義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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4章

66-1. 偽りと本物と ルピス ★

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 私が意識を取り戻して最初に感じたのは、鼻をくすぐる優しい匂いだった。
 香辛料を漬け込んで甘くした乳酒に、さらに蜂蜜と乳脂バターを足して人肌に温めたものを、冬の寒い日に飲む。それが、私の大好きな時間だった。

「……」

 自然と瞼が上がっていく。思っていたより長く眠っていたのかもしれない。目の焦点が合うまでに数秒かかった。
 やがて見えたのは、たぶん布張りの天井だ。私は仰向けに寝かされていた。毛布の類は掛かっていないけれど、背中に当たる敷物はそれなりに柔らかい。頭の下には、これもそれなりに柔らかな枕の感触もある。
 王城でいつも使っていた寝台とは比ぶべくもなかったけれど、それでも私が丁重に扱われているのだと感じ取るのには十分だった。

「起きましたか」

 そう声を掛けられて初めて、私は枕元で誰かが看病してくれていたのだということを知った。
 仰臥したまま声の主を目に入れるや、私の唇から、その言葉が零れた。

「本物の巫女……」
「……はい?」

 枕元の少女は、その愛らしいかんばせを不思議そうに傾げる。私は唯々、惚けたようにそれを見つめた。
 磨き上げた黒い貴石のように艶めく御髪。ここはあまり日差しの入ってこない場所のようだけど、そんなことはお構いなしに艶めいている。毛先が微妙に不揃いなのが玉に瑕だけど、それもまた逆に良し、と思わされてしまう。

「ええと……熱とか大丈夫です?」

 黒髪の彼女は顔に戸惑いの色を浮かべつつも、その磨き上げた白磁のような手を、寝ている私の額にそっと伸ばしてきた。
 あ……眉毛もだ。薄暗さのせいですぐには気づけなかったけれど、よくよく見れば彼女の眉毛はしっかり手入れされている。
 私は貴人としてこの世に生まれ落ち、香の焚かれた私室で大勢に身繕いされる暮らしから、埃臭い戦陣で戦装束を脱ぐことのできない日々や、鼻を捥ぎたくなるほど辛い獄中に垢塗れで転がっていたことまで経験してきた女だ。だから、断言できる。身なりを整える、美貌を磨くという発想は、満ち足りている女にしか持ちえないものだ、と。
 美しくなりたいと思うことに貴賤の隔たりはないけれど、その思いを形にできるのは、日々の暮らしに追われる必要のない女だけ。だから、髪を丁寧に梳り、眉の形を整えて、指先を瑞々しく保っていられる彼女は満ち足りている女だ。

「……貴女が本物なのですね」

 急に自分が恥ずかしくなった。
 私が髪や眉に気を払わなくなって、もう何日、何十日が経っただろう? 処刑が未遂に終わった、あの竜が空を焼いた日。あの後から急に扱いが良くなって、湯浴みや散髪もしてもらえた。でも、それから時を置かずにフッカーたちと逃げることを選んだ。
 ……フッカーたちに連行された、とは言うまい。
 あそこで断れば、彼らは私を殺していたかもしれない。実際、選択の余地はなかったのかもしれない。でも、私が彼らと逃げることに納得したのも事実だ――それが、選んだのではなく、選ぶことを諦めただけだったのだとしても。
 ともかく逃避行が始まって以来、身繕いと呼べるようなのは、濡らした手拭いで顔と身体を拭くことぐらいしかしてこなかった。つい先日、従者様に連れられていった泉でも結局、水浴びらしいことはしなかったし。
 いまの私は汚泥に塗れた石ころだ。目の前にいる貴石のような彼女とは違う。彼女の目に映っていることが恥ずかしい。惨めになる。
 ……従者様はよく、私を抱いたものね。この女性ひとを知っていただろうに、よくもまあ、その気になれたものだこと。城で暮らしていた頃に、殿方は抱ける相手ならお構いなしな生き物だと教わっていたけれど、その通りだったのね。

「ええと……あんまり見つめられるとドキドキしちゃいますね、なんて……」

 黒髪の少女はぎこちなく頬笑む。私の視線を振り解こうとするみたいに、目が泳いでいる。そんな崩れた表情も唯々、愛嬌を振りまくものでしかない。

「って、喋れないわけじゃないですよね……あっ、もしかして言葉が通じていないとか!? それだと困りましたね……」

 困り顔も可愛いので、もう少し眺めていることにする。

「うぅ……ラヴィニエさんは、この辺りの国ならだいたい日本語で通じるって……んっ♥ んぉ、っふ……うぅ♥」

 え……?
 あまり黙っているのも印象が良くないし、そろそろ何か話さなくては――などと思っていたら、彼女は急に、まるで誰かに摘ままれたみたいに眉根をきつく寄せて、ぶるりと身を竦ませた。
 一瞬、彼女は何かの病気を持っているのかと思って慌てた。でも、顔を見てすぐに、その考えが間違いだと悟った。
 眉を顰めたその顔は、とても淫靡だった。以前までの私だったら分からなかったかもしれない。でも、今の私にはすぐに分かった。
 この黒髪の少女は苦痛で呻いたのではない。私が従者様の腕の中に初めて抱き竦められたとき、唇から自然と漏れた吐息と同じ湿りを感じた。それはだから、つまり……黒髪の彼女は私に話しかけている最中になぜか突然、官能の吐息を漏らしたということだ。
 ……なぜ? 分からない。
 彼女はべつに、誰かに抱き締められたりしていない。いくら薄暗くとも、ここに私と彼女以外の人がいないことくらいは分かる。彼女は誰かに触れられているわけではない。それに彼女の両手も、私から見えるところにあって、堪えるように拳が握られているから、自分で自分を慰めているわけでもない。
 じゃあなぜ? どうして喘ぐの?
 混乱している私に、黒髪の彼女はひくんひくんと小刻みな身震いを繰り返しながら、上気した頬を左右から摘ままれるみたいにして照れ笑いした。

「え、えへへ……いまちょっとでして、急にビクってするかもですが気にしないでくだしゃッ♥ んひゃっ♥ んぁ、ちょっ、強おぉッ♥ おっおぅおぉッ♥」

 ……照れ笑いどころの可愛い顔ではなくなった。なのになぜか益々、私は目が離せなくなった。
 愛らしく整っていた顔が見る影もなく歪んだというのに、なぜか醜いと思えない。見ているうちに鼓動が昂ぶる。彼女の嬌声が耳に粘り着くようだと思ったら、私自身の湿った吐息が口蓋の内で渦巻いている音だった。

「あっ、っ♥ いっ、いぃ……んんぅ! こっ、これ、アンちゃんですね!? お腹の壁にごりごりキツす、ぎっ♥ いっ、ひいいぃッ♥♥」

 彼女は悍馬に跨がる騎士のように、腰を激しく前後させて嘶いている。振り乱される黒髪が、寝覚めに嗅いだ甘い乳酒の香りを吹きかけてくる。

「ん……ッ……♥」

 私の呼吸も、気がつけば逸っていた。
 胸が高鳴っていた。全身の産毛が逆立ち、腹の内から温みが溢れ出してくる。じつはからずっと違和感が残っている股座の隙間にも、じくじくとした潤いが満ち始めている。

「あ……ふっ……♥」

 私の右手は、気がつけば股間に伸びていた。
 心の隅のほうでが「なんて、はしたない!」と悲鳴を上げているけれど、傍らで激しく身悶えている少女の喘ぎ声で掻き消されてしまう。
 彼女がどうして急に悶えだしたのかが気になる気持ちもあったのだけど、彼女の声と匂いと揺らめく肢体がどんどん私を馬鹿にしていく。そんなことより自慰したい。
 心の欲するがまま、私は右手の中指を潤んだ隙間に食い込ませて、上下にずるりずるりと掻き掃除し始める。

「ん、っ、うぁ……ぁ……♥」

 全身を揺すって身悶える彼女に比べたら慎ましやかなものでも、私は人前で淫らな吐息を漏らしてしまった。
 はしたない、ふしだらだ――心の隅のほうで清らかな私が叫んでいるのを聞くまでもなく、本当にそうだと思う。でも、気持ち良さには抗えない。目の前でこんなにも満たされた顔で身悶えているひとがいるのに、私だけ我慢しているだなんて嫌だ。

「あっ、ふぃ――ッ♥ ……ふぇ、嘘ぉ……お腹の壁、ぞりぞりしながらっ、っ……奥の、ほうまでっ……おっ、おおぉッ♥ しゅごっ♥ これっ、おぉ♥ 奥とっ、お腹とっ、どっちもぉ♥ おっほおおぉッ♥ エアち○ぽ二本差しプレイやっばあぁッ♥♥」

 嬌声混じりの淫らな言葉が、私の身体を火照らせる。ときどき意味の分からない言葉も混ざっているけれど、それがいやらしい言葉なのだと確信できる。
 いやらしい言葉を張り上げて、艶めく黒髪を振り乱して悶える少女。愛らしさと淫靡さとを行き来する顔から目が離せない。そして鼻腔には、汗ばむ彼女の温んだ匂い。
 感覚のひとつひとつが彼女の媚態で塗り潰されていく。意識が奪われていく。だから、股間の割れ目に食い込んだ指が、全力で這う蚯蚓のようにのたくっているのは私の意思ではない。指の付け根が丸い突起を捏ねくるたびに弾ける甘い痺れのせいだ。でも……足りない。
 従者様と泉で抱き合ったあのとき、彼もこの突起を擦ってくれた。もっと前から、ここを触ると気持ち良くなることは知っていたけれど、従者様に触ってもらうのは自分で触るよりも格段に気持ち良かった。あの気持ち良さを知ってしまった後では、自分の指でどれだけ忙しく擦っても、物足りなさが強まるばかりだ。
 ああ、彼の指が欲しい。もっと欲しい。刺激が、温もりが、もっと――

「おっ、んぉ……ぁ……ごめんなさい、わたし一人で……んぁ♥ 楽しんじゃって、てっ♥ んぅあ♥」

 黒髪の少女に、私が自慰していることに気づかれてしまった。でも、それを恥ずかしいと感じる暇はなかった。

「はい、お裾分け♥」

 彼女がそう言って微笑みながら、私のお腹に手を載せた途端――どくん。
 臍の奥に突然、火が灯った。火は轟々と燃え盛りながら渦巻き、暴走して、あっという間もなしに私を呑んだ。

「ひ――ッ……♥ ひっ……んは――ッ……あぁ……ッ♥♥」

 喉が痙攣して悲鳴も出せない。
 全身の肉という肉が、業火の如き快楽で一瞬のうちに、どろどろに融かされた。喉も手足も動かせない。目を瞑ることも口を閉じることさえ、できなくなった。目玉と舌がひりりと乾く。その渇きを拭おうとして、涙と唾液が溢れてくる。
 あ……いけない。駄目。顔から溢れてしまう汁はまだ許せる。でも、そっちは駄目。止まって。出ないで……あ、出ちゃ、あ、ぁ……!

「あ……刺激、ちょっと強すぎましたか……」

 黒髪の彼女にも気づかれてしまった。毛布があれば隠せたかもしれないけれど……いいえ、その場合でもどうせ後で気づかれるのだから同じことか。
 ああ、それにしても何という恥辱。この年齢としにもなって粗相など……あっ、嘘!? そんな、また!? いま出した、ばかり――あっ、あ、あ……ッ♥♥

「わっ、今度はこれ、潮吹きですね。イき失禁しょんから潮吹きのコンボとは、なかなか有能ですねっ」

 揶揄にしか聞こえない言葉だけど、不思議と褒められているように聞こえるのは、もしかしたら彼女が本当に褒め言葉のつもりで言っているからなのかもしれない。
 ……どうでもいいか。いまはとにかく、突然の強烈な法悦で融けきるまで弛緩しきった身体を休ませたい。
 でも、そんなささやかな願いは叶えてもらえなかった。

「ふぁ……ぁ!? んぅあぁ! あっ、あぅあっ♥ あっ、あっ♥ っはうあぁッ♥♥」

 私をたった数秒でおかしくさせた衝撃は、まだ終わったわけではなかったらしい。小休止していただけだったようだ。
 股間からお腹の奥、臍の裏側あたりまでへと片手を押し込まれて無遠慮に出し入れされるみたいな暴力に等しい快楽が、私を今一度、失禁させた。

「ひゅゆううぅ――ぅひゃああぁぁッ♥♥」

 尿意を抑えるだけの力も入らない下半身で言い知れぬ解放感を味わいながら、ひとつ分かったことがある。
 叩かれると痛みの代わりに快感が走る魔法の鈍器で臍の奥をどかんどかんと散々に殴打されて意識が飛びかけるというか確実に一瞬ふわっと飛んだとしか表現できない感覚に陥ることを絶頂と呼ぶのなら――私は絶頂を味わっているのだ、と。

「こ、んなの……これが絶頂に達するということ……」

 そうなのだとしたら、従者様と肌を合わせたとき、私は一度も絶頂に達していなかったことになる……いいえ、違う! いえ、違わないけど、達していなかったかもしれないけれど、幸福感はあった。従者様のものを一番深いところまで受け入れたときの、痛痒いのも気にならなくなるような満足感は他に代えがたいものだった。あの満ち足りた、柔らかな毛布にくるまれて迎える二度寝の微睡みに似た時間は、いま強制的に味わわされた絶頂感の暴力と比べていいものではない。だからつまり、従者様との交合も気持ちいいものだった、で良いのだ。絶頂したかどうかに関係なく、満足したのだからそれで良いのだ。良いのだ。
 良いのだ、良いのだ――自分への言い聞かせに成功した私は、安心しながら、すとんと意識を手放した。
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