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本編

月夜の婚姻と歓びに泣く月姫に訪れた奇跡

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皇帝アレクシスとの濃密のうみつ快美かいびに酔いしれる素晴らしい蜜夜みつやを過ごした伯爵令嬢セレーナ。

それが、どれ程の至福しふくであったかなどは云うまでない。




* * * * * * * * * * 


これまで味わった事のない肌触りの良い上質な敷布しきふに包まれる伯爵令嬢セレーナは、長年暮らしていた伯爵家の屋根裏部屋やねうらべやの簡素な寝台とは違う寝心地ねここちに、初めて心地良ここちよい安眠を得る。

そして目覚めれば、伯爵令嬢セレーナの目の前には、月夜の仮面舞踏会かめんぶとうかいで出逢った美しい貴公子の姿。

最早もはや、ルーカニア帝国の皇帝アレクシスとも。

普段から伯爵夫人母娘おやこしいたげられ、めかけの娘だからと粗雑そざつに扱わる日々を送っていた伯爵令嬢セレーナ。

その所為せいもあり、きらびやな社交の場に出る事は叶わず、皇帝アレクシスに拝謁はいえつする事もない。

当然、皇帝アレクシスの尊顔そんがんじかに拝する機会に恵まれる事はない。

おおやけ舞踏ぶとうの場には、義妹いもうとフラヴィアの引き立て役として、ごくまれに参加する事ぐらい。

その伯爵令嬢セレーナでも、ルーカニア帝国の皇家こうけに生まれる者が「輝く黄金の髪」と「深きあおい瞳」を持つ事ぐらいは周知している。

ーだから、目の前に横たわる人物が、紛れもなく皇帝アレクシスである事に驚愕きょうがく感嘆かんたん吐息といきを付く。

皇帝アレクシスが、しがない伯爵家の妾腹しょうふくの娘セレーナを相手にするなど、いまだに信じられない面持おももちで見つめる。

美しい琥珀色こはくいろの瞳で、一心いっしんに皇帝アレクシスを見つめる伯爵令嬢セレーナ。その視線を受け、皇帝アレクシスもおのれのいとしい伴侶つがいセレーナを見つめ返す。

「どうした、セレーナ……?」

いまだに信じられなくてー……私のような身分の者が……まさか偉大な皇帝陛下とこうしているなんー……うっ、ううんっ」

突如として唇をふさがれ、しかといだかれる。

皇帝アレクシスの差し込まれる分厚ぶあつい舌が、伯爵令嬢セレーナの舌をも絡め取り、ぬちゅりぬちゅりと淫靡いんびな音を立てては、深く甘い接吻せっぷんが繰り返される。

長い長い接吻せっぷんに、もはや目眩めまいを覚えそうになる伯爵令嬢セレーナ。ようやくにして離される唇。

いとしい私のセレーナ、自分を卑下ひげしてはいけないー……私が愛するセレーナは、誰よりも美しく洗練された素晴らしい女性だ。じ入る事は何一つない。皇帝に愛される唯一無二ゆいいつむにの存在は何者にも勝るー……それに皇帝の子を宿せるのは唯一の伴侶つがいのみ。いとしいセレーナ、私の子をはらんでくれた礼を云うー……おまえがいとしい」

再び接吻せっぷんを交わす二人。


その後はやはりー……。




* * * * * * * * * *   


気が付けば、すでによいの口。

蜜月みつげつに溺れる伯爵令嬢セレーナの元には、いつの間にか多くの侍女らがかしずいている。

そして伯爵令嬢セレーナの目の前には、金色こんじきの豪華な婚礼衣装が掛けられ、加えて見事な装飾品までもが並べられている。

改めて金色こんじきの婚礼衣装を見れば、その素晴らしさがわかる。

「陛下っ、この衣装はー……!」

身に覚えのある婚礼衣装に驚愕きょうがくする伯爵令嬢セレーナ。

「そうだよ、セレーナ。この金色こんじき婚礼こんれい衣装は、あの時に私が指示し、身にまとわせたものだ。愛するセレーナの為に特別に仕立てさせた一級品だ。皇家こうけの色をまとうセレーナは、やはり誰よりも美しいー……」

「ああっ……! 陛下っ……」

賢明けんめいな伯爵令嬢セレーナのこと、さかのぼれば、あの時には助け出されていた事にようやくにして気付く。


実際、皇帝アレクシスは、伯爵家に皇帝の手足となって働く“影”と呼ばれる存在を侍女として忍ばせている。

「ーどうかゆるして欲しい、セレーナ。いくら伯爵夫人らをあざむく為とはいえ、あの女の暴挙から守れず、いとしいセレーナに傷を負わせてしまった事が悔やまれる」

「……いいえ、いいえ、陛下! あの場所から私を救い出してくれただけでも充分ですー……それに、今はこうして貴方あなたのお側に寄り添う事ができるのです。これ以上、何も望みません。私はー……こうして貴方あなたのお側にいられるだけで、とても……とても幸せなのです」

皇帝アレクシスへとすがる伯爵令嬢セレーナは、その胸へと顔をうずめる。

「ーならば、セレーナ。私の為にもっと欲張りになって欲しいー……それに、私の事はアレクとー……その愛らしい口で私の名を呼んで欲しい」

軽く口付けを落とす皇帝アレクシス。

「そのようなことっ! おそれ多くて私には言えませんー……どうかおゆるしをー……」

「呼んでー……セレーナ」

「ーですが……」

「ふふっ、名を呼んでくれなければ、侍女達の目の前でも構わず、私はもっと激しい接吻せっぷんを浴びせるよ」

「そんなー……」

「呼んで、セレーナー……どうかアレクと呼んで欲しい。いとしいセレーナ……私達は情熱的に愛を交わした仲だ。今更恥ずかしがる必要はないー……」

皇帝アレクシスの言葉に、余計に恥ずかしげにうつむく伯爵令嬢セレーナ。その耳元へと甘くささやく皇帝アレクシスは、存外ぞんがいたちが悪い。

もはや観念する伯爵令嬢セレーナ。

「……アっ、アレク……様……」

美しい顔を一気に赤らめる伯爵令嬢セレーナ。

「……ふふっ、やはり私のきさきは愛らしい。いとしい私のセレーナ、私達の婚礼の為にも美しくよそおわれておいでー……」

あまりにも優しい声音こわねで告げる皇帝アレクシス。

いとしいセレーナ、私はもう待てない。今宵こよいには婚礼を挙げ、セレーナを私の“皇后”として迎えるー……いいね?」

そう断言する皇帝アレクシスは、しかと伯爵令嬢セレーナへと告げる。

急な展開に戸惑とまどう伯爵令嬢セレーナ。その一方では、よろこびに泣く伯爵令嬢セレーナもいる。

尊大な皇帝アレクシスは、もはや伯爵令嬢セレーナを侍女達へと託し、自身も身支度みじたくの為にと寝所を後にする。




* * * * * * * * * * 


月の輝く美しい夜。


月の女神さながらに美しい伯爵令嬢セレーナが、皇帝アレクシスの元へと輿入こしいれする。

皇城こうじょう内に建造されている皇家こうけゆかりの壮麗そうれい白亜はくあの神殿。

しめやかにおごそかに行われたのは、皇帝アレクシスと伯爵令嬢セレーナの内々の婚礼。それを見守り、祝福するのはわずかな許された者達だけ。

当然ながら近衛騎士このえきしエヴァンは、護衛ごえいも兼ねている為、皇帝アレクシスの側へと控えている。

静寂せいじゃくの中、ひそかに、それでいて甘やかに帝国皇帝アレクシスの婚礼が催行さいこうされる。

晴れて皇后セレーナとしてほうじられた伯爵令嬢セレーナ。

皇帝アレクシスの唯一無二ゆいいつむに伴侶つがいとして、皇家こうけの一員に迎え入れられる。

更には、歓喜かんきむせび泣く伯爵令嬢セレーナをさらに感涙かんるいさせる者が、いつの間にか現れ、参列しては月夜の婚礼を見守る。

そう、そこに現れたのは、紛れもなく皇后セレーナの美しい母アラナ。

不慮ふりょの事故により早逝そうせいしたはずの母アラナが、夫君ふくんと共にたたずみ、いとしい娘セレーナの成長した姿に胸を詰まらせ、こちらも感涙かんるいむせび泣いている。

どちらからともなく歩みより、抱き締め合うアラナ母娘おやこ積年せきねんの想いがあふれ出し、しばらく離れる事はない。

それを見つめる皇帝アレクシスの眼差まなざしは、限りなく優しい。

皇帝アレクシスには、いとしい伴侶つがいセレーナの幸せこそがが身の幸せ。

「セレーナ、いとしい私の伴侶つがいー……おまえのその微笑ほほえみこそが、私の心さえも満たす」

そうつぶやく皇帝アレクシスからも美しい笑みがこぼれ落ちる。
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