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本編

月姫の美しい想い出と不調と突然の惨事

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皇城こうじょうで開催された仮面舞踏会かめんぶとうかいの美しい夜。

みずから進んで無垢むくな花を散らし、大胆にも淫欲いんよくに溺れた伯爵令嬢セレーナ。

(私は後悔などしていないー……)

それ程に甘美かんび的で背徳はいとく的な素晴らしい夜。

あるいは、本能的にかれたとも。

どちらにしろ、

(彼であったからこそ、受け入れたのかもしれないー……)

そう思えてならない伯爵令嬢セレーナ。




* * * * * * * * * * 


ほのかな月が照らす美しい夜。

秘密の目合まぐわいは熱い接吻せっぷんから始まり、口移しで飲まされた美酒びしゅが令嬢セレーナを酔わせる所為せいで、身体からだの奥底から熱におかされ、もはや記憶は曖昧あいまいとも。

伯爵令嬢セレーナが不確ふたしかな記憶ながらも覚えているのは、無垢むくつぼみをぬちゅりと貫く容赦のない肉楔くさび

ーしかし、最初こそ身を裂かれるような痛みを経験するも、互いを求め合う気持ちの方が断然だんぜん強く、気が付けば、すんなりとたぎ肉楔くさびくわえ込んでいた伯爵令嬢セレーナ。

初めての目合まぐわいにもかかわらず、快美かいびの極みへと二人で登りつめ、めくるめく瞬間を味わった。

(……みつな肌の重なり合いが、あれ程に素敵だなんてー……)

想い出は美しく鮮明に刻まれ、今でも伯爵令嬢セレーナの胸は高鳴り、その顔さえも火照ほてり出す。

いけない事だとは思いつつも、時には下腹部がうずく事も。

(今でも夢のようー……)

まさに至高しこうのひと時を過ごした伯爵令嬢セレーナの蜜穴みつあなからは、自然と熱いとろみがしたたり落ちる。


名前も顔も知らない貴公子にもかかわらず、その身を捧げた伯爵令嬢セレーナ。

(わかっている。わかっているのにー……どうしてこれ程に胸が苦しいの? あの方にもう一度だけでも逢いたいー……そう思う事は罪なの……?)

あの夜のような甘美的かんびてきな夜が、もう二度とは訪れない事に何故なぜさびしさを覚える。

一夜限りの背徳的はいとくてきな甘い夜だからこそ、二夜目が訪れる事はない。

伯爵令嬢セレーナを優しく、時に荒々しいまでに激しくいだいた名も知らない貴公子。

(……あの方には、もう逢えないー……)

それが、これ程に切ないとは思わず、伯爵令嬢セレーナは憂慮ゆうりょする。




* * * * * * * * * * 


日々は刻一刻こくいっこく無常むじょうにも過ぎて行く。

どうする事も出来ない伯爵令嬢セレーナの日常は変わらない。

今でも変わらず屋根裏部屋が住まいとされ、義母ははエミリアと義妹いもうとフラヴィアに見下されては粗雑そざつに扱われる日々。

今となっては夢のような夜を過ごした事が、かえって不遇ふぐうな現実の世界に置かれる伯爵令嬢セレーナの現状を際立きわだたせる。

現実は時として無情むじょうなもの。




* * * * * * * * * * 


更に伯爵令嬢セレーナを非情ひじょうな境遇へと追い込む現実が待ち受ける。

伯爵令嬢セレーナの想いとは裏腹に、辺境の田舎いなか貴族にとつぐ準備が、義母ははエミリアにより着々と成されて行く。

辺境の地からは、花嫁として迎える伯爵令嬢の為にと用意された色とりどりの衣装や装飾品そうしょくひんが贈られてくる所為せいで、否応いやおうなしに現実を思い知らされる伯爵令嬢セレーナ。

最早もはや、確実に迫っている。

「……いやっ、いやよー……愛してもいない好色こうしょくな男の後添のちぞえなんてー……」

身を震わせつぶやく伯爵令嬢セレーナ。

好きでもない男にいだかれる自分を思えば、思わず身震みぶるいが止まらない。

「……うぐっ!」

吐き気さえ込み上げ、思わず嘔吐えずく。

これまでさいわいにして、やまい一つさえもわずらった事がない伯爵令嬢セレーナ。それがここ最近になり、これまで経験した事のない不調に悩まされている。

身体中からだじゅう気怠けだるく、不意に込み上げる吐き気が続いている。

(私はどうしてしまったのー……)

それを聞ける相手など存在しない。

この屋敷には、妾腹しょうふくの伯爵令嬢セレーナを心配する者はだれ一人として存在しない。

このところとみに体調が悪く、その所為せいで気落ちし、余計な事ばかりが頭をもたげ、もはや気鬱きうつする伯爵令嬢セレーナ。

「……どうして? どうして私ばかりがー……」

不意に、悲しげに本音を吐露とろする伯爵令嬢セレーナ。その言葉にまさかの返答。

伯爵令嬢セレーナの住まう屋根裏部屋へと訪れ、平然と無断で入る義妹いもうとフラヴィア。

突如とつじょ現れたかと思えば、やはり言いたい放題。

「あらっ! お義姉ねえ様ったら今更何を言っているの? 引くて数多あまたの若く美しい私が、まさか辺境の田舎いなか貴族にとつぐわけないでしょう? ふふっ、その点お義姉ねえ様は、この屋敷の厄介ものー……お母様もおっしゃられていたわ。ただの役立たずには早く出て行って欲しいとー……ふふっ」

相変わらず義姉あねセレーナを義姉あねとはうやまわず、毒を吐く義妹いもうとフラヴィアは、底意地そこいじの悪い笑みを浮かべる。

表では、美しい金糸きんしの髪と愛らしい相貌そうぼうから「の姫」と呼ばれている義妹いもうとフラヴィア。

実際は底意地そこいじが悪い。その姿を皆が知れば誰もがそうは思わず、ただ幻滅げんめつするだけ。

そのかたわらでは、胃の底から込み上げるような不快感にくらりと目眩めまいを起こし、倒れそうになる伯爵令嬢セレーナがいる。

(ああっ……だめ、やはり気分が悪いー……)

どうにか思いとどまり、静かに告げる。

「フラヴィア、お願いー……どうか大きな声を出さないでー……本当に気分がすぐれないのー……お願い、今すぐに此処ここから出てー……うぐっ!」

再び嘔吐えずく伯爵令嬢セレーナ。

(……気持ち悪いー……)

実際、不調な伯爵令嬢セレーナは、毒を吐く義妹いもうとフラヴィアの相手をしている余裕はない。それに、余計に気落ちさせられる事は目に見えている。

「何よっ! その言い草は……! せっかく頂いた焼き菓子でも、たまには分けてあげようと思っていたのにー……!」

思い通りにならないと気が済まない義妹いもうとフラヴィアは、すぐに癇癪かんしょくを起こす。

怒りに湧く義妹いもうとフラヴィアは、手にする小皿に盛られた焼き菓子ごと、容赦なく義姉あねセレーナへと投げ付ける。

思わずける伯爵令嬢セレーナ。

ガッシャーン!

おかげで床へと落ちた小皿がくだけ散り、散乱さんらんする焼き菓子さえも粉々に散らばる。

ちょうどそこへ、運悪く現れたのが義母ははエミリア。

自身の愛娘まなむすめフラヴィアの様子を見に訪れれば、今しがた起きた惨状さんじょうを目にする。

いただき物の焼き菓子が床へと散らばり、高価な皿さえもくだけ散っている。

義母ははエミリアの固く握られたこぶしが震えている。

「おまえと云う娘はー……! フラヴィアの好意を踏みにじり、高価な皿までー……この恩知らずがっ!」

義母ははエミリアのこぶし咄嗟とっさに振り上げられ、そのまま義娘むすめセレーナのほほを容赦なく打ち据える。

パァンッ!

「あっ……きゃあっ!」

床へと倒れる伯爵令嬢セレーナ。

「違う! お義母かあ様! フラヴィアがー……」

パァンッ!

再びほほを打たれる伯爵令嬢セレーナ。

「自分であやまちをおかしておきながら、私の可愛いフラヴィアの所為せいにするなんてー……!」

「違うのっ! お義母かあ様! 本当にー……ふっ、うぐぅ……ううっ、うぐっ!」

ほほひどく打たれた衝撃に触発しょくはつされてか、激しく嘔吐えずく伯爵令嬢セレーナは、もはや一方的な暴挙に打ちひしがれては、琥珀色こはくいろの美しい瞳からとめどなく涙をこぼす。

その様子に何かをさと義母ははエミリア。一瞬にして、相貌そうぼうを酷くゆがめる。

「おまえー……まさかっ!」

そして伯爵令嬢セレーナも気付いてはいなかった現実を突き付ける義母ははエミリア。その恐ろしいまでの形相ぎょうそうが、伯爵令嬢セレーナの心根こころねくじく。


この後。

更なる無慈悲むじひな現実が、あわれな伯爵令嬢セレーナを襲う。




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