義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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4章

65. 偽りの対価 ロイド

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 忍者ゴブリンたちには、無闇にデカくて獰猛な危険地帯の草食動物たちの骨から削り出した笛を持たせている。彼らは洞窟近辺の警邏を買って出てくれているため、狼煙よりも手軽で使い捨てにならない遠隔地への伝達手段として持たせていたものだ。
 持たせて間もない頃は、忍者たちもなんでもないことでぴぃぴぃ吹き鳴らしていたけれど、最近は飽きてきたのもあるのか、必要なときにしか吹かないようになっていた。
 それがいま、間違いや冗談ではないと断じられるほど強い音色で吹き鳴らされたのだ。

「従者様」

 ラヴィニエが厳しい表情で俺を見る。

「私は先ほどのレーベン国の一党と別れる際、忍者二名に連中が森を出ていくまでの監視を頼んでおりました」
「行かなくちゃ!」

 ルピスの身が危ない――そう思ったときには、身体が勝手に動き出していた。

 斜面に茂る木々を身体で掻き分けて走った。無我夢中で走ったけれど、身体が道程を覚えていたのか、気がつくと前方から物々しい怒声と金属音がしてきていた。
 金属音は、刃と刃が打ち合う音だ。
 前方で――ルピスを老臣フッカー卿らの一団に送り届けて別れた場所で、戦闘が起きているのだ。

「ルピス――」

 駆けてきた勢いそのままに飛び込んだ俺が真っ先に見たのは、大の字に倒れた身体を三人の騎士から滅多刺しにされている忍者ゴブリンの姿だった。

「おまえ!」

 俺が大声を発すと、俺が茂みを掻き分ける音には気づかなかった騎士らもようやっと俺に気がつく。

「何者だ!?」
「むっ、貴様は先ほどのペテン師!」
「そうか、手懐けたゴブリンを取り返しに来たか。だが遅かったな。卑劣にも数を頼んで取り囲むような真似をされなければ、ゴブリンごときはこれこの通りよ!」

 騎士どもは口々に嗤いながら、血溜まりに倒れている忍者の腹や胸へと、これ見よがしに剣の切っ先を突き立てた。忍者は既に事切れていて、痙攣もしなければ、血を噴き上げることもない。だから、三人の騎士に今更どれだけ刺されようと嗤われようと、こいつが苦しむことはないので問題はない。
 ――阿呆か。問題しかねぇわ!

「うおおぉッ!!」

 俺は腰に下げていた剣を抜き、咆吼を上げて騎士どもに斬りかかった。
 御託はいい。こいつらは仲間に手を出した。仲間を殺した。なら、殺す。考えるのはそれからだ。

「馬鹿め、三対一で勝てると思ったか!」
「いや、七対一になるぞ」
「ふはは! 囲んで切り刻んでやる!」

 忍者の死体を辱めていた三人に遅れて、新たに四名の騎士がやってきた。どいつもこいつも、こちらに対する敵意と、数の優位からくる嘲りを隠していない。だが、その余裕が仇だ。
 追加の四人が合流する前に、俺は最初の騎士三人を無力化していた。
 何も難しいことはない。激情に任せて踏み込み、剣を振り抜く。それを三回繰り返しただけだ。騎士どもは三人とも剣と丸盾を握っていたが、俺の動きに反応できた奴は一人もいなかった。
 三人とも俺と一合も打ち合うことなく、俺の剣で利き手の手首を切り裂かれた。全員きっちりと鎧を着込んでいて手首も籠手で守られていたけれど、手首一帯は可動部位を確保するために強度が甘くなっていたから、剣の切っ先で突くようにしてやると簡単に血管と神経を切り裂いてやれた。本来なら右小手を守って然るべき左手の丸盾は、こいつらが余程弱いのか油断していたのか、明後日の位置で遊ばされていた。

「うごぉッ!?」
「ぐぁッ!!」
「馬鹿な、ま――ぎゃあぁッ!!」

 握っていた剣を取り落として、手首から鮮血を撒き散らしながら叫ぶ三人。実に弱い。数時間前にあしらってやった奴……確かビズウィー卿とか呼ばれていた四十路の騎士よりも雑魚だった。最後の一人に至っては、俺に小手打ちされる前に自分から剣を捨てて降参しようとしたほどだ。今更許すわけねぇだろ、馬鹿が。
 迅速に三人を処理したところで、増援の騎士四人が怒気で真っ赤になった顔を並べて駆けつけてくる。その勢いで斬りかかってくるかと思ったが、四人とも抜き放った剣の根元を丸盾の内に隠すように構えて立ち止まると、腰を落としたバスケ選手みたいな体勢になって左右に動き、じりじりと俺を包囲しようとしてきた。
 どうやら、仲間三人が瞬殺されたのを見て慎重になった――いや、腰が引けたようだ。だから、今更そんなつまんねぇ真似してんじゃねぇよ。

「おぅらあぁッ!!」

 俺が巻き舌気味に吠えてやったら、それだけで正面の一人はびくっと身を硬くさせたから、俺はその隙に合わせて氷上を滑るように踏み込み、そいつが反射的に盾を突きだしてきたところで外側へと回り込むと、伸びきっている左腋下へ、手首を返すことで小さく振った剣先で潜り込ませて、そこを走る動脈やら神経やらの束を切り裂いてやった。

「ぎゃッ!!」

 汚い悲鳴を躱しながら、隣で動けずにいる二人目の騎士に斬りかかる。こいつは剣も盾も動かせないほど怖じ気づいていたので、構える位置が下過ぎる盾から丸見えの喉を、さっと伸ばした剣先で突き破ってやった。

「うべぇ……ッ!!」

 くるっと身を翻して、三人目。すでに剣を上段に振りかぶっていたけれど、遅い。こちらから踏み込みながら擦り上げた剣でそいつの手を打って、剣を握る手の小指を切り飛ばしてやった。籠手を嵌めていたって、指が出ているタイプなのだから、もっと気を遣え。というか盾を使え、盾を。

「ああぁッ!!」

 三人目は悲鳴を上げて剣を取り落としたけれど、なんのつもりか背中を丸めて、ちょうど斬りやすいところまで首を下げてくれたので、無防備な項部首の後ろに剣の刃をすとんと落としてやった。

「きええぇッ!!」

 背後から男の奇声。四人目がようやく斬りかかってきた。でも、ようやくだ。今更だ。遅すぎる。
 俺は振り返らずに前方へと大きく踏み込んで、項部から血を噴射させている三人目の身体を盾にする。

「ひきょ――」

 蹈鞴たたらを踏んで、卑怯な、とか言いかけた四人目に、後ろ蹴りの要領で三人目の身体を蹴りつけてやった。思ったよりも力が乗ったのか、四人目はバランスを崩す程度では済まずに背中から地面に激突。金属片を縫い合わせた鎧が耳障りな音を立てた。
 俺は踏み込みからのサッカーボールキックで三人目の死体を蹴り飛ばして、血溜まりに沈む忍者と同じ姿勢になった四人目の胸板を踏みつけ、

「ま――ぎぇッ!!」

 興醒めなことを言いそうだった喉首を、切っ先を下にした剣を落として黙らせてやった。喉に開いたふたつ目の口から噴き出る血を、素早く飛び退いて避ける。さらに増援はあるかと周囲を探るも、物音がしたのは俺の後方からだった。

「従者様、一人で行かないでください」

 息を切らせて追いついてきたラヴィニエが苦言を呈してくる。その背後には大小のゴブリンが従っている。忍者がついてくるのはともかく、戦士たちまで追ってきてくれたのは少し意外だ。きっと、有瓜が行くように頼んでくれたのだろう。

「七人斬りですか。お見事です」
「ラヴィニエが鍛えてくれたからだな。ともかく、騎士どもこいつらは敵ってことでいいらしい」
「――そのようです。忍者かれはルピス様を連れてここまで逃げてきたところで、この騎士二名に追いつかれて戦闘になったようです」
「ん? ……あぁ、過去視か。便利だな」
「このようなときに使ってこそのものですから」

 ラヴィニエは微笑すると、すぐ横手の藪に向かって呼びかけた。

「ルピス様、女王陛下。もう大丈夫です。助けに参りました」

 藪が、がさがさ、と震えて返事をする。瞬間的に身構えた俺たちの前に、ルピスが這い出てきた。

「ロイド……ああ、ロイド!」

 遮る枝葉を突っ切ってきたためか、髪は乱れ、肌には擦り傷、衣服にもほつれが出来ている。

「ルピス、無事だったか――何があった?」

 衝動的に抱き締めたくなったけれど、目の端に見える忍者ゴブリンの遺体が、それを許さない。ラヴィニエの過去視だけでは分らない、こうなった理由を訊かなければならなかった。

「わ、私が皆の説得に失敗して、襲われそうになったところを、このゴブリンたちが助けに入ってくれて……でも、私は最初に突き飛ばさたときに足を挫いてしまっていて、まともに逃げることも叶わず、ここで茂みの中に隠されて……それで……」

 ルピスは自分を匿ってくれたゴブリンの遺体を見つめて、一粒の涙を零した。だが、泣いたのはそれだけだ。

「従者殿、もう一人のゴブリンがこの先で戦っている。早く助けに行ってくれ」
「分った」

 俺は言うなり駆け出す。

「あっ、従者様! 戦士と忍者、一名ずつ残って彼女を守れ。他は私に続け!」

 駆け出した俺の背後で、ラヴィニエがゴブリンたちに命令するのが聞こえた。リーダー役を任せられるのがいると気が楽だ。俺自身が衝動のままに動ける。
 さっき斬った騎士のうち増援の四名が飛び出してきた藪を抜けると、木々の間隔が一気に広まる。というより、ルピスを連れて逃げることになった忍者が選んで、隠れ場所の多い藪のほうへと進んだのだろう。

「うぬっ、貴様は!」

 比較的開けたところに出てすぐ、前方からやってきた騎士が五、六名、血走った目を俺に向けてきた。どうやら全員、俺を覚えているらしい。

「陛下を姦婦に堕とした悪党め!」
「のこのこと戻ってきたか、下郎が!」
「こちらから斬りに行く手間が省けたわ!」
「手下のゴブリンがいなければ、貴様ごときに後れを取る我らではない!」

 ……他にも口々に喚き立ててきたけれど、聞き分ける必要を感じなかった。

「煩い」
「ぎゃッ!!」

 無造作に突き出した剣が、一番近くにいた奴の両目をまとめて貫いた。

「き、貴様!」
「卑怯な!」

 いや、敵を前にして剣も抜かずにくっちゃべっているほうが悪いんだろ。あ、悪いのは頭か――なんて嫌味を言うのも億劫なので、返事の代わりに、いま目潰しした騎士の腹に思いきり前蹴りをかましてやった。

「げぇ――」

 その騎士は嘔吐するような声を上げて吹き飛んだ。蹴り足に思ったよりも力が乗ったようで、バランスを崩すだけに終わらず、背後にいた騎士を巻き込んで背中からぶっ倒れた。

「なッ!?」
「このッ!!」

 ようやく剣を振りかぶった騎士どもに視線を走らせる裏で、頭の一部が「俺の蹴り、鋭すぎ」とか「股関節も膝も滑らかすぎ」「というか体幹やばすぎね」「背筋と尻筋、瞬間パンプアップしたような」とか不急な思考を走らせている。

「――っと」

 半ば無意識に突き動かされて一歩下がったところを、十時と二時の方向から振り下ろされた二振りの白刃が遅れて通り過ぎていった。
 いまのは少し危なかった、脇見運転は止そう――と気持ちを切り替えて反撃に転じようとしたのと同時に、いま俺に斬りかかってきた騎士二人の顔に短剣が生えた。

「ぎゃあッ!?」
「がッ!!」

 一方の騎士は左目から、もう一方のは鼻筋から、柄を上にした短剣を生やして絶叫している。柄側を斜め下に向けて生やしているその短剣には見覚えがあった。忍者たちが持ち歩いている、柄の太い苦無くないみたいな形の短剣だ。
 まあつまり、俺に追いついた忍者二名の投げ打ちした短剣が、騎士二人の顔面に見事ぶっ刺さったというわけだった。
 ゴブリンたちの攻撃はそれだけで終わらない。爆ぜるような音をさせて藪から飛び出してきた戦士ゴブリン二名が、剣を取り落としてナイフの生えた顔を押さえる騎士二名に体当たりした。
 ゴブリンはよく小鬼とも呼ばれるけれど、戦士ゴブリンはその異称にそぐわない巨漢揃いだ。その巨躯が速度に乗ってぶちかまされたのだから、山歩きにそぐわない鎧を着込んだ騎士であっても受け止めることは叶わなかった。
 ぶちかまされた騎士二名は、背後にいた騎士を巻き込んで吹っ飛んだ。

「でかい!」
「トロールだと!?」

 ボーリングに巻き込まれなかった騎士どもが、剣を構えたまま色めき立つ。その動揺が命取りだった。
 ぶぉん、と風が唸って、騎士の一方が倒れた。騎士の臍あたりから真上に向かって振り抜かれた戦士の拳が、騎士の顎を跳ね上げたのだ。俺直伝のショートアッパーだ。腕を畳んだ距離での、しかも体重を乗せにくい縦のパンチだったが、固定した肘と手首で支えた拳を腕や肩ではなく体幹の爆発で撃ち出すべし、という俺の教え(ネットの受け売り)が活きていた。
 戦士たちは身体がデカい分、俺や忍者との稽古では剣の内側に入られると難儀していたので、ちょっと教えてみたやつだ。ネットと漫画からの知識でも馬鹿にしたものじゃないな。まあ、戦士こいつらに格闘の才能があっただけとも言えそうだが。
 一方の騎士がアッパーで顎をかち上げられて両足と意識を宙に浮かせたのと同時に、もう一方の騎士も、斜め上から落とされた肘打ちティーソーク鼻根両目の間に食らって「めぎょッ!!」と呻いて意識を閉じた。顔の中心はだいたい急所だから、そこに一発ぶっ込んでおけばだいたいオーケーと教えていた俺は間違っていなかった。
 剣を構えて立つ騎士はまだ何人か残っていたけれど、最初の二人が投げナイフにやられてからの数秒ですっかり呑まれてしまっていた。剣を放り出す者はいなかったけれど、腰が引けている。そんな文字通りの意味で及び腰の奴らに負けるほど、うちの連中は弱くなかった。
 戦闘はその後、数十秒で終わった。居合わせた騎士は全員、ゴブリンたちの剣の錆になった。打撃で重傷を負わされた者も、しっかりと剣で止めを刺された。
 まだ温かい血溜まりに折り重なっている死体を数えて、俺は記憶を手繰る。

「たぶん、あと三、四人、残っているはずだ」

 死体の顔を確認したが、老騎士フッカーや四十路騎士ビズウィーはいなかった。ルピスを助けたもう一名の忍者も見当たらない――ということは、この先で戦っているに違いない。

「行くぞ」

 俺は宣言しながら前進を再開させた。
 この辺りは木々が開けているため、残りの騎士はすぐに見つかった。
 進む先に、白髪白髭の老騎士と黒髪の高年騎士が立っているのが見える。その傍らにはバケツをぶちまけたような血溜まりが広がっていた。
 ……血溜まりの中に散乱している大小の塊を、最初は忍者ゴブリンだと理解できなかった。

「貴公、やはり来たか」

 老騎士フッカーが俺を見つける。疲れた顔だ。こんなに皺の深い顔だっただろうか。

「遅かったな、ペテン師。そちらの方向から来たということは、陛下を追った者たちは皆殺しにされたか」

 四十路騎士ビズウィーの顔も、数時間前とは別人のよう落ち着いている。そこに見て取れるのは唯々深い諦観だった。

「何故、おまえらはルピスを追いかけなかった? 歳だからか」

 俺が投げた質問のような挑発に、二人は失笑を浮かべる。

「追いかけて何の意味がある」
「役を捨てた役者など、どこぞで勝手に死ねばいい」

 二人の返事に、俺はぎょっとさせられた。二人の言動には演技臭さを感じていたけれど、ここまで赤裸々にぶちまけてくるとは思っていなかった。
 俺の心を読んだかのように、老騎士が皺だらけの口元を歪める。

「我らは全員、ルピス殿下の勝利に身命を賭した同志。殿下の登極なくして命は残らず。故に、殿下が諦めたのなら、我らに最早、道はなし」
「行く当てはなく、帰る郷もなし。かくなる上は皆で姫の厚情を賜った後、共に腹を召そうではないか――となるのは当然だろう?」

 老騎士の言葉を引き継いだ四十路の騎士が、さも面白いことを言ったとばかりに、くっくっと喉を引き攣らせて笑った。

「なら、おまえらだけで勝手に召していればいい。ルピスを巻き込むな」
「そうだな。べつに殿下が我らの自裁に付き合う必要はない。事実、私とフッカー卿は殿下を追いかけていないだろう?」
「……他の奴らが追うのを止めなかっただろ。それに、おまえらは俺の仲間をった。それだけで殺す理由は十分だ」

 俺は剣を突きつける。だが、白髪頭と黒髪の騎士二人は尻込みもせず、気色ばみもしない。疲れた顔と諦めた顔を並べているだけだ。……凄んで見せた俺が馬鹿みたいだ。

「く、くく……」
「ふはは……!」

 老騎士が失笑すると、触発された高年騎士も肩を揺らして笑い出した。

「何が可笑しい!?」

 思わずカッとなって声を荒げた俺に、高年騎士のほうが嘲りを飛ばしてきた。

「自裁しようという相手に向かって、殺してやる、だぞ。末期に聞く台詞としては上々すぎるほど滑稽だ。そりゃあ笑うさ、笑うとも……ふはは!」
「ぐっ……煩い、死ねぇ!」

 口喧嘩で負けて顔真っ赤にしながら斬りかかる俺、鬼ダサい。そう思ったけど、どのみちこうする流れだった。相手が自暴自棄で斬りかかってくるかと思っていたのが、相手の挑発に乗った俺が斬りかかる流れに変わっただけだ。

「おおぉッ!!」
「従者様! ――全員、かかれ!」

 俺が吶喊すると、ラヴィニエとゴブリンたちも追いかけてくる。

「ふん……」
「来るがいい」

 騎士二名が剣を構えた。
 戦闘はものの数秒で終わった。一対一で俺に勝てなかった男と老人が、多勢に無勢を覆せるわけがなかった。

「フッカー……ビズウィー……」

 いつの間に来ていたのか、ルピスが俺の横に立って、自分の腹から溢れる血溜まりに突っ伏して動かなくなった死体ふたつを悲しげに見つめていた。
 その間に、俺たちは無残にも切り刻まれた忍者ゴブリンの遺体を拾い集めた。回収するのには、四十路騎士ビズウィーの遺体から剥ぎ取ったマントを風呂敷にして使った。遺体からマントを剥ぎ取るときにルピスは少しだけ眉を顰めたけれど、とくに何も言ってはこなかった。
 誰もが無言の時間。
 ゴブリンたちはわりと駄弁るのが好きな奴らだけど、さすがにいまは消沈しているようだった。
 黙々とした時間。物音だけがする時間。
 だから、その音はいやに朗々と響いた。

「あっ」

 女性の声と、それを圧倒する轟音。
 反射的に振り返ると、うつ伏せに倒れたルピスが背中から火を吹いていた。

「え……?」

 状況の理解が追いつかない。何が起きた? どうしてルピスが倒れて……燃えて?

「従者様、そいつです! 老人のほうがまだ生きています。そいつが火の魔術で、背を見せたルピス様を撃ったのです!」

 ラヴィニエが指差した先には、老騎士の死体が――違う、死体ではない! 生きていた! 老騎士は瀕死ながらも生きていて、うつ伏せのまま蒼白な顔と右手を上げて、燃え上がるルピスを見つめていた。
 死んだふりをして俺たちを出し抜いた老騎士の顔に、だがしかし、してやったりという愉悦はなかった。斬り合う前と同じ、疲れ果てた皺だらけの顔があるだけだった。
 駆けつけたゴブリンがその首を掻き切ったが、老騎士は一切抵抗しなかった。

「あ――ルピス!」

 俺が惚けていたのは五秒か十秒か、もっとなのか――よく分らない。でもとにかく、動かなくてはならない。何かしなくてはルピスが死んでしまう! とにかくその恐怖に駆られてルピスに駆け寄った。

「う、あぁ! 熱い……!」

 ルピスは背中の火を消そうとして地面をのたうち回っている。俺は咄嗟に剣を抜いて、縮れながら燃えている銀髪を引っ掴み、根元近くからばっさりと切り落とした。次いで、背中が大きく焼け焦げた衣服も乱暴に切り裂きながら脱がせると、火はルピスの身体にまとわりつくのを止めた。だが、老騎士の撃った火炎弾に直撃された背中は、全体が酷く焼け爛れてしまっていた。

「くそっ、あのじじい! なんてことしてくれやがったんだ!」

 散々「陛下、陛下」と呼んでいた娘を死んだふりしてまで殺そうとするなんて、なんて偏執的な糞野郎だ!

「う……ぅ……」

 あっ、いまはそんなことよりルピスだ。火達磨は回避できたけれど、火傷が酷い。確か、皮膚の三割が火傷すると命に関わるんだったか……とにかく、背中全面の火傷なんてものはすぐに治療しないと不味いに決まっている。

「ラヴィニエ、魔術で治療できないか!?」
「多少冷やすだけなら……」
「それで構わない。すぐに頼む」

 ラヴィニエはうつ伏せで臥せっているルピスの傍らに跪くと、彼女の痛々しい背中に両手を翳して表情を引き締める。精神集中に十秒ほどかけた後、両手から吹きだした冷気が爛れた皮膚を包み始めた。

「あ……」

 苦しげに呻いたルピスの眉間が、少しずつ緩んでいく。だけど、皺が完全に消えることはないし、額にびっしりと浮く脂汗が止まる様子もない。

「従者様、私の魔術ではこの程度が限界です。これ以上は神官殿ならば、あるいは……」
「分った。これだけでも凄く助かったよ、ラヴィニエ。ありがとう」
「いえ」

 悔しげにするラヴィニエとは反対の側から、俺はルピスを抱き起こす。

「ルピス、大丈夫だ。助けるからな」
「……」

 ルピスは頬笑んだように見えた。でも、次の瞬間にはふっと力尽きるように目を閉じて、気を失ってしまった。
 気絶した人間の身体は重いと言うが、このときの俺には全く気にならなかった。
 俺はルピスを背負って洞窟へと駆け戻った。
 道中の藪は、戦士たちが先行して掻き分けてくれた。余裕が無かった俺の代わりに、ラヴィニエが色々と指示を出してくれたおかげだった。
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