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自分の身体に同化された蔓鬼灯には感覚や神経が残っている――そのことを自覚したことで、カガチはこれまでにも増して器用に蔓を操れるようになった。具体的に言うと、蔓鬼灯の本能に任せることができるようになったのだ。
蔓を編み込みにしたり、小枝を持たせて地面に文字を書かせたりする等の複雑な動きはカガチ自身が意識しないと無理だけど、前回の訓練でクダンに背中を突っつかれたときのような、身体への刺激や、身体周辺での空気の振動に対して反撃や防御するように蔓を伸ばすことが、意識しなくてもできるようになっていた。
おかげで、スースが素早く出してきた前足に反応して蔓を出し、それに釣られたスースが蔓をぱしぱし叩こうとして、ぱしぱし叩きかえされて大興奮する――という遊びもできるようになった。
ただし、この遊びをすると、スースが後で落ち込んでしまう。
「我輩は猫ではない……猫ではない……」
ひゅんひゅん動くものに反応する本能を全開にする喜びと、知性ある凄い存在でありながら本能に屈してしまう悔しさとに責め苛まれて、伏せの姿勢で尻尾をびくんびくん痙攣させるのだった。
カガチが修得したのは、蔓の半自律的な動作だけではない。
「……んっ」
春めいた日差しが降り注ぐ庭先で、カガチは胸の前で手を組んで祈るような姿勢になる。すると、両の手首から伸びてきた蔓が手首にぐるぐると巻きついて腕輪になる。そして腕輪になった蔓からは、丸っこいハート型の葉っぱが幾つも生えてきた。
青々とした葉が手首を隠すほど茂ったところで、カガチは組んでいた手をゆっくりと開いていった。
「ん……っ……」
目を閉じて集中するカガチ。
開かれた手が水を掬うときの形になったところで、その掌中にも、ほんのちょっと頭を出すだけのようにして、しゅるりと蔦が芽を吹く。
「ふっ……ぅ……」
深く静かな呼吸。
両手の中で芽吹いた蔓の先が膨らんでいく。
その膨らみが数秒ほどで鶉の卵ほどになると、先端から数度か切れ込みを入れられたみたいに表皮が剥けていって、内側の白い襞が露わになる。その襞もすぐに拡がって、五枚の花弁になった。
五角形の花弁が五枚。それが環状に並んだ、星形の白い花――蔓鬼灯の花だ。
カガチは蔓を出すだけでなく、その一部を蕾へと成長させて開花させることにも成功したのだった。
そこまで来れば当然、花を咲かせるだけでは終わらない。
「む、む……むむっ……」
カガチが眉間に皺を作ってむにゃむにゃ唸ると、お椀にした両手の上で白い花の花弁が一枚、また一枚と散り始めた。
そうして五枚の花弁が全て散ってしまうと、続いては花弁を下から支えていた萼が膨らんでくる。明るい橙色に色付きながら、風船のように膨らんだ萼。その萼が、蕾が花開くときのように先端から裂けていくと、風船に包まれていた実がとうとう姿を現した。
つるりとした丸い朱色の果実。まるで宝石のような光沢を具えたそれは、みずから手折られるように萼の付け根から零れ落ちて、掌に収まった。
それを確認したカガチが頬笑むと、蔓と葉が逆再生するようにカガチの体内に引っ込んでいった。
「――スース」
カガチは、傍でずっと見ていたスースを呼ぶ。
「むっ、なんだ?」
不意に呼ばれたスースは、伏せていた身体を起こしてカガチに近付く。
「こ、これ……あ、あげるっ」
カガチはそう言って、スースの鼻先に両手を差し出した。その手に載せた蔓鬼灯の果実を進呈しようというのだ。
「む……これを我輩にか?」
「んっ」
「良いのか?」
「スースの、たっ、ために……つ、作ったの」
「ところで……これは食いものか?」
「たっ、たぶん……」
「……そうか。では、ありがたく頂戴しよう」
スースはカガチの掌をべろっと舐めるように丸い果実を咥えると、躊躇うことなく食べた。ばりぼりと咀嚼して、ごっくんと嚥下した。
「むっ、これは……魔力が溢れる!?」
喉を鳴らした直後、スースは驚きに尻尾をビリビリ痙攣させた。いま食べた蔓鬼灯の実から染み入ってくる濃密な魔力に驚いたのだった。
葉を茂らせて光合成することで得た活力を、魔力に換えて析出させたもの――それが蔓鬼灯の実の正体だった。カガチはそこまで詳しい理解していたわけではないけれど、この実が魔力を具えた者にとって栄養たっぷりのものだという直感があった。だからこそ、スースへ一番に贈呈したのだった。
「スースは、わ、わたしっ、を……ひっ、拾ってくれ、た……い、命の恩人! ……かっ、狩りも、て、手伝ってくれっ、たし……だっ、だから、お、お礼をっ……あっ、ありがと! スース、す、好きっ!」
真っ赤になりながら必死に言葉を紡いだカガチに、スースの尻尾は二本ともバシンバシン激しく芝生を叩いて、そこに穴を掘る勢いだった。
「カガチよ、クダンにまた酷いことをされたら我輩に言うが良い。おまえは我輩が守ってやる!」
「んっ……わっ、わたし……め、迷惑かけ、かけない、よ、ようにっ……が、頑張るっけど……うれ、嬉しっ」
「うむうむ!」
上機嫌のスースと、照れ笑いのカガチだった。
その後、クダンもカガチから魔力の実を贈られたのだけど、スースの後だったと知ると、
「俺が師匠なのに……」
と、意外なほどの落ち込みっぷりを見せてカガチを涙目にさせた。
そして、
「くだらんことで弟子を泣かせるな!」
と、スースに吠えられたのだった。
蔓を編み込みにしたり、小枝を持たせて地面に文字を書かせたりする等の複雑な動きはカガチ自身が意識しないと無理だけど、前回の訓練でクダンに背中を突っつかれたときのような、身体への刺激や、身体周辺での空気の振動に対して反撃や防御するように蔓を伸ばすことが、意識しなくてもできるようになっていた。
おかげで、スースが素早く出してきた前足に反応して蔓を出し、それに釣られたスースが蔓をぱしぱし叩こうとして、ぱしぱし叩きかえされて大興奮する――という遊びもできるようになった。
ただし、この遊びをすると、スースが後で落ち込んでしまう。
「我輩は猫ではない……猫ではない……」
ひゅんひゅん動くものに反応する本能を全開にする喜びと、知性ある凄い存在でありながら本能に屈してしまう悔しさとに責め苛まれて、伏せの姿勢で尻尾をびくんびくん痙攣させるのだった。
カガチが修得したのは、蔓の半自律的な動作だけではない。
「……んっ」
春めいた日差しが降り注ぐ庭先で、カガチは胸の前で手を組んで祈るような姿勢になる。すると、両の手首から伸びてきた蔓が手首にぐるぐると巻きついて腕輪になる。そして腕輪になった蔓からは、丸っこいハート型の葉っぱが幾つも生えてきた。
青々とした葉が手首を隠すほど茂ったところで、カガチは組んでいた手をゆっくりと開いていった。
「ん……っ……」
目を閉じて集中するカガチ。
開かれた手が水を掬うときの形になったところで、その掌中にも、ほんのちょっと頭を出すだけのようにして、しゅるりと蔦が芽を吹く。
「ふっ……ぅ……」
深く静かな呼吸。
両手の中で芽吹いた蔓の先が膨らんでいく。
その膨らみが数秒ほどで鶉の卵ほどになると、先端から数度か切れ込みを入れられたみたいに表皮が剥けていって、内側の白い襞が露わになる。その襞もすぐに拡がって、五枚の花弁になった。
五角形の花弁が五枚。それが環状に並んだ、星形の白い花――蔓鬼灯の花だ。
カガチは蔓を出すだけでなく、その一部を蕾へと成長させて開花させることにも成功したのだった。
そこまで来れば当然、花を咲かせるだけでは終わらない。
「む、む……むむっ……」
カガチが眉間に皺を作ってむにゃむにゃ唸ると、お椀にした両手の上で白い花の花弁が一枚、また一枚と散り始めた。
そうして五枚の花弁が全て散ってしまうと、続いては花弁を下から支えていた萼が膨らんでくる。明るい橙色に色付きながら、風船のように膨らんだ萼。その萼が、蕾が花開くときのように先端から裂けていくと、風船に包まれていた実がとうとう姿を現した。
つるりとした丸い朱色の果実。まるで宝石のような光沢を具えたそれは、みずから手折られるように萼の付け根から零れ落ちて、掌に収まった。
それを確認したカガチが頬笑むと、蔓と葉が逆再生するようにカガチの体内に引っ込んでいった。
「――スース」
カガチは、傍でずっと見ていたスースを呼ぶ。
「むっ、なんだ?」
不意に呼ばれたスースは、伏せていた身体を起こしてカガチに近付く。
「こ、これ……あ、あげるっ」
カガチはそう言って、スースの鼻先に両手を差し出した。その手に載せた蔓鬼灯の果実を進呈しようというのだ。
「む……これを我輩にか?」
「んっ」
「良いのか?」
「スースの、たっ、ために……つ、作ったの」
「ところで……これは食いものか?」
「たっ、たぶん……」
「……そうか。では、ありがたく頂戴しよう」
スースはカガチの掌をべろっと舐めるように丸い果実を咥えると、躊躇うことなく食べた。ばりぼりと咀嚼して、ごっくんと嚥下した。
「むっ、これは……魔力が溢れる!?」
喉を鳴らした直後、スースは驚きに尻尾をビリビリ痙攣させた。いま食べた蔓鬼灯の実から染み入ってくる濃密な魔力に驚いたのだった。
葉を茂らせて光合成することで得た活力を、魔力に換えて析出させたもの――それが蔓鬼灯の実の正体だった。カガチはそこまで詳しい理解していたわけではないけれど、この実が魔力を具えた者にとって栄養たっぷりのものだという直感があった。だからこそ、スースへ一番に贈呈したのだった。
「スースは、わ、わたしっ、を……ひっ、拾ってくれ、た……い、命の恩人! ……かっ、狩りも、て、手伝ってくれっ、たし……だっ、だから、お、お礼をっ……あっ、ありがと! スース、す、好きっ!」
真っ赤になりながら必死に言葉を紡いだカガチに、スースの尻尾は二本ともバシンバシン激しく芝生を叩いて、そこに穴を掘る勢いだった。
「カガチよ、クダンにまた酷いことをされたら我輩に言うが良い。おまえは我輩が守ってやる!」
「んっ……わっ、わたし……め、迷惑かけ、かけない、よ、ようにっ……が、頑張るっけど……うれ、嬉しっ」
「うむうむ!」
上機嫌のスースと、照れ笑いのカガチだった。
その後、クダンもカガチから魔力の実を贈られたのだけど、スースの後だったと知ると、
「俺が師匠なのに……」
と、意外なほどの落ち込みっぷりを見せてカガチを涙目にさせた。
そして、
「くだらんことで弟子を泣かせるな!」
と、スースに吠えられたのだった。
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