【R-18】仮面舞踏会の一夜から始まる不遇令嬢の奇跡

本編

愚かな伯爵夫人と令嬢の裁きの刻・後

※断罪の回となる為、残酷な描写などがあります。




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上質な黒塗りの馬車から、一人の壮年そうねんの貴人きじんが降り立ち、皇帝アレクシスの傍かたわらへと並び立つ。その纏まとう高貴さもさながら、かなりの威圧感いあつかんが漂う。

伯爵夫人エミリア母娘おやこを捩ねじ伏せる近衛騎士このえきしエヴァンもすぐさま腰を折り、深く敬意を現す。

「ー国王陛下、お持ち致しておりました」

皇帝アレクシスさえも腰を折れば、それを片手で制止する壮年そうねんの貴人きじんが告げる。

「皇帝陛下ー……どうか、それはご遠慮願いたい。国王と云えども小国。大国の偉大な皇帝陛下には及びますまい。私の方こそ、敬意を払うのが当然と心得る」

思わず、双方の顔には笑みが浮かぶ。

「それならば互いー……もはや無礼講ぶれいこうと致しましょうー……なにせ、ブレイディ王国の英明えいめいなるレナルド国王陛下は、我わが后きさきセレーナの義父ちちに当たる御方おかた。それに加え、慈悲深じひぶかいアラナ王妃殿下はセレーナのご生母せいぼ。国王陛下夫妻は、すでに家族も同然です」

しかと明言する皇帝アレクシスの言葉は、その場にいる誰かに聞かせるかの様に告げられる。

当然。

(……あの卑いやしい女アラナが王妃だとー……そんな馬鹿な？！　死んだはずではなかったのかー……！)

伯爵夫人エミリアは地面へと捩ねじ伏せられながらも、その指先が苛立いらだたしげに地面を引っ掻かく。

(王妃だとー……！　何故なぜ！　あの女アラナがー……！)

突如とつじょ、パァンッ！！　と国王レナルドが伯爵夫人エミリアの頬ほほを鞭むち打てば、勢い余り、傍かたわらに這はう令嬢フラヴィアの頬ほほをも掠かすめる。その所為せいで、痛みに呻うめく令嬢フラヴィア。

不敵に口角を上げる国王レナルド。故意こいにそうしたのは明らか。

「……うっ、ううっ！！」

痛みに震える伯爵夫人エミリア母娘おやこ。

「貴様きさまはー……やはり目に余る」

「ううっ……！！」

更に呻うめき声を上げる伯爵夫人エミリアの頬ほほが、ぱっくりと見事に切り裂かれ、途端に鮮血が溢あふれ出す。

「傲慢ごうまんなその顔が目障めざわわりだー……それにしても新しく作らせたこの鞭むちは、実に良い仕事をする」

手に持つ鞭むちを見遣みやる国王レナルドがほくそ笑む。

よく見れば、鞭むちの先端付近には鋭利えいりな刃先が幾つも仕込まれている。明らかに拷問ごうもん道具として用いられる代物しろもの。

その様子に微笑びしょうを浮かべる皇帝アレクシス。

国王レナルドが静かに告げる。

「これが悪名高い伯爵夫人かー……私の宝ともする王妃アラナを蔑さげすみ、その愛娘まなむすめセレーナまで貶おとしめるとは聞くに堪えない傲慢ごうまんな女だー……たかが伯爵夫人の分際で、ブラッド王国の王女ともするアラナを蔑さげすむ貴様きさまは何様なにさまのつもりだ？」

冷たく言い放つ。

「ーしかも、輿入こしいれの為の支度金したくきんにまで手を付け、自みずからの豪華な衣装も買い漁あさる強欲さ。知らないのか？　貴様きさまがした金品強奪きんぴんごうだつ行為はー……まさに横領だ」

国王レナルドが言い放てば、また新たな馬車が一台到着する。そして、一人の往年おうねんの身なりの良い柔和にゅうわな紳士が降り立つ。

二人の両陛下の身前みまえで深く腰を折り敬意を現す。

「我わが国の偉大な皇帝陛下の拝謁はいえつでき、光栄にございますー……並びに、ブレイディ王国の国王陛下にまで拝謁はいえつできるとは、まさしく光栄の極みにございます。不肖ふしょうな私には身に余る栄誉ながら、此この度はお呼び頂きありがとうございます」

「頭こうべを上げられるが良いー……礼を言うのは此方こちらの方だ。貴殿きでんには、わざわざ辺境の地から此処ここまで足を運んで頂き感謝する」

皇帝アレクシスが告げる。

「畏おそれ多い事です」

優しげな笑みで応こたえるこの往年おうねんの紳士こそ、伯爵家の援助と引き換えに、若い花嫁を所望しょもうした辺境の田舎いなか貴族。

辺境の田舎いなか貴族と高たかを括くくっていた伯爵夫人エミリア母娘おやこ。実際の彼は往年おうねんながらも見目も良く、洗練された物腰をしている。

伯爵夫人エミリア母娘おやこを一瞥いちべつする往年おうねんの田舎いなか貴族が言葉を発する。

「ーそれにしても、まさか花嫁まで取り替えられ、輿入こしいれの為に用意した支度金したくきんまで伯爵夫人に窃取せっしゅされていたとはー……いやはや驚きました」

壮年そうねんの田舎いなか貴族は、呆あきれたように伯爵夫人エミリアを見る。

「貴殿きでんはどうしたい？」

「ーどちらにしろ……花嫁は頂いていけるという事で、私からは特に申し上げたい事はございません。伯爵夫人の処断しょだんは、皇帝陛下に一任いちにん致します。私には残してきた病弱な最愛の妻のこともありますので、急ぎ帰路きろに着きたいと思います。皇帝陛下、お許し頂けるならー……最早もはやこの場を辞してもよろしいでしょうか？」

「問題ない。花嫁を連れ、急ぎ発れるが良いー……ただ火傷やけどの傷といい、少々薄汚れてはいるが構わないか？」

「もちろんです、皇帝陛下ー……どうせ汚れるのです。痛みに強い娘なら、尚のこと躾甲斐しつけがいがあります。この度は私のような田舎者いなかものに、わざわざお声をかけて頂き、そのご配慮に感謝申し上げます。それではこれにてー……」

深々と頭こうべを垂れる往年おうねんの田舎いなか貴族。

二頭立にとうだての馬車へと乗り込むついでに、御者ぎょしゃにしては屈強くっきょうそうな男へと命令する。

「さぁ、今すぐ運んでおくれー」

無言で頷うなずく御者ぎょしゃは、地面へと這はいつくばる令嬢フラヴィアを持ち上げる。

「ううっ！！」

突然の事に驚く令嬢フラヴィア。

まさか自分が花嫁として、辺境の田舎いなか貴族に嫁とつぐ事になるとは思わず。ーしかし、その一方では、この断罪の場から逃のがれられるのであれば、「それも良いかー……」と思う浅はかな令嬢フラヴィアがいる。

(ふんっ、面倒な皇后なんかは、やはりセレーナの方が向いているわ。私は自由に贅沢ぜいたくに暮らせれば、それに甘んじる事にするー……それに美しい私を望む彼なら、きっと贅沢ぜいたくをさせてくれるに違いないー……ふふっ)

煤すすと火傷やけどに塗まみれながらも、それでも富への執着や虚栄心きょえいしんが勝まさる令嬢フラヴィアは、やはり懲りてはいない。

田舎いなか貴族と云いながらも見目も良く、潤沢じゅんたくな財産で贅沢ぜいたくもさせてくれそうだとも考える令嬢フラヴィアは、かなり浅ましい。

自分本位ほんいで自己愛じこあいが強い伯爵夫人エミリア母娘おやこ。

自分が助かるならー……と、あっさりと母エミリアを見捨てる娘フラヴィアは、すでに御者ぎょしゃに担かつがれ、拘束されたまま馬車内へと消える。

そして、もはや颯爽さっそうと走り去る田舎いなか貴族の馬車。

その先に「何が」待ち受けているかなど、この時の令嬢フラヴィアには分かるはずもない。




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折しも、辺境へと向かう帰路きろへの馬車内で、拘束されたまま床へと転がされ、粗雑そざつに扱われる令嬢フラヴィアがいる。

(……どうして！　どうして拘束を解いてくれないのー……！)

ジタバタと踠もがく令嬢フラヴィア。

「これはこれは躾甲斐しつけがいがありそうだ。やはり若い娘は活いきが良い。実に頼もしい……！」

嬉々ききとして告げる往年おうねんの田舎いなか貴族。

「良い子にしていなさいー」

そう告げるなり、令嬢フラヴィアへと鞭むちを打つ。

「うぐぅ……」

呻うめく令嬢フラヴィア。

贅沢ぜいたくな暮らしを夢見ていた令嬢フラヴィアの顔が、一気に青褪あおざめ、柔和にゅうわな田舎いなか貴族の隠された裏の顔に恐怖する。


安穏あんのんな日々が待ち受けているどころか、まさかの地獄のような日々を送る事になるとは、高慢こうまんな令嬢フラヴィアが知る由よしもない。




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方かたや、残された伯爵夫人エミリア。

傲慢ごうまんな様相ようそうから一変、これまでの様々な事が頭をよぎり、身を震わせては青褪あおざめる。


実は、辺境の田舎いなか貴族から花嫁として所望しょもうされていたのは、美しい金色の巻毛の正妻腹せいさいばらの伯爵令嬢フラヴィア。

巷ちまたの一部の貴族から「陽ひの姫」として謳うたわれる程の美姫びきなら、「その美しさを無慈悲むじひに散らすのも一興いっきょう……！」と考えた辺境の田舎いなか貴族。

彼には隠された“癖へき”があり、「ある目的」を持っての今回の婚姻の申し入れ。

当然にして、そのような事は伯爵夫人エミリアが知り得るはずもなく、美しい愛娘まなむすめフラヴィアを辺境に嫁がせる事を厭いとい、妾腹めかけばらの卑いやしい義娘むすめセレーナを厄介払いした方が、まさに好都合と考えての花嫁を取り替え。

自己の判断で花嫁を取り替えた伯爵夫人エミリアは、更に支度金したくきんまで窃取せっしゅする罪まで犯す。

その伯爵夫人エミリアに、いよいよ鉄槌てっついが下る時が迫る。

皇帝アレクシスがしかと言い放つ。

「ようやく貴様きさまの番だー」

青褪あおざめる伯爵夫人エミリアへと追い討ちをかけるような無情むじょうな言葉が響く。


斯かくして、無惨むざんな最期さいごを迎えた伯爵夫人エミリアの今の姿はー……。