義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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3章

42-1. 幼馴染みは見ていた ギルバート

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 俺の名前はギルバート。とある山村で猟師をしている青年だ。
 去年までは少年と呼ばれることも多かったけれど、冬を越してからこっち、一回り大きくなった身体のおかげか、子供扱いされることはもうほとんどなくなっていた。
 自慢にもならないが、歳の近い女たちから色目を使われることもある。そういう意味でも、適当な娘を嫁にして名実共に大人の仲間入りすることを求められる年齢になったということだろう。
 ……去年の夏までは、周りからそう見られるようになることを望んでいた。早く大人になって、あいつを嫁にしたいと公言しても笑って流されないようになりたい――と、そう願っていた。

 だけど、あの夏、全てが変わってしまって。
 森に入ったまま帰ってこなかったあいつは、ゴブリンどもと一緒に戻ってきた。山賊に掠われたのを助けられたから姉と一緒にゴブリンの嫁になるのだと言って、村に留まることなく出ていった。
 ゴブリンを統率していた男女と村長らの話し合いに、俺は参加していない。あのときの俺は居並ぶゴブリンたちの巨躯に、唯々圧倒されていた。ゴブリンというのは子供の背丈くらいだと思っていたのに、あれは反則だろう、と思ったものだ。
 あれから半年以上が経ったいまなら、ゴブリンの全てが巨体なのではない。一部のゴブリンが巨体なだけで、残りはお伽噺に出てくるような矮躯なのだと知っている。だけどあの当時は、そんなことに気がつく余裕もなかった。巨体ゴブリン(戦士と呼ばれているのも後で知ったことだ)の姿に怯えたり、アンが連中への貢ぎ物にされるのだと知って憤ったりするのに忙しくて、まともにものを考えることができる状態ではなかった。

 あのときの俺はただひたすらに、ゴブリンどもの隙を突いてアンを奪い、逃げる――それだけを考えていた。
 だから、村の男衆が、見たこともないほど綺麗で色っぽい少女(少女? 女? どっちにも見えた)の誘いに乗って倉庫に入っていくのにも混ざらなかった。……心の半分と下半身の一部はすごい混ざりたがっていたけれど、アンを助けるんだという気持ちのほうがわずかに勝って、俺は広場に居残った。
 だけど結局、俺は動けなかった。ゴブリンたちが怖かったこともあるけれど、アンが連中に怯えているわけではないことに気づいてしまったからだ。
 あのときのアンは緊張していた。でもそれは、ゴブリンたちと村との交渉が上手くまとまるかどうかを心配していただけで、ゴブリンに対しては全く……ではなかったが、強面の男衆に対する程度の恐怖しか抱いていなかった。俺はずっとアンを見つめていたから、それが分かってしまった。だから、俺は連中がアンとシャーリーを連れて立ち去るまで、何もできずに立ち尽くしているだけだった。

 これじゃ格好悪すぎるだろ――!
 そう思えるようになったのは、季節が秋を通り越して冬に入った頃のことだ。
 よしんばアンが納得ずくでゴブリンどもの下に行ったのだとしても、俺は納得していない。
 だって、ゴブリンだぞ。
 悪さをすると巣穴からやって来ておまえを食べちまうぞ――と、親から言われてきた、そのゴブリンだぞ。
 そんな警句を本気で信じていたわけではないけれど、ゴブリンはゴブリンだ。人を食ったり掠ったりする魔物だぞ。幼馴染みがそんな奴らのところに行くとなったら、俺でなくたって納得するものか!

「あいつらの本性、俺が暴いてやる!」

 俺はそう決意して、奴らの仕事を見張る監査役に立候補したのだった。
 ――そのせいで、俺は冬にもかかわらず、森をひたすら駆け巡る生活を送る羽目になったのだった。

    ●    ●    ●

 ゴブリンたちは毎日のように野山を駆けずりまわった。俺も猟師だから山に入るのが日々の仕事だったけれど、ゴブリンたちの行動圏は広く、移動速度は風のようだった。
 いや、戦士と呼ばれている巨体のゴブリンは俺よりも足が遅かったけれど、矮躯の忍者と呼ばれているゴブリンは森の木々を吹き散らして駆ける旋風だった。
 野っ原での駆けっこなら俺にも勝ち目があるかもしれない。だけど、森では逆立ちしたって勝てないと、監査役になった初日で思い知らされた。
 木々の合間をすいすいと擦り抜ける小柄さに、下草や砂利、泥濘をものともしない強靱な足腰。その上で手先も器用、遠目も夜目も利くとくれば、奴らは当に森を駆け、森に潜み、森の狩人となるために生まれてきたような連中だ。
 業腹ではあるが、奴らの実力に関しては認めざるを得なかった。
 それに対して、戦士たちはただ図体がでかいだけのにしか思えなかった――山賊と戦う姿を見るまでは。

 先行していた忍者たちが山賊の塒を見つけると、追っつけ向かった戦士たちがそこを叩く。塒の地形や山賊の人数、武装の程度などで作戦に多少の修正は加えられるけれど、基本はそれだ。
 戦士が先に突っ込んで暴れて、討ち漏らしたのを忍者がやるか、忍者が攪乱や陽動で引っ張り出したのを戦士が蹴散らすか――の違いくらいだ。
 戦士たちは力任せに得物を振うことしかしないけれど、その力が凄まじい。奴らの一撃を自分の得物で受け止めようとした山賊は、その得物ごと腕や頭を折り潰されて絶命していった。
 暴風のような一撃を避けて反撃した山賊――たぶん、ちょっとましな兵士崩れ――も何人かいたけれど、その反撃は鎧のような筋肉に食い込んで阻まれる。そして、動きが止まったところを大きな手で掴まれて、後は首を捻り殺されるか、地面に叩きつけられて後頭部をかち割られるか、だ。
 戦士たちが戦っている場面を一度でも見てしまったら、奴らを木偶の坊だと侮る気にはならなかった。そんな恐ろしい真似、できるわけがなかった。

 ゴブリンたちは山賊はひたすら潰してまわった。
 今年の冬は例年にないほど大勢の兵士崩れが山向こうから流れてきたけれど、ゴブリンたちが迅速に塒を発見しては潰してくれたので、村には一切の被害が出なかった。
 もしゴブリンたちがいなかったら、村は冬が終わる前に潰えていたかもしれない――そのくらい、今冬の山賊発生率は異常だった。
 ロイドが捕まえた山賊を訊問したことで、隣国での戦争が原因で大量の兵士崩れが生まれたせいだと判明したけれど、それが分かったところでゴブリンたちの行動に変化はなかった。結局、近場に居着いた山賊を掃討する以外にはどうしようもなかった。おかげで俺まで、冬だというのに森中を駆けまわる羽目になった。
 それなのに、ロイドだけ途中から山賊退治に参加しなくなった。自分だけ楽する態度に文句をつけたいのはやまやまだったけれど、ゴブリンたちはロイドがいなくても粛々と山賊退治を続けて成果を挙げ続けたために、文句のつけようがなかった。

 日迎えの祭をやって、さあ今日から春だ、となってからは、俺も監査役を返上してただの猟師に戻った。
 ゴブリンども――のまとめ役であるロイドと話をつければ、ゴブリンどもが狩った獲物の肉を融通してもらえただろうけど、そこまでおんぶに抱っことなる気はなかった。
 春になってからは落ち延びてくる破落戸の数も減ったし、それに……さすがに俺だって、もうゴブリンたちを疑ってはいなかった。

「あいつら、山賊を殺しても食わないんだもんな……」

 最初は、俺の目から隠れて食べたりしているのだろうと疑っていたのだけど、ゴブリンたちは山賊の遺体から身包みを剥いだ後は、毎回律儀に火葬していた。
 遺体の一部を切り取って密かに持ち帰っているのではないか、と疑いの目で注視していたこともあるのだけど、そういった素振りはまったく見られなかった。

 ――ゴブリンが人を食うというのは間違った風聞だったのか? それとも、人肉は獣肉よりも美味くないのか? それとも、あいつらの頭目が人間だから我慢しているだけなのか?
 独りで考えても埒が空かなかったので、思い切ってロイドに聞いた。そうしたら、あいつは驚いた顔をした後で、こう言った。

「……飢え死に寸前になったら食うかもな」

 そんな質問をされて不愉快だ、という顔だった。答え自体は、肯定とも否定とも言いがたいものだった。
 人間だって飢饉になったら人間を食うかもしれないだろ、と言っているようだった。
 まあ……人肉を好むわけではないのが分かればいいんだ。それならば、あいつらは禁足地でも狩りができるのだから、アンが食われることはないだろう。

 ――という、一番気になっていた件についての確認も決着がついた以上、これまでのように毎回同行する必要は感じられなかった。
 村でも一番の懐疑派だった俺がうるさく言わなくなったことで、あいつらを疑う声はめっきり上がらなくなった。裏ではどうだか知らないけれど、この近辺に居座ろうとする山賊の多さと、あいつらがそれら全てを退治していることは俺が監査役の責務として村人全員に伝えていたから、少なくとも表立って批難する者はいなくなった。
 村とあいつらの関係は順調にいっていた、というわけだ。
 俺がその間を取り持つみたいになったのは業腹だけど、まあいいさ。

 そんなときに起きたのが、竜の襲来という前代未聞の大事件だった。
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