義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

39-2. 初恋をした日、初恋が終わった日 ロイド

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 有瓜はあっさりと、自分が夕闇の裏通りで教師と青姦立ちバックしていたことを認めた。せめて少しでもしらばっくれてくれたら、俺は納得しないまでも、追及だってしなかったというのに……!

「ばれちゃったからには仕方ありません。でも、黙っててくれますよね♥」

 翌日の放課後、校門前で待ち構えていた有瓜に連れられて入った路地裏の古めかしい喫茶店にて、俺は有瓜からそう告げられた。このとき天使のような笑顔を見て悟ったことは、天使なんかいない、ということだった。
 不幸中の幸いは、第一印象があまりに綺麗すぎたおかげで萎縮していたが恋に育つことなく即死してくれたことだった。そうでなかったら、有瓜があっさりと自白した後から聞いてもいないビッチ武勇伝を滔々と語り始めたときに、俺の恋心は藻掻き苦しみながら死んでいく羽目になっただろう。そうなっていたら、俺は有瓜を家族として受け入れることはできなかったと思う。

 恋愛対象として見るのを止めた場合、有瓜はだった。
 性に奔放すぎるところはときどき口うるさいことを言いたくもなるが、不思議と下品に感じないのだ。もっとも、あくまでも俺個人の感想だから、そうでない者もいたと思う。というか、異世界召喚されるまでの短い高校生活では、同じクラスのみならず同学年の女子たち大半から白い目で見られていたらしい。有瓜自身がそう言っていた。俺はさっぱり気づかなかったけれど、男子に隠された女子の世界では色々あったそうだ。
 の中身は聞かなかった。聞いたら女性不信になりそうだったし、そのときはもう家族になっていた有瓜が面白くない目に遭う話を聞いても楽しくなさそうだったから。

 話を戻そう。そして、話を中学時代にまで戻そう。
 まだ家族になっていなかったその頃の俺たちは、別々の中学に通っていたこともあって、そう頻繁に会うことはなかった。だけど、スマホでのやり取りは毎日毎時間だった。
 中学生の俺にはメッセ友達の女子なんていなかったら、有瓜のメッセ頻度には「女子って本当に無駄話が好きなんだな」と変な具合に感心させられたものだった。
 ときには電話がかかってくることもあって、そのときは手汗を掻くほど緊張したものだ。
 また、その電話の内容が無駄話のときはまだいい。たまにアリバイ作りを頼まれることもあって、そのときは閉口させられた。

「わたし、今夜はアポが入っているんですけど、父さんも早く帰ってくるっぽいんですよね。なので、そちらの家にお邪魔していることにしてもらえません? あ、前に聞いていた予定の通り、そちらのお母さんは今夜遅いんですよね」
「……」
「あれ、電話通じてません? それとも、手伝ってくれないってことです? それはないですよね。そんなことしたら――」
「その先は言わなくていい。言われるとムカついて、何を言われても断りたくなる」
「……すいません。でも本当にお願いできません? これでも父さんに心配かけたくないな、幸せになってほしいなぁって本気で思っているんですよぅ」
「本気でそう思っているんなら、まず夜遊びと火遊びと男遊びを止めるところから始めようか」
「あはは。それ、三つとも同じものじゃないですかぁ♥」
「なら、ひとつ止めるだけで済むな」
「あははっ」
「笑い飛ばすなよ……」
「それよりも、アリバイ工作、お願いしますね♥」
「勝手にお願いを――あっ、おい!? ……電話、切りやがった!」

 ……だいたいいつも、こんな感じで俺は有瓜のアリバイ作りに加担させられたものだった。俺としては有瓜の父さんを騙していることに呵責を覚えていたのだが、騙されている本人である有瓜の父さん、そして俺の母さんは、俺たちが仲良くメッセや電話をしていることを大層喜んでいた。

「あなたが有瓜ちゃんと仲良くしてくれていて、母さんも嬉しいわ。これならきっと、仲の良い姉弟になるわね」

 母さんはそう言って嬉しげに頬笑んでいた。
 有瓜のほうでも、父さんから似たようなことを言われていたのだと思う。
 二人は順調に結婚話を進めていって、俺と有瓜の中学卒業に合わせて入籍。結婚式はしなかったけれど、近所のレストランを貸し切りにしてのささやかな披露宴を開いて、二人の再婚を祝った。

 立食パーティーの形で行われたその会は、和気藹々とした良い披露宴だったと思う。
 俺と有瓜は二人一組になって、互いの親戚や友人に互いを紹介し合って時を過ごした。俺側の親戚からは「こんな可愛い子と姉弟になるのか。嬉しいやら恥ずかしいやらだな」ということを散々に言われた。いちいち向きになって反論するのも子供っぽいので、ある一点を訂正する以外は笑って流した。

「確かに誕生日は彼女のほうが少し早いですけど、とても姉とは思えないので、姉と弟ではなく兄と妹のほうの兄妹だと覚えておいてください」

 あの日の俺は誰にからかわれても、この一点だけは譲らなかった。もっとも、俺がこの点を訂正するたび、俺と一緒に挨拶まわりをしていた有瓜が余裕たっぷりに頬笑んでいたので、たぶん逆効果だった。
 でも、べつにいいのだ。兄か弟かなんて本当はどうでもよくて、俺たちの仲が良いことを見せてまわって披露宴に花を添えたかっただけだったから。有瓜も同じ気持ちだったのだと思う。

 そうして披露宴が和やかな雰囲気のなか終わりを告げると、参加者たちは二次会へ繰り出す者や帰宅する者とに分かれながら帰っていく。式中は挨拶まわりで忙しかった俺たち家族四人は、レストランに最後まで残って、お店の人と少し話したり、残った肉やデザートを摘まんだりしていた。
 有瓜の父さんが好きだという変わった食べ方のアイスクリームが、やけにはっきり記憶に残っている。
 それから、店を出る前に有瓜が写真撮影を提案した。
 お店の人にスマホを渡して撮ってもらった四人の集合写真は、四人が四人とも満ち足りた笑顔だった。

 でも、俺は知っている。
 その五分ほど前。俺たち家族四人は店に最後まで残って、招待客の忘れ物がないかを見てまわっていた。それも終わった後、俺と有瓜は帰る前にトイレに行った(有瓜は化粧直しと言っていたが)。
 トイレから戻ってきたら、家まで待ちきれなかった父さんと母さんが抱き合ってキスしていた。
 気持ちは分からないでもないけどさ、と苦笑していた俺の耳に、震えた吐息が聞こえてきた。振り向くと、俺と同じ光景を見ている有瓜の横顔があった。
 その横顔を目にした瞬間、腑に落ちた。
 あ、こいつ失恋したんだな――と。

 あのとき以来、有瓜があの顔を見せることはなかった。
 初めて撮った家族写真はプリントアウトして居間に飾られていたから、そこに映る完璧な笑顔を見ているうちに、あのときの顔は記憶から薄らいでいき、いまではすっかり思い出せなくなっていた。


 でも、思い出してしまった。
 いまの有瓜は、あのときと同じ顔をしている。
 あのとき、俺は何も言えなかった。何も見なかった、気づかなかったふりをして、写真の笑顔が本当なのだと自分に思い込ませた。

「――今度はしない」

 今度は目を逸らさない。引き返さない。踏み込んでやる。
 それができるのは、この世界でただ一人、俺だけなのだから。
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