義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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3章

52. アン・シャーリー ロイド

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 それは数日前、ラヴィニエがとして迎え入れられた日のことだ。
 俺たちが改めて自己紹介をし合っていたとき、シャーリーの名前を聞いたラヴィニエが言ったのだ。

「シャーリー様でいらっしゃいますか。でしたら、お隣の妹様はアン様、でございましょうか?」
「え……なんで分かったんだ?」

 そう言って驚いたのは、俺と有瓜だけだった。ゴブリンたちが名前の話題に食いついてこないのはいつものこととして、名前を言い当てられたアンや、その理由となったらしきシャーリーも驚いていなかった。少しだけ決まりの悪そうな顔をしただけだった。

「やっぱり分かっちゃいますよね。よくある名前そのまんまで、ラヴィニエさんのような素敵な名前の方に言われると、ちょっと恥ずかしいです……」

 だなんてアンは恥じ入っていたし、シャーリーは「騎士さまでも、この名前はあるんすね」なんて苦笑いしていた。
 脇と背中が脂汗でぐっしょりするほど驚愕しているのは、俺だけだった。

「え……どういうこと、だ?」

 俺の震え声に、ぽつぽつと言葉を交わしていたシャーリー、アン、ラヴィニエの三人が振り返る。俺の顔を見てぎょっとする三人に、俺は混乱する言葉をそのまま捲し立てた。

「ラヴィニエ、姉がシャーリーだったら妹はアンだって、なんで分かったんだ? アン、なんでラヴィニエに名前を言い当てられても当然だみたいな顔しているんだ? シャーリー、騎士にもこの名前があるってどういう意味だよ。おまえたちの名前は、おまえたちの親が決めたものじゃないのか? どういうことなんだ? なあ、教えてくれよ」

 三人は顔を見合わせて困惑していたけれど、やがて代わる代わる話してくれた。途中でダイチとミソラの泣き声が聞こえてきて、アンがそちらに向かっていった後も、残った二人が話を続けてくれた。
 そうして俺が知ったことは、ラヴィニエがアンの名前を言い当てた瞬間に広がった想像を後押しするものだった。

「赤毛の娘にシャーリー、アンと名付けるのは、ひとつの伝統なのです」
「お伽噺に出てくるんだよ。赤毛の双子で、アンとシャーリーってのが」

 ラヴィニエとシャーリーがそう教えてくれた。
 赤毛の娘にアンもしくはシャーリーと名付ける。その後で妹が生まれたら、残ったほうの名前を付ける――そうすると娘が健康に育つという験担ぎの名前で、農民から貴族に至るまで幅広く根付いている風習なのだという。
 験担ぎ云々についてはどうでもよかった。重要なのは、赤毛の姉妹にアン・シャーリーと名付ける、という髪色と名前の組み合わせのほうだ。

 赤い髪のアン・シャーリー……赤毛のアンそのものじゃないか!

 シャーリーとアン、二人の名前を聞いたときから「赤毛の姉妹で、その名前とは」と思っていた。だけど、ここは異世界だ。ただの偶然であり、あの名作とは何の関係もない。あるはずがない――そう思っていた。
 だけど、その命名が偶然のものではなく、という理由があったことを知ってしまった。もう、二人の名前とあの名作に関係がないと言うことはできなかった。

「この世界は、地球とまったく関わりのない世界ではない……あっ」

 そのときもうひとつ、俺が今日まで全く失念していた可能性に思い至った。
 俺と有瓜がそうだったように、過去にも地球からこの世界にやって来た人間がいたかもしれない。その誰かが赤毛のアンなど地球の文化を持ち込み、広めたのだ。
 いちおうの可能性として、地球とは何の関係もなしに、この世界でも偶々、赤毛の少女をアンとシャーリーと名付けるに足る話が作られた可能性もある。だが、偶々赤毛のアンと酷似した話が自然発生した可能性と、異世界転移だか転生だかした地球人が赤毛のアンを広めた可能性とを比べたら、俺自身という異世界転移の証拠がある以上、後者のほうが有り得そうだと思えた。

「そ、その伝統はいつからあるんだ……?」

 この質問への返答は、分からない、だった。

「昔から、としか言えねぇな……悪ぃ」
「私も右に同じです。ご期待に添うことができず、申し訳御座いません」

 言い方は違えども、シャーリーとラヴィニエの答えは同じものだった。ただし、ラヴィニエの言葉には続きがあった。

「ですが、かつてこの大陸に統一国家を築いた英雄王の配下に、千の物語を書いたとされる文豪がいたそうです。現在伝わっている物語は全て、その文豪が書いたとものとも言われておりますので、その者について調べることができれば、従者様がお知りになりたいことも何か見つかるやもしれません」
「どうやったら調べられる?」

 俺はすぐさま聞き返したが、これには申し訳なさそうに頭を振られた。なので俺はてっきり、ラヴィニエにもどう調べたらいいのか見当がつかないのかと思ったのだが、違った。

「じつは森の向こうの隣国、レーベンこそが、その文豪が晩年を過ごした土地だそうで、彼の者に関する資料もきっと保管されているかと思うのですが……」
「隣国はいま内戦中なんだったな」

 俺は言い淀んだラヴィニエの言葉を引き継いで、舌打ちをした。
 この世界に来てしまってからこっち、平和な日本で過ごしていた頃よりは精神的にずっと荒んだ自覚がある。敗残兵、脱走兵の成れ果ては何人も見てきた。だけど、戦争を生で体験したことはない。戦争中の場所に入り込んで、無事に切り抜けられると思うほど自惚れてもいない。

「……内戦、もうじき終わりそうなんだったか」

 俺の呟きに、ラヴィニエが反応する。

「私たち――アルゴーネの騎士団でも、大勢は既に決していると判断しておりました」
「だったら、もう少しだけ待つか」
「それが良いかと存じます」

 ラヴィニエが恭しく首肯すると、しばらく黙っていたシャーリーも大きく頷いた。

「あたいは難しいことは分かんねぇけど、ロイドがどっかに行くんだったら、姐さんが子供を生んでからにしてほしいんだ。何だかんだで姐さんが一番頼りにしてんのはロイドだと思うしよ」
「……うん、そうだな。街に降りるんだったら、色々と準備も必要だし、今更急ぐことでもないし……まずはじっくり準備を進めるとするか」
「おう、それがいいさ」

 ほっとした顔になるシャーリーに、俺もつられて少し笑った。それで初めて、自分の顔が大分強ばっていたことに気がついた。
 この世界に来てから、そろそろ一年。
 最近はすっかり諦めかけていた地球との繋がりが、すぐそこに眠っているかもしれない――そう思うと、緩みかけていた表情がまた強張っていくのだった。
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