義妹ビッチと異世界召喚

Merle

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2章

33-1. 子守の随に ロイド

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 シャーリーとアンが産んだ赤ん坊は、人一倍小さいくせに人一倍元気いっぱいだった。
 まず、二人とも母乳をたっぷり飲んだ。
 シャーリーとアンはお腹が急速に膨らむのと同じ早さで乳房も張って、臨月の数日前から母乳が出るようになっていた。赤ん坊二人はそれぞれの母に縋りついて授乳されるわけだけど、もう搾乳と言ったほうがいいのではないか、というくらい、ごくごく飲んだ。

「えっと、この調子で飲まれると、さすがに涸れそうかもです」

 アンの言葉に、シャーリーも頷いている。
 つまり、早急に離乳食の用意が必要、ということか。
 なお、母親二人が朝一番の授乳しているときにゴブリンたちが何をしているかというと――寝ていた。
 夜は断続的に起こる大音響の夜泣きで嫌でも叩き起こされるために、みんなして連日の睡眠不足に悩まされていた。でも、母親である姉妹二人が抱っこして母乳を飲ませてからしばらくは確実に騒がないでいてくれるので、この間の見張り役という貧乏くじを引いてしまった者以外は、ここぞとばかりに寝坊しているのだった。

 赤ん坊二人は朝早くに母乳を飲んで、出すものを出してぐっすり寝たら、昼過ぎには目を覚まして、遊び始める。
 この子たちは生後二十日にして、早くもハイハイを始めていた。小さい身体を短い手足でぐいぐい進めて、毛皮の敷物だろうが草地だろうが土の上だろうがお構いなしに走破する。その様はさながら四輪駆動だ。
 これ以上進むのは危ないから、と大柄な戦士ゴブリンが正面に立ちはだかれば、切れのあるハンドリングで右に左に回避する。小柄な忍者ゴブリンが素早く抱き上げようとすれば、逆に彼らの身体をよじ登って乗り越えていく。
 首が据わっていないうちから何たる肝の据わりようか、と思ったけれど、よくよく見れば、ちゃんと首が据わっていた。
 俺の知っている常識だと、赤ん坊の首が据わるのは早くても生後一ヶ月以後だったと思うのだが、どうやらこの子たちは俺の常識よりも早く生まれてきた分、俺の常識よりも成長が早いみたいだ。よく飲んで、よく泣いて、よく遊ぶことも、成長の秘訣なのかもしれない。

「よく覚えとるわけじゃねぇがすが、わすらもこんくれぇの育ちっぷりだった気がすますだ」

 神官がそんなふうに言っていたことから考えても、この子たちは人間よりもゴブリン寄り――というか野生寄りなのだろう。
 仔馬は生まれてすぐに自分の足で立ち上がるそうだけど、あれは野生だとすぐに立てなければ肉食獣の餌食になるからだ。そうなるのを回避するために、生まれてすぐに立つ、という生態を獲得したわけだ。
 ゴブリンの場合は、神官たちから聞いた話を鑑みるに、彼らには親とか子育てといった観念がほとんどないために、子供は自分で動けなければ飯を食いっぱぐれて飢え死にしてしまう。だから、生まれてすぐ動けるような生態になったのだろう。
 シャーリーとアンの赤ん坊にも、そうした生態が継承されたのだと思う。どちらの赤ん坊も見た目にゴブリンらしさはない(シャーリーからすると、彼女の赤ん坊はゴブリンっぽい顔立ちらしいが)けれど、ちゃんとゴブリンの子供――魔物なのだな、と思わされた。
 というか、あの旺盛な食欲と旺盛すぎる行動力は、紛れもなく人外だ。よく形容詞でとか付けるけど、額の角も相俟って、まさしく鬼だ。鬼の子だ。少しは世話する俺たちのことを考えて欲しい。まして、俺は急に力の入らなくなった身体が重たくて、それに慣れるのだけで難儀しているというのに。

 そう――俺の身体は、姉妹の出産を機に弱くなっていた。
 冬の間は練習したこともないバク転、バク宙がいきなり出来るようになるくらい、身体能力が向上していた。傷の治りも早かったし、筋肉痛にもならなかった。山野を駆けずり回って山賊狩りに勤しめたのも、そのおかげだ。
 ところが、姉妹二人が出産したのと同時に、全身からすっと力が抜けたのだ。あの瞬間、赤ん坊が無事に生まれたことに安堵して腰が抜けたのかと自分でも思っていたけれど、翌日になっても身体の重さが治らなかったことから、もっと深刻な事態なのだと判明した。
 試してみたら、バク転はおろか、前宙もできなくなっていた。地味に悲しかった。

 まあ、バク転はどうでもいいとしても、以前のように連日連戦とはいかなくなってしまったのが痛い。これまでのように動きまわろうとすると、気力は別にしても体力が続かない。それに、筋肉痛で死ねる。こうなってみると改めて、ゴブリンたちの体力に驚かされる。
 なぜか漲っていた力はなぜかなくなってしまったけれど、それでも一年前のまだ普通に高校生をしていた頃に比べたら格段に鍛えられたと思う。でも、それでもゴブリンたちの身体能力にはついていけなくなっていた。
 一冬続いた山賊棲み着きラッシュも、春になってからは目に見えて頻度が減ってきた。食べるものが手に入りやすくなったからだろう。けれども、山賊の集まりが悪くなったからといって、見回りを欠かすわけにはいかない。
 俺たちが山賊たち自身から手に入れた情報から推測すると、山賊が大量発生する原因になった隣国の戦乱はまだ終結を見ないと思われる。現在は睨み合いの小康状態だが、いつ武力衝突が起きて山賊大発生の第二波が起きる分からない――という状態かもしれないのだ。
 まあ……実際問題、不確定なところが多すぎる。この情報も冬の終わりに山賊から、つまり末端の兵士崩れから手に入れた情報を元にした推測でしかないため、まったくの見当違いかもしれないのだ。でも、この世界の人里を山村ひとつ以外に知らない俺とゴブリンたちが推測したことなのだから仕方ないだろう。

 というわけで、山の向こうの平原がどんなことになろうとも大丈夫なように、見回りの頻度をあまり減らしたくないのだった。
 だが、俺は以前のように動けない。というか、見回りにも狩りにも俺が参加すると、かえってゴブリンたちの足を引っ張ってしまうことになる――。
 というわけで、見回りは忍者ゴブリンたちに、狩りは戦士ゴブリンたちに任せて、俺は子守を引き受けることにしていたのだった。
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