義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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4章

56-3. 悪阻の解消法 アルカ

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「ドルチェが欲しい……」
「ほれ、冷たいのだ」
「アイス!?」

 蹲っているわたしの鼻先に義兄さんが差し出してきたのは、木彫りの器にぼてっと盛られたアイスクリームでした。

「惜しい。アイスじゃなくてシャーベットな」
「どっちでもいいです。冷たくて甘くて美味しいのなら!」

 わたしはがばっと起き上がって、シャーベットの器を手に取りました。ぐったりしていた手足のどこにそんな力が残っていたのか、自分でもびっくりです。

「ん……んんーっ! 冷たぁい! 甘ぁい! 美ぉ味しいぃ!」

 シャーベットといっても、そこまでカチカチに硬いわけでなくて、口の中で、しゃくっしゃくっ、じゅわぁ……っと溶けていくくらいです。
 何のシャーベットかは一口で分かりました。ユタカちゃんの果実をジャムにしたものです。義兄さんが小まめに作り置きしているので食べ慣れていますけど、ここまで冷やして食べたのは初めてですね。なんでもっと早く、これを作ってくれなかったのか――は、すぐに分かりました。
 これ、食べるそばから溶けていっています。木陰だろうとお構いなしです。
 さっきの義兄さんと神官さんの作業はこれを作っていたのだと思いますけど、一皿分を作るのにも結構な時間がかかっているのに、出来たらすぐに食べないと溶けてしまうのは、普段の食事で出すには面倒過ぎですね。
 ……とか考えている間にもただのジャムに戻ってしまいそうで、自然と食べる手が早くなります。

 しゃく、しゃく、じゅわわ。しゃり、しゃり、しゃわわ。

「……っはあ。美味しかったぁ」

 空になった器に落ちたのは、ひんやり冷えた吐息です。満足です。

「デザート、もうひとつあるんだが」
「食べます!」

 義兄さん、そんなの即答ですよ。満足は不満の始まりですよ!
 手を伸ばして催促するわたしに、義兄さんが苦笑しながら手渡してくれたのは、器の中でぷるぷる揺らめいている半透明の黒っぽい塊でした。

「義兄さん、これは……あ、もしかしてゼリー?」
「正解は自分で確かめてくれ」
「では……」

 木匙スプーンを入れてみると、それはぷるんと震えながら切れていきます。
 少し柔らかい気がしますけど、やっぱりゼリーですよね……と思いながら口に入れました。

「……ん! んー……んぁ……♥」

 美味しいです……!
 さっきのシャーベットは、甘いーっ冷たいーっ、と嬉しさで叫びたくなる美味しさでしたけど、こっちのゼリーは静かに浸っていたくなる美味しさです。
 口の中で、ぷるん、とろん、と転がりながら溶けていく食感は、わたしの記憶の中にあるゼリーよりももう少し柔らかです。噛むまでもなく、そっと歯を押し当てるだけで崩れていく優しさが、シャーベットで冷えた口内には心地好く染み入ります。
 味を一言で表すなら、仄かに甘くて爽やか、でしょうか。ユタカちゃんフルーツのシャーベットはわりと甘かったのに、その後味が残っている中にも不思議と甘く感じられます……いえ、これはミントやハーブに通じる爽やかな風味が、シャーベットの後味を引き立たせているのかも?

「義兄さん。このゼリーは……?」
「美味いか?」
「はい、美味しいですけど、なんのゼリーなんです?」
「知りたいか」
「次に勿体付けたら、聞くの止めますね」
「……ウコン茶だよ」
「え……それって、ユタカちゃんのう――」
「うんこじゃないぞ」
「うんこ言わないで!」
「だから、うんこじゃない。ウコンだ。言い方を間違えるな」
「言い方じゃなくてイメージの問題なんですよぅ!」
「気にするな。美味かっただろ?」
「美味しかった……美味しかったです。イメージよりずっと、すっきり爽やかほんのり甘くて美味しかったですよ!」
「そうだろ、そうだろ」

 ちょっと素直になってあげたら、義兄さんが勝ち誇りやがってくれます。

「だけどな、美味いのはウコン茶のおかげだけじゃないぞ。ゼラチンにだって工夫があるんだ」
「あ、そういえば義兄さん、以前まえにもゼリー寄せを作ったことありましたよね」

 あのとき、わたし、どうせならフルーツゼリーが食べたかった――みたいなことを言ったんでした。義兄さん、それを覚えていてくれたんですね。あ、わりと嬉しいです。

「獣皮を煮詰めたり漉したりだけだと、どうしても獣臭さが取れなかったんだけど、ユタカに踏ん張ってもらったら一発で無味無臭のゼラチンが完成したんだ。おかげで、フルーツよりも繊細なウコン茶の風味を活かしたゼリーが作れたってわけだよ」

 義兄さんが得意げな顔をしていますけど、途中から聞いていませんでした。

「……義兄さん、踏ん張る、とは……まさか……」
「安心しろ、ウコン茶と同じ製法だから安全だ」
「いーやーッ!!」

 義兄さんは獣皮をユタカちゃんに食べさせていました。ユタカちゃんのこと、そういう装置だと思ってませんかね? と言いますか、ユタカちゃんが食中りしたらどうするつもりなんですかね!?

「色々食べさせた後はちゃんと経過観察しているから、安心しろって」
「色々食べさせないという選択肢はないんですね……」
「そりゃあ、ねぇよ。食べさせたおかげで、悪阻でも食べられるものがひとつ増えたんだしな」
「あ……」
「ウコン茶に使っている薬草は、妊婦の滋養強壮に良いんだそうだ。ゴブリンたちも飲むと身体の調子がいいって言ってるし、俺も毎日飲んでいるけれど悪影響は出ていないと思うし……だから、せめて悪阻が治まってまともな食事ができるようになるまでは、薬だと思って飲んでくれ。ゼリーにしたほうがいいって言うなら、毎日作るからさ」

 義兄さんは真剣な顔をしています。ちらりと振り返れば、神官さんや戦士ゴブさんも頷いています。
 ……みんなにそんな顔をされたら、嫌って言えないじゃないですか。それに、いざ味わってみたら普通に美味しかったですし。
 でも、無条件で受け容れるわけにはいきません。

「ひとつ条件があります」
「なんだ?」
「これは……そう、ユタカ茶です。うんこでもウコンでもないです。ユタカ茶です」
「……改名しろと?」
「そうです。じゃなきゃ、絶対飲みません!」
「俺の命名センス、そこまで駄目か……」
「はい」
「そうか……」

 義兄さんがちょっと涙目になってましたけど、こればっかりは譲れない一線なのでした。
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