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本編

皇后の憂慮と提案する王妃に驚愕する国王

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ルーカニア帝国の皇帝アレクシスと皇后セレーナの〈婚儀こんぎの祝祭〉の為に、ブレイディ王国の国王レナルドと王妃アラナ夫妻が滞在するのは一週間程度。

いよいよブレイディ王国へと帰国する日が刻一刻こくいっこくと迫る。

今は〈帝宮内ていぐうない〉の中に造られた東屋あずまやで茶をたしなむ両国の皇家こうけと王家。

皇后セレーナは母ともする王妃アラナへと寄り添いながら、不意にぽつりとつぶやく。

「……もう帰国されてしまうのね。ようやくお母様とお逢い出来たのにー……さむしい……」

何気なにげない言葉。それでも本心からの想い。

幼い頃、無情むじょうにも離れ離れとなり、ようやく数十年振りに母娘おやこの対面を果たした皇后セレーナには、母と離れる事に一抹いちまつさびしさが募る。

加えて、御子おこはら所為せいで、懐妊かいにんした婦人によく見られる情緒じょうちょの不安定さが、余計に皇后セレーナの心に言いようのない不安を募らせる。

「セレーナー……」

いとしい娘セレーナを優しく抱き締める王妃アラナ。


そのかたわら、互いにいだき合う美しいアラナ母娘おやこの見守るのは両国の君主。皇帝アレクシスと国王レナルド。

両国の陛下共に、常におのれらの伴侶きさきの側に付き添い、その行動や言動に気を配り、わずかな事も見逃さない。かなり注視ちゅうししている。

まさに、

この時もいとしい伴侶つがいの言動には敏感びんかんに反応し、やはり気を配る皇帝アレクシスがいる。すかさず皇后セレーナの元へと寄り、その手をそっと包み込んでは告げる。

いとしいセレーナ……憂慮ゆうりょうする必要はない。セレーナの気鬱きうつは、私が全て受け止める。私がずっと側にいるから案ずるな」

安心させるように、皇后セレーナの手のこうへと口付けを落とすも、やはり心許こころもとない様子。

不安げに夫君ふくんともする皇帝アレクシスを見つめ返す皇后セレーナに、王妃アラナが助け舟を出す。

御子おこを宿せば憂慮ゆうりょは付きものー……それが初めての懐妊かいにんともなれば尚更なおさらよ。経験のない事には、誰しもが不安になるー……ましてや、お産には命の危険すらともなうー……」

王妃アラナは優しく語り掛ける。

「この母が側にいなかった所為せいで、貴女あなたは私からの愛情を充分に与えられる事なく、今度は自分が母とならなければならない。いとしい私の娘セレーナ……貴女あなたが不安になるのは当然よー……こうした繊細せんさいな感情は、御子おこを宿す事のない殿方とのがた達には分かりにくいものー……例え理解は出来ても、やはり当事者でなければ分からない事もある。そうでしょうー……皇帝陛下?」

すかさず皇帝アレクシスへと視線をすべらせる王妃アラナ。

「うっ!」と思わずうなる皇帝アレクシスに、苦笑する国王レナルド。

三人の御子おこを産み落とした王妃アラナの言葉は重い。そして母は強し。

「……大丈夫よ、セレーナ。これまで淋しい思いをさせ続けた貴女あなたを不安にはさせないー……だからセレーナ、貴女あなたが無事に初めての御子おこを産み落とすまでは、母は貴女あなたの側にいるわ」

「お母様……いったいそれは、どう云うこー……」

皇后セレーナが言葉を言い終わらないうちに水を差したのが、王妃アラナを愛してやまないこの御仁ごじん

まさに国王レナルドが、王妃アラナの突拍子もない提案に驚きを隠せない。

「アっ、アラナっーーー!!」

いとしい王妃アラナの言動に、がらにもなく大声を上げては叫ぶ国王レナルド。そのまなこ驚愕きょうがくに見開いている。

「……なっ! 何を言い出すのだアラナっ! そのような事は聞いてはいない……!」

「ええっ、言っておりませんものー……云えば、レナルド様のことですから、おそらく反対なさるでしょう?」

にっこりと微笑ほほえむ王妃アラナ。

むぐぐっ……と、国王レナルドもうなる。

「……良いか、アラナ! 国の母たる王妃が、一年近くも自国を開けるなどは聞いた事がないー……そっ、それに私とそれ程に離れていても平気なのか! いや……私は平気ではない!」

珍しく狼狽うろたえる国王レナルド。

国王としての威厳いげんが、王妃アラナが相手となれば霧散むさんしてしまうのか、弱腰な国王レナルドがいる。或意味あるいみでは見もの。

王妃アラナを愛すればこそ。まさにれた弱みとも。


驚愕きょうがくする国王レナルドと裏腹なのが、皇帝アレクシス。

「面白いものが見れたー」とばかりに、忍び笑いをしてみせる。

「それは素晴らしいご提案です! セレーナの母君のアラナ妃が側に付いていて下されば、気鬱きうつのセレーナも心強い。安心してお産にのぞめると云うものー……それは有りがたいお申し出です。国王陛下、どうかご安心頂きたい。大切なアラナ妃の身元は、皇帝である私が全力でお守り致します」

「……なっ、何を言っておられるー……確かに義娘むすめセレーナの憂慮ゆうりょもわからないでもないー……だが、アラナと一年近くも離れ離れとなるのはー……」

往生際おうじょうぎわが悪いですよ、父上」

突如として、国王レナルドの言葉を打ち消すかのような言葉が掛けられる。

その場につどう者が、一斉に声のした方に視線を走らせれば、其処そこには、皇帝アレクシスの近衛騎士このえきしエヴァンに連れ添われた一人の少年とおぼしき貴公子。

「それを言われるならー……皇后セレーナ様は、十数年ものながとき母娘おやこ共に離れ離れで過ごされたー……それに比べ、たかが一年足らず。少しぐらいは辛抱されたら如何いかがですか、父上? それでなくとも母上を離さず、王宮の〈奥宮おくみや〉へと閉じ籠めては、大切な公務さえも“王妃は体調がすぐれないー”といつわる。その様な父上に、国をたてに持ち出して頂きたくはありませんね」

辛辣しんらつな物言いで、流暢りゅうちょうに言葉を並べ立てては国王レナルドをじ伏せる。

現れたのは、燃えるようなあかい髪に瞳さえも紅玉こうぎょくたたえる、まだ若さあふれる美しい貴公子。

国王レナルドを「父上」と呼ぶだけあり、国王レナルドの幼少期を彷彿ほうふつとさせるような面差おもざしをしている。

言うなれば、まさに瓜二うりふたつ。

「ロイっ……!! 何故なぜおまえが此処ここにいる!?」

「ふふっ、それは私が呼び寄せたからですわ、レナルド様……ロイ、無事に付いて何よりです」

美しい笑みをたたえ、王妃アラナは平然と告げる。

状況が把握はあくできない一同は、まさに唖然あぜん


王妃アラナだけが動じることなく、ゆったりと微笑ほほえむ。










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