはなかったので、わたしは意図して笑いながら頭を振りました。
「べつに怒ってませんよ。綺麗だなぁって見ていただけです」
「えっ……え?」
きょとんとしてから、ぽっと目元を赤らめるルピスさん。
まだ出会って数日も経っていない関係ですけど、ルピスさんはただ立ったり座ったりしているだけでも育ちの良さが滲み出ていて、いいとこのお嬢様なんだなぁ、ってか王女様なんでしたっけ、納得ですよ……となるのですけど、河原で見せてくれた泣き顔や、いまの照れた顔なんかは年相応の女の子って感じでエモ可愛いです。仲良くなれたらいいなって思います。
……そのためにも、こういう話はさっさと済ませておくべきなのでしょう。
「つまりもうズバリざっくり聞いちゃいますけど、ルピスさんは義兄さんとお付き合いしたいので、わたしと義兄さんがそういう関係じゃないのかを確かめたいんですよね」
「あ、違います」
「そうですか。違うんで……えっ、違う?」
違うの⁉
「はい……あ、その……もちろん、ロイドに――あ、従者様には、」
「べつに名前を呼び捨てでいいですよ。というか、わざわざ言い直されるほうが嫌な感じですし」
「……いえ、従者様と呼ばせてください。私は既に公的な身分を失くして、巫女様と従者様の温情に縋っている身の上です。立場が違います」
「雇い主と使用人、みたいな」
「そうです」
「だから、身分違いの恋はしません、と」
「……そうです」
「そうですか……それだけですか?」
ルピスさんが頷くまでに微妙な間がありました。身分違いの恋を諦めようと決意するための時間だったのかとも思ったのですが、なんとなく後ろめたさを隠した顔にも見えたので、ちょっと追求してみました。すると効果は抜群で、ルピスさんの目がぐるぐると回遊を始めました。
「あ、うっ、あっ……あ、その……わ、私はただ、巫女様と従者様はお互いのことを本当のところ、どう思っているのか、ただ気になっただけで……その、ここは壁も扉もありませんから、そのような場所で父も母も違う男女が共に過ごしてきたのなら、その、昨晩のようなことも、あってもおかしくないのでは……」
しどろもどろの見本市みたいなルピスさん。立ち振舞の上品な銀髪の美少女さんがそういう仕草をするの、ギャップ可愛いくて狡いです。
「……って、ううん? ルピスさん、ルピスさん。それってつまり、ただの興味本位で聞いてみただけ、だったり?」
「あうっ」
「あ、ほんとに……ですか」
なるほど、なるほど。わたしたちがスマホでアイドルの噂やゴシップを探したり呟いたりするのと同じ感覚ですね。理解できます。というか、わたし自身が噂されるほうだったりもしましたし。
でも、そういうことなら話は早いです。
「わたしと義兄さんは本当にただの兄妹ですよ。それ以外の関係はありません。これまでも、たぶんこれからも」
「たぶん……」
「む……」
ルピスさんの呟きで、わたしは無意識にたぶんと付け足してしまったことに気が付きました。って……えぇ? わたし、無意識ではちょっとくらい、そういう可能性を望んでいたりするのですか⁉
「いや……いやいや、ない。ないです……よ、ねぇ?」
「は、なんでしょう?」
「あー……いえ、なんでもないです」
戸惑った様子のルピスさんにそう答えましたけど、戸惑っているのはわたしのほうですし!
「アルカさん、食事の準備ができました」
わたしとルピスさんが微妙な沈黙に困っていたところに、アンちゃんがそう声をかけてきました。アンちゃんはお姉さんのシャーリーさんと一緒に、竈のほうで義兄さんと板前ゴブさんが料理するのを手伝いに行っていたのですが、そちらの料理ができあがったようです。
「はぁい、いま行きまぁす」
微妙な話題になってしまった会話を打ち切るのに、じつにナイスなタイミングでした。わたしは心持ち大きな声で返事をすると、立ち上がってルピスさんに片手を差し出します。
「ルピスさん……まあ、妹のわたしがこんなのですから、一般的な兄妹の関係とはちょっとズレているのかもしれません。でも、やっぱり兄妹なんですよ。……って、口で言われてもピンと来ないでしょうし、これからルピスさん自身の目で確認していってくださいな、ってところでどうでしょう?」
「あ……はい、もちろん。誠意あるお返事をいただきましたこと、感謝いたします」
ルピスさんは深々と頭を下げると、わたしの手を取って立ち上がりました。
ところで、わたしとルピスさんが話をしていたのは、冬場の塒にしている洞窟前の広場、その端っこのほうです。広場の周りはぐるっと木々に囲まれているのですけど、夏場の夕暮れ時から日没にかけてのこの時間帯は、ちょうど夜風が吹き込んできて過ごしやすい場所なのです。そこにレジャーシート代わりの茣蓙を敷いて女子トークしていたわけです。
もっとも完全に二人きりというわけではなく、戦士さんと忍者さんが一名ずつ、こちらの視界に入らないところにさり気なく控えて護衛役をやってくれていました。隅っこのほうとはいえ、ここはマイホームのお庭とも言える場所ですから、護衛は必要ないと思うんですけどね。いまも護衛の戦士さんは小脇に丸めた茣蓙を抱えて運んでくれていますし、ただの小間使いさんにしちゃっているのが申し訳ないです。……じゃあ自分で茣蓙の片付けくらいしろよ、って話ですよね。でも、その分はお礼するからいいんですもんっ!
広場の中央に戻ると、いつもは特大の茣蓙を敷くだけのところに火が熾されていて、メロンサイズの石が何個も、その火をぐるりと囲む形で並べられていました。
石造りのコンロみたいな見た目だなぁと思っていたら、竈だとかのある調理場スペースのほうから一人の戦士さんが大鍋を抱えたやってきて、その石組みの上に鍋をそっと置きます。どうやらみたいじゃなくて、本当にコンロだったみたいです。
でも、なんでコンロ? 料理用の焚き火なら、調理場スペースに立派な竈があるのに。義兄さん、板前さんに大工さん二人組(戦士さん出身の大道具係と、忍者さん出身の小道具係の二人組)らが力を合わせて作った、汗と涙の結晶の竈が。
――という疑問はすぐに解消されました。
「今日は鍋だよ」
むむっと眉根を寄せていたわたしに、調理場からやってきた義兄さんが教えてくれました。
「鍋パですか。あっ、鍋だから卓上コンロ」
「そういうこと」
「パーティ料理ということで、きっと手が込んだものを作るんでしょうねぇとは思っていましたけど、こう来ましたかぁ」
「それは感心か、それとも呆れか?」
「感心ですよ。いいですよ、これ。すごい鍋パ感ありますもん。義兄さん、グッジョブです!」
わたしが手放しで誉め称えたら、義兄さんってば照れちゃいました。
「そ、そうか。まあ、みんなが頑張って用意してくれたものだから、後でおまえからもみんなにそれ言ってやってくれ」
「はぁい」
と、ここで義兄さんの目線がわたしから逸れて、隣にいたルピスさんを見ました。
「……ルピスも、有瓜と仲良くやれているみたいだな」
「ええ、お陰様で」
「俺が何かしたわけじゃないから、そう言われてもな。ハハッ」
「……」
義兄さん……そこは「そんなことないよ」「おまえがいい子だからだよ」とか言っておけばいい場面ですよ。どうして皮肉っぽいことを言っちゃうんですかね。そういうところが駄目なんですよね、義兄さんは。
「有瓜、なんで俺のことをそんな目で見る?」
「いーえー、べーつにー。そんなことより、ごはんごはぁん」
「あっ、そうだな。ご飯。せっかくの鍋だ、温かいうちに食べよう」
義兄さんはあっさりと話を切り上げ、お鍋の前にどっかと腰を下ろしました。
お鍋の周りには手早く茣蓙が敷き詰められていて、ゴブさんたちが次々と座って、ぐるりぐるりとお鍋を取り囲んでいきます。鍋で煮物をするのは珍しくないですが、いつもは鍋からお椀に取り分けたものを配膳して食べていますから、こうしてお鍋ごと運んできて真ん中にドンッというのは物珍しいみたいです。
「さてと、煮え具合もいい感じだが……有瓜、挨拶とかするか?」
「いえ、いいです。早く食べましょ」
さっきからいい匂いの湯気が漂ってきていて、お腹が鳴りそうです。歓迎会は今日で二日目ですし、ルピスさんの紹介とかも昨日までにやっちゃってますし、もう食事でいいんじゃないかなって思います。
「巫女様もこう言っていますし、早くいただきましょう」
この歓迎パーティの主賓であるルピスさんも、わたしと同意見でした。
歓迎会のつもりでいたからなのか、ゴブさんたちもアンちゃん、シャーリーさん、ラヴィニエさんも、いつもよりセックスが派手な感じでした。女性陣三人がそれぞれ違った体位になるようにしたり、射精のタイミングを合わせたり……観客を意識したプレイができていました。
わたしが妊娠してからエッチをお休みするようになって以来、ゴブさんたちはわたし以外の女子――アンちゃん、シャーリーさん、ラヴィニエさんとエッチすることで、種族的にどうしても頻繁に溜まってしまう性欲をぴゅっぴゅと解消してきました。それはそれで十分に気持ちいいし楽しいし、三人に感謝もしているとのことですが、わたしとエッチしたい欲が一時的に収まることはあっても消えることはなく、むしろ日に日に募っているそうです。
そうした我慢と欲求の板挟みが、いつの間にやら新しいセックスの流儀を生み出しました。それが観客であるわたしに自分たちのセックスを見せつけるという劇場型セックス――見せつけックスなのです!
セックスを見せつけるというのは、ただ裸を見せつけるだけとは一線を隠した演劇性が必要になってくると、わたしは思うわけですよ。つまり、AVですよ。ストーリーものとかシチュエーションもの、主観視点とかのコンセプトものですよ。
なんでこんなにAVのジャンルについて詳しいのかっていうと、わたしが他の男性とエッチするのを見るのが興奮するというおじさまと遊んでいたときに、どうせなら思いっきり興奮させてやりたいなぁと思って、AVを真似ることを思いついて勉強したことがあったのでした。ネットって便利ですよね。
ちなみに、このとき勉強したことは見せつけプレイの他にも、乱交の途中でち○ぽがぐったりしちゃったおじさまを他のおじさまとの見せつけックスで興奮させるときの演技というか魅せ方を良くするのにも役立ってくれました。
自分とエッチ相手が気持ちよくなるだけでなく、それを観ているひとまで気持ちよくさせるエッチ。いいですよね、そういうの。理想です。ゴブさんたちも、そういう感じなんだと思います。
ただわたしとエッチしている気分を味わいたいだけだったら、思春期男子がエロ動画をガン見しながらち○ぽ扱きするように、わたしをオカズに腰を振ればいいだけです。でも、ゴブさんたちはわたしの反応をちゃんと見て、わたしのことも気持ちよくさせようとしてくれるのです。
腰の振り方に緩急をつけることでドラマを作り、体位もこちらに結合部の見えるものと、ヤられているアンちゃんたちの表情が見える体位とを程よく入れ替えることで、カット割りにもこだわってくれています。
わたしにはなぜか使えるようになった快感コピペ魔法がありますけど、そこに目でも楽しめる光景が合わされば、もう最強です。お腹の赤ちゃんが生まれてセックスできるようになっても、この体感ヴァーチャルセックスばっかり楽しんじゃいそうです。
……というか、ルピスさんが早速、そんな感じになっちゃっています。
「あ、あの、巫女様。今夜も……ですか?」
歓迎会初日という名の乱交パーティから一夜明けた今日の日も、太陽が西空の向こうに沈んでいって、もう夜です。神官ゴブさんの灯してくれた魔術の明かりと、料理用の竈から漏れる火が、わたしの正面に座っているルピスさんの顔を横合いから照らし出しています。
「いえいえ、今夜は普通に歓迎会の予定ですよ」
「あ……そうですか」
「あんまり嬉しくないです?」
「いえ! 嬉しいです、もちろん。私のためにそのような宴を一夜ならず二夜続けて開いてくださるとは嬉しい限りです。ただ……」
「ただ?」
「……もしも、私に遠慮して昨晩のようなことを控えるというのでしたら、その気遣いは無用です。いまの私は巫女様に仕える侍女……いえ、下女ですから」
「えーと、ツッコミどころ盛り盛りですがー……んん? というか、侍女と下女って違うんですか?」
「主人の側に侍って細々とした用事を言いつかるのが侍女で、主人がわざわざ近づくこともない裏向きのところで水仕事などをするのが下女……かと」
「ほほぅ……うーん、そうすると確かに、ルピスさんにはこれから下女のお仕事をしてもらうこともあるかと思いますけど……でも、わたしが近づかないところでどうこうってことも、あんまりないでしょうし……んっ! あれですね、侍女とか下女とかじゃなくて、住み込みのお手伝いさんくらいの感覚でよろしくです」
「お手伝いさん……つまり、職分にこだわることなく、命じられたことはなんでもやれ、と」
「そうなんですけど、もうちょいマイルドでいいですよーっ!」
「まいるど……ですか?」
「あ、マイルドは通じないです? ええとですね、命令は絶対だーっとかではなく、もっとこうふんわりしたニュアンスで……って、ニュアンスも通じないですかね? えっと、やれそうなことをやってくれたら助かるなぁ、みたいな感じです」
「そうですか……ああ、だからお手伝いなのね」
「はい、そういうことです」
どうにか言いたいことが伝わったみたいです。ルピスさんはふむふむと頷いています。
おっと、話はまだ続きがあるのでした。
「それからですね、こっちも別に遠慮とか気遣いとかしてませんよぅ」
「え……?」
「今晩えちえちしないのは、昨日たっぷりヤッたからです。まあ、ヤろうと思えば毎晩ヤれるんですけど……義兄さんが歓迎会用の料理を作りたそうにしているから、一晩くらい我慢して、普通っぽくご馳走を食べるパーティしましょうかー、って流れなわけですよ」
「はぁ……わけですか」
「はい。わけなんです」
小首を傾げるルピスさんに、わたしはこくりと頷きました。そのとき、なんとなく見つめ合います。
日暮れの暗闇と、蛍光灯みたいな白い魔法の明かり。そこに横から被さってくる、竈から漏れてくるオレンジ色の火の明かりが、ゆらゆらと陰影をなぞっています。
「巫女様は、ロイド……従者様とは義理の兄妹なのだと聞きました。それで、その……」
ルピスさんは沈黙を遠ざけようとするみたいに話しかけてきましたが、もそもそと口籠ってしまって聞き取れなくなります。でも、途中までの言葉で何となく察せました。
「わたしと義兄さんが血の繋がった兄妹ではないから、本当に家族なのか疑わしい……ですか?」
「違います!」
ルピスさんはぶんぶんと首を横に振ります。それに合わせて一緒に揺れる、火傷の治療のために肩上で切った銀髪のミディアムボブに思わず目を惹かれます。昨日の昼間に、ルピスさんが三日ぶりに目を覚ましたところを河原まで連れ出して、髪から爪先まで全身丸洗いしてあげたので小ざっぱりとしていますけど、ずっと放ったらかしにされていたという髪の傷みがそれで治ったわけでありません。
蜂蜜とユタカちゃん由来水を使った総天然素材リンスインシャンプーで何日かかけて髪に栄養補給させてあげれば、きっと蛍光灯でも天使の輪っかが煌めくくらいの艶々さらさら髪になるでしょう。そうなったらきっと、義兄さんなんかは馬鹿みたいに鼻の下を伸ばして見惚れちゃうんでしょうね。
「巫女様……?」
ルピスさんは、わたしが黙って彼女を見つめていたので不安になったみたいです。そんなつもりはなかったので、わたしは意図して笑いながら頭を振りました。
「べつに怒ってませんよ。綺麗だなぁって見ていただけです」
「えっ……え?」
きょとんとしてから、ぽっと目元を赤らめるルピスさん。
まだ出会って数日も経っていない関係ですけど、ルピスさんはただ立ったり座ったりしているだけでも育ちの良さが滲み出ていて、いいとこのお嬢様なんだなぁ、ってか王女様なんでしたっけ、納得ですよ……となるのですけど、河原で見せてくれた泣き顔や、いまの照れた顔なんかは年相応の女の子って感じでエモ可愛いです。仲良くなれたらいいなって思います。
……そのためにも、こういう話はさっさと済ませておくべきなのでしょう。
「つまりもうズバリざっくり聞いちゃいますけど、ルピスさんは義兄さんとお付き合いしたいので、わたしと義兄さんがそういう関係じゃないのかを確かめたいんですよね」
「あ、違います」
「そうですか。違うんで……えっ、違う?」
違うの⁉
「はい……あ、その……もちろん、ロイドに――あ、従者様には、」
「べつに名前を呼び捨てでいいですよ。というか、わざわざ言い直されるほうが嫌な感じですし」
「……いえ、従者様と呼ばせてください。私は既に公的な身分を失くして、巫女様と従者様の温情に縋っている身の上です。立場が違います」
「雇い主と使用人、みたいな」
「そうです」
「だから、身分違いの恋はしません、と」
「……そうです」
「そうですか……それだけですか?」
ルピスさんが頷くまでに微妙な間がありました。身分違いの恋を諦めようと決意するための時間だったのかとも思ったのですが、なんとなく後ろめたさを隠した顔にも見えたので、ちょっと追求してみました。すると効果は抜群で、ルピスさんの目がぐるぐると回遊を始めました。
「あ、うっ、あっ……あ、その……わ、私はただ、巫女様と従者様はお互いのことを本当のところ、どう思っているのか、ただ気になっただけで……その、ここは壁も扉もありませんから、そのような場所で父も母も違う男女が共に過ごしてきたのなら、その、昨晩のようなことも、あってもおかしくないのでは……」
しどろもどろの見本市みたいなルピスさん。立ち振舞の上品な銀髪の美少女さんがそういう仕草をするの、ギャップ可愛いくて狡いです。
「……って、ううん? ルピスさん、ルピスさん。それってつまり、ただの興味本位で聞いてみただけ、だったり?」
「あうっ」
「あ、ほんとに……ですか」
なるほど、なるほど。わたしたちがスマホでアイドルの噂やゴシップを探したり呟いたりするのと同じ感覚ですね。理解できます。というか、わたし自身が噂されるほうだったりもしましたし。
でも、そういうことなら話は早いです。
「わたしと義兄さんは本当にただの兄妹ですよ。それ以外の関係はありません。これまでも、たぶんこれからも」
「たぶん……」
「む……」
ルピスさんの呟きで、わたしは無意識にたぶんと付け足してしまったことに気が付きました。って……えぇ? わたし、無意識ではちょっとくらい、そういう可能性を望んでいたりするのですか⁉
「いや……いやいや、ない。ないです……よ、ねぇ?」
「は、なんでしょう?」
「あー……いえ、なんでもないです」
戸惑った様子のルピスさんにそう答えましたけど、戸惑っているのはわたしのほうですし!
「アルカさん、食事の準備ができました」
わたしとルピスさんが微妙な沈黙に困っていたところに、アンちゃんがそう声をかけてきました。アンちゃんはお姉さんのシャーリーさんと一緒に、竈のほうで義兄さんと板前ゴブさんが料理するのを手伝いに行っていたのですが、そちらの料理ができあがったようです。
「はぁい、いま行きまぁす」
微妙な話題になってしまった会話を打ち切るのに、じつにナイスなタイミングでした。わたしは心持ち大きな声で返事をすると、立ち上がってルピスさんに片手を差し出します。
「ルピスさん……まあ、妹のわたしがこんなのですから、一般的な兄妹の関係とはちょっとズレているのかもしれません。でも、やっぱり兄妹なんですよ。……って、口で言われてもピンと来ないでしょうし、これからルピスさん自身の目で確認していってくださいな、ってところでどうでしょう?」
「あ……はい、もちろん。誠意あるお返事をいただきましたこと、感謝いたします」
ルピスさんは深々と頭を下げると、わたしの手を取って立ち上がりました。
ところで、わたしとルピスさんが話をしていたのは、冬場の塒にしている洞窟前の広場、その端っこのほうです。広場の周りはぐるっと木々に囲まれているのですけど、夏場の夕暮れ時から日没にかけてのこの時間帯は、ちょうど夜風が吹き込んできて過ごしやすい場所なのです。そこにレジャーシート代わりの茣蓙を敷いて女子トークしていたわけです。
もっとも完全に二人きりというわけではなく、戦士さんと忍者さんが一名ずつ、こちらの視界に入らないところにさり気なく控えて護衛役をやってくれていました。隅っこのほうとはいえ、ここはマイホームのお庭とも言える場所ですから、護衛は必要ないと思うんですけどね。いまも護衛の戦士さんは小脇に丸めた茣蓙を抱えて運んでくれていますし、ただの小間使いさんにしちゃっているのが申し訳ないです。……じゃあ自分で茣蓙の片付けくらいしろよ、って話ですよね。でも、その分はお礼するからいいんですもんっ!
広場の中央に戻ると、いつもは特大の茣蓙を敷くだけのところに火が熾されていて、メロンサイズの石が何個も、その火をぐるりと囲む形で並べられていました。
石造りのコンロみたいな見た目だなぁと思っていたら、竈だとかのある調理場スペースのほうから一人の戦士さんが大鍋を抱えたやってきて、その石組みの上に鍋をそっと置きます。どうやらみたいじゃなくて、本当にコンロだったみたいです。
でも、なんでコンロ? 料理用の焚き火なら、調理場スペースに立派な竈があるのに。義兄さん、板前さんに大工さん二人組(戦士さん出身の大道具係と、忍者さん出身の小道具係の二人組)らが力を合わせて作った、汗と涙の結晶の竈が。
――という疑問はすぐに解消されました。
「今日は鍋だよ」
むむっと眉根を寄せていたわたしに、調理場からやってきた義兄さんが教えてくれました。
「鍋パですか。あっ、鍋だから卓上コンロ」
「そういうこと」
「パーティ料理ということで、きっと手が込んだものを作るんでしょうねぇとは思っていましたけど、こう来ましたかぁ」
「それは感心か、それとも呆れか?」
「感心ですよ。いいですよ、これ。すごい鍋パ感ありますもん。義兄さん、グッジョブです!」
わたしが手放しで誉め称えたら、義兄さんってば照れちゃいました。
「そ、そうか。まあ、みんなが頑張って用意してくれたものだから、後でおまえからもみんなにそれ言ってやってくれ」
「はぁい」
と、ここで義兄さんの目線がわたしから逸れて、隣にいたルピスさんを見ました。
「……ルピスも、有瓜と仲良くやれているみたいだな」
「ええ、お陰様で」
「俺が何かしたわけじゃないから、そう言われてもな。ハハッ」
「……」
義兄さん……そこは「そんなことないよ」「おまえがいい子だからだよ」とか言っておけばいい場面ですよ。どうして皮肉っぽいことを言っちゃうんですかね。そういうところが駄目なんですよね、義兄さんは。
「有瓜、なんで俺のことをそんな目で見る?」
「いーえー、べーつにー。そんなことより、ごはんごはぁん」
「あっ、そうだな。ご飯。せっかくの鍋だ、温かいうちに食べよう」
義兄さんはあっさりと話を切り上げ、お鍋の前にどっかと腰を下ろしました。
お鍋の周りには手早く茣蓙が敷き詰められていて、ゴブさんたちが次々と座って、ぐるりぐるりとお鍋を取り囲んでいきます。鍋で煮物をするのは珍しくないですが、いつもは鍋からお椀に取り分けたものを配膳して食べていますから、こうしてお鍋ごと運んできて真ん中にドンッというのは物珍しいみたいです。
「さてと、煮え具合もいい感じだが……有瓜、挨拶とかするか?」
「いえ、いいです。早く食べましょ」
さっきからいい匂いの湯気が漂ってきていて、お腹が鳴りそうです。歓迎会は今日で二日目ですし、ルピスさんの紹介とかも昨日までにやっちゃってますし、もう食事でいいんじゃないかなって思います。
「巫女様もこう言っていますし、早くいただきましょう」
この歓迎パーティの主賓であるルピスさんも、わたしと同意見でした。
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いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
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不定期更新、更新遅進です。
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※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
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