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3章
47-1. 愛の玉子 ロイド
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ゴブリンたちが山賊(ではなく、闇商人だったかもしれない)を討った駄賃で拾ってきた、全身が緑色の少女。有瓜によってユタカと命名された彼女は、とくに軋轢を起こすことなく、俺たちとの暮らしに馴染んでいた。なぜなら、ユタカの行動は植物とほとんど変わらないものだったからだ。
ユタカの一日は朝、洞窟前の広場西寄りの隅で体育座りしながら寝ているところに朝日を浴びて、ぱちりと目を覚ますところから始まる。東側ではなく西側なのは、広場の東側は高い木々が茂っているため、西側にいたほうが朝日をいち早く浴びられるからだ。
朝早くから目覚めたからといって、ユタカは何をするわけでもない。ただ、幸せそうな顔でぼぉっとしているだけだ。
やがて俺たちが起き出して、夜警当番だった者以外が勢揃いした朝食が始まると、ユタカもおもむろに立ち上がって食事を始める。ユタカの食事は、そこいらに生えている樹木の落ち葉や、根っこ付きの草、それに土だ。
最初の晩は有瓜が俺たちと一緒のご飯を食べさせようとしたのだけど、眉根を微妙に寄せた以外は無表情という嫌がり方で、頑として食事を食べようとしなかった。何度も勧められると諦めて口に入れるのだけど、噛まずにすぐペッと吐き出すのだ。
この時点で、こいつは素直な少女だ、という第一印象はどこかへ吹き飛んだ。ユタカはただひたすらに唯我独尊なのだ。
落ち葉や土を食べるところや、気候や時間帯に応じて座る場所を変えるところなどを鑑みるに、たぶん植物寄りの魔物なのだろう。もっとも、確かに第一印象からして植物っぽいなと思っていたけれど、一日観察しただけで、もっと的を射た例えが思い浮かんだ。
ユタカは、物静かで甘えないタイプの猫だ。こちらから近づいたり触ったりしても怒らないけれど、自分から擦り寄ってくることはなく、気がつけばお気に入りの場所で昼寝して過ごしている――そういう猫と同じ生態だった。
この話題を猫と比べて語るのは失礼なことかもしれないけれど、排泄については猫よりもずっと手がかからなかった。
まだ観察が足りていないし、本気で観察しようとすると女性陣の目が冷え切って居たたまれなくなるので、過分に想像の入った推測しかできないけれど……ユタカのうんこはたぶん、腐葉土とかバーク堆肥とかいうやつだ。口から取り込まれた土と植物が良い感じに混ざり合って、たぶん発酵とかもしている。そう思った根拠は、臭いがなく、手触りがさらさらしているからだ。
……見た目だけはアンよりも幼い少女の排泄物を観察して、枝で突いたり、鼻先を寄せたりしている姿を女性陣に見られてしまって、ただいま非常に居心地の悪い思いをしている。後で誤解は解いておこう……解けるといいな。
ところで、庭弄りの趣味もないくせにバーク堆肥なんて言葉をなぜ知っているのかといえば、「異世界召喚されたときのために」とネットで調べていたからだ。日本の中高生の一部が、なぜかノーフォーク農法に異様な拘りを見せるのと同じ理由だ。
中二病という言葉が生まれた初期では、「自分が人より優れた能力を持っていて、現実でヒーローになれたら」と妄想するのが主流だったようだけど、俺の頃になると「自分でも人より優れた知識を持っていることになれる異世界でならヒーローになれる」が中二病の主流だった。
中高生を対象にした「異世界召喚されたときのための参考書シリーズ」があったら、小学生のうんこドリル並みに売れていたと思うのだが、どうだろうか?
さて、何の話だったか――ああ、そうだった。
ユタカはどうやら見た目通り、植物的な要素の強い生き物らしい、ということだ。植物のような動物ではなく、動物のような植物なのだと思う。
暑すぎると日陰に引っ込むけれど、基本的に日向で体育座りしているのが好きなのは、おそらく光合成をしているからだ。若布みたいな髪だと思っていたけれど、あれは葉緑素が詰まった葉っぱなのだろう。
また、気になる点だった、自分が排泄した腐葉土を食べることはあるのか、については、食べないことがすぐに分かった。腐葉土を手で掬ってユタカの口元に持っていったら、唇をぎゅっと引き結んだ無表情とはとても呼べない顔で睨まれたからだ。なお、そのときの光景も女性陣に見られていて、これもう本当に誤解は解けるのだろうか……。
俺が女性陣から微妙に避けられるようになったのと反比例するように、ユタカは女性陣に受け容れられていた。俺がユタカに悪戯しないよう目を光らせているうちに、ユタカの周りのゆったりまったりした空気に絆されていったようだった。
雰囲気の話だけでなく、ユタカはたぶん本当に空気を良くしているのだろう。光合成で酸素を吐き出す、的な意味で。
「ユタカちゃんの傍にいると癒されるんですよね」
有瓜は最初から警戒することなく、ユタカの傍で一緒にお昼寝するようになっていた。ダイチとミソラの赤ん坊二人も、ユタカの近くは日差しや風が絶妙な具合に心地好いのか、すぐにお昼寝を始めてしまう。そんなわけで、ユタカは赤ん坊の即落ちお昼寝スポットとして重宝されていた。
ゴブリンたちは未知数の存在であるユタカの傍で有瓜が無防備に寝こけることに気が気ではない様子だったけれど、俺とは違った観点での観察もとい監視を続けていることで、段々とユタカへの警戒を解きつつある――というところだった。
ユタカを拾ってきてから二日目の朝。
早くも馴染み始めていたユタカは、朝食前でまだ寝惚け眼の有瓜に対してお願いごとを持ちかけた。
はっきりした言葉を口にするわけではないのでジェスチャーゲームのような意思疎通だったけれど、状況的に間違いようのないお願いだった。
ユタカは、ゴブリンたちの肉棒を寝惚け眼で処理している有瓜に擦り寄っていって、自分も混ぜて、と強請ったのだった。
ユタカの一日は朝、洞窟前の広場西寄りの隅で体育座りしながら寝ているところに朝日を浴びて、ぱちりと目を覚ますところから始まる。東側ではなく西側なのは、広場の東側は高い木々が茂っているため、西側にいたほうが朝日をいち早く浴びられるからだ。
朝早くから目覚めたからといって、ユタカは何をするわけでもない。ただ、幸せそうな顔でぼぉっとしているだけだ。
やがて俺たちが起き出して、夜警当番だった者以外が勢揃いした朝食が始まると、ユタカもおもむろに立ち上がって食事を始める。ユタカの食事は、そこいらに生えている樹木の落ち葉や、根っこ付きの草、それに土だ。
最初の晩は有瓜が俺たちと一緒のご飯を食べさせようとしたのだけど、眉根を微妙に寄せた以外は無表情という嫌がり方で、頑として食事を食べようとしなかった。何度も勧められると諦めて口に入れるのだけど、噛まずにすぐペッと吐き出すのだ。
この時点で、こいつは素直な少女だ、という第一印象はどこかへ吹き飛んだ。ユタカはただひたすらに唯我独尊なのだ。
落ち葉や土を食べるところや、気候や時間帯に応じて座る場所を変えるところなどを鑑みるに、たぶん植物寄りの魔物なのだろう。もっとも、確かに第一印象からして植物っぽいなと思っていたけれど、一日観察しただけで、もっと的を射た例えが思い浮かんだ。
ユタカは、物静かで甘えないタイプの猫だ。こちらから近づいたり触ったりしても怒らないけれど、自分から擦り寄ってくることはなく、気がつけばお気に入りの場所で昼寝して過ごしている――そういう猫と同じ生態だった。
この話題を猫と比べて語るのは失礼なことかもしれないけれど、排泄については猫よりもずっと手がかからなかった。
まだ観察が足りていないし、本気で観察しようとすると女性陣の目が冷え切って居たたまれなくなるので、過分に想像の入った推測しかできないけれど……ユタカのうんこはたぶん、腐葉土とかバーク堆肥とかいうやつだ。口から取り込まれた土と植物が良い感じに混ざり合って、たぶん発酵とかもしている。そう思った根拠は、臭いがなく、手触りがさらさらしているからだ。
……見た目だけはアンよりも幼い少女の排泄物を観察して、枝で突いたり、鼻先を寄せたりしている姿を女性陣に見られてしまって、ただいま非常に居心地の悪い思いをしている。後で誤解は解いておこう……解けるといいな。
ところで、庭弄りの趣味もないくせにバーク堆肥なんて言葉をなぜ知っているのかといえば、「異世界召喚されたときのために」とネットで調べていたからだ。日本の中高生の一部が、なぜかノーフォーク農法に異様な拘りを見せるのと同じ理由だ。
中二病という言葉が生まれた初期では、「自分が人より優れた能力を持っていて、現実でヒーローになれたら」と妄想するのが主流だったようだけど、俺の頃になると「自分でも人より優れた知識を持っていることになれる異世界でならヒーローになれる」が中二病の主流だった。
中高生を対象にした「異世界召喚されたときのための参考書シリーズ」があったら、小学生のうんこドリル並みに売れていたと思うのだが、どうだろうか?
さて、何の話だったか――ああ、そうだった。
ユタカはどうやら見た目通り、植物的な要素の強い生き物らしい、ということだ。植物のような動物ではなく、動物のような植物なのだと思う。
暑すぎると日陰に引っ込むけれど、基本的に日向で体育座りしているのが好きなのは、おそらく光合成をしているからだ。若布みたいな髪だと思っていたけれど、あれは葉緑素が詰まった葉っぱなのだろう。
また、気になる点だった、自分が排泄した腐葉土を食べることはあるのか、については、食べないことがすぐに分かった。腐葉土を手で掬ってユタカの口元に持っていったら、唇をぎゅっと引き結んだ無表情とはとても呼べない顔で睨まれたからだ。なお、そのときの光景も女性陣に見られていて、これもう本当に誤解は解けるのだろうか……。
俺が女性陣から微妙に避けられるようになったのと反比例するように、ユタカは女性陣に受け容れられていた。俺がユタカに悪戯しないよう目を光らせているうちに、ユタカの周りのゆったりまったりした空気に絆されていったようだった。
雰囲気の話だけでなく、ユタカはたぶん本当に空気を良くしているのだろう。光合成で酸素を吐き出す、的な意味で。
「ユタカちゃんの傍にいると癒されるんですよね」
有瓜は最初から警戒することなく、ユタカの傍で一緒にお昼寝するようになっていた。ダイチとミソラの赤ん坊二人も、ユタカの近くは日差しや風が絶妙な具合に心地好いのか、すぐにお昼寝を始めてしまう。そんなわけで、ユタカは赤ん坊の即落ちお昼寝スポットとして重宝されていた。
ゴブリンたちは未知数の存在であるユタカの傍で有瓜が無防備に寝こけることに気が気ではない様子だったけれど、俺とは違った観点での観察もとい監視を続けていることで、段々とユタカへの警戒を解きつつある――というところだった。
ユタカを拾ってきてから二日目の朝。
早くも馴染み始めていたユタカは、朝食前でまだ寝惚け眼の有瓜に対してお願いごとを持ちかけた。
はっきりした言葉を口にするわけではないのでジェスチャーゲームのような意思疎通だったけれど、状況的に間違いようのないお願いだった。
ユタカは、ゴブリンたちの肉棒を寝惚け眼で処理している有瓜に擦り寄っていって、自分も混ぜて、と強請ったのだった。
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