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1-3.

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 はすぐに見つかった。戸口から出て本当にすぐの地べたに横たえられていた。
 確かに人間だった。十歳前後らしき痩身の少女だった。
 は短くぼさぼさだったし、体つきもまだ少年のようだったけれど、間違いなく少女だと分かる。なぜなら、少女が身に纏っているのがもはや服と呼ぶのが不可能な襤褸切れで、股間が丸見えだったからだ。少年ならばそこにあるはずの突起物がないのだから、少女で間違いないというわけだ。

「にしても、村人ではないようだが、スースはどこから……ああいやいや、治療が先だなこりゃ」

 スースが言ったように、少女の容体は悠長にしていられるものではなかった。というよりも胸部や腹部の数カ所に深い穴が開けられていて、ほとんど死にかけていた。
 スースがクダンとの悠長な掛け合いに興じていたのも、いまさら急いでもどのみち助かるまい、と思っていたからだろう。

「どうだ、助けられるか?」

 のっそり近付いてきたスースが、大して期待もしていない様子で尋ねる。

「十中八九、無理だな」

 クダンは即答する。
 胴体に穿たれた複数の穴は、どうやら運良く重要な臓器を避けていたようで、そのおかげで即死しなかったようだが、それでも如何せん、出血が多すぎる。喀血もしているし、他にも全身に痣や傷が付けられていて、もはや手の施しようがないのは明白だった。

「まっ、仮にもっと軽傷だったとしても、俺はどちらかと言えば治療の魔術が苦手だ。難しかっただろうな」
「そうか……せっかく良いことをしようと思って拾ってきたのだが、徒労だったか」

 スースはさして気にしていないような口振りだったが、二本の尻尾は残念そうに項垂れて地面を掃いていた。

「あっ、そうだ」

 突然、クダンが踵を返して貯蔵庫のほうに駆けていくと、すぐに、掌にぎりぎり載せられる大きさの革袋を手にして戻ってきた。

「これは、おまえとったときに自分の治療用で用意していたいものなんだが、結局使わなかったから、その後でさらに魔改造してみたものなんだが……」

 クダンはスースに説明しながら袋の中身を掴み出すと、それ少女の傷口にいった。

「魔石の欠片……いや、何かの種か?」

 スースの疑問に、クダンは蒔いた種へと魔力を放射しながら頷く。

「正式名称は知らん。俺は蔓鬼灯ツルホオズキと呼んでいる」
「ふむ……まあ、名前はいい。それで、どんな効能があるのだ?」
「見てれば、だいたい分かるよ」

 クダンがそう言ったそばから、魔力を浴びた種は急速に芽を吹き始める。芽吹いた新芽はたちまち幾筋もの蔓となって、穴のような傷口から少女の体内へと潜り込んでいった。

「……あ、ぎゃ、ああぁ、あ……あがっ、があああぁあッ!!」

 さっきまで意識があったのかどうかも定かではなかった少女が突然くわっと目を瞠ると、釣り上げられた魚のように背筋を跳ねさせながら絶叫し始めた。
 第八感グラムサイトを働かせてみれば、高密度の魔力が渦巻きながら少女の全身を侵食しているのが見て取れる。

「ふむ……もう少し必要か」

 クダンが苦しみ藻掻く少女に向けて手を翳すと、少女の痙攣がいっそう激しくなった。照射された魔力を浴びて生長を促進された蔓鬼灯がさらなる速度で少女の全身を侵しているのだ。

「うああぁ! あっ、がっ……あがああぁあッ!!」

 少女は喉も裂けよとばかりに血を吐きながら叫び、傷だらけの四肢を激しく痙攣させている。

「……クダン。これは大丈夫なのか?」
「分からん」

 首を傾げたスースに、クダンは即答する。

「無責任だな」
「仕方ないだろ。実際、使ったことがないんだから」
「だが、改造を施したと言っていなかったか?」
「改造はしたけれど、実験はしていない」
「……無責任だな」
「俺に治療を投げっぱなした奴には言われたくない言葉だな」
「ふんっ!」
「はっ!」

 二人が無駄口を叩いている間にも、少女の容態は変化していた。
 さっきまでは全身を縛るか押さえつけるかしないと危険だと思われるほど激しくのたうっていたが、いまは手足をぴんと真っ直ぐに伸ばしたまま硬直している。だが、動かなくなったのではない。少女の身体は痙攣するのを通り越して、蜂が羽根を羽ばたかせるときのように、もの凄い勢いで震動していたのだった。
 魔力感知の目グラムサイトで見れば、幾筋もの紐状になった魔力が少女の華奢な身体にぐるぐると絡みつき、頭頂から爪先まで一片の隙間もなく覆っていることが分かるだろう。そしてそれは、少女の皮膚の下において、魔力を帯びた蔓が実際にその状態になっているということを意味していた。
 強靱な蔓が全身の肉を抉って、縫って、巻きついて、締めつけていく感覚――少女が激痛と恐怖とで泣き叫んだのは当たり前のことだった。
 でも、いまはもう声を上げてもいない。両目だけはかっと見開かれていたが、目の焦点は合っておらず、瞳孔は飛びまわる蚊でも追っているかのようにぐるぐると急旋回を続けている。

「……やばいかも」

 クダンがぼそりと呟く。
 身体の治療は順当に進んでいるようだが、生きたまま体内から貪り食われたも同然の感覚を味わわされたことで、心のほうが限界に来ているようだった。そうなると少々不味いことになってしまう。

「おい、聞こえるか」

 クダンは少女に呼びかける。少女は返事をしなかったけれど、不気味に回転してた瞳孔が声のした瞬間、ぴくっと回転を止めたのをクダンは見逃さなかった。
 その反応で、声は届いている、とクダンは判断した。

「いいか、よく聞け。俺はおまえの身体を治すために、植物型の魔物を植え付けておまえの身体を侵食させた」
「……」

 少女は眼球を震わせる以上の反応をしなかったが、クダンは構わず続ける。

「このままだと、おまえの身体は魔物に乗っ取られる。死ぬこともできず、この魔物の苗床として生きることになる」
「……」
「それが嫌なら、おまえが魔物を乗っ取れ。おまえの身体に入ってきた異物を、身体で食らって血肉に変えろ。食われる前に食い尽くせ」
「……」
「だが、それが無理なときでも安心しろ。俺が責任を持って殺してやる。そんなに苦しむことはないはずだ」
「……、……だ……」

 そのとき初めて、少女の口から叫び以外の言葉が漏れた。

「ん?」
「……っ、や……だ……、に……たぐっ、な……ぎ……!」
「だったら気張れ。おまえを絡め取ったつもりでいる魔物に、取り込まれたのがどっちなのかを教えてやれ」
「うっうううぅッ!!」

 少女の瞳が空の一点を見据えると、目の端から湧き水のごとく涙が溢れ始める。先ほどまでは泣くことも諦めて心が死ぬに任せようとしていたのが、いまは痛みと恐怖に心を晒してでも生き延びようと足掻いている。

「ふむ……」

 傍で見ていたスースが感心した様子で唸っている。
 少女が叫ぶのも止めてしまっていたときは興味をなくして寝そべっていたが、少女が再び足掻き始めたのを見ると、起き上がって、きちんとをしていた。
 その横では、片膝をついたクダンが少女を激していた。

「それじゃ駄目だ。そいつを追い払おうとするな。いいか、そいつはおまえを食らう危険なものなんかじゃない――栄養たっぷりの肉だ。食え。食って、生き延びろ!」
「うっ! あっ! あっ、あっああ――うあぁあああッ!!」

 少女が喉を反らして吠えた。
 その瞬間、全身を覆っていた魔力の流れが、外から大きな力で握り締められたかのように凝縮された。でも、次の瞬間には破裂して、魔力が少女の全身隅々に行き渡る。魔力はそのまま定着すると、少女の身体に沿うようにして循環を始めた。

「あ……」

 背中が浮くほど仰け反っていた少女の身体が、糸をぷつんと切られたように脱力した。
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