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後日譚

皇女は仮面舞踏会で奇跡を手にする・後

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静寂せいじゃくが包み、おごそかな空気の中。

豪華な大広間の踊り場では、皇女おうじょエレナの「婚姻こんいんの申し入れ」の真っ只中。

今宵こよい、この場へとつどう貴族達は思わず息をみ、高鳴る胸を抑えつつ見守る。

ルーカニア帝国一の美姫びきエレナ皇女おうじょと名門ヴァレリア公爵家の嫡子ちゃくしエヴァン。

「これ以上の素晴らしい組み合わせがあろうかー……」

皆が皆、固唾かたずを飲んで見守る。




* * * * * * * * * *


階上では、純潔じゅんけつを意味する「一輪の白百合しらゆり」を差し出す皇女おうじょエレナの身姿みすがた。白くなめらかなその手先が、意外にも震えていた事を知るのは、近衛騎士このえきしエヴァンのみ。

そして皇女おうじょエレナからは、人を酔わせかねない程の甘くかぐわしい香りが漂い出す。

つがう相手同士にしか分からない甘い芳香ほうこう

(まるで媚薬びやくのようだー……)

一瞬、碧眼へきがんの瞳を閉じる近衛騎士このえきしエヴァンは思う。

貴女あなたという人はー……」

溜息ためいきのようなものをこぼ近衛騎士このえきしエヴァン。

「……エヴァン……」

皇女おうじょエレナの声音こわねが震える。

いくら勝気な皇女おうじょでも、やはり恋情れんじょういだく相手からの溜息ためいきや返答にはかなりこたえる。

ーしかも、数多あまたの貴族達がつどう中での公開の「婚姻こんいんの申し入れ」。

今にして思えばー……と皇女おうじょエレナはうれう。


近衛騎士このえきしエヴァンが誰よりも敬愛する主君しゅくんアレクシス。その愛娘まなむすめともする皇女おうじょエレナ。

皆が見守るこの場では皇女おうじょエレナの立場を守る為、あるいははじをかかせない為に、近衛騎士このえきしエヴァンは、む無く承諾する可能性も考えられる。

恋情れんじょうは、時として人を臆病にする。

その所為せいで表面上見る限りでは、気丈きじょうにも見える皇女おうじょエレナの鼓動こどうは、今では早鐘はやがねを打ち、内心はおだやかとは言いがたい。

ぐっ、と今にもあふれ出しそうな涙をこらえる皇女おうじょエレナ。

その刹那せつな白百合しらゆりの花を持つ皇女おうじょエレナの身体からだが引き寄せられ、涙をあふれさせる顔は、近衛騎士このえきしエヴァンの胸の中へと隠され、皆からはうかがい知る事は出来ない。

貴女あなたという人はー……本当に困ったお方だ」

数多あまたの貴族らが眼下につどうのも構わず、皇女おうじょエレナを胸へと抱き寄せる近衛騎士このえくきしエヴァンは、まるで皆を牽制けんせいするかのように一瞥いちべつする。

私のものだー……とでも言いたげに不敵ふてきな笑みを浮かべては、皇女おうじょエレナの耳元へとささやく。

「愛らしい私のエレナ……貴女あなたへの想いを抑え込む私の心の熱情ねつじょうを外したのは貴女エレナだー……だから、どうか覚悟してー……私の想いは貴女あなた想いものよりずっと激しい事をー……」

そう、しかと告げる近衛騎士このえきしエヴァンは、次には皇女おうじょエレナの手元から一本の白百合しらゆりを受け取り、百合の花弁はなびらへと口付けしてみせる。

何気ないその仕草しぐさにも優美さを漂わせる近衛騎士きのえきしエヴァンに、数多あまたの淑女からは感嘆かんたんの悲鳴が上がる。


かたや。

皇女こうじょエレナの身前みまえへと片膝かたひざを折る近衛騎士このえきしエヴァン。その手のこうへの口付けを落とし、しかと告げる。

「美しい皇女おうじょエレナ様……私の方こそ貴女あなた様に、私の持てる真心と誠意ー……そして限りない情愛じょうあいを捧げますー……美しい貴女あなた様を私の妻として迎える栄誉を頂き、このエヴァン、ありがたき幸せでございます」

そして再び皇女おうじょエレナを包み込むように抱き寄せれば、その素顔を隠すように仮面をまとわせ、互いの顔をおおい隠す。

「愛らしい私のエレナ……今宵こよい無礼講ぶれいこう仮面舞踏会かめんぶとうかいー……だから、私達二人が何処どこへ消えようとも誰も気にしないー……おいでー」

もはやさらうように皇女おうじょエレナを腕に抱きかかえ、颯爽さっそうとこの場から消え去る近衛騎士このえきしエヴァン。


一瞬、水を打ったように静けさに包まれる豪華な大広間も、次には一斉に歓喜かんきの声が上がり、多くの賛辞さんじが飛び交う。


美しい皇女おうじょとその皇女おうじょまも騎士きしの恋物語。

まるでお伽話とぎばなしのような甘い一幕に酔いしれる貴族の面々。


改めて、仮面舞踏会かめんぶとうかいの奇跡をの当たりにする。




* * * * * * * * * *


はるか以前。

皇帝アレクシスが、唯一無二ゆいいつむに伴侶つがい皇后セレーナと出逢い「奇跡の一夜」を過ごしたように、今頃は皇女おうじょエレナも愛する近衛騎士このえきしエヴァンにいだかれ、めくるめく夢のような甘く快美かいびな一夜を過ごしている。


しくもこの日、「皇家こうけの宝」とうたわれる美しい皇女おうじょエレナが、まさに「奇跡の一夜」を得る。


その後は、ヴァレリア公爵家へと降嫁こうかする皇女おうじょエレナの腹にも、深い情愛じょうあいあかしともする“小さな生命いのちきらめき”が宿る。


最愛の伴侶はんりょを得た皇女おうじょエレナ。

今やヴァレリア公爵家を継いだ夫君ふくんの公爵家当主エヴァンの愛妻として、屋敷を盛り立てる公爵夫人エレナ。その胸には、愛するが子が眠る。

この時になって初めて、公爵家当主エヴァンも親心と云うものを知り、愛娘まなむすめ溺愛できあいしては、後に続々と現れる求婚者を全て蹴散けちらし、剣でじ伏せる事となる。




* * * * * * * * * *


余談よだんだが。


愛娘まなむすめ皇女おうじょエレナと近衛騎士このえきしエヴァンとの「奇跡の一夜」を許したのは、勿論もちろん皇帝アレクシス夫妻。


皇女おうじょエレナが「運命の伴侶つがい」となる近衛騎士このえきしエヴァンの側へと居たいが為に、「武闘ぶとうたしなみたいー」とみずからも騎士団きしだん鍛錬場たんれんじょうへと通い詰める。

しくも、この件が近衛騎士このえきしエヴァンの奥底に眠る熱情ねつじょうを呼び起こす要因になったとも。


武闘ぶとうたしなみ始めた皇女おうじょエレナ。男ばかりの鍛錬場たんれんじょうに混じる紅一点こういってんの美しいはな

若い貴族らが近衛騎士このえきしエヴァンがいるにもかかわらず、武芸ぶげいの為と平然と美しい皇女おうじょエレナの身体からだに触れる。ましてや、同性のように肩をいだく者が現れれば、容赦なく叩きつぶ近衛騎士このえきしエヴァン。

ーだが、皇帝アレクシスの身辺にはべる事を許される近衛騎士このえきし達が、主君しゅくん愛娘まなむすめともする皇女おうじょエレナに、よこしまな気をいだくはずもなく、同じ武芸を磨く者同士としてのただのれ合い。

そうとは捉えない近衛騎士このえきしエヴァン。しまいには皇帝アレクシスへと声を荒げて願い出る。

皇女おうじょエレナ様の鍛錬場たんれんじょうへの出入りを禁止して下さい。不埒ふらちやからに触れられれば、皇女おうじょエレナ様の尊き御身おんみけがされます」

「ヴァン、おまえが感情を見せるとはー……」

これには苦笑する皇帝アレクシス。

(おのれの想いに気付かないとはー……)

感情を表に出さない近衛騎士このえきしエヴァンが、皇女おうじょエレナが絡めば感情をあらわにする。

それはすなわちー……。


のちに、皇帝アレクシスにその感情の持つ意味を指摘され、次第に気持ちの変化が現れるも、元が堅実けんじつな武人。

そう易々やすやすとはいかない。

それでも皇帝アレクシスには、おのれの友とも云える近衛騎士このえきしエヴァンになら「皇女おうじょエレナを預けるに値する」との全幅の信頼を寄せる。その為、二人がつがう場さえもうけた皇帝アレクシス。


溺愛できあいする大切な娘だからこそ、皇女おうじょエレナの幸せを望む。

それこそが親心とも。



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