【R-18】伯爵令嬢は仮面舞踏会の奇跡に夢を見る

本編

皇家主催の仮面舞踏会の意義と皇帝の滾る想い

私にしか感じ取る事が出来ない芳かぐわしい香り。番つがう相手から漂うのは、甘美かんびで秘めやかな淫欲いんよくの香り。

ーだから、すぐにわかった。

彼女がそうだとー……私の唯一の愛いとしい伴侶つがいだとー……。

此処ここで逃のがせば手に入らない。

すぐさまその手を伸ばし、彼女を掴めば間違えようがない。

(おまえだー……おまえこそが愛いとしい私の伴侶つがい……)

私を溺れさせる程の甘く芳かぐわしい香りが五感を刺激し、滾たぎり出す私の肉楔くさびが彼女の青い蕾つぼみを打ち破り、その胎はらへと存分に子種を注ぎたいと訴える。

彼女を孕はらませたいー……そして私の子を宿す為に、ゆっくりと膨ふくれ上がる彼女の胎はらを愛めでたい。

その本能的な想いは高まるばかり。




＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　＊　


広大なルーカニア帝国を統すべる時の皇帝アレクシス。

輝くような明るい黄金の髪を無造作むぞうさに流し、鋭い眼差まなざしは限りなく深い蒼あお。老若男女ろうにゃくなんにょ問わず、溜息ためいきを零こぼさせる程の美貌びぼうと恵まれた体躯たいくは圧巻。

未いまだ皇后を迎えていない皇帝アレクシスには、当然ながら側妃もいないのが現状。

そこには、一部の高位貴族しか知らない皇家こうけの秘匿ひとくが存在する。

遥はるか遠い祖先から特別な力を受け継ぐ皇家こうけ。おそらくは高貴な血統けっとうを絶やさない為なのかも知れない。

己おのれの番つがう唯一ゆいいつの相手を匂いで嗅かぎ分ける。

番つがう相手からのみ、その身体からだから漂う芳かぐわしい香りを感じ取る皇家こうけの直系。

限りなく甘美かんびで快美かいびな欲情を滾たぎらせる香り。

皇家こうけが半年の一度の仮面舞踏会かめんぶとうかいを主催するのも、全ては永遠とこしえに寄り添う伴侶つがいを見つける為。

皇家こうけが主催となれば、皆がこぞって集まる。加えて、未いまだ皇后を迎えていない美貌びぼうの皇帝とくれば、皇家こうけの伴侶の条件を知らない多くの貴族とその令嬢達が、その座を狙って参加するのは必然。

毎年、帝国中の未婚の令嬢達が集まり、あわよくば皇帝アレクシスの寵愛ちょうあいを得ようと仮装かそうする皇帝を探し出そうと必死な様子は、舞踏会ぶとうかいに紛れる皇帝アレクシスには、或ある意味では滑稽こっけいとも。

ーただ、今だに一人も皇帝アレクシスの寵ちょうを受けた者はいない。そして皇后となる伴侶つがいが見つかるまで、仮面舞踏会かめんぶとうかいは開催される事になる。

素顔すがおを隠す仮面を被かぶり、身姿みすがたも偽れば、皇帝アレクシスも舞踏会ぶとうかいに堂々と紛れ、無礼講ぶれいこうに参加する令嬢達の中から番つがいを探し出す事が出来る。

今年も主催された仮面舞踏会かめんぶとうかい。

煌きらびやなシャンデリアが輝く皇城こうじょうの豪華絢爛ごうかけんらんの大広間。

多くの貴族令嬢達が集まる中。

(ーどうせ、今年もいないだろうー……)

そう気怠けだるげに酒盃しゅはいを煽あおる皇帝アレクシス。

「……陛下、お酒は程々になされた方がー……」

耳元で囁ささやくように声を掛ける近衛騎士このえきしエヴァン。

皇帝アレクシスの側近にして良き友とも。

「ヴァンー……良いか？　今ここではアレクと呼べ。陛下とは絶対に呼ぶなと言ってあったはずだがー……それに口調も改まるな、余計な詮索せんさくを呼ぶ。あくまでも数多あまたいる貴族の令息れいそくの一人で通せー……」

こちらも囁ささやくように返す皇帝アレクシス。思わず一睨ひとにらみする。

「仰おおせのままにー……」

やはり主従関係は抜けない近衛騎士このえきしエヴァン。長年培つちかった習性は、そう簡単には抜けないもの。

仕方がないー……と溜息ためいきを付く皇帝アレクシスは「たまには飲めー」と近衛騎士このえきしエヴァンへと酒盃しゅはいを渡す。

「ーですが、陛へいー……アレク様、さすがに酒盃しゅはいまでは頂けません。私はあくまでもアレク様をお護まもりする使命があります」

「おまえはやはりと云うかー……さすがと云うか……だが、たまには良いだろう？　仮面舞踏会かめんぶとうかいは無礼講ぶれいこうだが、酒も飲まず、舞踏ぶとうをするわけでもないー……ましてや女を愛めでるわけでもない。ヴァン、余計に目立つ。紛まぎれる為にはー……」

突如、皇帝アレクシスの言葉が止まる。

「アレク様、如何いかがなさいました？」

近衛騎士このえきしエヴァンが、皇帝アレクシスの目線の先を辿たどれば、仮面舞踏会かめんぶとうかいが開始されてから、もはや幾分いくぶんか経つにもかかわらず、今頃になってひっそりと大広間へと現れる一人の令嬢の姿。

一瞬、入城する事を躊躇ためらう姿が、このような場に不慣ふなれな様子を伺わせる。

艶つややかな黒曜こくようの髪を髪飾り一つで纏まとめ上げ、少し古びた装よそいながらも上品な淡い琥珀色こはくいろの衣装。

ーただ、艶あでやかな仮面舞踏会かめんぶとうかいには、およそ不似合いな清楚せいそな出立いでたちとも。

素顔すがおを覆おおう仮面は、特に意匠いしょうも凝らされていない漆黒しっこくの仮面。その所為せいで、急遽きゅうきょ用意された事が伺える。

「……アレク様、あのご令嬢が何か？」

再度尋たずねる近衛騎士このえきしエヴァン。

「ヴァン……見つけた。彼女こそ私のー……」

そう告げる皇帝アレクシスは、近衛騎士このえきしエヴァンへと酒盃しゅはいを渡すなり告げる。

「……ヴァン、私の彼女つがいを皇城内こうじょうないの私が住まう〈帝宮ていぐう〉の奥庭へと連れ出すー……もはや誰も近付けさせないように後は頼む」

そして颯爽さっそうと令嬢の元へと近付く皇帝アレクシス。

胸の鼓動こどうは早鐘はやがねを打ち、歓喜に湧く皇帝アレクシスは、逸はやる気持ちを抑えられない。

(今すぐにでも番つがいたい……！)

そうした確固かっこたる想いが抑えられない。

令嬢へと近付けば近付く程、甘く芳かぐわしい香りが皇帝アレクシスの鼻腔びこうを刺激し、欲情を煽あおる。

(嗚呼ああっ、間違いー……おまえこそが私の伴侶つがいー……ようやく、ようやくこの手に抱いだく事が出来る……！)

まさに最良の日。

思わず叫びたい程の衝動しょうどうに駆られ、今すぐにでも目合まぐわいたいとの渇望かつぼうがひしめく。

(ーだが、焦あせりは禁物だ。ようやく見つけた愛いとしい私の伴侶つがい。逃のがさない為に、まずはー……)

皇帝アレクシスは、令嬢の警戒心を解とく意味でも舞踏ぶとうへと連れ出す事を決める。

昂たかぶる想いを胸に、令嬢の後ろ姿を一心いっしんに見つめる皇帝アレクシスの荒ぶる欲情は一段と高まり出し、止とどまることを知らない。


そして、皇帝アレクシスが一曲だけ舞踏ぶとうを申し込めば、素直に応じる令嬢に余計に愛いとおしさが募る。

(愛らしいー……私の伴侶つがい、ずっとおまえだけを待ち望んでいた)

皇帝アレクシスが差し出されたその手に口付けを落とせば、赤くなる令嬢の手の甲。

初心うぶな令嬢の恥はずかしげな様子は、無垢むくである事の証あかし。

(愛いとしい伴侶つがいは、未いまだ誰にも穢けがされていない……)

その事に安堵あんどする。

故意こいに密接して踊れば、令嬢から漂う甘く芳かぐわしい香りが一気に強まる。

(……だめだ。酔わされそうになるー……なんと云う甘美的かんびてきな香りだ)

一曲だけとはいえ、皇帝アレクシスの本音は、もはや舞踏ぶとうどころではない。

(今すぐにでも……愛いとしいおまえ全てが欲しいー……！)

密着する令嬢の首筋くびすじへと顔を埋うずめる皇帝アレクシスは、そのまま令嬢の耳元へと「秘事ひめごと」への誘いを甘く囁ささやく。

あくまでも己おのれの尊大そんだいな本性は隠し、令嬢を怖がらせないように、丁寧に穏やかな口調で接する皇帝アレクシス。

恥はずかしげにしながらも、素直に頷うなずく令嬢。

「可愛い人ー……貴女あなたが欲しいー……」

告げると同時に、皇帝アレクシスの下腹部は熱を持ち、固く昂たかぶりを見せる。その熱が令嬢の身体からだへも伝わるのか、仮面の上からでも令嬢が顔を赤らめているのが伺える。


この先に待つのは、まさに甘美かんびで美しい蜜みつなる夜。