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3章
49-2. 女騎士の最期 ロイド
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有瓜は戦士ゴブリンが担いだ背負子に乗って、竜のところへ出かけていった。
少し話が脱線してしまうけれど、この背負子は戦士たちが森から木を切り出してきて図面通りの木材にしたものを、忍者たちが磨いたり組み立てたりして作り上げたものだ。村の樵や大工に教わり、食器や食卓などを作るなかで培ってきた技術の粋を集めた、ゴブリンたちの現在における木工技術の集大成なのだ。
座椅子に手摺りとベルトをつけて、背もたれの裏側に背負うためのベルトが二本括りつけられている。一見すると本当にただの背負子なのだけど、じつはこれ、釘を一本も使っていないのだ。木材の接合部をパズルのピースみたいに細工して、ガチッと噛み合わせて固定しているのだ。
ずれなくガチッとなるまでには、とても一言では語りえない苦労がいくつもあった。結局、その苦労を乗り越えて、有瓜の全体重を受け止めても壊れないと確信が持てるだけの技術を身につけられたのは、戦士と忍者から一名ずつだけだった。
いつしか大工と呼ばれるようになっていた二人が主導して、木目にまで拘り抜いて作り上げた座椅子様式の背負子――有瓜が乗っていった背負子は、そういう背負子なのだった。
脱線、終了。話を戻す。
有瓜と、そのお供を仰せつかった戦士、忍者からの選抜隊が出かけた後の広場に残されたのは、俺と居残り組のゴブリンたち。そしてラヴィニエだ。なお、アンとシャーリーは、本日は洞窟内で子守を継続するとのことだ。ユタカは平常運転で、今日も今日とて木陰でまったり光合成している。
「わ、私は……どうしたらいいのでしょうか……」
ラヴィニエが所在なげに俺を見てくる。
彼女は過去視の力でこちらの内情をそれなりに把握しているようだから、ゴブリンたちも普通に人語を話せることを察しているだろうけれども、やはり自分と同じ人間に話しかけたくなるものなのだろう。
とはいえ、俺はそれに答えてやれない。なぜなら、俺も答えを知らないからだ。知っているのは、有瓜から言付けを預かっていた留守番組のゴブリンたちだった。
左右から近づいていった戦士ゴブリン二人が、ぼんやりとへたり込んでいたラヴィニエの両腕を抱え込む。
「……えっ、な、なんだ? なっ、何をするつも……ッ!?」
声を裏返したラヴィニエに答えることなく、ゴブリンたちは彼女を取り囲んで黙々と作業して、彼女の全身に縄を打っていった。ラヴィニエも最初は抵抗する素振りを見せたけれど、ゴブリンの一人が「何でもすんだべ? 嘘だか?」と言ったら、ぐっと唸ったきり大人しくされるままになった。
「て、抵抗はしない……だから、わ、私をどうするつもりなのかくらい、お、教えてくれ……」
気をつけの姿勢で上半身を腕ごと幾重にも縛られ、下半身も左右の脚がぴったりくっつくように縛れてハムのようになったラヴィニエが、縋るような視線を辺りに向ける。その視線と、俺はうっかり目を合わせてしまった。
「従者様、私は……私は……!」
ラヴィニエの青い瞳が見る見る、潤んでいく。だけど困った。そんな目で見られても、俺には何もできない。ゴブリンたちは有瓜の頼みで動いているようだから、俺が何を言ったところで止まらないのだ。できるのは精々、慰めの言葉をかけることくらいだ。
「あ……うん、大丈夫。命を取られることはないと思うから、諦めて受け容れてくれ」
「や、いや、だが――」
「仲間を死なせないためなら何でもするんだろ? その言葉が嘘ではないと証明する機会を与えられたんだ。喜んで受け容れろ」
慰めても意味がないことに気づいた俺は、そう言って突き放してやった。それでやっと諦めがついたのか、ラヴィニエの顔からは怯えの色が薄れていく。ついでに、潤んでいた瞳から光が消えていくように見えるのは、きっと目の錯覚だろう。
「……そうでございました。この身は既に、従者様に捧げたもの……魔物の嬲り者にされようと、その後で切り刻まれて今宵の夕餉で饗されようと文句を言える立場ではございませんでした。御無礼の段、平にお詫び申し上げ奉ります」
立て板に水で告げられる謝罪の文言に、ぐっと胸が詰まってしまう。これではまるで、俺が縛った女性を冷たくあしらって謝罪を強要させたみたいではないか――いや、その通りか? いやいや、そんなことはない!
「……俺から言えるのはひとつだ。有瓜が自分の言葉のどこで怒ったのか、よく考えるといい」
「アルカ……あの少女の名前か。名前で呼ばれているということは、やはり奴隷ではないのだな」
「考えるためのヒントだ。俺たちの中に奴隷はいない」
ラヴィニエはたぶんシャーリーとアンのことも視ているから、こう言えば分かるだろう。
「……そうですか」
ぽつりと一言だけ告げたラヴィニエを、ゴブリンたちが抱え上げる。どうするのかと思って見ていると、ゴブリンたちは彼女を、木箱に詰め込んだ。
「なあ、何を始めるつもりなんだ?」
さすがに意味が分からなすぎて、俺はゴブリンたちに問いかける。
返ってきた答えは、俺の予想の少々斜めを行っていた。
「本物の陵辱ば見せたぁれぇ言われっだす」
……なるほど。つまりこれから始まるのは、有瓜が考えた本物の陵辱か。
「大丈夫でがす」
俺の心配を先読みして、神官が破顔しながら頷いた。
「怪我ぁさすよぉなごた、ねぇでがっさぁ」
「それならいいか……いいのか? ……いいか」
怪我をさせるようなことはないというのなら、まあたぶん静観しているので構わないのだろう。
「あ、あっ……やっ、嫌……な、なんなのだ、これっ……!?」
この木箱は村から物資を運んでくるのに使っている大きなもので、体育座りさせたラヴィニエを収めると、ちょうど首から上だけがはみ出る形になった。
「こ、こんなものに入れて、ど、どうする気な、な、のだ……?」
ラヴィニエは不敵に笑おうとしたのかもしれないけれど、歯がカチカチ鳴っているせいで、その声はいたたまれないほど震えてしまっていた。
ゴブリンたちはこれまた質問に答えることなく、数名でぐるりと彼女の入った箱を取り囲んだ。
あ……こいつらが何をするつもりなのか、なんとなく想像できてしまった。
俺の想像を肯定するかのように、箱を囲んだゴブリンたちは一斉に――腰布を脱ぎ捨てた。
少し話が脱線してしまうけれど、この背負子は戦士たちが森から木を切り出してきて図面通りの木材にしたものを、忍者たちが磨いたり組み立てたりして作り上げたものだ。村の樵や大工に教わり、食器や食卓などを作るなかで培ってきた技術の粋を集めた、ゴブリンたちの現在における木工技術の集大成なのだ。
座椅子に手摺りとベルトをつけて、背もたれの裏側に背負うためのベルトが二本括りつけられている。一見すると本当にただの背負子なのだけど、じつはこれ、釘を一本も使っていないのだ。木材の接合部をパズルのピースみたいに細工して、ガチッと噛み合わせて固定しているのだ。
ずれなくガチッとなるまでには、とても一言では語りえない苦労がいくつもあった。結局、その苦労を乗り越えて、有瓜の全体重を受け止めても壊れないと確信が持てるだけの技術を身につけられたのは、戦士と忍者から一名ずつだけだった。
いつしか大工と呼ばれるようになっていた二人が主導して、木目にまで拘り抜いて作り上げた座椅子様式の背負子――有瓜が乗っていった背負子は、そういう背負子なのだった。
脱線、終了。話を戻す。
有瓜と、そのお供を仰せつかった戦士、忍者からの選抜隊が出かけた後の広場に残されたのは、俺と居残り組のゴブリンたち。そしてラヴィニエだ。なお、アンとシャーリーは、本日は洞窟内で子守を継続するとのことだ。ユタカは平常運転で、今日も今日とて木陰でまったり光合成している。
「わ、私は……どうしたらいいのでしょうか……」
ラヴィニエが所在なげに俺を見てくる。
彼女は過去視の力でこちらの内情をそれなりに把握しているようだから、ゴブリンたちも普通に人語を話せることを察しているだろうけれども、やはり自分と同じ人間に話しかけたくなるものなのだろう。
とはいえ、俺はそれに答えてやれない。なぜなら、俺も答えを知らないからだ。知っているのは、有瓜から言付けを預かっていた留守番組のゴブリンたちだった。
左右から近づいていった戦士ゴブリン二人が、ぼんやりとへたり込んでいたラヴィニエの両腕を抱え込む。
「……えっ、な、なんだ? なっ、何をするつも……ッ!?」
声を裏返したラヴィニエに答えることなく、ゴブリンたちは彼女を取り囲んで黙々と作業して、彼女の全身に縄を打っていった。ラヴィニエも最初は抵抗する素振りを見せたけれど、ゴブリンの一人が「何でもすんだべ? 嘘だか?」と言ったら、ぐっと唸ったきり大人しくされるままになった。
「て、抵抗はしない……だから、わ、私をどうするつもりなのかくらい、お、教えてくれ……」
気をつけの姿勢で上半身を腕ごと幾重にも縛られ、下半身も左右の脚がぴったりくっつくように縛れてハムのようになったラヴィニエが、縋るような視線を辺りに向ける。その視線と、俺はうっかり目を合わせてしまった。
「従者様、私は……私は……!」
ラヴィニエの青い瞳が見る見る、潤んでいく。だけど困った。そんな目で見られても、俺には何もできない。ゴブリンたちは有瓜の頼みで動いているようだから、俺が何を言ったところで止まらないのだ。できるのは精々、慰めの言葉をかけることくらいだ。
「あ……うん、大丈夫。命を取られることはないと思うから、諦めて受け容れてくれ」
「や、いや、だが――」
「仲間を死なせないためなら何でもするんだろ? その言葉が嘘ではないと証明する機会を与えられたんだ。喜んで受け容れろ」
慰めても意味がないことに気づいた俺は、そう言って突き放してやった。それでやっと諦めがついたのか、ラヴィニエの顔からは怯えの色が薄れていく。ついでに、潤んでいた瞳から光が消えていくように見えるのは、きっと目の錯覚だろう。
「……そうでございました。この身は既に、従者様に捧げたもの……魔物の嬲り者にされようと、その後で切り刻まれて今宵の夕餉で饗されようと文句を言える立場ではございませんでした。御無礼の段、平にお詫び申し上げ奉ります」
立て板に水で告げられる謝罪の文言に、ぐっと胸が詰まってしまう。これではまるで、俺が縛った女性を冷たくあしらって謝罪を強要させたみたいではないか――いや、その通りか? いやいや、そんなことはない!
「……俺から言えるのはひとつだ。有瓜が自分の言葉のどこで怒ったのか、よく考えるといい」
「アルカ……あの少女の名前か。名前で呼ばれているということは、やはり奴隷ではないのだな」
「考えるためのヒントだ。俺たちの中に奴隷はいない」
ラヴィニエはたぶんシャーリーとアンのことも視ているから、こう言えば分かるだろう。
「……そうですか」
ぽつりと一言だけ告げたラヴィニエを、ゴブリンたちが抱え上げる。どうするのかと思って見ていると、ゴブリンたちは彼女を、木箱に詰め込んだ。
「なあ、何を始めるつもりなんだ?」
さすがに意味が分からなすぎて、俺はゴブリンたちに問いかける。
返ってきた答えは、俺の予想の少々斜めを行っていた。
「本物の陵辱ば見せたぁれぇ言われっだす」
……なるほど。つまりこれから始まるのは、有瓜が考えた本物の陵辱か。
「大丈夫でがす」
俺の心配を先読みして、神官が破顔しながら頷いた。
「怪我ぁさすよぉなごた、ねぇでがっさぁ」
「それならいいか……いいのか? ……いいか」
怪我をさせるようなことはないというのなら、まあたぶん静観しているので構わないのだろう。
「あ、あっ……やっ、嫌……な、なんなのだ、これっ……!?」
この木箱は村から物資を運んでくるのに使っている大きなもので、体育座りさせたラヴィニエを収めると、ちょうど首から上だけがはみ出る形になった。
「こ、こんなものに入れて、ど、どうする気な、な、のだ……?」
ラヴィニエは不敵に笑おうとしたのかもしれないけれど、歯がカチカチ鳴っているせいで、その声はいたたまれないほど震えてしまっていた。
ゴブリンたちはこれまた質問に答えることなく、数名でぐるりと彼女の入った箱を取り囲んだ。
あ……こいつらが何をするつもりなのか、なんとなく想像できてしまった。
俺の想像を肯定するかのように、箱を囲んだゴブリンたちは一斉に――腰布を脱ぎ捨てた。
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