義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

37-1. 竜の魔術 ロイド

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 先行していた忍者ゴブリンは、竜が予想したとおりに、以前から山賊の棲み着きやすい地点として目を付けていた山中の横穴に潜り込んでいることを確認してくれていた。
 竜は横穴の外に尻を向けて、その巨体を一定のリズムで揺らしていたらしい。
 その報告を聞いた途端、安堵しすぎて腰が抜けかけた。

「……つまり、生きているんだな」

 竜はおそらく、有瓜を犯しているのだ。
 体格差がもの凄いのにどうやって、とも思うし、竜に死姦の趣味があったり、ただ単に食事するときに身体を揺する癖があるだけかもしれない。でも、生きている可能性は大きく上がった。それだけで、一度弛緩した身体に気力が漲っていく。

「よし、急ごう。作戦はいつもの感じで、戦士たちが正面から突っ込んで相手を引きつける。それで竜を横穴から引き離して、その隙に忍者たちが有瓜を救出する――それでいいな」

 ゴブリンたちを見回すと、皆一様に頷き返してきた。

「じゃあ、俺と神官は戦士たちと一緒に動くから、有瓜は任せたぞ」
「お任せくだせえ」

 忍者たちは力強く答えると、乱立する木々の隙間を流れるような速さと静かさで遠ざかっていった。
 俺と神官が戦士たちの補助にまわったのは、忍者たちの機動力についていけないからだった。

「俺たちも行こう」

 俺の言葉に、戦士たちと神官は剣呑な顔で頷いた。
 護衛だった二人を除いて実際に竜を見ていないからかもしれないが、ゴブリンたちは誰一人として怯えていない。有瓜を掠われたことへの怒りに両眼を燃え上がらせている。それでも暴発しないで俺の指示に従ってくれているのは、これまでの山賊退治で信頼関係が築かれていたからだろう。こんな状況だけど、それが分かって嬉しかった。
 斜面を登るにつれて疎らになっていく木々の中を早足で進んでいたとき、雷雲のような重低音が聞こえてきた。すぐに竜の唸り声だと分かった。

「……喘いでいるのか?」

 竜の鳴き声を聞いたのなんて初めてだけど、なんとなく不快や怒りで吠えているのではないような気がする。有瓜とセックスしているのだろう、という予想――希望的観測がそう聞こえさせたのかもしれないが。
 だが、いまの鳴き声が快感の喘ぎだったとしても、それはそれで焦る理由になる。
 竜にも賢者タイムがあったら、すっきりした途端に有瓜を殺したり、気怠くなってあまり横穴から離れてくれなくなったりするかもしれない。すっきりしたら有瓜を放置して昼寝を始める、あるいは飛び去っていく――という理想的な可能性もあるから、待つだけ待ったほうがいいのかもしれないけれど、待つにしろ動くにしろ、竜の傍まで行かないことには話にならない。

「急ごう」

 俺の呟きに答えた者はいなかったけれど、みんな一層の早足になった。

 ――グロォオゥウァアアアッ!!

 先ほどよりも大きな咆吼が轟いたのは、俺たちが横穴を臨む木立の切れ目に辿り着いたときだった。


    ●    ●    ●


 爆風のような大音声が俺たちの身を竦ませたのは一瞬のことだ。その一瞬が過ぎた後は、俺たちはもはや作戦も何も関係なしに横穴へと雪崩れ込む。

「有瓜!」

 横穴には照明器具などなかったけれど、だいぶ傾いてきた日差しが差し込んでいて、視界に問題はなかった。
 横穴は小さな公民館くらいの高さと広さで、洞窟と呼べるほどの奥行きはない。その中程に、大型トラックほどの巨体をした有翼の蜥蜴――竜が、こちらに背中と尻尾を向けて蹲っていた。尻尾が大きく揺れていることから、残念ながら寝てはいないようだ。
 有瓜の姿は見えない。ということは、有瓜は竜の足下にいるのだろう。

「有瓜、聞こえてたら返事しろ!」

 俺は有瓜に呼びかけながら、竜を見据えて武器を構える。
 俺たちの武装は冬の間に強化されていた。いまここにいる戦士たちは毛皮の服を着た上から、腹や手足に革帯や包帯を巻いている。兵士崩れの山賊たちが着ていた革鎧では戦士ゴブリンたちにとって小さすぎたので、そちらは忍者らに身につけさせて、戦士たちには毛皮の上から、行商人から買い入れた革帯や包帯をにして巻いてもらっていた。
 両手に携えた剣と盾は、山賊の持ち物をそのまま流用している。もっとも、普段の狩りでは剣よりも槍や弓のほうが圧倒的に便利だし、俺にも剣技の覚えなんて無いので、戦士たちにできるのは力任せに剣を振りまわすことだけだ。ただの山賊を圧倒するのにはそれで事足りたけれど、その力技が竜の鱗に対しても効くのかどうかは甚だ疑問だ。
 ――しかし、やらねばならない。
 その気持ちは全員同じようで、戦士たちも俺と一緒に剣を構えて、竜の背中を睨みつけている。

「有瓜!」

 もう一度だけ呼びかけてみたが、有瓜の返事はない。不安と恐れが込み上げてくるけれど、いまはとにかく竜をここから誘い出すことだ。効く効かないは別にして、尻尾に斬りつけでもすれば怒って追いかけてくるだろう――。
 その考えをいざ実行に移そうとしたが、竜が上体を起こしながらこちらに振り返ったことで足が止まってしまった。間合いをずらされたとかではなく、単純に恐怖したからだ。
 日差しの遮られた薄暗い空洞で、自分を一呑みにできる巨大生物と対峙する。遙か頭上から見下ろされる――そんな経験をしたことがあれば、分かるはずだ。
 生き物は自分より大きなものを恐怖するようにできているのだ、と。

「……ッ」

 自分の喉が鳴る、ぐびっという音が耳の内側でやけに大きく響く。そのおかげで、辛うじて腰を抜かす前に立ち直れた。
 ゴブリンたちを一瞥すれば、みんな憤怒の形相で竜を睨んでいた。竜の存在感に怖じ気づいたのは俺だけだったようだ。

「みんな、行くぞ――」

 俺がそう言った瞬間、戦士ゴブリンの巨体が弾けるように地を蹴って、より巨大な竜へと斬りかかった。明らかに、俺が号令する前から動いていた。考えてみれば、有瓜を掠った敵を前にして、そうならないわけがなかった。
 だが、それでは拙い。竜を倒せればいいが、倒せなかったら作戦通りに逃げて、竜をここから釣り出さなくてはならない。いまの怒りに囚われた戦士たちに、それができるか? できない気がする!

「待て――」

 咄嗟に声を発したけれど、間に合うはずもなかった。
 複数の方向からほとんど同時に叩きつけられたゴブリンたちの剣が、棒立ちしている竜の腹や後肢を
 俺たちが使っている剣は、山賊から奪った使い古しの鋳造鉄剣だ。鋳型に鉄を流し込んで固めただけの剣は、刃物というより、刃物っぽい鈍器だ。切れ味は期待できない代物だが、それでも戦士ゴブリンの膂力で振りまわされたそれは山賊どもの肉を抉り、骨を断ち割ってきた。
 竜はそれらの斬撃を無防備に食らった。

 ギィン――と金属の擦れる耳障りな音が空洞内に反響した。
 それは、竜の鱗に当たって弾かれた剣が上げた悲鳴だった。鱗には傷ひとつ付いていなかった。

「マジか……」

 あまりの光景に、それ以外の言葉が出なかった。
 こんなの、勝てる勝てないの話じゃない。鋳造の数打ちものとはいえ、鉄の剣だぞ。そんなもので斬りつけられて無傷で弾き返すだなんて、これは本当に生き物なのか?
 竜に対する俺の恐怖はいっそう高まったが、それはゴブリンたちの激情に煮えたぎった頭を冷やしてくれることにもなった。
 いまなら撤退の命令を聞いてくれるはずだ。

「おい――」

 そこから先の言葉を口にすることはできなかった。

『待ちたまえ』

 無機質なその声は、横穴の全体に朗々と響き渡った。
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